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第四十三話

 世の中、上手く行かない事なんて百も承知のつもりだった。

 私は今……行きたくも無いお見合いをした見返りとして、とあるアパートを契約し一人暮らしを始めた所。念願の一人暮らし。ここは私だけの城! とテンション上がって荷物を解いている最中……奴に出会ってしまった。


 実家では相まみえる事は無かった、黒き悪魔と。


「っく……まさかの初エンカウントが紗弥帝国建国中だなんて……! どうする、何か……何かないのか?!」


 武器になりそうな物を探すが、よく考えたら潰すなんて絶対嫌だ。あれだ、殺虫スプレーがあればいいが、今まで悪魔と遭遇したのことの無い私は失念していた! 当然ながらそんな便利グッツは無い。


「こうなったら……いでよ! 私の兄弟子!」


 と、宗吾さんを召喚しようともするが本日はド平日の、しかも今は真昼間。勿論仕事中の筈だ。


「どうしよう……黒き悪魔、私一人の手には余る……」


 ってー! ひぃ! なんかカサカサとコッチに向かってきた!

 ぎゃぁぁぁぁあ! 助けて!


「と、とまれ! そこまでよ!」


 しかし悪魔の猛追は止まらない!

 ぎゃぁぁぁあぁ! もう駄目だ! 一貫の終わり!


「うるせーよ!」


 その時、隣の部屋から壁を叩きながら男が叫んできた。

 思わず私は口を塞ぎつつ怯える。一人暮らし初日から……黒き悪魔と怖い隣人に挟まれて……もう終わりだ! 家かえるぅ!


「ひぃ! ここここっちくんなぁぁぁ!」


 黒き悪魔がもう目の前に! 絶対絶命……!

 うわぁぁぁ! ごめんなさいごめんなさい、私は貴方の同胞を殺した事は無いですが、絶対会いたくないと心の底から願っていました、でもこうやって出会ってしまうとやっぱり無理なわけで、そんな事を初対面で言われたらショックだと思いますがごめんなさごめんなさいごめんなさいっ!


 テンパって心の中で精一杯の謝罪の言葉を叫びながら縮こまる私。

 すると……


「だからうるせーって。〇〇〇〇(ピーーー)程度で騒ぐんじゃねえよ」


「……ん? おわぁ! だ、だれ?!」


「ん」


 

 隣の部屋を指で指し示す、突然私の部屋に現れた男の子。見た感じ高校生くらいだろうか。 

 え、高校生で一人暮らししてんの?


 そんな男の子の手には……黒き悪魔。あの触覚部分を見事に摘まんで……って、ぎゃあぁぁぁぁ! ワサワサ動いてる!


「ひぃぃぃぃ! 捨ててきて! 早く!」


「ったく……こんな昆虫程度で……」


 そのまま外へと悪魔を捨てにいってくれる男の子。

 背は私より高そうだが間違いない。あの幼さは誤魔化せん。あの……大地君みたいな玉子肌は確実に高校生!


 そのまま高校生は悪魔を捨てるなり、自分の部屋へと戻ろうとしている!

 おい、何故戻る!


「ちょ、ちょっと! どこいくの?!」


「は? ゲームすんだよ」


「悪魔追い払ってくれてありがとう! 本日隣に引っ越してきた漆原と申す! 以後よろしゅう!」


「よろー」


 そのまま部屋の中へと消える高校生。

 怒鳴られた時はビビったが、なんか悪い子ではないような気が……する。たぶん。

 

 はぁ、びっくりした……さて、隣人への挨拶も済んだし、荷解きの続きを……


「……ん? に、にひきめ! うわーん! 悪魔祓い様! 二匹目です! 助けて!」


 ガンガン壁を叩きながら助けを求めるという暴挙に出た私。

 高校生はキレながら悪魔祓いしてくれました。




 ※




「むふぅ、たくさんおたべ」


「なんで上からなんだよ」


 荷解きを終え、お礼も兼ねて手料理を振舞う私。といってもカレーだが。


「改めて自己紹介させておくれ。私は漆原 紗弥。これでも大学生よ」


「どうみても大学生だよ」


「で、君の名前は?」


「……相樂(さがら) (じゅん)


 相樂君か。なかなか可愛い名前……いや、カッコイイ名前じゃないか。


「相樂君は高校生だよね。何年生?」


「一年」


 うお、マジか! 今年高校生になったばかりか!


