☆陰陽アイドル☆ と 物理担当プロデューサー
ストレスだらけの現代社会。
人の負の感情、怨嗟。
それは普通の人間が考えているよりも強いエネルギーを持っている。
人口密集する現代都市において、その負の力はたやすく集まり、悪霊と呼ばれる存在となって、事故や災害を引き起こす。
そんな悪霊たちを、人知れず祓う者たちがいた。
詠呪と舞法で、闇を祓う者たち──古くは陰陽師と呼ばれた彼らは、現代において、別の形へと姿を変えていた。
歌とダンスで、光を振り撒く──陰陽アイドルである。
☆
早朝の都市を、大型トレーラーが疾走する。
運転席の呪測計がビービーと鳴った。
前方の大型交差点、あそこが今回の『会場』だ。
ハンドルを握るサングラス女がインカムに言う。
「ウォームアップは済んでるな? 突っ込むぜ。踏ん張りなよ」
少女の声が、低音質なドライブスピーカーから返ってくる。
『ハイいけますっ!』
『準備、万端』
『いつでも来いってかんじ~』
都市有数の大交差点だ。幅広い幹線道路を大量の歩行者が行き交っている。
とくに今は通勤通学ラッシュの時間帯。黒いスーツや学生服の人混みは、まるで蟻の大群がうごめいているかのようだ。
そんな交差点のど真ん中に、派手なトレーラーが突っ込み、急ブレーキで停まった。
同時に車載の大型スピーカーから、大音量のノイズが響き渡る。
通勤通学者たちにとっては、たまったものではない。なんだあの迷惑車両は? 耳が痛くなるほどの大音量、喧嘩を売っているのか? ただでさえ憂鬱な朝なのに。誰かアレをなんとかしてくれ。警察はなにをやっている?
人々の苛立ちが、波のように広まっていく。
それはただのイメージではない。かすかに黒い色をまとった波が、交差点に広がり、そしてどんどん濃くなっている。
負の感情が形を成しはじめているのだ。
黒い瘴気が満ち、まるで生き物のように蠢き始めたその瞬間……
陰陽アイドルの『ゲリラライブ』が始まった。
「みなさーん! おはようございまーす!」
バカッ とトレーラーコンテナが開くと同時。
元気溌剌な少女の声が響き渡った。
一瞬のうちにきらびやかなステージが出来上がっている。コンテナは移動型ステージだったのだ。
元気な挨拶は、巫女のような紅白衣装をまとった少女によるものだった。
清楚で活動的な黒髪。明るい瞳。ブンブンと健康的な手を振り、笑顔を輝かせている。
「お時間頂戴、お目汚し御免」
涼やかな声。二人目の少女だ。
口元からベールを降ろしていて、切れ長の目だけがのぞいている。
ピシリと整った純白衣装をまとい、美しく背筋を伸ばした姿は、見るだけで清涼感を覚える。
「まあ気楽に観て聞いて、楽しんでって~」
柔らかな声。三人目の少女だ。
眠そうな目、ウェーブがかった明るい髪。ゆったりとした衣装だが、ところどころ肌が露出しており、女性的な輪郭を際立たせている。それでいて人を癒やすような柔らかな立ち姿だ。
三人の少女は歌い始めた。
ゲリラライブだ。
歩行者たちは、苛立っていたことも忘れて聞き惚れる。
鳴り響く曲は、さっきまで流されていた雑音とは違う、洗練されたポップピュージックだ。
少女たちのパフォーマンスも良い。
明るいステップ。
瑞々しい歌声。
艷やかなダンス。
年若い少女たちによるライブは、生命力に溢れている。
まるで光り輝くようだ。
その光は錯覚ではない。さきほどまで大交差点にあふれようとしていた黒い瘴気が、今やすっかり無くなっている。
まるで光によって祓い散らされたかのように。
「どうも、ありがとうございました! 今日も元気にいきましょう! いってらっしゃい!」
突然はじまったゲイラライブは、突然終わった。
バタンとステージが閉じ、トレーラーが走り去っていく。
朝の通勤通学者たちは、夢から覚めたように歩き出した。
なんだったんだろう。最近売り出したグループかな。検索してみようかな。名前言ってたっけ? またどこかでやるのかな。
彼らは気づいているだろうか、憂鬱な気分が霧散していることに。
肩こりが消え、頭痛が引き、理由のない鬱屈としたモノがサッパリ消えていることに気がついているのは、この中に何人いるだろうか。
いつも通りの姿を取り戻した交差点。
さきほどまでそこにあった黒い瘴気は、跡形もなく綺麗に祓われていた。
☆
眠い。
だるい。
トレーラーの振動が眠気を加速する。
なにが嫌って、朝が早いんだよな、このゲリラライブ。
これがいちばん鬱屈した人間を多数相手にできる効果的な時間帯って話だけどさあ。
普通、陰陽師の仕事って、夜じゃないか?
