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8:直訴

 二人が連れ立ってユウトの家の前まで歩いていくと、いきなりタケトが飛び出して来た。

「おっ、ちょうどいいとこに来たな。ユウト、お上の御用だ。手伝え」

「父上、私はこれからシュンセイ先生の講義が…」

「馬鹿野郎、お上の御用の方が大事だ。大丈夫、あの学者先生だって、その辺りの道理は心得てるぜ」

「どこが道理なんです。お上の御用を務めてるのは父上でしょう」

「子が父を助けるのは当たり前、道にも礼にもかなってるだろ。まして直参十六陽貴の嫡男が、お上の御用を手伝わなくてどうする」

 呆れつつ尚も言い返そうとするユウトを押しのけるように、コウタが嬉々として叫んだ。

「鵬の親分、じゃなくタケト殿、私もお手伝いさせてください」

「お、深陽のとこの坊主か。いや、おまえさんに手伝わせるわけには…。ちょいと荒事になるかもしれんしな」

「構いません。ユウトほどじゃないけど、私もそこそこ使えますよ」

 コウタはポンと腰に佩いた剣を叩いてみせる。

「いや、しかしこりゃお役目だからな。関係ない奴に手伝わせると…」

 珍しく語尾を濁したタケトに、

「私も直参十六陽貴の嫡男ですよ。お上の御用を手伝わなくてどうします」

 ぬけぬけと切り返されて、タケトは目を剥いてから破顔した。

「そう言われちゃ、仕方ねぇ。だが、俺の御用の果たし方は、まぁ鵬流というか、ちょいとばかり普通と違うところがあるかもしれん。手伝うってんなら一切文句なし口答えなし他言無用で、言われた通りにやってもらうが、それでいいか」

「もちろん、望むところです」

 胸を張ったコウタの横で、ユウトは肩を落としてため息をついた。何とか抵抗したかったのに、これでは自分もついて行くよりしかたがない。

「じゃ、行くか」

「行くかって、用事は何なんです」

 とユウトが訊くと、タケトはにらみつけて、

「口答えするなと言っただろう。歩きながら話してやるから、とにかくついて来い」

「私は口答えしないなんて約束はしていません」

 言いながらも、ついて行くしかないのが腹立たしかった。三人が通りを下って行くと、

「やぁ親分、ご機嫌で」

「おや、今日は自慢の跡取りとお揃いでどちらへ」

 等と声を掛けられる。タケトはそれに一々笑顔で手を振って見せるが、ユウトはこれが嫌で仕方ない。貧乏な朱縄持ち暮らしで町衆に囲まれて育ったユウトだから、直参十六陽貴の家格がどうこうと言うつもりはないが、役者稼業でもあるまいに、道で声を掛けられて愛想を振り撒くのはやり過ぎだと思う。思いながらも固い笑みと小さな会釈を繰り返してしまう自分にも腹が立つ。横でコウタがユウトの分まで大袈裟に、手を振り返しているのも忌々しい。

「おい、こっから柳通りをずっと東に行くと、古い朱の神宮があるのを知ってるか」

 急に振り返ってタケトが訊いた。

「古いって、あぁ、あの大銀杏の朱宮ですね。もう廃宮したって聞いてますが」

 とコウタが応える。

「そうだ。あのお堂にな、不逞の輩が集まってやがる」

「盗賊ですか」

「いや、直訴だ」

 低い声でタケトが言った。

「じきっ」

「しッ。大きな声を出すんじゃねぇ。連中は、十六貴筆頭佐貴国から、はるばる陽都にお出ましになった百姓どもよ」

「佐貴国って、またえらい北から。どうしてわざわざ陽都で直訴なんて。あっ、そうか、二十八皇主会議か」

 コウタが気がついて小声で叫んだ。

「そういうことだ。国元じゃ、皇主様に直接お目通りなんて願えるもんじゃねえが、皇主会議に陽都に出てきている時なら、供回りのもんも少ねぇ。それでも難しいかもしれねぇが、十人ほどで命懸けになりゃ、あるいは、と思ったんだろうよ」

