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「はっ、はぁ、はぁ。」
今は何時だろう。窓からは高い位置に上った月の明かりが差し込んでいる。
体を動かすと、制服姿のままだ。
入浴もせずに長時間寝ていた不快感がある。
ひどく喉が渇いていた。
どうしよう。どうしようもなく怖い。
正体不明の不安がリアナを襲っていた。
とにかく誰か自分以外の動いている人に会いたくなる。
隣の部屋にノックしに行こうか。
リアナがふらりと立ち上がった時だった。
「リアナ。」
「!」
「リアナ、おいで。」
「クラウス……?どうしてここに?」
「さあ、ここにおいで。」
リアナの部屋に制服姿のクラウスがいた。初めて名前を呼ばれた気がする。
鍵がかかっていたはずなのにどうやって入ってきたんだろう。
しかもこんな時間に。
しかし、そんな事どうでもよくなるくらい、リアナは誰かにすがりたかった。
クラウスは見たことのない優しい顔と声音で、両手を広げて自分を待っている。
「クラウス、私っ、」
その長い腕に縋りつこうとしたとき、クラウスは離れて行ってしまう。
「ど、どうして。」
「ははっ、こっちに来るんだ。リアナ。」
クラウスは笑みを絶やさぬまま、部屋を出て行ってしまった。
「待って!置いてかないで!」
リアナも部屋を飛び出した。
ふわふわとどこかに行ってしまうクラウスを、リアナは必死に追った。
手を伸ばせば届きそうなのに、なかなか追いつけない。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、」
動悸が激しい。どれだけ息を吸っても苦しい。
今までの睡眠不足の結果が、全て頭痛になって襲い掛かってきている感じがした。
「クラウス、クラウスどこ?」
「リアナ、ここだ。」
声がする方を見ると、ロープで囲まれた白い花の近くにクラウスが立っていた。
リアナはようやく、自分が中庭まで来ていたことに気づいた。
「クラウス、そんなところで何してるの?」
「リアナもおいで。」
彼は白い花を一輪摘むと、口づけするみたいに香りをかいだ。
その白い花が、強烈に魅力的なものに見えた。
自分も欲しくてたまらなくなる。
ふらふらとリアナも白い花に近づき、ロープをくぐると、一輪とって深く息を吸い込んだ。
すると、ずっと音が鳴ってる頭の痛みや、倦怠感、絶望感、不安が、嘘みたいに無くなった。
「なに、これ。」
「いい気分だろう。まだ沢山ある。」
クラウスは花の蜜みたいに甘い微笑みで白い花束を渡してきた。
受け取ったリアナは、無我夢中で香りを吸い込んだ。
すごい。嗅げばかぐほど力があふれてくる。幸せを感じる。怖いことなんてなくなる。黒いものもどこかに去っていく。
もぐもぐと花弁を口に頬張る。
もっと、もっと欲しい。
不安が再び襲ってくることに怯えて、リアナは一心不乱に花を貪った。
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「うっ、うぐっ、」
「そうだ、全部吐いて。」
ここはどこだ。
口の中に何か長いものが入っている。
顔中がべちゃべちゃな感覚がする。涙と鼻水だろうか。
舌の奥を刺激されて、嘔吐感がせりあがってきた。
「う゛っ、おぇっ、」
「だいぶ吐けたな。」
誰かに背中をさすられている。
服越しに手のひらの温かさがしみてきて、リアナは泣きそうになった。
「立てるか……無理そうだな。」
ジャーっと流水音が聞こえた後、リアナの体はふわっと浮いた。
「うっ、ふぐっ、うぅ、」
自分は泣いているんだろうか。
自分のことなのにどこか他人事のようにリアナは思った。
情けなくて、死にたくなった。
今すぐこの腕から落としてくれないだろうか。
そんな願いも空しく、リアナを抱き上げる腕はしっかりと抱えて離さなかった。