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植物ハカセな君と  作者: 岡 北海
第一章 2年生編
8/9

8.眠り姫な君と(1)




植物は良い。知れば知ろうとするほど謎があふれてくる。

どうしてそこに根付いたのか。いったいどこからやってきたのか。なんの仲間なのか。

良質な謎を提供し続けてくれる。

そしてそれは尽きることは無いのだ。


それと比べて僕たち人間ときたら———


「クラウス!またご令嬢をフッたんだって?」


幼馴染のエーリヒがニヤニヤしながら僕の部屋に入ってきた。


「ノックくらいしろ。それと僕はフラれた側だ。」

「どうせお前が仕向けたんだろ。」


エーリヒはごく当然のようにソファに腰かけて脚を組んだ。

それを無視して僕は今日の実験をノートにまとめつづける。


「僕はただ、君の要望にはこれ以上答えられないと正直に言っただけだ。」

「ひどいなぁお前。」


僕としては相手に誠実に対応しただけだったが、どうやら一般的には正しくなかったようだ。


ある程度の年齢に達してから、僕の外見と次期公爵の肩書に騙された少なくない数の女性たちに言い寄られるようになった。僕も興味の赴くまま、手当たり次第に彼女たちと付き合った。

好意を向けられ、肌の柔らかさに触れることは確かに心地が良いものだった。

だがそれだけだ。

見た目と性格を気に入って、触れ合って、よろこびを感じる。

そこで終わりだ。


「ご令嬢たちの相手をするのはこれで最後にする。」

「そんなこと言ってお前、このまま一生一人でもいいのかよ。」

「心配する必要はない、いつかは結婚するさ。それに僕には研究があるからな。」

「この植物バカが。」


僕は小さい頃から好奇心が旺盛で、一度気になったものはやってみないといられない性分だった。恋愛に限らず、音楽、武芸、芸術、とにかく何でもやった。その全てが楽しかったが、もれなく終わりがあった。

植物だけが、唯一この飽き性な僕を満たしてくれた。


「お前はそれでいいかもしれないけど、お前のお母様はカンカンだったぞ。」

「なっ、お母様に言ったのか。」

「偶然下で会ったからな。クラウスがまた女の子と別れたらしいって言っておいた。」

「貴様……余計なことを言いやがって。」


エーリヒは憎たらしい顔で笑いながら部屋を出て行った。

寄りにもよってヤツは面倒なことをしてくれた。


「はぁ、仕方がない。」


怒らせたままにしておくと後が面倒なので、機嫌を取りに行くべく談話室に向かった。




「……。」


部屋に入ると、中央に置かれたソファにお母様は腰かけていた。

無言で紅茶をすすっているが、もうすでに圧がすごい。


「お母様、ご機嫌いかがですか。」

「いいわけがないでしょう!クラウスあなた、またご令嬢のことをもてあそんだんですって?」

「もてあそんでなどいません。誠実に対応しただけです。」


エーリヒのやつどんな言い方をしたんだ。


「どうせあなたが失礼なことを言ったのでしょう。ご令嬢を実験台みたいにするのはおよしなさい。」


さすがお母様だ。僕のことをよくわかっている。


「それはもうご心配なく。今回でやめにするので。」

「そういう問題ではありません!」


お母様の怒りは止まらない。

機嫌を取りに来たはずが火に油を注いでしまった。


「あなたはいつまでも雑草やらの研究に気を取られて、その他の人間的な活動はどこにやってしまったのですか。」

「雑草ではありません。全ての草には名前が」

「おだまり!」


お母様は再び深いため息をついた。


「クラウス。あなたは小さい時からなんでもできた優秀な子よ。誇りに思っていますが、母は心配です。公爵家の人間として、もっと楽のできる道もあるのに、このままではあなたに残るのは研究だけになってしまわないか。」

「……。」


こんなことを言っているが、僕にここまで好きなことをやらせてくれたのは他でもないお母様だ。感謝している。

結局は僕のことを想ってのことだろう。


「ご心配をおかけしてすみません。家のことは捨てたりしませんのでご安心ください。」


お母様が静かになった隙に、ソファの背に手をついて頬にキスをした。


「おやすみなさい。」

「クラウス!まだ話は終わっていません!」


まだ何か言っていたが、聞こえなかったふりをして部屋を後にした。





僕は恵まれた環境に生まれ、どうやら見た目も優れているらしい。

それは十分理解している。

だが、それがなんの意味を持つのだろう。

僕が家を持たない乞食で、醜い顔をしていても、彼女たちは変わらず愛してくれただろうか。

植物の研究をやめて公爵家の跡を継ぎ、当主として成長して領地を治める。

僕に当たり前に用意された未来をこのまま歩んだとして、僕の手元に残るものは?

