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1:賭場の暴れん坊

 陽太皇国の華、陽都の街は人の流れも金の流れも豊かで速い。となれば自ずと遊び場も大いに賑わう。御城下を下って東の街道へと繋がる四ツ橋界隈には、飲み屋も遊女屋もずらりと揃う。美味い料理、美味い酒、柔らかな肌と過ごす刹那ではあるが極上の時間が、おいでおいでと手招きする。けれども、街を行き交うその日暮らしの男どもが、その敷居をまたぐのは難しい。汗水たらして稼いだ銭は、その日その日のおまんまと大家の懐に消えて、残りは僅かだ。となればその僅かを元手に、高い敷居をまたげる銭を稼ぐ手立てがいる。陽都の賭場が、どれほど厳しく取り締まられようとも盛んなのは、まことに当たり前と言えよう。

 表では夏の名残の蝉の声がまだ喧しい最中、薄暗い部屋の中には、息をするのも苦しいほど湿った重い熱気がこもっている。残暑が厳しい上に、狭苦しい部屋に大勢の男どもが詰め込まれているせいもあるが、その汗まみれの男どものなけなしの銭が、賽の目で行き交う緊張感が空気をじっとりと重くする。と、その重苦しさを振り払うように、

「おうぃ、そろそろちょっと俺に振らせろや」

 下帯一丁の大柄な男が声をかけるなり、いきなり胴元側にずかずかと踏み込んで、どっかり腰をおろした。腹回りはやや太めだが、腕にも足もたくましい筋肉が瘤のように浮き上がっている。目も口も豪快なほど大きく、眉は黒々と太いが、目尻はちょっと下がっていて人懐っこい陽気な顔立ち。色白の肌に背中の鳳凰の彫り物が鮮やかだ。

「親分、待ってましたっ」

「鵬のっ、頼みましたぜ」

 声が飛んで賭場はいっせいに活気づき、場違いに陽気な空気が漲る。胴元側が苦々しそうな諦め顔で首を縦に振る。

「よっしゃ、みんなけちけちせずに景気よく張りやがれよ。なおい、爺さん、あの世に銭を握りしめてってもしょうがないだろ」

「よっ、鵬返し、天下一」

 と誰かがかけた声に、愛嬌たっぷりの笑顔を返し、ぐるりと首を回して

「んじゃ、ここらでいくかな」

 賭場は期待に満ちた静寂に支配される。

「皆々様、目玉かっぽじいてよぉく御覧じろ。太皇様お膝元陽都の裏名物、鵬返し、入ります。ハッ」

 短い気合と共に、右手から賽が二つ、ピン、ピンと立て続けに宙に弾き出される。賽は鋭く回転しながらするすると昇り詰めてからふっと落下する。間髪入れず、高く掲げられた壷を持つ左手が袈裟に振り下ろされると、宙の賽は一つに。返す手で壷が再び左に高く掲げられた時は、宙に賽はなく、大きく回された壷がふわりと茣蓙に着地している。

「さぁ、どちらさんも張った張った。と言ってもこいつは、もう。ピンゾロの丁と決まってるんだがね。まぁ、半方にも無駄だと思うが、張ってやってくれや」

 と言うも、客の目はむしろ半が遥かに多い。

「おい、おい、胴元に儲けさせようッて気風のいい客ばかりだな、ここは。おい、有難く丁方引き受けてやってくれ。儲けの半分は俺に回せよ」

 胴元側の頭らしき人相の悪い大男が、ため息をついてから、がさっと札を丁方に置いた。

「ほんじゃ、開けるぜ」

 壷を思い入れたっぷりに開けて見せれば、二つの賽の目は

三六(さぶろく)の半」

「やったぁ」

 歓声が上がる。

「勘弁してくださいよ、親分」

 胴元側がふくれっ面をつくる。

「わりいな。賽の目を操るなんて器用な真似はできねぇもんでよ」

「そりゃ、承知してますけどね」

 鵬返しの大技は、ただ見た目が派手に壺に賽子を入れているだけ、丁半には何の関係もない。賭場の客連中もそれは百も承知。大道芸を見る楽しさで、わいわい騒いでいるだけなのだ。

「ま、賭け事はぱっと楽しくやらなくちゃいけねぇ。でないと、ついつい首を括りたくなるやつが出てきちまうからよ」

 それぐらい、熱くなってもらうほうが賭場としちゃ有難いんで、とは言えず、大男はまた苦笑いをするが、

「だから、こういうモンの使い方には気をつけな」

 鳳凰の彫り物の男はぼそりと低く呟き、下帯から何か取り出し。胴元の大男に手渡す。とすかさず渡した手首を捕まえ軽く捩じる。その手からこぼれた賽子二つを反対の手で受け止めた。

「そっちも商売だからよ、何事も全てきれいにとは言わねぇがな、素人衆をあそこまで熱くさせて追いこんといて、こいつを使うのは感心しねぇ」

 周囲には聞こえない程度の声で、耳元で語りかける。胴元側が使おうとしていたイカサマ用の仕込みの賽子を、鵬返しの間に普通の賽子とすり替えていたようだ。

「す、すいません、親分」

 胴元の男が蒼ざめているのは、イカサマがばれて咎められているからか、捩じられた手首が痛いからか。

「ま、今日は勘弁しとくが、俺が目を瞑るのにも限度があるってこった、覚えときな」

 言いながら賽子二つを胴元の男の懐にねじ込み、代わりに銀二枚を掴みだして、

「こいつは賽子代ってことでいいな」

「へ、へい」

 用は済んだとばかりに、彫り物の男はポンポンと胴元の男の肩を叩いて振り返り、

「さぁて、皆の衆、目ぇは外れちまったが、鵬返しは縁起物、どちらさんも明るく楽しく、キレイに遊んでってくれ。俺も今日は稼ぐぞぉっ」

 と陽気に怒鳴る。と、

「親分、親分、親分、鵬の親分はこっちにいるかい」

 若い男がひとり、騒がしく駆け込んできた。

「うるせぇな、クロ。ブンブンブンブンとカナブンみてえに」

「あっ、親分、やっぱりここですか。暴れてるんすよ、田舎モンが。ぐずぐずしてると人死にがでちまいますぜ」

「ちぇっ、しょうがねぇな、まったく。こっからが稼ぎ時ってのによ。皆の衆、すまねぇ。お上の御用だ、行ってくらぁ」

 立ち上がったかと思うと、もう走り出している。後から着物を持ったクロが追いかける。

「ばかやろう、おまえが先に行かなきゃ、どっちに行ったらいいか、わからねぇだろう」

「親分、どっちにしろ、下帯一丁はまずい。栄町のほうですから、これをひっかけて、あっしについてきてください。だいたいお縄を持たずにどうすんですか」」

「そりゃそうだな」




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