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植物ハカセな君と  作者: 岡 北海
第一章 2年生編
9/9

9.眠り姫な君と(2)


校舎の外れにある僕の圃場に彼女はわざわざ足を運んできた。


ちょうど良かったので次の実験で使う植物の播種を手伝ってもらった。

なかなか手際がいい。



「王国植物学会の会報、見ました。あなたがあの白い花を発見した特集です。それであの花の王国名って、その、私の名前が入ってたりして、なんて……。」


自信なさげに彼女は聞いてきたが、その通りだった。



新種を発見した者の一番の醍醐味と言えば、名前を付けることだ。

それを僕が横取りしたみたいで、罪悪感があった。

彼女に付けてもらうのがいいかとも思ったが、また会えると思っていなかったし、こうして喜んでくれたから結果的にはいいだろう。


リアナに作業を手伝ってもらい、終わる頃には日が暮れていた。

遠慮する彼女のスクールバックを奪って、半ば無理矢理女子寮まで送った。


何気ない会話のなかで、ふと気になることを聞いてみた。


「君はどうして植物科に入ったんだ。」

「それは……。」


さっきまで楽しげに話していたリアナの顔が曇る。

何かまずいことを聞いてしまっただろうか。

エーリヒいわく、僕は多くの人と少々ズレているらしい。

その気は無かったが、不愉快な気分にさせてしまったのかもしれない。

僕が静かに反省していると、彼女は小さい声で切り出した。


「笑われてしまうかもしれないのですが、立派な理由はないんです。」

「植物が好きっていう理由だけで何となく植物科を受験して……」


これ以上ない理由じゃないか。


「これ以上ない理由じゃないか。」


思っていたことが口から出た。

それなりに大きい声で、彼女もだが僕も驚いた。


利益を求めず、ただ植物が好きな人間がここにもいた。

人の意見など全く気にしないと思っていたが、どうやら僕は仲間が欲しかったらしい。




リアナを圃場の手伝いに誘うと、彼女は快く引き受けてくれた。

それから彼女は放課後圃場に来るようになった。

実験植物の播種や、サンプル葉の摩砕、水やりなど、リアナは黙々とこなした。

世に名前を残した偉大な研究も、ふたを開ければ地味でつまらない作業の積み重ねだ。

彼女はなかなか研究者に向いているのかもしれない。

僕の話を楽しそうに聞いてくれるし、わからないことがあれば真剣にメモを取る。


「クラウスは先生だね。」

「今のところ君専属のな。」


土を付けた顔で笑い合う。

初めてできた友人という存在が眩しくて、僕は目をすがめた。





学会が終わり学校に戻ってきた僕は、女子寮の門の前に来ていた。

学会で聞いた薬物関連の植物の発表を聞いてから、リアナの様子が妙に気になったからだ。

思い返してみると最近の彼女は、顔色が悪く、目の下に濃いクマができていた。それに、落ち着かなそうにそわそわしていた。

もしかしたら、リアナシロネムリソウの副作用かもしれない。


だからといってこんな夜も更けたいい時間に会えるわけがない。

どうせ明日圃場で会えるだろうと思って、その場をあとにしようとしたとき。


「?」


視界の隅にふらふらと動く何かをとらえた。

その方向は中庭だ。

嫌な予感がして、僕は走り出した。



「リアナ!」


リアナは立ち入り禁止のロープの内側に座り込み、花を両手でつかんで口の中に突っ込んでいた。

僕は慌てて駆け寄ると、彼女を羽交い絞めにした。


「だめっ、もっと食べなきゃっ」

「リアナ、もう大丈夫だから。」


駄々をこねる彼女は、いつもの大人しい様子と結びつかない。

完全に錯乱状態だった。


暴れる彼女を抑え、口の中に指を入れて花を取り出す。

いくらか飲み込んでしまっているかもしれない。


彼女がぐったりした隙を狙って抱きかかえると、最短ルートで圃場にある実験棟へ向かった。


彼女を後ろから抱えたままトイレに駆け込む。

綺麗に洗って除菌した指を口の中に入れて、舌の根元を軽く押した。

苦しそうにうめく彼女に心が痛んだが、全て吐き出させなくてはいけない。


泣き出してしまった彼女をなだめつつ何度か吐き出させると、仮眠室に運んだ。


何か飲み物を飲ませようと思ったが、生憎水しか出せるものが無かった。


「塩化ナトリウムとスクロースはあるが……。」


実験室用だから食用ではない。

僕は実験棟を出て男子寮に忍び込み、キッチンから塩と砂糖を拝借した。

水に少量溶かして、リアナの元に持っていく。


「リアナ、飲めるか。」

「んん。」


彼女の上半身を起こし、マグカップに入った特製経口補水液を飲ませた。

土に水が染み込んでいくようにごくごくと飲んでいる。