闇夜の月の下、陣と術具を構えた術師が、呪い合戦を繰り広げる。これが正しい陰陽師の姿だろ。それがどうしてこうなったのか。これが時代の流れかね。
「オイ阿部ぇ、アクビすんな。アタシに伝染るだろうが」
運転席のヤンキーサングラス女が理不尽な文句を言ってきた。金髪黒ジャージ、サンダル履き。片腕でハンドルを操っている。
「うるせえ。俺の欠伸くらい受け止めろ」
「年増のアクビなんて邪悪だ。アタシに伝染るなんて許せん。呪い返ししてやろうか」
「欠伸がうつるのは、呪いとかじゃねえ。科学的な反応だよバカ。酸素足りてねえんだ。いっしょにたくさん欠伸しようぜ、ネギ。ふわああああ」
「やめろ! 結界! 喝ッ!」
ハンドルを握りながら叫ぶ女は、ネギ。俺の同僚だ。
見た目ヤンキーだし頭悪いし言葉も悪いが、こう見えて陰陽師だ。
霊能力こそ皆無だが、多彩なスキルを持つ有能女である。
なんせ今日のライブの曲とダンスを考えたのは、こいつだ。
あれはただのアイドルパフォーマンスではない。
陰陽師の術と舞をその中に織り交ぜた、呪力を持つ演舞。
流行りのミュージックとダンスの中に、正真正銘の陰陽師の技を織り込む技術は、誰にも真似できない高度なものだ。
陰陽アイドル。
それは現代における、陰陽師の姿。
かつて社会の裏で活躍していた陰陽師は、時が移ろうほど活動が困難になっていった。街のいたるところに監視カメラが置かれ、秘密裏に動きづらい。人は信心を忘れて科学信者ばかり。
だというのに、都市では人口密集のせいでどんどん瘴気が生まれてくる。
伝統的な陰陽師にとっては、動きづらいうえに過酷な都市部。
そこで考え出されたのが、陰陽アイドルだ。
瘴気の貯まる場所にトレーラーで突っ込み、瘴気を刺激して悪霊を集める。最初に鳴らすノイズは、複数の流派の呪言や御経をミックスした音だ。
そして若い女の陰陽師が、まとまった瘴気を一気に祓う。流行りの曲と踊りに呪力を乗せて。
それは最初はおふざけに過ぎなかった。本家の天才陰陽師がオタク趣味に目覚めた結果、お遊びで試された実験。
だがそれは予想外に絶大な効果があった。
歌と踊りを複合させた『アイドルパフォーマンス』は、アイドル文化が根付いた現代において、最も効果的に邪を祓う行為となっていたのだ。
アイドル3人は日本に数多ある流派から集まった、選りすぐりの若手陰陽師。
運転席の女陰陽師は、パフォーマンス考案からトレーラー設備の操作までこなす裏方のエキスパート。
一方、助手席に座る俺はなにをする者なのかというと……
『阿部さん! すみません後ろ来てください!』
「はいなんでしょうか、今行きます」
ドライブスピーカーから助けを求める声。
俺は助手席から後部ハッチを抜け、コンテナに移動。
コンテナは展開型移動ステージであり、閉まっているあいだは簡易な生活スペースにもなる。
そこには3人のアイドル陰陽師がいる。
が、余計な人間もひとり、居た。
「ぎゅわあああん、皆かわゆぃいいいねえええ、ぺろぺろしたいお!!」
キ、キメエ。
今どきめずらしいくらいのキモオタ。人類が想像するそのまんま100%の典型的なキモオタだ。
「すみません、ステージ配置から戻してたら、この方がいつのまにかいらして!」
「珍妙、来客」
「プロデューサー、おねがいします~」
ハァ……どこに紛れ込んでたんだ。監視はしてたつもりだったんだがな。
最近、人気が出てきたせいか、こういう輩も増えてきたんだよな。
「申し訳ない、怖い思いをさせました。すぐ片付けます」
俺は速やかに突撃した。
「死ねよやァアアア!! クソ厄介ファンがァアアアアア!!!」
「ギャアアアアアアス!! 痛いでござる!! 痛いでござる!!」
今をときめく陰陽アイドル。
それをサポートする俺には、 何故かプロデューサーという名前がついてはいるが……
