第七話
劇団真祖。聞いた話では役者の数は二十名以上居た筈だが、今私の目の前にいるのは……たったの五人のみ。しかも全員が全員……なんというか個性的すぎる。五人の内、一人が私へと手招きしつつ傍へ来させる。そして微かな笑顔を浮かべた。どうやらこの人物が代表格らしい。
「よく来てくれた、轟から話は聞いてる」
その団長を務めるのは、轟監督と同じくらいの年齢の五十台半ば程。髭ヅラでは無く、ワイシャツにスラックスという出で立ちの、どこにでもいるオッサン。でもなんとなく顔は好みだ。兄弟子に少し雰囲気が似てるかもしれない。そして他のメンツは、ステージのある薄暗い空間の中で思い思いに過ごしていた。
「……あの、他の団員の方は……」
「これで全員だ」
いや、全員て。五人しかいないんですけど!
たったこれだけで舞台が回せる筈が無い。無駄に劇場が広いし設備も見た目整っている。あれらは誰が操作するんだ。
「……すみません、用事を思いついたので帰ります……」
「気持ちは分るが話だけでも聞いてくれ、頼む」
ガっと肩を掴まれ捕獲されてしまう私! ひぃ! セクハラよ!
「轟からどこまで聞いてる?」
「……いや、何も」
「……あの髭……おっと失礼、君の戦友だったな」
いつのまにそんな設定に? 今度あったら地獄に落そう。
「その落胆ぶりからすると、この劇団が……かつては中々の規模を誇っていたのは知っているようだな。だが最近はコロナコロナで景気が悪くなってね。だんだんと団員も減ってしまったんだ」
「それにしても……五人て。ここまで来たらもう舞台なんて回せないんじゃ……」
「その通りだ。事実、次の舞台を最後に解体するつもりだったが……先日、女優の一人が転んで足を骨折してしまってね。その舞台も公演の危機なんだ」
ふんだり蹴ったりだな……。というか、たとえその女優が健在でも……無理がありすぎる。
今ここに集っている五人……団長を省いて四人はそれぞれ、メイド服を着た男だったり、隅っこの方で本読んで縮こまってる女の子だったり、ひたすら知恵の輪を弄繰り回してる少年だったり……そして最後の一人は……
「あの……あの人は? 何してるんです?」
最後の一人……床に寝転がって、天井に手を翳しながらブツブツ言ってる男が居る。
「あいつは……この中で一番の実力者だ。ちょっと変な奴だが、この中じゃ一番理性的だぞ」
とてもそうは見えないんだが。
「ちなみに裏方については派遣を頼ろうと思ってる。派遣と言ってもプロの集団だ、そのあたりは心配しなくてもいい」
「……ちなみに、公演はいつなんですか?」
「一週間後だ」
まて、まてまてまて、色々とまて……!
不安要素しかない、裏方は派遣に頼ると言う事は、今ここに居るのは役者と言う事か?
公演一週間前だと言うのに練習してる素振りも無いのは何でだ。ド素人でも……いや、誰がどう見ても、皆やる気なんて皆無だ。
「……あの、私が言うのもなんですけど……」
「言いたい事は分かる、今はちょっと皆……その……諦めムードというか……」
だろうな。互いが互いを見ればそうなるのも当たり前だ。
「だから……君の力を見せて欲しい。こいつらの目を覚まさせてやってくれ」
「……ハッキリ言いますけど……無理です。お邪魔しました」
そのまま団長に背を向ける私。
その時、波の音がした。ここに当然ながら海なんて無い筈なのに。
思わず再び振り返ると、先程まで寝転がって手を翳していた男が立ち上がり……あれは……芝居してる?
その男は数年前にヒットした映画の台詞を叫ぶように。
安定感のある演技だ。私や轟君のように潜るわけでも無く、決して形だけ繕っているわけでもない。声も通るし、感情表現も……そうだ、まるで兄弟子を見てるかのような……。
でも技術は確実に兄弟子の方が上の筈。その男は私と同い年か少し上くらい。乱れた髪も、顔も、仕草も表情も、兄弟子と比べると全く違う。なのに似ていると思ってしまうのは何故だ。それに……
「……潜って無いのに……なんであんな芝居できるの?」
「潜る……? 唯も確かそんな事言いながら……」
「…………」
駄目だ、潜らないと私は芝居なんて出来ない。
この映画は知ってる。母と一緒に見に行って……滅茶苦茶泣いた。最後にヒロインが死ぬ奴だ。桜が綺麗で、そのお姉さん役が怖くて、実は結構な名女優だったりする。
「怪我した女優の役は?」
「姉の役だよ。ちなみにそこで本読んでるのがヒロイン」
「分かった」
潜る……深海の舞台へ。
その舞台に立つ人物を……私は……
「……君に……何が分かるの」
大きく団長が逃げるように下がる。まるで私と、寝転び男との間に道を開けるように。
男の表情は途端に悲し気になった。この場面はあそこだ。
ヒロインの姉と、主人公の男子高校生が邂逅する場面。姉の存在感を知らしめる場面だ。
「ま、待ってください! 一体……なんなんですか!」
ヒロインは不治の病。とっくに余命は過ぎてて、いつ命を落としてもおかしくない状況の中、最後の力を振り絞って幼馴染の主人公へと会いに来る。しかしそこへ姉が現れ、妹であるヒロインを連れ戻してしまう場面。
主人公は戦慄する。元警察官の姉の眼力の前に怯え、自分がどうしようもなく子供だった事を思い出す。そして、そんな主人公へと、姉はとどめと言わんばかりに……
「……悪いのは耳? それとも頭? もう一度言うわよ。妹に二度と近づかないで」
私は寝転び男の耳元まで近づき、そう囁いていた。
男は一瞬、怯えた表情に。しかし……芝居を解いた。
……戻れ、戻れ……大丈夫、まだそこまで深く潜ってない、戻れ……!
男の顔は無表情へと戻り、私の顔を見つめてくる。耳元で囁いていた私と、キスが出来るくらいの距離。なんだ、よく見たら可愛い顔してるじゃないか。
「……あんた、何者?」
「……役者よ。どうぞよろしく」