2度目の……
劔朝日先輩に俺がTS(性転換)するところを見られるという大事件から数日。
俺が絶対に知られたくない秘密を握られた(それも同じ天蘭高校の生徒に)事もあって、劔先輩から何かしらの接触があるのではないかと覚悟していたが……。
ドキドキしていた俺を裏切るように、あの日以来、劔先輩から接触を受けることは無かった。接触どころか、事件前は当たり前に行われていたストーキング行為すらなりを潜めている。
あれだけ、俺に執着していたから何かしら劔先輩の方からモーションが掛かるのではないかと覚悟していたのだが、肩透かしもいいところだな。
てっきり、TS体質のことをバラされたくなければ、ボクの命令を聞いてもらおうかとか、そんな感じの脅迫を受けるかもと危惧していたのだが……。
それどころか、俺のTS体質を学校で言いふらしている様子も無い。もし、言いふらしていたら既に噂になっているはずだし、クラスメートから好奇の視線に晒されるはずだ。
さすがに、TS体質をバラすのは良くないと思いとどまってくれたのだろうか? だとすれば、俺としてはとても嬉しい。
偶に視線を感じるが、きっと気のせいだろう。視線を感じるたび、俺の身体に悪寒が走るがきっと気のせいだ。
うん、そうに違いない。そうでないとおかしい。
恐れていた劔先輩からの接触も無く、安心していた俺だったが、何か面倒事が一つ解決すればまた一つ面倒事が増えるのがお決まりなのか。
あるいは、最近の俺が面倒事に愛され過ぎているのか。
俺の方はまったく愛していないというのに……。お前の片想いは成就することは無いから、諦めてくれ。
現在、俺は神崎乃亜とお出掛けする事になっていた。今はまさに、神崎と待ち合わせ場所で合流するために電車に乗っている真っ最中である。
違うんだ……。最初は断っていたんだ。
しかし、日増しに増える神崎の、怒涛の妹ちゃんに会わせろの連投メールに気圧され、思わず妹に会わせると言ってしまったのだ……。
しょ、しょうがないじゃないか!
神崎のヤツ、休み時間が終わるたびに俺のSNSに連絡を寄越すのだ!
授業が終わるたびに10件以上届く連絡……。俺で無くても辟易するのは無理ないだろう。
特に一番酷いのは、夜寝てから朝起きた時に届いている連絡の数である。目覚めてスマホを見ると、100件をゆうに超える連絡が通知されている様を体験すれば、恐怖して然るべきだろう。
おまけに1時間以上、既読が付かないと追加でまた連絡が送られてくるのだ。最後は、学校で神崎に直接、連絡をちゃんと見ろという脅しを受ける事になる。
大体、神崎の連絡の内容は妹に会わせろ以外も俺の妹(女性形態の俺)に対する称賛で占められているのだ。
俺(女性形態)のことを褒める神崎の連絡を受ける俺(男性形態)。字面にすると、意味不明にも程がある。
以上のこともあり、いっそ俺の妹用の連絡先を作って神崎に教えた方がマシになるのではないかと思い、今回、神崎と出掛けることを了承したのだ。
絶対に今回のお出掛け中に連絡先(妹)を渡して、こんな拷問から解放されるのだ。
もう、スマホに届く通知に怯える日々とはおさらばだ。最近では、通知音を聞くだけで反射的に反応してしまって、その様子を見た母に不思議な目で見られたのだ。
……もうすぐ、天蘭駅に着くな。
前回と同じく、今回も待ち合わせ場所は天蘭駅である。現在、時刻は14時半をもうすぐ回るところである。
待ち合わせの時間は15時となっているが、この前の事を考えると……
「当然いますよね、神崎乃亜さん」
今回も神崎は、まだ待ち合わせの30分も前だというのに、既に天蘭駅で俺のことを待っている。
よっぽど楽しみにしていたのか、もしくは神崎が元々、待ち合わせには1時間以上前から待つ心配性な人間なのかは分からない。だが、神崎のような美少女がそんな長い時間人目につくところに居れば当然、衆目を集める事となる。
たくさんの人間から注目される神崎にこれから接触することを考えると、少し億劫な気分になる。しかし、このまま放置するのは悪趣味というものだ。
俺は美少女が自分を待っているという事実に興奮するような性癖は持っていない。もし持っている人は、是非とも天に召された際には地獄へと赴いて欲しい。
閻魔様もそんな酔狂な趣味を持つヤツを地獄に入れたくないか?
いっその事、フ○ーザのように楽園のような場所に入れて貰って、比して自分の罪深さを再認識して反省して欲しい。
まぁ、そんな事はともかく、早く神崎に声を掛けてあげないと……。
周囲を見れば、神崎に声を掛けようと男たちが一定の距離を保って様子を伺っている。ホントにモテるな、神崎は。
声を掛けられる前に急ごう、と俺は手を振りながら神崎に声を掛ける。
「かっ、神崎さ〜ん!」
声を掛けると、すぐに神崎は俺に気付いて手を振りかえしてくれる。
「ごめん、待たせちゃったかな?」
「ううん、全然待ってないよ。鈴ちゃん!」
30分も前に駅で待っておいて、待ってないはちょっと信じられないっすよ、神崎さん。
思わず、心中でツッコまずにはいられない俺であった。
「そーれーよーりー! 鈴ちゃん!」
「はっ、はい!」
えっ……俺、何か不味いことでもしたか?
ほっぺを膨らましてプンスカと怒る神崎に、不安になる。
「私のことは神崎さんじゃ無くて……【乃亜ちゃん】でしょ!」
「アハハ……。そうだったね、乃亜ちゃん」
乃亜ちゃんと言い直すと、神崎は途端に機嫌を直して、100点の笑顔を見せる。
「それでよし! 今度間違えたから、私も本気で怒るからね!」
「りょ、了解!」
とりあえず、機嫌は直ったみたいだな……。しかし神崎、友達になったとはいえ、こんなに表情をコロコロと変えるヤツだったか?
最近、表情が豊かになっているとは思っていたが、学校ではここまで多彩な表情は見れない。友達限定特典の神崎乃亜だな。
「それじゃ、早速出発しんこー!」
「しっ、しんこー!」
テンション高く腕を上げる神崎に合わせて、俺も手を上げる。
とっ、とりあえずタイミングの良いところで連絡先を伝えよう……。
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