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植物ハカセな君と  作者: 岡 北海
第一章 2年生編
5/9




今日は植物形態学のグループワークがあった。

グループの振り分けは学籍番号順で、四人一組だ。

リアナのグループは皆同じクラスだった。

他のクラスの人じゃなくて良かったと安堵したリアナだったが———


「ああ、これはもうやっておいたから、スミスさんはノート写してくれるだけでいいよ。」

「えっ、でも、」

「この前の授業の後三人で集まる予定があってね、その時終わらせちゃったんだ。」

「そうだったんだ……ありがとう。」


リアナ以外の女子2人と男子1人は元々仲のいい3人組だったらしい。

確かに教室でもよく一緒にいるかもしれない。


リアナが課題をノートに写している間、三人は楽しそうに会話している。

前回の講義終わりに出された課題を、グループで話し合ってノートにまとめて提出するというのが今日の講義内容だったのだが。


「……。」


周りがグループで話し合っているなか、リアナは黙々とノートの内容を書き写す。課題の出来は文句の付け所が無かった。


できるだけ丁寧に書き写したつもりだったが、それでも終わりの鐘が鳴るまでまだまだ時間が残っていた。

時計をちらちらとみるが、ちっとも進まない。

教科書を眺めながら、永遠みたいな時間をリアナはやり過ごした。



リアナの扱いはだいたいこんな感じだ。

意地悪をされるわけじゃないけど、仲良くもしない。

最初のうちは積極的に輪に入ろうとしていたリアナだったが、それも諦めてしまった。


講義が終わって昼休みに入った。

1人になりたくて、リアナはさびれた中庭に来た。

やっぱり誰も居なくて、ほっとしながらベンチに腰掛ける。

あまりに静かすぎて、ここでクラウスと会ったことが幻のように思えてきた。


「うっ、」


突然心臓がギュっと痛んで、リアナは胸を抑えた。


「なんだろう、疲れてるのかな。」


少し仮眠を取ろうと目をつむりかけたとき、


「君も来てたのか。やはり君と僕以外の変わり者はいないみたいだな。」

「っ!クラウス。」


目の前にクラウスが現れた。

自分の夢かとリアナは思ったが、どうやら本物だ。


「私はごくごく普通だよ。クラウスは何しに?」

「ああ、あの花を採取しに来たんだ。」


クラウスが指さす方を見れば、リアナシロネムリソウが群生しているところがロープで囲われており、立て看板が置いてある。


「立ち入り禁止……?」

「君も知っている通り、あの花は人を昏倒させる効果を持っている。しかし、この場所でしか確認されていないから引き抜くこともできない。来週中にちゃんとした囲いができるらしいが、それまでは応急処置だ。君も安易に近づくなよ。」

「はぁ、クラウスはいいの?」

「僕はあらゆる毒物に耐性があるから平気だ。立ち入るのが面倒になる前にサンプルを取りたい。」

「耐性って……。」


彼の毒物耐性がその高貴な出自故なのか彼の知的好奇心によるものなのかわからないが、どちらもあり得そうだ。

立ち入り禁止のロープを易々とまたぎ、白手袋を着けた手でポンポン花を引っこ抜いてゆく彼を眺めながら、リアナは自分の口角があがっているのに気がついた。


さっきまでの暗い気持ちが、クラウスの登場によって吹き飛んだようだ。

それに、クラウスはちゃんとリアナの顔を見て会話してくれる。

空気みたいだった自分の存在が、形を取り戻したみたいだった。

もっとも、クラウスにとって植物以外のものは取るに足らない存在である可能性が高いが。


「どうした、とぼけた顔をして。」

「えっ!別に何も!」


ボーっとしていたら、いつの間にか花を取り終わったクラウスがリアナを覗き込んでいた。

相変わらず近い。


「ちょっと、近いよクラウス。」


リアナは目をそらしたが、クラウスが離れていく気配はない。

すると、手袋を外したクラウスの長い指がリアナの目の下をなぞった。


「んっ」

「クマができている。眠れてないのか?」

「……ちょっとだけ寝つきが悪いだけ。」

「そうか。今日は圃場に来なくていい。」

「えっ!私は大丈夫だよ。水やりもやらなきゃいけないし。」

「明日から泊まり込みで学会があるんだ。一週間はいないから実験もきりがいい所で終わらせてある。水やりは3日に1回でいい。」

「そっか……。」

「今回の学会は四年に一度の全地区合同大会でな。普段はなかなか姿を現さない研究者も顔を出すんだ。僕もこれまでの研究を発表する。」


体調を心配してきたかと思えば、目を輝かせて学会に思いをはせてみたり、やっぱりクラウスがよくわからなかった。


それよりも、


「1週間もいないんだ。」

「ん?何か言ったか。」

「ううん、何も。気を付けて行ってきてね。」

「ああ、面白い情報が入ったら君にも共有しよう。」

「ははっ、よろしくね。」


颯爽と去っていったクラウスを明るく送り出したが、リアナは胸に黒いもやがかかっていく感覚がした。



------------------------------



「うぅ、眠たい……。」


昼休み、リアナは教室の自分の机に突っ伏していた。

クラウスが学会にいってから3日が経った。

圃場の水やりをする日は3日後。リアナは放課後手持ち無沙汰になった。

ここ1か月毎日クラウスの圃場に行っていたので、それがパタッとなくなって一気に暇だ。

とは言っても講義ごとに課題は大量に出ているので、それをこなす時間が生まれてむしろありがたいはずなのに。

夜、どれだけ眠たくても、頭が覚醒しているみたいにざわざわと落ち着かなくて、なかなか寝付けない。

圃場に行かなくなって体をあまり動かしてないから、体力が余ってしまって眠れないのかもしれない。

今日は散歩でもしようかと思っていたリアナの耳に、廊下の話し声が飛び込んできた。


「……スミスさん……圃場に行っ……」

「クラウス様の……」


突っ伏した体勢から動けなくなったリアナは、さらに聴覚を研ぎ澄ました。


「あの子落ちこぼれでしょ。この学校入れたのが不思議よね。」

「レベルが見合ってないのさ。田舎では優等生だったかもしれないけどね。」


クスクスと笑いあう声が聞こえる。


「クラウス様も迷惑してるだろうね。優秀なご令嬢なんて他に沢山いるのに、寄りにもよって、ははっ。」

「ちょっと、笑ったら失礼よ。見た目に関しては少し地味なだけじゃない。」

「けどさ、どう考えてもスミスさんが付きまとってるよな。静かなくせに案外やること怖いぜ。」


予鈴が鳴って、二人組の会話はどこかにかき消されていった。


頭がぐわんぐわん回っているような、ガンガンと音が鳴っているような感じがした。でも、どこか冷静な自分もいた。


「そりゃそうだよね。」




リアナはその日、学校生活で初めて自主的に授業をさぼった。


寮に戻って、そのままの格好でばたっとベッドに倒れ込む。


なんだか泣きたい気もしたけど、そんな気持ちも置いていくように頭がざわざわと騒がしい。

叫びたい、走り出したい、苦しい、腹が立つ、悲しい、悔しい。

自分の中のめちゃくちゃな感情を、かすかに残った理性が必死に押しとどめている。そうこうしているうちに、電源が落ちたかのように眠りに落ちた。



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