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4:親子鵬

「と、そう言えば、その前に約束のお楽しみがありましたね」

「そうそう。俺はそのために呼ばれたんだもんな。おい、ユウト、やるぞ」

 嬉々として立ち上がるタケトの様子にユウトはため息をついた。そんなにやる気満々なら、一人でやればいいのに。最初に渋って見せたのは、親子鵬に巻き込みたかったからだけに違いない。二人は庭に下りて並び立ち、懐から二本の念筒を取り出してから一礼した。

「念剣には本来いくつかの決まった型があるんだが、これは二人でやる型なのさ。親子鵬と勝手に呼ばせてもらってる。何せ相手はこいつしかいねえぇし、その前は俺の親父殿が相手だったんでね。言わば一子相伝って、それほどのもんじゃないけどな」

 喋りながらもタケトの顔から笑みが薄れ、集中を高めている様子が窺える。

 フッと前触れ無く両手の念筒から二色の光が直立した。

ユウトの念筒からも炎の刃と氷の刃が伸びる。

二人は一度視線を交わすと、そのまま舞うように光の剣を振りかざした。    

 ユウトの炎剣がタケトの袈裟を両断する勢いで振り下ろされる。

 タケトの水剣がそれを弾き、同時に炎剣が弧を描いて胴を払う。

 一歩退いて炎剣で受け止めたユウトは、今度は水剣の鋭い突きを見せる。

 二色の光の舞は美しいが、行われているのは切り合いの型、念剣は真剣と同様の切れ味を持つから、ひとつ間違えば互いに命が危ない。にも関わらず、二人の剣速は目で追うことも困難なほどで、光の残像が二人の姿を帯のようにくるんで行く。

 ユウトは歯を食いしばり、必死で父親の動きを感じ取ろうとしていた。型の全てを正確に覚えているわけではない。ただ、父の動きが分かれば、それに対応して自然に身体が動く。幼い頃から叩き込まれている勘に、二人の生命を懸けているのだ。もちろんタケトへの絶対の信頼がなければできない。それは大丈夫だ。無軌道で無法に見える父であるが、こういう時には全て任せられる。が、自分の動きには同じだけの磐石の信頼は置けない。不安が心を支配してしまえば、躊躇いが生まれ身体の動きは狂う。不安を押さえ込み、ただ集中力だけの存在に自分を変えていかなければならない。厳しい戦いだ。

 それにしても、タケトの動きのなんと美しく伸びやかなことか。微塵の緊張も感じさせず、いつもは喜怒哀楽の激し過ぎるような表情が、微笑さえ浮かべた穏やかなものに変わっている。自分はまだまだ父に及ばない、と思い知らされるのはこういう時だ。

 やがてタケトが間合いから外れて終焉の舞に入り、互いの炎の剣を高く掲げたところで、親子鵬は終息した。

「見事なものです。眼福などと軽々しく言えるようなものではありませんな。いや感服いたしました。ありがとうございました」

 シュンセイが静かに頭を下げる。

「いやぁ、まぁ、ちょいとした大道芸ですがね」

 と得意半分照れ半分の口調で笑うタケトは、息も乱していない。ユウトの方は額の汗を拭い、肩で息をしている。できれば尻をついて足を投げ出してしまいたいところだったが、これから師となる人の前で、そのような無様は見せられない。

「厳しい修行をなさったようですな」

 とシュンセイは二人を見比べながら言った。

「まぁ、俺も親父に仕込まれたんですが、まだ餓鬼のわけの分からないうちにみっちり仕込んじまえば、身体は動くもんなんで。後は慣れでしてね。俺はちょくちょくやらかしてるんですが、せがれはこれから世に出る身、大道芸をひけらかすのは褒めたもんじゃないんで、久しぶりだったはずです。その割には動けてましたが」

「あたしは大道芸を軽んじるつもりは毛頭ありません。あれはあれで修錬もあり才能も要する。人を楽しませることで食べる、というのも容易ではないことです。しかしあなた方の念剣は大道芸の類ではありませんな」

「と、言うと」

「意味と律のある型があり、表現される主題があり、強さ美しさに基準がある。思想と体系、言わば念剣道のようなものが背後に確立されておるのだろうとお見受けしました」

「ありがたいお言葉ですが、そんなご大層なものは、聞いたことがないがねぇ」

 とタケトは首を捻った。

「そうでしょう。それは今は隠されており、型だけが細々と伝わっているのでしょう。その型も、広く全ての念剣演者に伝わってはいない。あたしは流れの大道芸として演じられる念剣を陽都で二、三回鑑賞する機会がありましたが、今のお二人のような格調は、全く感じられませんでした。そもそもこの陽都下に住まう者で、念剣ができることが知られているのは、鵬の親分ぐらいのものです」