果たしてそれは幸せということなのだろうか。

僕はただ植物のことが好きなだけなのに、自分を取り巻く環境がそうはさせてくれないらしい。


自室の窓際に置いたサボテンを撫でる。

痛そうな見た目だが、触ると案外やわらかくて気持ちいい。

とげは外敵から身を守り、水分の蒸発を防いでくれるのだ。


「……植物になりたい。」


人間関係も、自分の役目も、全部が複雑だ。

こういうとき、木や花が羨ましくなる。

自然の中で日光を浴びて、ときには雨風に吹かれながら、ただそこに佇んでいたい。

いっそ器官の1つでもいい。ある日突然、葉緑体になれないだろうか。


「わかってる。僕が一番つまらない人間だな。」


サボテンに語りかけると、彼もしくは彼女はただ無言で僕のことを見つめていた。



------------------------------



王立学校には幼等部から通っていて、初等部のときに農学の博士号を取った。植物の研究はどこでもできるから、大学部に飛び級はしなかった。

それに、高等部の植物科に興味があった。

そこになら、僕と同じ興味を持った同年代がいると思っていたのだ。


しかし、クラスメイト達の興味は、純粋に植物のみに向けられたものではなかった。

実用的な化学物質を生産する砂漠植物の開発やら、王国を支える農業経済の確立やら、ご立派なものばかりだ。

多くは良家の子女で、彼らの後ろの存在がちらついた。


僕は教室に行かないで、高等部の敷地内に作った自分の圃場にいるようになった。

講義の内容はすでに履修済みだし、その時間を実験に充てた。

高等部への進学は期待外れだった。

実家を出て寮生活が始まり、今まで以上に研究に集中できる環境が整ったことが唯一良かった点かもしれない。



------------------------------



その日、僕は中庭に来ていた。

先日見つけた新種の白い花のスケッチをしに来たのだ。

今週中に描き上げて提出しないと、来月の王国植物学会会報に間に合わない。

現在編集長をやっているマルクス教授は期限が過ぎれば絶対に受理してくれない。今日絶対に終わらせなければ。


遠くに講義が始まる鐘の音が聞こえる。

僕は前回絵を描いた時に座ったベンチに座ろうとしたが、


「すー……。」

「……先客か。」


高等部2年生になって、この何もないさびれた中庭で初めて自分以外の誰かと遭遇した。

名も知らぬ女子生徒は上半身をベンチに預け、閉じた脚は地面に投げ出している。

足元にはスクールバック、右手には何故か分厚い本を抱えている。

見てみれば、僕が図書室で探していた王国植物図鑑だった。


「君が持ってたのか。」


こんな本を借りるということは植物科の人間だろう。

僕と同じネイビーのネクタイをしているので恐らく別のクラスの2年生だ。

静かな中庭に彼女の規則的な寝息が響く。

穏やかな眠りを妨げるのはかわいそうだけれど、僕には僕で引けない事情がある。


「おい、お嬢さん。起きてくれ。いや、同い年にお嬢さんは変か?」

「……。」

「もう講義が始まっているぞ。」


彼女の肩を軽くゆするが、全く起きる気配がない。


彼女が陣取っているベンチでなければ、前回と位置がずれてしまう。

それに、いま行っている実験のDNA増幅を待つ2時間の間にこの用事を済ませたいのだ。

ここで時間を取られれば、この後のスケジュールに響く。


「失礼するぞ。」


僕は寝ている彼女の上半身を起こして自分に寄りかからせ、ベンチに腰かけた。眠っている人間の重みを右半身に感じながら、僕は描きかけの絵に取り掛かった。


絵が完成間近というところで、ようやく彼女は目を覚ました。

突然現れた僕の存在に驚いているようだったが、またすぐに意識を手放してしまった。彼女が眠っていたのは昼寝じゃなくて花のせいだったらしい。


それにしても、ひと月もこんな寂しい中庭で花の正体を探っていたとは、僕も人のことは言えないが相当変わっているようだ。


絵は描き終わったが、このまま眠る彼女を放置して置けないので、仕方なく保健室に運ぶことにした。

彼女のスクールバックと自分の荷物を片手に持ち、図鑑を抱えた彼女を横抱きにする。


講義中の静かな廊下を歩き、保健室の引き戸を足で開けた。


「まあ!リンネ博士。その子どうしたの?」


保健医がベッドに案内してくれたので、そこに彼女を横たえ、図鑑を取り上げた。


「彼女は植物科2年で、名前は……」


そういえば名前を聞いていなかった。

何かわかるものはないかとあたりを見回して、手に持っていた彼女のスクールバックが目に入った。


「リアナ・スミスです。少し休ませればじきに目を覚ますと思います。では、あとは頼みました。」



僕とリアナの出会いはだいたいこんな感じだ。

この時はもう彼女と会うことは無いだろうと思っていたけれど、再会はすぐだった。


彼女から僕を訪ねてきたのだ。
















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