「で、父上、どうする気です」

 ユウトが厳しい声で尋ねた。

「どうするもこうするも、直訴はご法度、晒し首と相場が決まってらぁ」

「それぐらい私だって知っています。でもそこに集まっている人たちは、それこそ晒し首を覚悟で、直訴に踏み切っているのでしょう。それなりの理由があるはずです」

「まぁ、ふつう考えりゃ、そうなるだろうなぁ」

 とタケトは小さなあくび混じりで答える。

「その人たちの最後の願いも踏みにじって、捕えてしまうのですか。直訴を終えた後に捕えてもいいではありませんか。それに佐貴国の直訴なら、佐貴国に任せてもいいでしょう。陽都警護が任の父上が、無理に出張らなくても…」

「うるせぇ、つべこべぬかすな。直訴はご法度。陽大帝のお膝元で騒ぎを起こす連中を取り締まるのは、俺の役目だ。知っちまった以上は、見て見ぬふりで他人に尻を任せるような真似はできねぇ。そんなのは、自分が嫌われ役をやりたくねぇだけじゃねぇか」

 タケトの押し殺したような怒声に、ユウトは言葉を失った。

「それにな、ユウト。そんな直訴が通じると思うか。天下の陽都の大道で直訴なんてされてみろ。佐貴国皇主はいい赤っ恥だ。当然、直訴なんぞ無かったと言い張って握り潰す。直訴に来た連中の身柄も、佐貴国の連中が抑えれば、間違いなく口封じにぶっ殺すだろうよ。晒し首じゃなくて、裏でひっそりとな。もちろんその前には関わりのあったもんを全部吐かせて、国元でも大粛清だ。皆殺しだ。直訴の中身なんぞ、一顧だにされんだろう。それが分かっていて、おまえは最後の願いぐらい聞き届けろと言ってるのか」

「いえ、そこまでは…」

「考えてねぇなら、軽々しく口を開くな」

 ユウトは唇を噛み締めた。

「大丈夫、親分には何か考えがあるのさ」

 コウタが囁いたが、ユウトは無言のまま、前を歩く父親の背を睨みつけていた。

 大銀杏の朱宮についたのは、西の空が染まり切って、闇が忍び寄る頃合だった。堂の中からはちらちらと灯りがもれている。

「日が落ちるまで待つぜ。俺が合図したら、ユウトは裏口をかためろ。一人も外へ逃がすな。深陽の坊主も一緒だ。但し、斬っちゃいけねぇ、脅すだけだ。どうしてもの時は鞘でぶったたけ。殺しちゃいかん。分かったか」

 タケトは銀杏の木の影に身を忍ばせた。

「親分、いやタケト殿。御用提灯は」

 コウタが小声で尋ねる。

「そんなもん要らねぇや。俺もユウトも夜目が効くのさ」

 朱に燃えた空が、静かに濃く藍い闇へと移り変わり、星が幾つか瞬き始めた。

 突然、堂の中から笛の音がこぼれだしてきた。警戒で固くなった身体を解きほぐすような、美しく柔らかな音色だった。

「これは…何でしょう」

 ユウトが呟く。

「笛だ、な」

 素っ気無く返したタケトも、目を細めて聴き入っている。

「とんでもないな。これは名人の笛だぞ」

 コウタが小声でささやく。ユウトもうなずいた。

 おそらくどこかの民謡か子守唄の類なのだろう。哀調を帯びた馴染みやすい旋律が、胸をしめつけるように響く。決して大きくはなく静かな音色でありながら、それでいて豊かに奔放に自由に、笛の音は物語のように音の時を綴っていく。ユウトは自分が何の為に何処にいるのかさえ束の間忘れて、笛の音に聞き惚れていた。

 その笛の音が、ふっと止んだと同時に、

「よし、行くぞ」

 ふらりとタケトが歩き出しながら顎をしゃくった。ユウトは黙って足音を忍ばせながら、堂の裏手に向かって駆ける。コウタがユウトの後に続く。

「御用だっ」

 いきなり堂の扉を開け放って、タケトが大喝した。








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