元通り?の日常
現在、日付は月曜日。特に祝日というわけでもなく、天蘭高校は通常通り、登校日だ。月曜日独特の憂鬱感を引き摺りながら、俺は2-A組の教室と入っていく。
最近あった出来事といったら、神崎乃亜と友達になった事だ。ただし、男子形態の俺ではなく、女子形態の俺、御堂鈴という架空の妹が、だが。
駅前で延々と乃亜ちゃん! と連呼して、注目を浴びてしまったのは、俺の人生でも10番以内に入る恥ずかしい出来事だった。最近、いろんな出来事が立て続けに起きたせいで、俺もストレスが溜まっていたのかもしれない。
ーーザワッ……ザワッ……
突然、教室の外がにわかに騒がしくなる。しかし、俺にはその原因に心当たりがある。他のクラスの人間ならいざ知らず、2-A組の人間なら慣れた恒例の朝の行事。
神崎乃亜の登校だ。神崎は毎朝、別のクラスの人間に注目されながら登校する。入学してから1年以上経っているというのに、まだいろんな人間から注目されているのだ。
しかし、土日以外のほぼ毎朝だ。騒いでいる奴らは飽きないのだろうか? まあ、騒いでいる人間の半数は神崎乃亜のファンクラブ、K3のメンバーだ。
神崎も慣れたものでいつも通り、周囲の人間は無視して自分の席に淡々と向かう。そして、自分の席に座るといった流れなのだが、最近の神崎は少し違う。
席に座った後、周囲に挨拶をするようになったのだ。当たり前の事だと思うだろうが、今までの神崎を知る者からすれば、衝撃的な出来事なのである。今日も周囲に、「おはよう」と挨拶を振り撒いている。
運良くおはようの挨拶を貰った男子なんか、「おっ、おおおおおおはやうございやす!?」と分かりやすく動揺している。最近では、神崎から挨拶を貰うためだけに他クラスから2-A組に乗り込む者まで出る始末である。
その他にも、神崎の「おはよう」の言葉を録音して、売り捌いている人間もいるとか。ちなみに値段は1ボイスにつき、5000円。バーチャルYouTuberでもしない強気価格である。
しかし、今日の神崎は機嫌がいいらしいな。傍目から見ていてもそれがよく感じ取れる。やっぱり、先日の土曜日の件が原因か?
先日の土曜日、神崎と別れてから男子形態の方の俺にも連絡が来ていた。その内容はーー
《NOA》
【緊張しちゃって鈴ちゃんの連絡先、聞き忘れた(>_<)】
《NOA》
【御堂、鈴ちゃんの連絡先教えてくれない?】
《NOA》
【あっ、やっぱり待った。こういうのは本人から聞くのが一番テンションが上がるし、やっぱ教えなくていい】
《NOA》
【それはそれとして、鈴ちゃんに次、いつなら会えるか聞いてくれない?】
《NOA》
【鈴ちゃん、私のこと何か言ってなかった?】
《NOA》
【鈴ちゃんって御堂には勿体ないくらい可愛い妹さんだね】
などなど、鈴ちゃん(俺)に関係する事ばかり、連絡してきた。神崎……鈴ちゃん好き過ぎだろ……。ちなみに《NOA》というのは、神崎のアカウント名である。
いつもはクールで無口な神崎だが、鈴ちゃんとSNSのやり取りだけはお喋りなのである。K3のメンバーが知ったら、腰を抜かすんじゃないだろうか。いや、アイツらなら寧ろ喜ぶかも……。
とまあ、このように俺の日常はまだ少々慌ただしいが、順調に戻ってきていると言えた。男子からの敵対的な視線は相変わらずだが、それも神崎との関わりが無くなれば、次第に収まっていくはずだ。
ああ、我が愛しき何気ない日常。
神様、この幸福に感謝いたします。もうお賽銭を500円から5円に下げるとか言ったりしません。今なら、5000円だって惜しくはありません。
おお、神に感謝を……。
ーーとか思っていた俺だったが、神様という奴はトコトン俺のことを追い詰めたいらしい。
一時は、神に信仰を捧げていた俺だったが、すぐにその信仰心は霧散して消え去った。
なぜならーー
「やぁ、御堂涼太くん。これは奇遇だねー」
一度、退けた強敵、劔朝日先輩と再び対峙することになったからだ。
劔朝日先輩……なんでアナタがまた俺の前に現れるんだ!
「フフフッ……ボクは今日のところは引くと言ったが、別にキミから興味を無くしたわけではない……御堂涼太くん」
まるで、心を読んだように劔先輩が俺の心の声に答える。
現在、場所は階段の踊り場。特に今いるココは校舎の中でも目立たず、人通りも少ない。だからこそ、俺は気に入っていたのだが……。今は人通りが少ない事が完全に裏目に出ている。
教室の時のように助けてくれる人物、神崎乃亜はここには居ない。誰かの助けは期待できない。
「さぁ、それではあの時と同じ質問をしようじゃないか」
劔先輩は一歩、前に出ると矢継ぎ早に質問を並べていく。
「なぜ、キミの学生証を女子生徒が落としたのか? その女子生徒は本当に妹なのか? 妹だとすれば、写真を見せてくれないか?」
「うぐっ…………」
あの時とまったく同じ質問だ。正直、この前は質問をぶつけられて、為す術がなかった。神崎が助けてくれなければ、どうなっていたか分からない。しかし、今回の俺はこの前とは違う。
こんな事もあろうかと、女子形態の俺の写真を撮って保存しておいたのだ。まさか、こんなにも早く出番が来るとは思わなかったが、備えあれば憂いなし。
「写真なら……ここにありますよッ!」
俺はスマホに保存してあった写真を見せつける。
劔先輩……この写真が目に入らぬか!
「ッ!」
写真を見せると、劔先輩は明らかに動揺を見せた。俺が写真を用意しているはずが無いと鷹を括っていたのだろうか。
残念だが、写真はこうしてあるのだよ! ハーハッハッハッハ!
「確かに……この写真の女子は私が見かけた女子生徒だね……」
「そうしでしょう! これで学生証を落としたのが妹だって信じてくれますよね!」
「…………」
「とにかく、俺はこれで失礼します!」
問題はないと思うのだが、どこかでボロが出てもいけない。誤魔化すように俺は足早で踊り場を去る。これで劔先輩も納得してくれただろう。
しかし、急いで踊り場を立ち去る俺には聞くことが出来なかった。ギロリと俺を見つめる劔先輩の言葉を……。
「こんな事で私の目を誤魔化せると思わない事だよ……御堂涼太くん!」
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