仕事の内容は、陰陽術『以外』の全般。
物理担当……つまりは、雑用係だ。
「待って阿部さん! その人、悪霊に憑かれてるんだよ!」
なるほど、憑依受肉したせいで祓いきれなかったのか。
瘴気が呼んだ悪霊は、人間にとりつき操ることがある。人という現世の肉を得た奴らは、『ゲリラライブ』だけでは消し去り切れないことがあるのだ。
「直接、祓います!」
巫女っぽいアイドル陰陽師が祓い棒を構えた。白いフサフサがついた棒……大幣というやつだ。
彼女はアイドルネーム『ミーコ』。本名は俺も知らない。陰陽師にとって真名は身内にすら秘すべきものだからだ。本物のアイドルも、本名そのままで活動することは少ないと聞く。巫女っぽいからミーコ、わかりやすい。
ミーコは世間一般が想像する『陰陽師っぽいこと』がだいたいできる正統派陰陽師だ。活発な性格もあってアイドルチームのリーダー的存在である。
そんな彼女が、祓い棒を直接かざせば、たいていの悪霊なら即除霊なのだが……
キモオタはピギイイイイと叫んでいて、まだ暴れている。
「うーん、効いてないのかなあ? マーちゃん、お願いできる?」
「了承、任せよ」
アイドルネーム『マンダラ』が咳払いをして説法を始めた。
マンダラは詠呪……声に特化した陰陽師だ。歌唱力も3人の中では一番。
詳しい出身流派は知らない。知らされていない。このアイドルプロジェクトを実行するにあたって本家筋のほうで醜い権力闘争があり、諸々の結果メンバーは全員、素性を伏せたままで活動しているのだ。俺も、メンバー同士も知らない。
白装束と静謐な佇まいから、なんとなく神道と仏教の複合流派っぽいとだけ感じる。
アイドルソングに混ぜたものではない、純粋強力な詠呪。
……だが、それでも祓いきれていない。キモオタはまだキモい。しつこいな。
「無念。たのむ、エッちゃん」
「おまかせ~」
アイドルネーム『エロス』はエロい。体がエロいが服もエロい。目配せや手つきや所作全般がエロい。実はステージ衣装がいちばんエロくない。アイドルとしての限度のエロさに留めているから。衣装から解放された今それはもうエロい。これで最年少だというのだから恐れ入る。どこの流派から来たんだか。
もちろんこれは陰陽的な理由がある。性の力というのは古来より重要なエネルギーなのだ。なんせ生物三大欲求のうちのひとつ。死に囚われた存在に対して、生命のエネルギーは特攻と言ってもよい。日本の歴史を紐解いても、性儀式は数多く確認される。また最近のネットロアでは「事故物件はバカエロで清めろ」「全裸腹踊りすれば霊は逃げていく」というネタが存在し、集団的深層意識による除霊効果も無視できない。
しかしそれでも……
「うわーん、除霊できません!」
「不可解」
「なんでやろなあ~」
くそ、キモオタはまだフゴフゴと豚のように鳴いている。
この醜い姿は悪霊にとらわれたせいだ。純度100%のテンプレキモオタの姿をしているのも、集団的深層意識による影響を受けてしまったせいだろう。こんなキモオタらしいキモオタがいるわけがない。
と、思っていたのだが……
「……あの、申し訳ござらん。拙者、じつはだいぶん前から意識をとりもどしていたでござる。ご迷惑おかけしました。皆さんのご活動応援してます」
キモオタのキモオタ姿は自前のものだったらしい。
「じゃあやっぱりテメエただの厄介ファンじゃねえか死に失せろやオラアアアアアアアアアアアアア!!」
「ギャアアアアス!! ギブでござる!! ギブでござる!!」
きらびやかなアイドル活動を守るための、地味な裏方雑用。
これが俺の仕事だ。
陰陽アイドルを立ち上げた連中がアニメを参考にしたらしくてプロデューサーとか呼ばれてるけど、やってることはマネージャーだよなコレ。
☆☆第2話 ドキドキ地方営業!?☆☆
まだ無名に近い陰陽アイドルに、地方イベント出演依頼!?
