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5:屋根裏

「失礼します」

 少女が一人、膳を運んでくる。年配の女性が後に続く。

「粗末なものですが、どうかごゆるりとお寛ぎくださいますよう」

 少女は挨拶の後、きっと厳しい視線をユウトに走らせた。ユウトは驚いて見返したが、少女はユウトの視線には応えず、黙々と膳の用意を始める。

「娘のカナです。カナ、ユウト殿とご両親だ」

「よろしくお願いいたします」

 という口調は冷たく露骨に素っ気無い。

「いや、お美しい娘さんですな」

 とタケトが相好を崩す。

(そうかな)

 とユウトは内心、首を捻った。肌は浅黒く灼けているし、目鼻立ちはまぁ整っているが、細めの目つきは少々鋭すぎる。身体はやせていて手足は針金だ。

「おまえ、口では学問とか言って、嫁さんを探しに来たんじゃねぇだろうな」

 とタケトがからかうと、カナの目がさらに不穏な光を増したようだ。膳を整える手が不自然なほど速くなり、配膳が終わると一言もないまま一礼して、部屋を出て行ってしまった。

「んー、怒らせてしまったかな」

「あたりまえです、父上。先生、申しわけありません」

 ユウトがかわって詫びると、シュンセイは顔の前で手を振って、

「いやいや、あれも最近はすぐ機嫌を損ねるので、こちらも手を焼いています。家内が亡くなってから、この家を取り仕切っていて、あたしも頭が上がらないのですよ。男親が娘を育てるというのは難しい」

 と父親の顔を見せてこぼした。

「いいえ、節度を守って気持ちを抑えられただけでも立派。男手でよく育てられました。でも、できれば女同士で話ができる相手がいるといいのでしょうけれど」

 とリンカが言い、

「よろしければ、我が家に時々寄るように言ってくださいな。男二人は追い払って、お話し相手などさせてもらいますから」

 と持ちかける。

「いや、そうしていただけると助かりますな」

 とシュンセイが応じている様は、本当に入塾ではなく見合いにでもきたようで、ユウトは一人憮然としていた。

 さすがのタケトも深酒をするような真似はせず、夕食を終えて改めて謝辞を述べると、ユウトたちはシュンセイの家を出た。

 三日月の冷たい光が道を照らしているが、ユウトは母のために手持ち提灯に火を点けた。ユウトとタケトは新月の夜でも特に提灯が必要ない。念剣使いは夜目がきくと言われているが、おそらく本当なのだろう。

「おい、クロ。隠れてないででてこい」

 とタケトが怒鳴ると、

「あっ、やっぱりばれてましたか」

 塀の影から文字通り黒い影が現れた。

「あたりまえだ。秘伝の親子鵬を只見しやがって」

「いやぁ、これだけは見逃すわけにはいかないと思うと、居ても立ってもいられず」

「つい、昔取った杵柄か。おめぇ、ついでに昔の悪い癖まで出さなかっただろうな」

「とんでもない。痩せても枯れても義賊クロカゲですぜ。俺が盗むのは薄汚ねぇ賄賂役人に血も涙もない高利貸し、銭に魂を売り渡した商人からと決まってやす。真面目な学者先生からなんぞ、塵一つ盗ったりしやしません」

「その口振りじゃ、まだ俺に隠れてこっそりやってるんじゃねぇか」

「勘弁してくださいよ。俺はホントのホントに足を洗ったんです。信じてください」

「だったら、やたらと他人様の屋根裏に忍んだりするのは、よしにしな」

「そうですよ」

 と、リンカがうなずいた。

「あなたが泥棒にもどるなんて、私たちも思ってはいません。けれども、人様の家に自在に忍び込むというわざをあなたが忘れられないのであれば、たとえ悪心がなくても、それがいつかあなたを誤らせる、命取りに繋がる、それが心配なのです。裏の行いというものは、その目的が何であっても、裏の道に繋がっていく運命ですもの」

「ありがとうございます、奥様。俺のような盗人上がりにそんなお言葉を」

 クロは道に膝をつけ、頭までこすりつける。

「そんな、よしてくださいな、クロさん」

「で、クロさん、何を見たの」

 とユウトが訊ねた。

「何か屋根裏で見つけたんだよね。だからわざわざ、帰り道に見つかるようにウロウロしてたんでしょう」

「さすがです、坊ちゃん。実は、」

 とクロは声を落とした。

「先客がいたらしいんで」

「先客だと」

 タケトの目が鋭くなった。

「へい。いや顔を見たわけじゃないんですがね。埃がないんですよ、あちこち。それに節穴にしちゃ都合のよすぎる場所に、ぽっかり穴が空いてたりするんで。どうやらあの家は見張られてますぜ、それも、かなり長い間に渡ってと見ました」

「おまえの同業者にか」

「ハハッ、あの程度の家の仕事に、念入りに張り込む間抜けはいませんや。それだけの手間をかけるんなら、もう少し銭のありそうな所を狙います」

「ふーん、で、おまえ、どうした」

「とりあえず、ここは俺の縄張りだという、挨拶を入れとこうと思いましてね。覗き穴の傍に鼠の絵を描いときました。それから、まぁ、鈴の仕掛けを少々」

「上出来だ。まぁ、こそ泥じゃねぇとすりゃ、その程度の小細工に引っかかるとも思えんがな。牽制ぐらいにはなるだろうよ。クロ、他人様の屋根裏に忍んだりするなって、さっきの説教は取り消しだ」

「あなた」

「先生んとこに限ってだ。これはお上の御用でもあり、ユウトの先生をお守りするってことにも繋がるのさ」

「でも、クロさんには少しでも真っ当な道を…」

「奥様。お気遣いはありがたくて涙が出そうですが、俺も坊ちゃんの先生をお守りする役に立つっていうのに、ほうっておけやしません。親分が言ってくれなけりゃ、手前勝手に続けてました。親分に命じて頂けりゃ、俺も胸を張って忍び込めます。裏の道になんか戻りゃしません」

「そういうこった。おい、ユウト、用心棒の話はどうやら冗談じゃすまねぇようだな。まぁ、せいぜい気を配っておけ」

「はい。明日から泊り込みの塾生にして頂けるよう、お願いしてみます」

 ユウトが気を引き締めるように力を入れて応えると、タケトはその顔を眺めて言った。

「しっかし、羨ましいぜ。そんな何があるかわからねぇ面白そうな場所に泊まりこむなんてよ。なんなら夜だけ交替してやってもいいぞ」

 まるで緊張感のない父親の言葉に肩の力が抜けた。これが息子の力みを抜いてやる思い遣りなのか、まじりっけ無しの本音なのか、まるで分からないところがこの親父の困ったところだ、とユウトは思っていた。



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