裏路地の騒動
「……あの〜、すみませ〜ん」
俺という突然の介入者に、3人は一斉に振り向く。3人の鋭い視線が突き刺さる。あまり強く見つめないで欲しい……。最悪な空気だが、今更引っ込むわけにはいかない。
「実はそこの彼女、私とこれから約束がありまして……」
「…………!」
俺の適当な言い訳に神崎が目を大きく見開く。おいっ、そんなあからさまに動揺するんじゃない。でないとーー
「……ヘぇ。彼女の方には身に覚えが無いみたいだけど?」
「本当は約束なんてして無いんじゃないの?」
こうなるに決まってんだよな……。神崎……少しは取り繕ってくれ。
2人組の男、茶髪と黒髪のコンビは口元にニヤニヤと笑みを浮かべる。完全に舐められている。まだ、俺が男ならもうちょい迫力も出るんだろうが、生憎、現在の俺の姿は一般的な女子生徒そのものである。筋力も女子レベルまで落ち込んでいる為、力で捻じ伏せるなんて真似も出来ない。
なんとか、言葉だけで状況を乗り切れんものだろうか。
「そっ、そんな事ありませんよ。もう神崎さん、約束忘れちゃったの?」
「えっ! ……ええ、ごめんなさい。忘れていたみたい」
神崎は俺の意図に気付いたようで、俺の嘘に乗っかってくれる。
そうだよ神崎。その反応を待ってたんだよ。
「……というわけなんで。すみませんが、彼女を離してあげてくれませんか?」
「……チッ!」
やんわりと苦言を呈すと、ついに神崎から茶髪男の手が離れる。よしよし、それじゃあ人質……もとい神崎を返してもらおうか。ほら、神崎も早くコッチへ来なさいな。あとでお菓子上げるから。
解放された神崎がこちらへ一歩を踏み出すーーその瞬間、黒髪の男が割り込む。
「おい、待て……! 君、本当に彼女と知り合いかい?」
ギクッ!
「い、嫌だなぁ〜。もちろん、知り合いですよ〜。ねっ、神崎さん!」
話に合わせ、神崎が首肯する。
「ふ〜ん……。それじゃ、お互いの名前くらい知ってるよね?」
ギクギクッ!
「おじさん、心配だからさ〜。一応、ふたりとも互いに名前を言ってくれないかな〜」
黒髪の男は言い切ると、またヘラヘラとした笑みを浮かべる。
コイツッ! 痛いところを突いてきやがる……。何度も言うが現在、俺の姿は女子生徒そのものである。そして、女子形態の問題点が一つある。それは、【身分証がない】という事である。俺が持つ身分証は生徒証を含め、男性形態の時の写真しか使われていない。
当然、女子形態の時の名前など無い。神崎が女子形態の時の俺の名前を知るわけが無いのだ。なにせ、最初から存在しないのだから。存在しないものを知るなど不可能である事は言うに及ばず。
おそらく、男も苦肉の策として提案してきたのだろうが、正直、ピンポイントで嫌なところを突かれた。クソ〜……。
俺は思わず、神崎に視線を移す。表情こそポーカーフェイスを保っているが、額から垂れる汗を見るにかなり焦っているようだ。奇遇ですね、俺も焦ってますよ神崎さん。
……こうなったら、やりたくなかったがあの手でいくか。
ーーーーーーーーーー
《神崎乃亜視点》
私は異性からよくモテる。保育園に入った歳には同年代の男子から初めての告白をされた。高校に入学するまでには、100人以上の人間の告白を断っていた(100から先は数えるのを辞めた)し、時には、女子から告白を受けた事もあった。
幼い頃はそれが普通のことだと思っていた。しかし、小学2年生の時に友達だった子から「アンタの所為でーー君にフラれちゃったじゃない! 絶対、許さないんだから!」と言われて初めて、自分の境遇が特別なのだと理解した。
高校に入学しても異性からのアプローチは際限がなかった。連日に及ぶアプローチに辟易した私は、2年に進級するとクラスメートの男子たちを使って、異性からのアプローチを完璧に遮断する事にした。
すると、何かが曲解して伝わったのか、私は展覧会高校全男子から絶対不可侵の高嶺の花として扱われる様になった。アプローチが消え(完全にゼロになった訳ではない)、1年次のような煩わしさは無くなった。
しかし、男子からは崇められ、女子からは嫉妬される。未だに私は学校でひとりだった。偶に寄ってくる女子も、私を利用して自分の評価を上げたいだけだった。
こんな生活……いつまで続くのよ。何も恋人が欲しいとは言わない。ただ、思ったことを本音で話せる気兼ねない友人が一人でもいてくれれば……。
そんな事を考えていたからだろうか。私は普段なら相手にもしない男たちに絡まれる事になった。いつもなら、こんな男たち相手にしないのだが、うっかり狭い裏路地に入ってしまった。逃げようにも、道を塞がれままならない。
視界には何人かチラチラと映る人もいるが、関わりたくないのか、誰一人助ける素振りも見せない。
なんでよ!? 誰か一人くらい助けてくれてもいいじゃない!? ……もう分かったわ。これが私の人生ってわけね。フフッ……誰とも深く関わることなく、永遠に孤独の少女ってわけね……。
ふざけないで!!!
こんな人生あってたまるか! 絶対に認めてたまるもんですか! このまま人生を諦めたら……私を産んで死んでいったお母様に申し訳が立たないもの……!
「ねぇ、少しだからさ! ぜひ寄ってみてよ〜」
心に怒りを滾らせている間にも、男がさらに私に迫る。アンタ達も……サッサと目の前から消えなさい!
「興味ないですから!」
私は男を強く突き放す。しかし、男は尚も食い下がる。
「いや〜、いい経験になると思うよ〜。だからさ〜」
ーーガシッ。
「…………ッ!」
信じられない事に男の一人が突然、私の腕を掴む。
この……! 離しなさいよ!
男の腕を振り払おうとするが、強い力で握られており、振りほどけない。男と女の絶対的な筋力の差。如何ともし難い埋められない格差に絶望する。
誰か……助けて…………!
「あの〜、すみませ〜ん」
絶望的状況に掛けられた場違いなほど暢気な女性の声。この出会いが私の人生を変えることになるなんて……この時の私は知らない。
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