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7:居眠り2回

授業内容のフリして世界観を説明しています。今回は特に前半の斜め読みを推奨します。

 無理のしわ寄せは、どうしても大修錬舎の受講に行ってしまう。

 特に義学の政体原理の講義は拷問に等しかった。

「そもそも四宮八聖十六貴は、陽太皇国の太初より揺ぎ無く定められておる」

 政体原理の講師であるジュンキ先生の、深みを帯びたよく響く声が眠りを誘う。義学の政体原理では四宮八聖制度の神話的起源から説き起こして治世の基本となる法則を学ぶ。その講義は太皇への不敬を避けるために一切の筆記、記録を禁じられ、質疑の自由も無い。更には教えられた以外の解釈も慎まねばならない。ゆえにひたすら繰り返し、現在の治世の仕組みからは遠い神話世界の物語を聞かされ続けるほかない。

「天上より降り立った陽大神は、国を造るにあたって四色の神々を伴われていた。それが朱神、蒼神、碧神、白神である。朱神は火を司り、蒼神は水を、碧神は息吹を司った。白神はこれらの神々とは違い、自ら司る力は無く、力を打ち消す神であった。地には様々な誤った力が渦巻いておったし、先の三神の力はあまりに大いなるため、その力が暴走して破壊に傾くこともあった。白神の力はそれらの誤った力を無いものにすることができた。陽大神は空にあって恵みの力を注ぎ、四色の神々は各々の力を奮って国造りを進められていたが、その頃の地はまだ穢れに満ちて、天神の住まう所ではなかった。そこで四神は高い柱を立てて地を隔て、その上に自らの休み処である宮を造った。これが四宮の呼び名の起こりである」

 ここまでなら、太皇国の者なら子供でも朧気には知っている。国中の至るところに四宮の祭柱があり、その由来として札が掲げられているからだ。

「さて、四宮の神気に地が呼応して、様々な地霊が生まれた。それらは善きもの悪しきものが入り乱れていたが、その中から四神は八霊を選んで聖め名を授け、地神とした。これが八聖である。すなわち、朱神の下に勇と義、蒼神の下に智と護、碧神の下に栄と交、白神の下に礼と遊が従い、四神の国造りを援けると共に、地の民を育てる役割を担った。さらに八聖は四神に願い出て、八聖を援けるものを地の民から選ぶ許しを得た。これらは八聖の神気を吹き込まれるとは言え、もとは地の民である。陽大神と四神が造りたもうた天意の秩序を乱すおそれがある。そこで八聖の補佐は二人と定めて、秩序均衡を守るため相対する名をもって互いを縛り、補い合うものとした。これが左・右・高・低・長・短・東・西・南・北・軽・重・上・下・深・浅の十六貴である。」

 講義は入り組んだ神話を平明で明瞭な構造に組み直して分かりやすい。しかし平明であるということは、しかし神話の面白さが脱色されているということでもある。神代の昔の話を整然と事実として語られても、神ならぬ身には実感がない。

「国造りが終わると、四神は天上に帰ることとなり、八聖も神として天上に上がることが許された。そこで四神八聖は、地の民とは別に、新たな人形に神気を吹き込むことによって、自らの跡を造られ、宮の主とした。ただ、陽大神のみは神気ではなく御自身の命を吹き込まれて、地上に留まられることとした。身体は地上の人と同じく齢を重ねて朽ち果てるが、その身体が滅する時には、神としての命が新たに定められた御子に宿る。陽太皇が始祖であり、尚、今も陽太皇であられるのは、その故である。こうして陽太皇と四宮八聖の跡は、造られた国、陽太皇国を永く統べることとなった。この時には二十八の皇国はまだなく、国の全てを陽太皇御自らが治められていた。御親政による四宮八聖体制である。しかし民が増えるにつれて、人の身に宿られた陽太皇には、国を治める仕事があまりに重いものとなられた。また四宮八聖の跡も人としての命を受けたため、次第に子孫が増えて、我こそが正当なる四宮八聖の跡なりと名乗り争うようになって、国は大いに乱れた」

