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第四十五話               

 

「貴方が好きです、紗弥さん」


 その言葉の意味が私の中にしみこんでいく。ここまで来て、友達として、幼馴染として好きだ、とかそういうのでは無い事くらい私は重々承知している。っていうかもしそれで恋愛としての好きでなかったら、兄弟子の頭を叩き割るかもしれない。


 まっすぐに見つめてくる兄弟子の目。私も目を逸らせない。逸らしてはいけないと、私の中の誰かが言っている。そして言ってしまえと、これまでの私の想いを全て吐き出してしまえと。


 私もずっと宗吾さんの事を想っていた。でも宗吾さんはいつまでも敬語だし、私の事をどこか子供扱いしてるし、絶対恋愛対象には見られてない、そんな風に思い込んでいた。


 でもここにきてのカミングアウト。急すぎて頭が追いつかない。いや、別に追いつく必要なんてないじゃないか。何も考えなくていい、こういう時は……勢いで……


「わ、私は……そうひょさんの……あっ」


「……噛みました?」


 ぎゃー! なんてこった! 肝心のところで宗吾さんの名前噛んだ! ありえねえ!

 やり直しだ! カットだ! 今のはNGだ!


「……すみません、変な事言い出して」


「ちょ、ま……待って……! ちゃんと言わせて宗吾さん!」


 立ち上がり、そのまま去ろうとする宗吾さんの足へとガッシリ腕を回す私。このまま逃がしてなるものか。私の勘が言っている。ここでうやむやにすれば、もう一生……宗吾さんの目を見て話す事は無いだろうと。


「……はい」


 宗吾さんはそのまま私の正面へ、ふたたび正座。

 もう駄目だ、我慢出来ない。というか、私は役者のくせに肝心な所で口下手だという特性を今知った。だから……卑怯くさいかもしれないけど


「……ん」


 正座する宗吾さんに抱き着きながら、そのまま唇を奪った。

 宗吾さんがバランス崩して倒れて、まるで私が押し倒したみたいな……いや、紛れも無く私が押し倒したんだろう。それでも尚、唇を奪い続ける。


「……宗吾さん……好き」


 やっと言えた。


 何十年間、思ってただけで喉から出なかった言葉が。


「はい……」


 今度は宗吾さんが、私を引き寄せて抱きしめてくれた。

 なんだかいけない事をしている気分だ。私達は兄弟弟子。あの爺の、あの爺に育てられた。


「……紗弥さん、少し重くなりましたね」


「……は?」


 なんでこんな時にそんな事言い出すよ、この馬鹿兄弟子……!

 私が微妙に気にしている事を! こんな場面で……!


「宗吾さん?」


「いや、失言でした。というか目が怖いですごめんなさい」


「謝ってすむなら……ギロチンは要らないんですよ」


「処刑確定ですか、厳しい……」


 こうなったら……宗吾さんの中の私の体重情報更新してくれるわ! 私はこれ以上太らん! 絶対にだ!





 ※





 翌朝、いつの間にか宗吾さんは帰っていた。

 あの後何があったのかは私もよく覚えていない。なんかひたすら麦茶飲んでた気がする。麦茶で酔いつぶれたという事か……。


 洗面台の鏡の前に立つと、いつもより自分がいい表情をしているように見えた。気のせいレベルかもしれないが、私は今……人生の中で最高に幸せな部分に立っている。きっとそうだ。


「はぁー……おっと、こうしちゃおれん。朝のシャワーの時間だ! 今日も一日頑張るぞぃ」


 しかし私の部屋からは一滴の水も出なかった。完。





 ※





「おおやさああぁぁぁん! 助けて! 干からびてしまう!」


 アパートの隣の一軒家が、大家さんの家。平屋の、昔の木造住宅。田舎の婆ちゃん家を彷彿とさせる家。引き戸の玄関をガンガン叩きながら助けを求めていると、パタパタと可愛い音と共に大家さんが現れた!


「はーい、どうしたの、紗弥ちゃん」


 可愛いクマさんの着ぐるみを着こなした、見た目小学生の大家さん。実年齢四十過ぎの未亡人。しかし繰り返すが、見た目は小学生にしか見えない。身長も私の胸くらいまでしかない。


「大家さん! 助けて! 私の部屋から水が……一滴も出ないんです!」


「えぇ……おかしいわね、もしかして水道管破裂してるのかしら……」


 いや、大惨事やん、それ。


「ちょっと待ってね、他の部屋にも確認してみるから」


 そのまま大家さんと共に、他の住居人へと確認の挨拶に。

 案の定、どの部屋も水道が使えなかった。蛇口が取れそうになるくらい回しても、水は出てこない!


