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第五話

 スタッフが轟少年を止めようと走り出した。勿論、兄弟子も私も小森っちも。

 しかしそれを止める人物が。監督だ。


「動くな」


 一瞬言葉を失う。動くな? どういう事だ。

 

「何考えてんのよ! あんた!」


 この中で唯一の部外者の私の言葉に、皆目を丸くする。

 しかし監督は、じっと演技を続ける轟君を見守るのみ。


「ハーネスは? なんでつけてないのよ! あんたの指示なの?!」


 思わず掴みかかる私。でも監督は何も喋らない、動かない。

 私はそんな監督を無視して、轟少年へと駆け寄ろうとするが、今度は兄弟子に止められた。


「なんで……なんで? 見れば分かるでしょ!? あのままじゃ……」


「どの道、ここで飛ぶならいつか飛ぶ」


 監督の残酷な一言がスタッフ全員を凍り付かせた。

 こいつは一体何を言っているんだ?


「あんた……轟君の事、なんだと思ってるの?」


「紗弥さん」


 再び監督へと詰め寄る私。その間に入ってくる兄弟子。

 監督は一瞬、私へと視線を移したかと思えば、またすぐに轟君の演技を見続ける。


「死ぬのが怖くて役者が出来るか。これはあいつが選んだ道だ」


「ふざけないで! それで轟君は死んでもいいって思ってるの!? あの子は周りが守ってあげなきゃ……」


「それを拒否したのはお前だろう。漆原 燈子の娘」


 その名を聞いてスタッフの中には驚く人間もいた。部外者がチラチラと出入りしていたが、まさか大女優の娘だったからか、と納得する人も。


「お前の最後の舞台、見たよ。世界で一人残された少女。危なっかしい芝居しやがって。あの舞台を最後にしたのは、自分が一人だと再認識するためだろう。だが目の前にあいつが現れて、お前は仲間が出来たとでも思ったのか?」


 あいつ、とは轟少年の事だろうか。

 轟少年が仲間? 確かに、あそこまで潜れる人間を私は私以外に知らない。


「周りが守ってあげなきゃだと? それを一番に否定したお前が何を言ってるんだ。この中で、あいつの心情を理解しているのはお前だろ」


「私が……? 私は……」


「他人に頼りたくないって奴が、他人の事は助けたいだと? そんなお前に助けられたあいつの心境を考えた事があるのか?」


 違う、私はずっと他人に甘えてきた筈だ。そうやって助けられながら……生きてきた筈だ。

 私は一人なんかじゃない。劇団のみんなと一緒に……


 最後にあの舞台を選んだのだって、私はただ……劇団を去るに相応しいと思っただけで……


 相応しい?

 取り残される役が相応しい……?


「分かったら黙ってみてろ。ここで踏みとどまれないなら、どの道もう終わりだ」



 

 ※




 僕にとって役者は雲の上の存在。テレビの中でカッコイイ人達が、感動を与えてくれる。僕は与えられる側。それでいいと思っていた。


「お前、歌上手いな」


 僕を引き取ってくれた轟というヒゲ面の男。その人が最初に褒めてくれたのが、一緒に行ったカラオケでの一言だった。中学生になったばかりの頃、今度友達とカラオケに行くから教えてくれ、と強請ったのが切っ掛けだった。


「オーディションとか受けてみるか? 俺の知り合いの奴だがコネとかは無えぞ」


 ケラケラと笑いながら、半分冗談で言ってくるその言葉に、なんだか妙にムキになってしまい、本当にアイドルオーディションを受ける事に。一回目は惨敗。歌うとかそれ以前に落された。


「お前、性格が暗いんだよ。もっと元気だせよ」


 もう十年以上前だが、両親を亡くした。そして三年前、それまで僕を育ててくれていた姉は行方不明になった。残されたのは一枚の置手紙だけ。


 そんな僕にもっと元気だせ、なんてアバウトすぎるアドバイスをしてくるのは、このオッサンだけだ。


「アイドルってどういう意味か知ってるか? 偶像だよ。要は本来無い物を作り出してるんだ。これからもう一人の自分を作り出すのさ。それってワクワクしねえか?」


 するかもしれない。もう一人の自分を作る。別世界の僕を……。


「まあ次は頑張れよ」


 その言葉通り、次のオーディションはトントン拍子に話が進んだ。もう一人の自分を作る。僕は……私は、アイドルとしての自分を作るんだ。

 

 そしてアイドルとしてそこそこ成功を収めた時、オッサンからドラマの話を持ち掛けられた。オッサンが監督を務める作品、それに参加出来る事が嬉しかった。少しでも恩返しが出来るかもしれない。


 もう一人の自分を作る。そう思ってアイドルの門を叩いた。そして今度は役者として。

 そこで僕はあの人に出会ってしまった。本物の幽霊になれる生身の人間を。


 心底感動した。まるで魔法みたいだった。人間は無限の可能性を秘めてる、そう素直に思った。

 僕もこうなりたい、そう思って、見せられた幽霊を思い出しながら……ドラマの台本を読んだ。


 引き込まれる。

 どんどん潜っていく。目の前に本当に幽霊が見えた。怯えた、本当に怖かった。今でも怖い。

 

 僕は本当に人を殺してしまったのか? あんな些細な事で、親友を殺してしまったのか?

 無意識にそう思ってしまう事があった。芝居をしていない時でも。


 殺した、僕が殺した。


 両親は……僕がふざけて川に飛び込んで……それを助けようとして……


 僕が……殺したんだ。


 姉が残した置手紙にも……そう書いてあった。


『お母さんとお父さんを返して』


 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。


「一個だけアドバイス。大好きな物を常に身に着けるのよ。私はこれ」


 ……パンダ?

 大好きな物……そういえば、まだ見つけてなかった。

 僕の大好きな物……。


 大好きな……人


『大好きだよ、大地』


 



 ※





「……戻ってきた」


 彼が戻ってきた。遠目から見ても、自力で戻ってきたのが分かる。

 私の一言で、監督は深呼吸をするように一段と大きなため息を。そしてそれに呼応するかのように、兄弟子が芝居へと参加する。


「馬鹿な真似は止めろ、こっちに戻って来い!」


 兄弟子の芝居。その怒号は後にも先にもここだけだ。珍しい物を見れた。

 ヒロイン役の子はマジ泣きしつつ、轟少年は振り向くなり……微かな笑み。

 すると今度は監督の怒号が響き渡る。


「馬鹿野郎! そこで笑う奴が居るか! 役者やめろゴルァ!」


 しかし監督の怒号は全く怖くない。轟君も一礼しつつ「すんません」と謝り、最初からやり直しになった。


「次、本番だ」


 監督の一言が、呆けていたスタッフ達を慌ただしく動かす。

 正直私は呆けたままだが。あのまま轟君が戻ってこなかったら……と思うと……。


「お前はいつまでこちら側にいるんだ? 漆原 紗弥」


 目線もくれず、監督はそう呟くように。

 それに対して私は……


「……打ち上げの焼肉……私も行っていいんすかね」






 

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