彼女を再びベッドに横たえると、ようやく僕は一息ついた。


「それにしても、花の効果が前回と違うな。」


中庭で最初にリアナと会ったときの彼女の症状は、催眠と筋弛緩のはずだ。

今回は興奮状態であるが程度意識を保っていた。


成熟段階によって産生する成分が変わるのか、そうだとしてなぜそうなったのか。リアナに毒の耐性がついた可能性もある。どちらにせよ詳しく調べなくては。


これだから植物は面白い。

僕が新たな実験計画を立てるべく、ノートに記録を書き付けてしばらくした頃、


「クラウス?」


リアナが目を覚ました。


僕の存在を認めた瞬間、彼女は泣き出した。

彼女も学会に行きたかったようだ。

言ってくれればもう一人分参加登録をしておいたのに。

次の機会には彼女も連れて行こう。


そんなことを考えている間に、彼女はしゃくりをあげながら語りだした。


「私っ、わたし、クラウスと会ってから、毎日楽しかった。植物が好きなことも思い出せた。色んな事教えてもらって、もっともっと勉強したいと思った。」


それは僕のセリフだ。

僕も君が圃場に来るようになって毎日楽しい。


「でも、クラウスが普通に話してくれるから、忘れちゃうけど、ほんとだったらクラウスは田舎出身の地味な女が話しかけられないような身分で、実力もあって、落ちこぼれの私はなんにも釣り合ってなくて、」


密かに喜びをかみしめていたが、急に雲行きが怪しくなってきた。


「初めて友達ができたかもって思っちゃって舞い上がって、馬鹿みたい、私。友達になんてなれるわけないのに。調子に乗ってごめんなさい。迷惑かけちゃって、ほんとごめん。」


ちょっと待て。何故謝られているんだ。

僕たちは正真正銘の友人同士だと思っていたが、それは僕だけだったのか?

僕に気安い口調で話しかけてくれるようになったときから、てっきり心を開いてくれているのだと思っていた。

内心そんな風に線を引いていたのかと少しへこんだが、すぐに考えなおした。

彼女にこんな考えに至るようなことを吹き込んだ第三者がいるはずだ。


「はぁ……。」


腹立たしい。

僕がいない間に彼女は心細い思いをしただろう。

しかし、もし僕がそばにいたとしても、彼女はきっと傷ついたことを僕に言わなかった気がする。

彼女は良くも悪くも控えめなのだ。


「僕がいない間に、君が誰に何を言われたのかは知らないが、」


胸ポケットからハンカチーフを取り出して彼女のびしょびしょな顔を拭く。


「僕と君はとっくに友人だと思っていたが。君は違うのか?」

「!」

「大体、僕から手伝ってくれと持ち掛けたんだ。迷惑だと思うわけないだろう。」

「う゛、グラ゛ウ゛ズ~」

「それに、僕も君と作業している時間は悪くないと思っていた。」

「うっ、ううっ、ありがとう~」


リアナは僕の手からハンカチーフを取ると、思いっきり鼻をかんだ。


「豪快だな。」

「ふぅっ、ううぅ、クラウス、大好きだよ。」


一瞬固まった僕は、頭の中で言われたことを反芻した。

それは、今まで囁かれてきたどんな愛の言葉よりも、僕の身に染みわたった。


「ふっ、明日また聞くから、正気に戻ったらもう一回言ってくれよ。」


きっと明日になれば、控えめな彼女は言ってくれないだろう。


「う゛ん゛、大好きっ、愛してるっ、」

「ふっ、ははっ。面白いな君。」


言うだけ言って彼女は夢の中へ旅立っていった。

彼女の腕を肌掛けの中にしまおうと掴んだ。


「冷たい……。腎機能が低下してるのか。」


彼女の体は氷のように冷えていた。

温めてやらなくては。


僕は靴を脱いでベッドに上がり、肌掛けの中に体を滑り込ませると、彼女の体を抱きしめた。足先で彼女の足に触れると、こちらもキンキンに冷えている。体温を移すように、彼女の小さい足に自分の足をくっつけた。


そうしている間に、段々僕も眠たくなってきた。

なかなか疲れがたまっていたようだ。


「おやすみ、リアナ。」


彼女の額にキスをして、僕も眠りに落ちた。



翌日、目を覚ましたリアナはやはり正気に戻っていた。

顔を赤くして慌ててベッドから逃げていく彼女を見送る。

僕としてはもう少し一緒に寝ていたいところだったが仕方がない。

彼女とはまた放課後会えるだろう。

僕はシャワーを浴びるべくベッドから降りた。


窓からは葉を落とした寂し気な木が見える。

だが、よく見れば蕾をいくつも付けているのだ。


全ての生物が待ち望む春は、すぐそこまで来ていた。



















結局2話になってしまいました!


続きは現在執筆中です。

残り10話ほどで完結予定でございます!


読んでいただきありがとうございました!

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