 淀みなく続く言葉。もう何度も繰り返されている上に、質疑の機会がないから止まることがない。

「国の乱れが余りに大きくなり、地は疲弊し、夥しい血が流れるに至って、陽太皇は天上の四神を呼び集めた。四神は四宮八聖による統治の在り方の正しさを改めて説き、その上で陽太皇に国分けを勧めた。分けた国々の中で四宮八聖十六貴による統治を行い、列国の上に陽太皇が君臨する、という形式である。国の数は四宮八聖十六貴を合わせた二十八とし、陽太皇の血筋から二十八人を選んで、神なる陽太皇の神気を吹き込み皇主とした。四神は天眼をもって、混乱した四宮八聖の跡たち中から、血筋と行いの正しい二十八組を探し出して皇主の下に置いた。二十八国には四宮八聖十六貴に因んだ国名が冠された。但し、四宮八聖十六貴は、天神、地神、地の民、と明らかな出自の違いがあるが、二十八国にはそのような差異はない。国の貧富大小はあれども、格は変わらない。そこで四宮八聖に因みつつも、音だけ同じで字は違えることによって、国々の間に差異が持ち込まれることを防いだのである」

 これは確かにほぼ現在の陽太皇国のあり方、輪郭を示している。しかし一方では、既にこの原理に反していることも多い、とユウトは思う。

 例えば四宮八聖に当たる十二ヶ国と十六貴の国々は、国力だけでなく発言力にも大きな差異がある。現に四宮八聖皇主会議という制度が大皇国の事実上の政策決定機関になっており、二十八皇主会議は開かれてもお題目だけの儀式と化している。また各皇国の内政を監督し、太皇国としての指針を定める行政機関である太皇国大政局の長は、大陰と呼ばれて絶大な権力を握ることになるが、これは四宮国皇族からしか選ばれないのが通例になっている。もちろん、この矛盾を問い質すことなど、絶対にあり得ないのだが…。

「ユウトっ」

 ぴしりと手の甲を打たれて、ユウトはびくっと体を震わせ、目を開けた。いつの間にか眠りかけていたらしい。教壇のジュンキ先生が鋭い視線を投げかけている。

 慌てて起立すると、つんつんと横から足が小突かれる。先に手の甲を打って起こしてくれたのも、隣席にいるコウタだろう。

「ユウト、その範囲は何だ」

 ジュンサイの声に、眠気が吹っ飛び、背筋にどっと汗が流れた。立ち上がりながら、通り抜けていった言葉を呼び戻そうと焦る。横のリュウトの口が縦に開いているのが見える。

「護の範囲は、防犯、警備、収税、築城です」

「宜しい。座れ」

 が、

「ユウトっ」

 ぴしりと手の甲を打たれて、ユウトは目を開けた。今度は勇学軍政講師のジンキ先生が鋭い視線を投げかけている。慌てて起立すると、つんつんと横から足が小突かれる。斜め下に視線を落とすと、コウタの掌には、「陽都防衛」と書かれている。これなら、昨夜予習していた範囲で応答えられる。ユウトは懸命に記憶を辿りながら答える。

「陽都は陸路では、東西北のいずれからも山道を抜けなければならないため、大軍が一気に侵攻することは困難です。また山を越えた後、四宮各国のいずれかの領内を通るため、ここで防衛の任の大半は四宮各国の兵に任せ得ます。」

 ジンキは、顎をしゃくるようにして、先を促した。

「陽都は南は太陽湾に面しており、船による上陸が可能です。大型船舶が直接接岸できないよう、陽都の湾内は埋め立てが進められています。しかし、太陽湾全体では小型船舶によっての上陸が可能な地点は多く、沿岸防衛は少数でも予測しない地点から上陸した敵兵に背後に回られると、大きな打撃を受けます。従って陽都の東西で、湾から展開する兵を迎え撃つ防御拠点を充実させる必要があります。また、陽都に直接上陸される可能性のある太陽湾の要所には、湾内に侵攻してきた船舶を迎撃できる、砲門の常設が有効です」

