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6:ハード・デイズ

  翌日から、シュンセイ先生に事情を話したユウトは、屋敷に泊まり込みの内弟子の身分となった。

「念剣の達人のユウトさんが泊り込みで、鵬の親分も了解しているとなれば、あたしは枕を高くして眠れるってもんです」

 シュンセイは何者かが忍び込んでいる気配があったというのに、丸で心配している様子を見せなかった。さすがに陽都随一と言われながら、官にもつかずに学問一筋で世を渡っているだけのことはある。

 ユウトの生活は、かなり厳しいものになった。

 まず早朝は剣の素振りで汗をかいてから、内弟子らしく講義の行われる広間を掃き清める。内弟子は他に三、四人で、二十歳から三十歳ぐらいの若者たち。シュンセイは家の用事や塾の雑務を内弟子に命じることは滅多に無いのだが、内弟子の立場から何もしないわけにはいかないと、自主的に様々な用事を分担している。一番の若輩であるユウトとしては、やはり他の内弟子より働かないというわけにはいかない。

 掻きこむように朝餉をとってから、修錬舎へ出かける。

 修錬舎は、陽太皇国下二十八皇主国の各国に一つ設けられている官立学校であるが、中でも陽都の修錬舎は大修錬舎とも呼ばれ、講師陣の質の高さも入舎の難易度も別格である。当然、修了も難しい。

 修錬舎の講義は、八聖すなわち「勇」「義」「智」「護」「栄」「交」「礼」「遊」の八分野に八科目づつ計六十四科目。このうち四十科目以上を修了する必要がある。しかも全ての聖分野から最低限一科目は修了しなければならない。合否は年一回の筆記による大試問か、講師による一対一の試問で、可ないし了の評価を獲得すること。通常でも入舎から修了まで四、五年程度の歳月が必要になるが、十年ほど修錬舎生を続けている者も珍しくは無い。早く修了したければ、とにかく講義に貪欲に出席するしかないのだ。

 夕刻にシュンセイ宅に戻り、内弟子の分担仕事として薪割りなどをこなしてから、お目当ての貴智塾講義。シュンセイ先生が「治世論」「法制論」「交易論」など、八聖六十四科目にこだわらずに、自ら命名した科目について講義する。

 週に二回は、夕食を挟んで塾生同士の討論会も開かれる。ユウトは貴智塾の最年少で、塾生は官吏や若手の学者が大半を占めるが、それでも常に自分の意見を述べることが求められる。その識見が浅ければ容赦ない批判にも晒される。若輩者をなぶっているわけではない。対等に扱うが故の厳しさは、この貴智塾の風であろう。討論が終われば明るく談笑し、少なくとも表向きは特にしこりを残すことも無い。

 深夜までは書を読む。修錬舎の講義は予習しなければ到底ついていくことはできないし、シュンセイから推奨される書もある。読まねばならない書は幾らでもあった。

 書見の合間に見回りを行う。就寝してからも、一度起きて見回るのを常にしている。音を立てぬよう、通路の要所を見回っていると、屋根からクロがふわりと降り立つ。

「特に大きな変わりはありません、坊ちゃん」

「ごくろうさま」

「ただ、相変わらず、ときどきは人の出入りの気配が…」

「ずっと張っているわけではないんですよね」

「それなら、俺が見逃すはずないんで。親分にも報告したんですが、ほっとけと」

「ほっとけ?」

「ええ。下手につついちゃ薮蛇になって、先生にかけなくていい火の粉を浴びせるかもしれんから、と」

「盗人の類ではないと言ってたな。確かに相手が分からない内は、手を出さないほうがいいかもしれない。もちろん、危険と思ったときは」

「えぇ、呼子でお知らせします」

「すまないね。昼間は父上の御用で忙しいだろうに」

「なに、これぐらい何でもありやせん。何せ親分はどのみち昼までは動きませんから」

 言ってから、ちょっと首を振って、

「もっとも、ここんとこ街中の揉め事が多くって。田舎もんがやたらと入り込んで来ていやがるんですよ。あいつら陽都の流儀ってもんを知らないんで」

「二十八皇主会議があるからかな」

「おやまぁ、また傍迷惑なものを」

 陽太皇国は、太皇の下に四宮八聖十六貴の合わせて二十八皇国が集う。重要な政の決定に関しては、列皇国会議の合議にかけられる建前だが、普通は四宮八聖皇主会議の決定に、全皇主が署名して終わる。四宮大国すなわち朱国、蒼国、碧国、白国は代行の首府皇主を陽都に置いて大きな屋敷を構えているし、八聖八カ国も代行権限を持つ重職の屋敷があるから、あまり大掛かりな人の移動は無い。ところが二十八皇主会議となると、代行が許されない。十六貴国の皇主が供を引き連れて国から首府に出てくるから大事だ。陽都に来るのは初めてというおのぼりさんたちで、首府は溢れかえることになる。

「で、またなんで、そんな大層な会議をやらなくちゃいけないんで」

「よくは分からないよ。ただ、ここんとこ洋夷がちょくちょく、各国の港に現れてるって噂で、それが関係してるという話もある」

「そいつぁまた飛びっ切り物騒な話だ」

 そうだろうか、とユウトは思っていたが、口には出さなかった。

「そうそう物騒と言えば、昨夜は付け火騒ぎがありましてね。この辺りも遠くなかったんですが」

 とクロが言う。

「そんな、火事の気配なんかまるでなかったけど」

「えぇ、広がる前に見つかったんで、ほんのボヤですみやした。火消しも出張らなかったんで、坊ちゃんがご存じないのも当たり前で。ただ、火を付けた野郎は見つかってねぇんで、またやらかすんじゃないかと、夜回りが回ってます」

「こっちには好都合だね」

「えぇ。俺はむかしの癖で、煩わしいと思っちまうんですけどね」

「ふふっ、まして久々に屋根裏に忍び込む仕事をしているとなるとね」

 ユウトは笑ってから、

「じゃ、ご苦労様だけど、明け方前までね」

 と言って部屋に戻った。さすがに布団の上に横になると、瞬時に眠れる。そして眠ったという実感もなく、朝日を感じて目を開ける。あくびをこらえ、頭から井戸水を被って未練がましい眠気を追い払い、木刀を振る。

 父親譲りの体力と十代の若さをもってしても、この生活には少し無理があり過ぎた。




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