平和な時期だし行ってみよう!
あれ? 会場は山の中!?
でもファンの方がたくさん待ってる。みんな楽しんでくれると嬉しいな!
アイドルライブはクライマックス……アレアレ!?!?
いつのまにか、ファンの皆がタヌキさんたちに変わってる!?
なーんだ、タヌキさんたちもアイドル見たかったんだね。
最近みんな元気が無かったの? この山の瘴気、祓ってあげる!
これからも私達を応援してね、タヌキさん!
クソ狸どもが。俺たち人間様をタダ働きさせるつもりだったらしい。
もちろんボス古狸をとっちめて金になりそうなものを搾り取った。
十年間の松茸採取権、埋蔵金埋立地点の情報、キツネ衆とのコネ……
フン、まあまあの出演料にはなったな。
これからも応援ヨロシク、獣ども。
☆☆ 第5話 ドキドキライバル、登場!? ☆☆
知名度の上がり始めた私たちに、突如ライバル出現!?
あれって……あの子たちも私たちと同じ、陰陽アイドル!?
別流派のひとたちが、私達よりも先に天下をとるために差し向けてきた刺客?
アイドルはそんなことじゃだめだよ!
もっと楽しいこと、ファンのみんなを喜ばせるために活動しよう!
争うためにアイドルするなんて、そんなの悲しいもん!
さあ、いっしょにもっと楽しい気持ちで歌おうよ!
クソ爺どもが対抗馬に仕向けてきた、高飛車高慢な女陰陽師グループは、愛を知った。
都会の男と駆け落ちしたのだ。メンバー全員が。
田舎で純粋培養され修行しか知らなかった女たちは、きらびやかで欲望うずまく都会に全く耐性がなかったのだ。
実は彼女たちはアラサーだったのもあるかもしれない。結婚願望の高まる年頃だったのだろう。若作りして美少女アイドルをしていたらしい。化粧技術だけはすごいな。
ただ駆け落ちしただけなら放っておいてよかったのだが……
しかしその相手の男というのが、悪質ホストや結婚詐欺師ばかりだった。
可哀想になったので全員回収して男どもはボコボコにしておいた。
男から引き離した俺を恨む女もいたが、まあ田舎の一族に保護されれば目を覚ますだろう。あとは知らん。
ハア。無駄に疲れる仕事だったな。クソ爺どもに借りを作らせたと考えておこう。
☆☆ 第8話 ドキドキ新メンバー!? ☆☆
軌道に乗り始めたアイドル活動!
なんと驚きの新メンバー参加!?
その名もサザレギノミコトちゃん!
しかも今日からその子がリーダーってホント!?
いったいどうなっちゃうの~?