「あらら……ごめんね、すぐに業者呼ぶから」


「うぅ、大家さん……よろしければ風呂貸してくだせぇ……私、シャワー浴びたいなり」


「あー……それなら銭湯行って来れば? 実は私の友達がやってるから格安よ。そっちの方がきもちいだろうし」


 え、めんどくせえ。


「はい、お金あげるから。ついでに隣の部屋の子も引っ張り出して連れてってくれない? あの子、ちゃんとお風呂入ってるか心配なのよ」


「純君? まあ、確かに学校も行ってないくらいだし……」


「あらあら、もう結構仲良しなのね。じゃあよろしく~。ぁ、せめてものお詫びに朝ご飯作っておくから、帰ってきたら寄ってね」


 っていうかそっちが本命か! 不登校の高校生を風呂に入れるための……!

 確かに大家さんの家に風呂入りに行くぞ! とか言っても、あのタイプの高校生は動かんだろうけども。だからと言って銭湯に連れて行くのも中々に難易度高い気がする。


 まあ……言うだけ言ってみるか……。


 いったん自分の部屋へと戻り、着替えなど持って純君の部屋のインターホンを連打。すると中からキレ気味の純君が現れた! いかにも今起きたみたいな顔してるな。


「おはよう純君! 突然だけどお姉さんと銭湯いかない?」


「……あ?」


 ひぃぃぃぃ! 純君怖い! 泣いてしまうぞ!


「……昨日の男、居ないの?」


「ん? あぁ、もういつの間にか帰ったみたい」


「……あっそ」


 そのまま部屋の奥へと引っ込んでしまう純君。

 え、何今の。もしかして、私達の告り合いが聞かれていたのでは? 不味い! それは恥ずい!

 あぁ、純君を銭湯に誘う大作戦が失敗してしまった……!


「って、ん? どうしたの、純君。そんな銭湯に行くみたいな新しいトランクスとタオル持って」


「ぶん殴るぞ」


 ひやぁぁぁぁ! 暴力反対! 

 なんてこった! 純君は銭湯に行く気満々だ! それはいいことだけども!


「ふ、ふふふ、よし、行こうか純君。朝風呂だ!」


「……それよりアンタ、その恰好で行くのかよ」


 え? 変? 今私は上下白のダボダボモフモフスウェット。まあ、パジャマに見える……のか?


「駄目?」


「駄目っていうか……なんかエロい」


 はぁ!? そんな事ないぞ! これはただのスウェットだ! おませな高校生め!


「だ、大丈夫だ! なんのために純君誘ってると思ってんの、君は私のボディガードだぞっ」


「昆虫だけじゃ無かったのかよ……」


 勿論黒き悪魔を追い払うエクソシストとしても期待しているっ。

 

 さあ、行こうぞ銭湯に!





 ※





 当然だが銭湯に他の客はいなかった。現在の時刻は朝の六時。こんな時間からもやってる銭湯ってすごいな。


「純君、じゃあまた後で。三十分くらい入ってるよね?」


「五分」


「早すぎじゃ! カラスの行水じゃないんだから! もっとゆっくり浸かりなさい!」


「へーへー」


 まったく、最近の若者は。というか銭湯って本当に久しぶりだな。私の家の近所には無いし、温泉とかも高校の修学旅行以来だ。

 脱衣所も、浴室の方も誰もいない貸し切り状態。そして当然ながらたぶん一番風呂。いや、もしかしてお湯は昨晩から張りっぱなしかもしれない。そりゃそうだよな、こんな朝早くから掃除してお湯張っても、来る客なんてそうそう……


「おりょ、先客が居る。めずらすぃ」


 私が駆け湯していると、そんな声が後方から聞こえてきた。振り向くと、そこには金髪の可愛らしい……ってー!


「な、なんて可愛らしい……!」


「にゃはは、ありがとー。お姉さんも可愛いよ」


 はっ! 初対面の女の子にいきなり何言ってんだ私! 慎め! 私の情緒!


「お姉さん新顔だねぇ、どれ、裸の付き合いしようぜ」


「お、おふ」


 何処か江戸っ子のような雰囲気を持つ金髪少女。瞳の色はブルーで、肌も白い。もうあからさまに海外の方……という感じだが、日本語はペラッペラ。


 この時の私は知る由も無い。

 彼女がこれから起きる波乱の中心人物になろうとは。




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