お出掛け3
神崎がアパレルショップの後に連れてきた場所、そこはランジェリーショップであった。
「のっ、乃亜ちゃん? ここはいったい……」
「ん? ランジェリーショップだよ? 鈴ちゃん知らないの?」
「いや、ここがランジェリーショップなのは分かるんだけど……」
どうして、ランジェリーショップに友達を連れて来るんですかーー! それも、まだ会って間もない。直接会うのが3度目の友達をだ。
「最近、ブラがキツくなってきててさ〜。新しいのを買いたいと思ってたんだよね!」
なっ、なるほど〜、ってなるわけねぇだろ!
男の俺でも、出会って3度目の友達をいきなりランジェリーショップに連れて行くのがおかしいくらいは分かるぞ!
ランジェリーショップなんて、親友といえるぐらいの間柄にならないと誘えるものじゃないだろ!
決して出会って3度目の友達を連れて来ていい場所じゃない。ランジェリーショップという店の性質上、連れて来た友人には強制的に肌を晒すことになるからだ。
そんな常識的な判断もできないほど、神崎ってお馬鹿さんだったか? それとも別の理由が……。
「そっ、それに……鈴ちゃんの下着も選んであげられるしね……ハァ……ハァ……!」
そう言う神崎の息はやたらと荒く、目はやたらと血走っていた。うん、誰が見ても変態さんの挙動である。
なるほど。薄々勘付いてはいたが、神崎のヤツ…………レズビアンだなッ!
今時の言い方をすれば百合とでも言うのだろうか。いや、言い方なんてどうでもいい。
とにかく、神崎が何をとち狂って俺をランジェリーショップを連れて来たのか理由が分かった。
きっと、神崎はランジェリーショップで鈴ちゃんこと、女性形態の俺の下着姿を見る為にこんな所に連れて来たのだ。
初めて見る神崎の変態性に俺はもうタジタジである。学校ではあんなに清楚なのに……。
知らない神崎の一面を知ってしまったな。或いは、女性形態の俺である鈴ちゃんが神崎の変態性を引き出してしまったのか。
神崎……気付いているか?
血走った目で鼻息荒く俺に迫るお前は、少し前にお前をナンパしていた男たちと大して変わらないぞ。顔が美少女なぶん、神崎の方が幾分、見た目の方はマシだが、それでも不審者であることには変わりない。
不審者に大きいも小さいも無い。大きい方も小さい方も等しく不審者なのだ。見る方からすれば、大して違いはない。
「あっ、あの私、あんまりこういう場所って来たことないから……」
「だっ、大丈夫ッ! なんなら私が一から十までしてあげるから! 脱がせるところから、着せるところまで!」
ハァ……ハァ……! と息の荒い神崎の目はもはや、焦点が合っていなかった。
「おっ、お姉さんに任せて! ハァ……ハァ……! とびっきり可愛い下着を選んであげるからね!」
「はっ、はいぃぃぃ……!」
その後、何があったかのは言うまでもないだろう。とにかく、酷い目にあった。
もう、お嫁にいけない……。いや、俺は男なんだが。
あと、神崎さん。更衣室で撮った俺の下着姿の写真は当然、後で消してくれますよね? 流失したら一発で人生終了級の代物なんですが。
あの、スマホを寄越してくれませんか?
ちょっと、なに頑なにスマホを持ってるんですか! いいから、返せっつってんだろ! あんな写真を自分以外の一個人に所持されてたまるか!
クソッ!
結局、スマホの中の特急呪物を消すことは出来なかった。あと少しだったのに……!
ちなみに、神崎の下着姿は俺が断固として拒否した事によって目撃することはなかった。やられっぱなしだった俺のささやかな勝利だった。
ーーーーーーーーーー
時刻は午後19時。学校から帰った学生が食事を始めているだろう時間。俺と神崎はどこか手頃に食事ができる場所が無いかと探していた。
本当はショッピングモールの中で食事をしようかと思っていたのだが、本日、女性用の服と下着を買った俺の財布はとても軽くなっていた。女性用の服とか下着って案外、高いんですね……。
いつもは母親に買って来てもらう為に、女性の服の価格を知らなかったが、あんなにするとは……。本日、発見したことの一つだった。
俺の金欠発言にも神崎は笑って流し、「私もどこかゆっくりと話しながら食事できる場所を探してたんだよね」とフォローまでしてくれた。神崎、優しいヤツだ。
ランジェリーショップであんなに取り乱していたのが、信じられない。あの時の神崎は変態さんそのものだったのに……。
今、凛として歩いている姿とのギャップが凄い。温度差で風邪を引きそうだ。
「ゆったりお喋りしてても怒られない場所って言ったら、ファミレスかなって思うんだけど、どうかな?」
「うっ、うん。いいと思う」
ファミレスなら今の俺の財布でも何とか足りるだろう。もちろん、高いものは頼めないが。
「調べたら、ここから10分ぐらい歩いたところに有るらしいよ」
「了解だよ、乃亜ちゃん」
俺たちは神崎のスマホのマップを頼りにしながら、ファミレスを目指す。マップに従って歩いていると、ふと、マップが暗くて狭い路地を進むようにと指し示す。
マップを使っていると経験するあるあるだろう。人間の気持ちなどお構いなしに最短の道をマップが示す。今回もその一つというわけだ。確かに、この道を抜ければ、ファミレスに辿り着くようだ。
「鈴ちゃん、手を握ってもいい?」
「いいよ」
暗い路地を歩くということで不安になったのか、神崎が俺の手を握らせて欲しいと言う。こんな時まで勘ぐりを入れたりしない。素直に神崎に手を差し出す。
神崎の手は握ると折れてしまいそうなほど華奢で、スベスベとした肌が俺の手に吸い付く。許されるなら、いつまでも触っていたい手触りだ。
俺と神崎はお互いに手を握り、暗い路地を進んでいく。実際に歩いてみて、その暗さに驚く。一寸先は闇とまでは言わないが、精々見渡せるのは2〜3メートルが良いところだ。
俺の手を握る神崎の手にギュッと力が入る。俺は神崎の力を感じながら、暗い路地を率先して歩いていく。
歩いていくと、やがて遠くに光が見えてくる。神崎も光が見えたのか、手から力が抜ける。
遠くに見える光に俺たちが安堵し、歩みを早めた瞬間ーー
「ちょいちょい、そこのカップルさん! 俺たちと遊ぼうよ〜!」
ーー見知らぬ男たちから声を掛けられる。いや、正確に言えば見知らぬという訳では無かった。
俺たちの道を遮った男たちはいつかの時、神崎をナンパしていた男たちだった。
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