糞爺どもいいかげんにしろ。
本家の集まりで顔くらいなら見たことがあった。「さっちゃんです!」と元気に自己紹介してくれた。たしかに呪力の才能はありそうだった。
だが小学1年生のガキだ。若いってレベルじゃねえ。
メンバー3人娘が「かわいい!」「歓迎」「入れようよ~」と謎に乗り気になっているのを抑えるのに、無駄に苦労した。
新メンバー騒動は、さっちゃんのわがままが原因だったらしい。次期当主として厳しい教育を受けていたところに限界がきて、楽しそうに見える陰陽アイドルに入りたいと駄々をこねたと。
仕方ないので1週間だけ体験させてやった。かなり辛い一面も見せた結果、現実を知ったようだ。
別れを受け入れた時にはスッキリした顔をしていた。まだその気があれば10年後くらいに来るといい。
☆☆ 第休話 今週の放送はお休みです ☆☆
3人娘が修行で田舎に帰るため、今週いっぱいは陰陽アイドル休止である。
俺も珍しく休みが取れた。
ネギの車椅子を押して休暇を満喫した。
☆☆ 第11話 仲間とつなぐ絆 ☆☆
私たちは今日始めて、本当の友達になったのかもしれない。
マーちゃんとエッちゃん、3人で本当の心の内を明かした。
今まで言えなかったことも、ぜんぶさらけ出した。
私達は傷つけ合ったけど……今、それ以上に強い気持ちで繋がり合った。
私たちなら、どこまでも行ける! なんだってできる!
みんな大好きだよ!
メンバー同士で真名を教え合ってしまったらしい。ふつうなら説教どころではなのだが……まあいいか。
今日のパフォーマンスは最高だった。なぜアイドルというものがこんなに流行っているのか、やっと理解した気がする……この仕事も悪くないな。
卍卍 最終話 大禍ヶ刻 卍卍
逢魔時。
黄昏時とも言う。
昼と夜、現と幽、人と怪異の境が曖昧になる時刻。一般的なオカルトにおいても危険な時間帯とされている。
陰陽的には、もうすこし特別の言葉として意味を持つ。
大禍ヶ刻。
瘴気と悪霊が最も活性化する、危険な夜。
集まりすぎた瘴気が『異界』を作る可能性すらある、大厄日。
その大禍刻の発生が──
よりにもよって、アイドルたちの大イベント『ミュフェス』の開催当日、現地ステージと被ってしまった。
☆
「私としては、ミュフェス参加を辞退すべきと考えます」
俺はプロデューサーとして発言した。
だが返ってきたのは予想通りの答えだった。
「私たちはやりたいです! やらせてください!」
「譲れません」
「うちも本気です」
俺はため息をつく。
たしかに瘴気が最大限集まる大禍ヶ刻に浄化の儀式を成功させれば、都市部一帯の厄を根こそぎ祓うことができるだろう。
最近不吉な事件も多い。天災や人災……ニュースでは現代社会が育んだ病魔だとか報道されているが、そのほとんどは浄化が追いついていない瘴気によるものだ。
だがハイリスク・ハイリターンが過ぎる。
「本家の預言もネギの予想も一致しています。ミュフェス進行中、大量の観客の感情の昂ぶりが最後の引き金となって、まず間違いなく異界化が起こるでしょう。それは瘴気の渦巻く場所、ステージにいるあなた達を中心に発生する。命の保障はできません。……それでもやるのですか?」
3人の眼光は変わらない。
そこにいるのは一流の陰陽師であり、トッププロのアイドルだった。
☆
観客の声援はボルテージマックス。
フェスの大トリで登場した大人気アイドル『☆陰陽アイドル☆』に対して爆発した感情が、洪水のように流れ込む。
それは黒いエネルギーとなってステージを包みこむ。
ブラックホールのような時空の歪み──
異界化が始まった。
一般の観客は気づいていないが、この中にいる者は霊的な魂だけの存在となる。
体は会場で腕を振り上げているが、魂は異界の中でアイドルへと感情の塊を放出している状態だ。
この異様な光景を自覚しているのは陰陽師だけ。
3人娘はなにも気づいていないかのようにアイドルソングを踊り続ける。それが彼女たちの戦いだ。
『来るぞ阿部ェ! うちの可愛い娘ちゃんたちに傷一つつけるなよォ! 大人の意地見せろやァ!!』
