表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/30

劔朝日の追憶4


 ボクがぶつかった相手、それはボクが探し求めていた人物、御堂涼太くんだった。


「いえ、こちらこそ前方不注意でした。すみません」


 ぶつかった事に対して謝辞を述べながら、御堂涼太くんはこちらに手を差し出す。


 お気遣い頂いて感謝するが、ボクは男性に触れるとゾワゾワとした不快感が体に走る。差し出された手を借りるつもりはない。


「お気遣いなく」


 御堂くんに差し出された手を掴まず、ボクは自力で身体を起こす。


「え〜っと、演劇部員さん? ですよね」


「……!」


 御堂くんに指摘されて、自分の今の格好に気付く。


 現在、ボクは頭には被り物をして、首から下は煌びやかな貴族のような服装をしている。なぜこんな珍妙とも言える服装をしているかというと、この服装が次に発表予定の演劇の主役の衣装だからだ。


 次の演劇の内容は、魔女に呪いを掛けられ、野獣の身体にされてしまった王子様は国外追放される。国を追放され、荒んでいた王子様の心をヒロインが癒やし、最後はヒロインからのキスによって呪いが解けるという内容だ。かなり王道的な物語だが、故に一部に根強い人気を持つ展開の演目だ。


 なるほど。被り物をしている上に、衣装や胸に巻いたサラシによって女性的なボディーラインが抑えられている。これでは、ぶつかった相手が誰かはおろか、性別すら分からないだろう。


 分かるのは、毎回熱心にボクの演劇を観覧してくれるファンか、演劇部員くらいのものだ。大して関わりのない御堂くんが分からないのは無理はない。


「いかにもボクは演劇部員だが、ぶつかった事はもう気にしなくていい」


「そっ、そうですか。それでは、俺はこの辺で失礼します」


 そう言うと、御堂くんはボクに一礼する。そして、踵を返してこの場から去ろうと一歩を踏み出す。


 そこでふと、ボクは気付く。


 そうだ、ちょうどいい。偶然とはいえ、御堂涼太くんに会う事ができた。彼の学生証を本人の手に戻してあげるとしよう。


 これまたちょうどいい事に、学生証は今、手元に持っている。ボクも御堂涼太くん探しに疲れていたところだ。


 この出会いはまさに僥倖である。


 ボクは今にも遠ざかっていきそうになる御堂涼太くんを呼び止めようと声を掛ける。


「すまない! ちょっと待ってくれないか!」


 しかし、ボクの声を掛けたタイミングが悪かったのか、声を掛けられ、急停止した御堂くんと偶然近くを歩いていた生徒がぶつかる。


 ーードンッ!


 ぶつかった御堂くんはぶつかった勢いそのままにボクの方へと向かってくる。


 普段なら、迷う事なく避けていたボクだったが、自分が声を掛けた事によって起きた事故ということもあり、咄嗟に避けるという判断を行えなかった。


 当然、勢いのついた御堂くんはボクに思い切り接触する事になる。


ーードサッ!


 ボクに覆い被さるように御堂くんが一緒に倒れる。


 ボクは迫り来る地面との衝撃と、男性に触れられた時、特有のゾワゾワとした不快感を待つ。


「…………」


 あの不快感が襲ってこない? いったい、どうなっているんだい?


 今もボクに覆い被さる御堂くんは、完全にボクに接触している。


 しかし、待てども待てども、不快感は襲ってこない。



 男性に触れられても不快感が襲ってこない!



 初めて起きた現象にボクは混乱する。小学6年生の時に、揶揄われていた男子から告白された事件以来、子供・生徒・大人、誰一人例外なく襲ってきた不快感が一向にやって来ない。


 これはボクにとって大事件だった。


 男性に触れられない。これは普段はまったく問題ないが、演劇の際にはかなり厄介なものだった。


 演劇の際には、当然、役者と触れる機会が少なからずある。女性なら問題ない。しかし、男性の役者となるとボクの体質上、触れることができない。


 一度、我慢して男性の役者と長い時間触れたことがあった。その時には、あとで強烈な吐き気と蕁麻疹がボクの身体を襲った。ボクは家で2、3日寝込む事になった。


 以来、ボクは男性役者との接触を避け、もし接触が避けられない演目でも触れたフリで誤魔化してきた。


 故にボクは今、自分に起こっている事態に酷く動揺していた。


「すっ、すみません。2度もぶつかってしまって……。大丈夫でしたか?」


「あっ、ああ……」


 そんなボクの動揺も知らず、事件の当事者、御堂涼太くんはボクと自分の身体、2人分を起こして、心配する素振りを見せる。


 ボクはいうと、御堂涼太くんの問いかけにも曖昧な返事を返すことしかできなかった。


「えーっと……俺に何か用事があるんでしたっけ?」


「あっ、ああ……」


 ボクに問いかける御堂涼太くんの質問に、早く返事をしなければと心は訴えているが、心とは裏腹にボクの口からは意味のある言葉が出ることはない。


「えーっと……それじゃ、俺は失礼しますね」


 いつまで経ってもハッキリとした返事を寄越さないボクに辟易したのか、御堂くんは未だ動揺から立ち直れないボクを置いて去っていく。


 結局、ボクが動揺から立ち直ったのは、それから10分ほど後になってからであった。



「御堂涼太くん……いったいキミは何者なんだ?」



 誰も聞こえないように、ボクは一人廊下で呟く。と、そこでふとある事実に気付く。


 学生証……彼に返してないや。


 この作品を面白いと思ってくれた方は評価、ブックマーク・レビューをよろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