「よろしい。工夫の無い答えではあるがな」

 ジンキはにこりともせずに言い、ユウトがほっと息をついて座ったとたんに、

「が、講義は集中して受けなさい。油断は軍政の最も戒めるところだ」

 と付け加えた。ユウトはひたすら頭を下げるしかない。なんとかもう一度眠り込む失態だけは避け、残り二つの講義も乗り切ったが、頭の芯がぼやっとしている。

 大きく伸びをして、肩を回していると、コウタが声をかけてきた。

「おい、ユウト、大丈夫か。一日二回はさすがにないぞ。シュンセイ先生んとこは、やっぱり厳しいのか」

「ん、別にそれほど厳しいわけじゃないんだが、掛けもちとなるとさすがに」

「あんまり無理すんなよ。ま、ジンキの講義なんて、眠くて当然だけどな」

「いや、そんなつもりはないよ」

「つもりがなくても、眠くなる。それこそ講義が面白くない証拠だろ」

 と、コウタは容赦が無い。直参十六陽貴である深陽家の本家の跡取りで、父親は大政局の高級官僚のはずだが、ほっそりとした色白の美少年ぶりに似合わぬ毒舌で知られている。

「ま、ご時勢ってことで浮かれてるようだけど、あの程度で物の役に立つとは思えないね。悲しいぐらいに時代遅れ。洋上からの攻撃が陽都に直接届くぐらいの射程を持っているって可能性を考えてないんだから。砲の性能に関しちゃ、我が国は完全に後れを取ってるのは、砲術をちらっとかじった奴なら誰でも知ってる。そうなりゃ常設の砲門なんて、こっちの射程外から狙い撃ちであっさり無力化できる。それに四宮が陽都防衛のために精兵を割くって前提がなきゃ、陸路だって穴だらけだろ。だいたい今の四宮が自分の国の城を守るより上等な兵を、陽都のために使うわけが無い」

「まぁ、そういうことはあるんだけど」

「機動性があって、そこそこの貫通力がある砲を積めるような船。こいつを二十ぐらい揃えた水軍育成なんて、そりゃ一朝一夕にはできないんだろうけど、湾内で洋夷とやり合う可能性を考えるんなら、それがなきゃ話になんないよ」

 コウタの指摘したことは、ユウトも当然気づいていたが、

「まぁ、もともと洋夷とやり合うなんて考えてた論じゃないわけだし」

「それが怠慢。軍政学なんて時勢に対応できなきゃ、何の意味もない。過去の戦力、過去の敵と戦うなんてことは、絶対に有り得ないんだからね。ま、いいや」

 コウタは面倒臭そうに手を振った。

「俺たちが言うまでもなく、現実に直面すれば嫌でも分かることだから。ユウトは今からシュンセイ先生の所に帰るんだろ。つき合わせろよ」

 ユウトが貴智塾に入塾した時、地団太踏んで口惜しがったのがコウタだ。自分も貴智塾で学びたいと父親に直訴するも、学問は修錬舎で十分、一刻も早く修了して国のために働け、と相手にされず、涙を呑んだらしい。

「いや、今日は家に着替えを取りに行くんだが」

「そうか。じゃ、親分にも会えるな」

 と嬉しそうなのは、コウタが鵬の親分ことタケトにベタ惚れだからだ。

「父上はいるかどうか」

「おまえが家に寄ると分かっていて、外に出ているような親分じゃないさ。何せ鵬親分自慢の一粒種だもんなぁ。あぁ、うらやましい、妬ましい。俺もあんな親父が欲しかった」

 と言うコウタの言葉にユウトは思わず顔をしかめる。

「あのなぁ、傍で見てるほど楽じゃないんだぞ。ああいう滅茶苦茶に型破りな父親を持つっていうのは」

「贅沢だよ。退屈なコチコチ頭の親父を持つ不幸と比べりゃ、多少の苦労は気にもならん」

「僕に言わせれば、そっちの方が遥かに贅沢だけどな。立派な役職に就いて、まともに働いて、家名を守って、家族も大事して。どこに何の不満がある。それに深陽ライタ殿が極端に頭が堅いという評判も聞かない。むしろ機転が利いて有能ということで、取り立てられてらっしゃるんだろう」

「面白くないのさ」

 コウタがあっさり切り捨てる。

「あの人の機転なんて、常識の範囲内でだけなんだから。ま、それは俺も一緒だけどな。ちまちました優等生から、そこそこ出世する官僚へ。その程度の人間の先行きを見せつけられ続けてるようで、苛々してくる」

 ちまちました優等生というが、コウタは修錬舎随一の秀才で知られている。昨年履修した全ての科目を修で修了し、ユウトと重ならない科目の全てで首席だった。ユウトと重なる科目ではユウトに首席を取らせるためわざと手を抜いているのは、本人以外の誰もが認める事実だ。ユウトは奨学制度を利用しており、科目ごとに首席が取れれば、支給される金額が増額になるのだ。もちろんユウトは、コウタの配慮は無用であり侮辱ですらある、と強く抗議したのだが、コウタは頑としてそれを認めない。かえってそんな言葉は自分に対する侮辱だと怒り出し、拳をふるった上で剣まで抜きかねなかったので、以後、その話は二人の間で不問になった。もちろん剣や腕っぷしでは、コウタはユウトの敵ではない。












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