「言われなくともォォォ!!!!」
女ヤンキーが仕込んだ、特製術式が発動する。
真っ暗な異界に浮かぶステージに、注連縄のような立入禁止テープが張られた。演目《儀式》を邪魔させないための結界だ。
「ファンの皆様ァ! これより先はお近づき禁止でございまァす! 下がってくださァい!!」
異界で魂だけの存在になったファンたちが殺到するのを、俺と式神たちがガードマンとなって阻む。
普通ならファンはステージに向かって暴動を起こしたりはしないだろう。だが今は大禍ヶ刻、それも異界の中。魂だけの存在となり高濃度瘴気によって原始的な感情に汚染されたファンたちは、地獄に落とされた餓鬼のように、女神に救いを求めるかのようにアイドルへ襲いかかろうとする。
彼ら彼女らを倒すことはできない。
彼らを救い祓うのは、偶像による救済。
俺の仕事は、怨霊たちをその場に押し止め、アイドルパフォーマンスを享受させることだ。
「お行儀の良いファンだけが良いファンだァ! マナー違反の厄介ファンは死ねェ! オラァアアア!!」
アイドルたちは絶好調だ。
ステージ上のダンスが激しくなるほど光が強まり、怨霊のようなファンたちが浄化されていく。
だが……厳しい。
光が強まるほど、闇も強まる。
浄化のスピードが追いついていない。
押し寄せる濁流のような瘴気が、徐々にステージへと迫ってくる。
『阿部ェ! まずいぞォ!』
「知るかボケぇ! 俺はやるぞォ! 俺がやらなきゃ誰がうちのアイドルを守るってんだよォ!」
『馬鹿ボケぇ! うちの子たちだけは絶対守られるように結界組んであんだよ! でもその外にいるお前は……下手すりゃ今度こそ死んじゃうぞ!』
「糞アホ馬鹿ボケぇ! 俺はなあ、もう2度と失敗しねえんだよぉ!」
俺が異界で儀式をするのは、2度目だ。
10年前も、異界化が起こった。当時の陰陽師たちは最高戦力を整えて浄化に挑んだ。まだアイドル陰陽師が生まれる前、伝統的な手法による陰陽師らしい儀式だ。
儀式の中心となったのはひとりの少女。当時、歴代最高とも呼ばれる霊能力を誇った少女陰陽師がいた。
清らかな黒髪、清楚な佇まい、そして莫大な霊力。名はツクヨ。
俺はその守護者、防人として儀式に参加した。
俺はツクヨを守る最後の砦であり最強の盾だった。そのはずだった。
そして、失敗した。
浄化そのものは果たされたが、結果、1人が犠牲となった。
最強の霊能力者であり大和娘の鑑と称えられた少女……ツクヨは喪われてしまった。
「俺はもう2度と……俺はやるぞォオラァ!!」
『そうか……分かった……なら踊ってこい、阿部ェ!!!!』
「ウオオオオオオオ……ん? なんて? 踊って?」
なんだかおかしな言葉が聞こえた気がする。
曲調が変わる。それと同時にステージの術式が変化したことを感じる。
ネギが何かしたのか?
これは……なんだ!?
ステージを照らしていたライトが、突然俺にスポットを当てた。
アイドルに集まるはずの儀式霊力が、俺に集まってきている!?
……なぜ!?!?
「阿部さん! がんばって!」
「P氏、ご武運を」
「プロデューサーのターン、がんば~」
これは……間奏ラップ?
間奏の謎ラップパートだ!!
いい感じの曲の中に、なんか雰囲気の違うパートが挟まっているアレだ。アイドル勉強中に見たアニメで経験がある。1分30秒のオープニングソングではいい感じだったのに、フルバージョンだとラストサビ前になんか違うカンジのやつが入っている、あのパートだ!
俺に儀式霊力が集まっているのは、一時的に主役が移動しているからだ。ネギがなにかを仕込んでいたらしい。
アイドルが高めた霊力が、俺の身体に宿っている。手も脚もビカビカ光っている。
つまり、俺が今すべきことは……
「ウオオオオ! 陰陽ウィンドミル!」
なんか知らんけど暴れ時だ!
くらえラッパーがやってそうなストリートパフォーマンス!
地面に両手をついて逆立ちし、大回転。両脚がプロペラとなり、旋風を巻き起こす!
「おりゃあああ! 陰陽ボイスパーカッション!」
念仏で鍛えた肺活量をくらえ!