「まぁ、念剣が上手いなんてことは、大っぴらに言い立てるようなことじゃねぇし」

「どうしてでしょう。武芸に通じる厳しさと舞に通じる美しさがあり、色事賭け事にも絡まない念剣が、どうして恥ずべき見世物芸とされているのでしょうか」

「さぁねぇ。まぁ俺は色事賭け事は得意なんだが。いや、色事は今は無縁だぞ」

 タケトはリンカの視線に気づいて慌てて付け足した。シュンセイも微笑んだが、すぐに表情を引き締めた。

「念剣を怖れているのですよ、陽都下では特に。ということは、まぁ太皇皇室か大政局のいずれかでしょう。あるいは両方か。そこで念剣を貶めることによって、念剣を廃れさせたわけです。陽太皇が疎んじたなんて噂まで流させてね。念剣は西南の諸国では盛んで、悠国では国技です。おそらく遠い過去に太皇皇室と争った一族が西南の方にあったのではないかと、あたしは考えています。その血筋はもしかすると念剣使いを生み出しやすいのかもしれませんな。そして念剣は広がれば脅威であると。禁じれば潜りますが、軽んじれば力を失いますから」

「ちょいと、待った。申し訳ないがこう見えても俺は東陽家。陽太皇直参の十六陽貴の家柄ですぜ。先生のお説じゃ、念剣使いは太皇室の敵の出ということになる。そいつはおかしいだろ」

「十六陽貴が組まれる前のお話、と考えればどうです。それにあたしは、太皇室と争った一族の血筋に多いかもと言っただけで、他の血筋では使えないと言ったわけではありませんよ。あたしもそこのところはまだよく分かっていないんですが」

 シュンセイはそこで、ほっそりと上品な顔に似合わない、凄みのある笑いを浮かべた。

「ですがね、不自然な禁忌には必ずそれなりの理由が潜んでいる。そういう隠されたものの幕を剥いで暴いて、そこから浮かび上がってくる本当の姿ってやつが、あたしの魂を掻き立てるんです。それがたとえ、美しいものであっても、おぞましいものであってもね」

「ふむ。必ずしもいい趣味とは言えねえが…。いや、そうだな。誰かに知らずに踊らされてるってのが愉快じゃない気持ちは、まぁ分かりますな」

「そういうことです」

 頷いたシュンセイに、ようやくいつもに戻ったユウトが力を込めて、

「そうです。まして、それが今の世に合わない古い考えや、個人の思惑の上に成り立ったものだとしたら、それは真の姿を広めて、因習を打ち破らなければならない。私がシュンセイ先生について学びたいのは、そのためです」

 と訴える。

「大いに結構。その覚悟で励んでください。さぁ、ささやかではありますが、食事の用意も整えております。鵬の親分の念剣にお酒はつき物と伺っておりますよ」

「いやぁ、先に出して頂いてりゃ、もうちょいと演舞の切れが違ったかもしれねぇ。なんだ睨むなよ、ユウト、冗談だ。こっからは無礼講でいこうじゃねぇか」

「客が先に無礼講を宣言してどうするんですか」

 だいたいこの親父は最初から無礼講じゃないかと思いながらユウトがたしなめる。

「あぁ、もちろん無礼講です、無礼講。というか、あたしも初手から無礼講でしてね。堅っ苦しいのは苦手なんですよ。貴智塾は礼学塾ではありません。もちろん礼の思想は軽んじませんが、風通しよく議論するためには、あまり型にこだわらぬ方がいいのですよ。あなたもここでは、少し肩から力をお抜きなさい」

 とシュンセイが明るく諭した。ユウトはうなずきながらも小さくため息をつく。

 父親が肩から腰から力を抜きっぱなしだから、釣り合いを取るためにも息子は肩肘を張らなきゃやっていられないのだという事情を、世間にはもう少し飲み込んでもらいたい、と思う。ユウトに期待される役割はどうしても、父親そっくりの放蕩息子か、正反対の品行方正優等生なのだ。父親並の型破りが一家に二人もいたら、家は破綻するに決まっている。ユウトに選択の余地はほとんどなかった。




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