第四十四話
紗弥の元を訪れた宗吾。ジェントル大五郎という名のアパートの敷地内へと入り、燈子から聞いた部屋の前へと。表札はまだ無い。だが部屋番号は燈子から聞いた通り五〇三号室。
「何故に五〇三……いや、深く考えないでおこう……」
二階建てのアパートで、いきなり始まる五百番台の数字に違和感を覚えつつも、宗吾はインターホンを押そうとする。だが部屋の中から声がした。
「あ、いぃ……そこ……はぅ……」
紗弥の声だ。だが何か怪しい。宗吾の脳裏には、とても言葉にしずらい光景が。
そして同時に
「ここか? ほら、これがいいんだろ……?」
男の声がした。しかも若い男。脳裏に浮かぶ光景はリアルになっていく。
「ぁっ……ダメっ……ちょっと痛い……」
「我慢しろよ、そのうちに良くなって……」
「紗弥さん!」
我慢出来ずにインターホンを連打する宗吾。同時にドアノブを回すと不用心にも鍵がかかっていなかった。宗吾は勢いで部屋の中に。すると中の畳の部屋には、床にうつ伏せになった紗弥と、その上に跨る男の姿。だが……
「ん? 宗吾さん?」
「あ? 誰?」
男は紗弥の腰に親指を突き立て、指圧マッサージ中。その見た目は高校生程。宗吾は一瞬頭が真っ白になり、自分の頭を思い切り固い所にぶつけたくなる。
「え、どうしたの宗吾さんー、いきなり」
「あー……」
高校生の方は何か察したのか、鼻で笑ってくる始末。宗吾はその場で座り込み、安堵と後悔の溜息を吐くが全てがもう遅い。
「じゃ、俺帰るわ。恋人も来たみたいだし」
「えっ、違うって! ちょ、大家さんに変な事言わないでよ!」
まるで姉弟のようだ……とつい宗吾は思ってしまう。そのまま高校生は隣の部屋へと帰り、紗弥は突然現れた宗吾の前へと正座。
「宗吾さん? どうしたの? 顔色悪いけど」
「いえ……なんでもないです……」
今すぐここから海まで走って飛び込みたい衝動を抑えつつ、宗吾は紗弥へと引っ越し祝いだとコンビニデザートが入った袋を手渡した。
※
我が城へと突然来訪した宗吾さん。随分慌てた様子で入ってきたが何か急用だろうか……と、私は宗吾さんが買ってきてくれたシュークリームへとむしゃぶりついている。
「……紗弥さん、さっきの男の子は……」
「あぁ、隣の子。黒き悪魔が出たんだけど……追い払ってくれて仲良くなったの」
「そ、そうですか。しかし初対面の男を部屋に招くのはどうかと……」
「あはは、大丈夫大丈夫、あの子まだ子供だし」
子供だと言っても私より背高いが。中々のイケメンだし。不登校なのが勿体ない。学校に行けば女子にモテモテに違いない。
「で……どうして突然一人暮らしなんです?」
「んー、まあ一回くらいしとこうかなって……別に深い意味は無いけど……」
「そうですか……」
いいつつ宗吾さんもシュークリームを開封して食べだした。疲れてるんだろうか。甘い物は疲労回復にはいいから沢山おたべ! 宗吾さんが買ってきた奴だけど。
「ところで……劇団設立の進捗はどうですか。私も手伝うとか言っておいて結局何もせず申し訳ありません」
「いいよ、宗吾さん忙しいし」
っていうか、宗吾さん覚えてるのかな……。私がオーディション落ちたら、結婚して一緒に劇団設立しようぜ! って言った事。いやいや、覚えてる筈ない、覚えてたとしても冗談としか思ってない筈……たぶん。
結婚と言えば……
「そういえば、この前お見合いしたんだけど」
私がそう言った瞬間だった。宗吾さんは口に含んだクリームを漫画みたいに吹き出し、なんと鼻からも出そうに! なんか貴重な宗吾さんだ! 動画撮りたかった!
「お、お見合い? 誰と……」
「まさに貴族って感じの人。お母さんが言うには叔父さんが政治家なんだって」
「そうですか……え? 結婚……するんですか?」
「あはは、しないしない。そのお見合いしたら一人暮らししてもいいってお母さんに言われたから会っただけ。なんか連絡先渡されたけど、ただの社交辞令だろうし」
社交辞令で連絡先渡すという文化は知らんが。
なんとなく、サイフから渡されたメモを出し、宗吾さんへと見せてみる。
「……荒野 匠一郎?」
「なんか如何にも仕事出来そうな、ザ・優秀って感じの人だったなぁ。歳も宗吾さんと結構近そうで……」
「……同級生です。高校の時の」
……ん?
「え? マジで?」
「マジです。同姓同名の赤の他人でなければ……ですが。そうですか、彼ですか……。しかし高校時代はモテまくりのリア充って感じでしたが……わざわざお見合いなんて……」
「だからただの形だけだよ。あっちだってお見合いしろって親から言われたんじゃない?」
まあ、それで相手が何故私? という疑問は残るが、あっちだって私など眼中に無いだろう。
それに、にゃん子がSNSから新しい女の痕跡を消したような感じがする……と言っていたのも、恐らく今新しい恋を模索しているのだろう。きっとお見合いも沢山してるんだ。私はその中の一人だったというだけの話。
「……そういえばさっきの子……」
「ん? どったの? 宗吾さん」
「い、いえ、きっと気のせいです。隣の部屋に住む彼が、なんとなく……その荒野君の高校時代と似てたような気がしたので」
「あぁー、まあイケメンだしねぇ」
顔が整ってる所は似てるかも。しかし態度と性格がマジで正反対。
まあ、相樂君も別に悪い子ではない、むしろいい子だ。ただちょっと反抗期というか、突然怒鳴られたのが怖かったというか。まあ、今は私の中では良き隣人となっている。黒き悪魔追い払ってくれるし。
「……紗弥さん、劇団の設立、私も本格的に手伝います」
突然そんな事を言い出す宗吾さん。いや、本格的に手伝うって言われても……貴方忙しいでしょ。
「テレビどうすんの。最近CMとかドラマとか仕事入ったんでしょ?」
「現状ある仕事は熟します。落ち着いたら……になりますが」
「まあ、こっちはありがたいけど……別に無理しなくてもいいよ、宗吾さんがもっと有名になったら私もテレビの俳優さんが兄弟子って自慢できるし……」
「……テレビ俳優が夫になるのは如何でしょうか」
途端にシュークリームの皮が嚙み切れなくなる。顎に力が入らない……というか、完全に私の口が止まってしまった。
今……なんて……言った?
「……宗吾さん?」
宗吾さんの顔を真正面から見つめる。宗吾さんの目は私を真正面に見ている。
お互いに、真正面から。肝心な私の心はついていかない。ちょっと混乱して……
「……貴方が好きです。紗弥さん」
甘いシュークリームから、味が消えた。
変わりにと、私の胸の中、一杯に何か違う物が流れ込んでくる。そしてそれは……膨らみ切った風船のように弾けて……
私は何も言葉を発しないまま……まるで電池が切れた玩具のように……微動だにできなかった。