俺の咆哮が衝撃波となって怨霊を吹き飛ばす!
「どっせえええええい! ラリアットォオオオ!」
もうラッパーぽいパフォーマンスなんて思いつかん!
両腕を広げて力技で薙ぎ倒していく!
浄化された怨霊たちがポワポワとした光になり、ステージを照らすライトに変わっていく。まるでラストサビ前にステージを盛り上げる演出のようだ。
だが闇もまた負けじと深まっている。
しまった、謎間奏ラップの謎ラッパーがでしゃばりすぎたか?
いや、うちのアイドルたちのパフォーマンスが良すぎたのだ。
強い光は闇を引き寄せる。
くそ、俺のラップパートはもう終わってしまった。身体に宿っていた霊力が帰っていく。
だがこの最後の闇を祓いきれば……
ここさえ耐えきれば、ラストサビを歌いきれば……
「プロデューサー氏、あと少しでござるよ!」
誰だ!? 俺以外にも怨霊を押し止める人間がいる。
「自治厨とそしられるかもしれませんが構いませぬ……一介のファンなれど、ご助力いたしますぞ!」
お前は……キモオタ!?
かつてライブトレーラーに侵入した前科があるキモオタだ。だが彼はそれ以降は節度を守り大金を落としていく優良太客として推し活を続けていた。
その身につけているのは曰くありげな古びた甲冑だ。独特な霊力を帯びている。
ござる口調って、おまえ、マジの武士の家系だったのか……。
「僕たち私たちも居るぜ!!」
「おまえたちは!!」
タヌキ衆! キツネ衆!
アラサー女陰陽師たち!
本家秘蔵のちびっ子!
その他ゆかいな仲間たち!
「あんたたち、上手いこと引き寄せすぎなんだよ! おかげでこっちが暇になった! 加勢してやるよ!」
怨霊たちを一気に押し返していく。
同時にラストサビはクライマックス。
これまでで一番の光が、ステージと会場すべてを照らし、闇を消し去る。
この日、陰陽アイドルは伝説となった。
☆
ミュフェスは大成功に終わった。
異界化は鎮まり、会場はもとの空間に戻っている。大禍刻は終わったのだ。
一般人は異界の中のことを覚えていない。いつもより昂ぶって激しい気分になり、だが鑑賞しているうちにスッキリした。その程度にしか感じていないだろう。だがそのスッキリした気分は今後長期間続くはずだ。このあたり一帯の住民たちも、今後しばらく瘴気に脅かされることはないだろう。
アンコールが叫ばれる。会場は割れんばかりだ。
汗を拭き取っていた3人のトップアイドルは、ふたたび光の舞台へと登っていった。
今度は陰陽師なんて関係無い、純粋なアイドルとしての舞台だ。
楽しんでくれるといい。
「ネギ、お前もたまには会場で見ろよ。裏からじゃなくてさ」
「ああ……ありがと」
俺はネギの車椅子を押した。
禰宜常夜。俺が守り切れなかった、かつての最強の陰陽師。
彼女は霊力を喪い、脚を失った。俺の失敗の代償に。
だが彼女はそれで終わらなかった。リハビリの最中に俺が差し入れた流行りの雑誌をきっかけに、アイドルというものに目覚めた。夢中になった。ガチ勢になった。純粋培養の陰陽師は俗世の娯楽にドハマリした。
都会に住み、髪も金髪に染めてしまった。誰もが陰陽師として死んだと見なした。
しかし彼女は天才だった。陰陽の技を流行りのダンスミュージックに組み込み、新しい陰陽師の姿、陰陽アイドルを誕生させたのだ。
「いい眺めだな、ネギ」
「そうだな、阿部」
生みの親として、最高の光景だったに違いない。
ネギは顔を真赤にして鼻水をすすり、俺を殴って目潰しを食らわせた。
これからもこの天才演出家は、新しい術式を編み出していくだろう。
トップスターとなった陰陽アイドルは、これからも闇を引き寄せ、光で祓いつづけるだろう。
俺は、それを支えるだけだ。陰陽師を守る防人として。アイドルたちのプロデューサーとして。雑事を一手に引き受ける、物理担当として。