「今春休み……だよね。昼間っから家に居るんだし」


「いや? さぼり」


 ああん? 今四月の半ばだろ。それで一年生ってことは……絶賛可愛いピカピカの新入生の筈だ。なのにもうサボりって……。


「なんでサボってんの? イジめられてんの?」


「ちげえよ。……めんどくせえだけだよ」


「なんで一人暮らししてんの? 家は?」


「言いたくねえ」


「親さんは? どこ中?」


「…………」


 むむ、無視か。

 まあもしかしたら複雑なご家庭なのかもしれない。


「おかわり」


「ほいほい。よっこいせ……」


 台所へと行き、皿へとご飯とカレーを盛りつける私。結構最初の一杯多めに注いだのにな。やはり若い高校生は食欲が年寄りとはちげえ……


「あんたさぁ」


「あん? 自己紹介したでしょ。お姉ちゃんか、紗弥様とお呼び」


「紗弥様さぁ」


「ごめん……様はやめて……」


「うざ」


 そのまま男子高校生へとカレーのおかわりを献上しつつ、私は私で食事を続ける。


「で、何?」


「ん……どっかで会って無い? おれら」


「悪いけど異世界転移した時の記憶は無いのよ」


「まじでうざいんだけど。そういうの」


 ごめんて! そんな冷たく言われるとお姉ちゃん傷つく!


「んー……私は純君に覚えはないけど……」


「……なんか動画とか投稿してね? 紗弥様」


「だから様はやめてください、ごめんなさい。動画ねえ……舞台の動画なら……」


 ピタっとカレーを食す動きが止まる純君。そのままスマホを弄り出した。こらこら、食事中にスマホを弄るとはお行儀悪いなり!


「……これ、あんた?」


「だから、お姉ちゃんとお呼び……って、そうそう、この動画見てくれたんだ」


 それは劇団真祖の最後の舞台。あのまさかの一千万再生行った奴だ。なんか更に再生数増えてるな……これほんと有償化しとけば滅茶苦茶儲かったのに。


「すご……超有名人じゃん」


「はぁ? んなわけないでしょ。私なんてまだ無名よ無名」


「俺の高校で超バズってたんだけど」


 え、マジで?

 高校でバズってたの? あの舞台、高校生がそんなに見てくれたのか!

 なんか滅茶苦茶嬉しい! 


「高校で話題になってるんだ! ね、ね、どこの高校?」


「……いいたくねえ」


「むぅー……。さては君……ヤンキーだな?」


「古っ」


「リーゼントにしたければ私に任せよ。ガッチガチにしてやるから」


「絶対無理。おかわり」


 ってー! 私がまだ一杯目食ってるのに! さらにおかわり?!

 どうなってんだこの子の胃袋。さては宇宙だな? お前の胃袋は宇宙だな!?


「ご飯もうないから……ルーだけでいい?」


「うん」


「めっちゃ食うね……たくさん作ったからいいけど……」


 そのままルーだけを注いで、再び純君へと献上。

 尊き悪魔祓いは私のカレーがお気に召したらしい。


「これからも食べに来ていいよ。その代わり……」


「……ういうい。〇〇〇〇(ピーーー)出たら捕まえりゃいいんだろ」


 ぎゃぁぁぁぁぁ! その名を出すな! 苦手な人だっているんだぞ!

 っていうか君はそんな事言いながらよく物を食えるな!


「男の子ってみんなそうなの? 私、虫全般無理だわ……」


「おかわり」


「ってー! 早! まだ食うのか! 凄いな!」




 

 ※





 紗弥が高校生と夕食を囲んでいる時、宗吾は初めて紗弥が一人暮らしを始めた事を燈子から聞かされた。愛車の中で電話越しに聞く燈子の声は、平静を装ってはいるが、やはり少し寂しそうに聞こえる。


「なんでまた……こんな急に。大学生になった時もそんな気は無さそうでしたが……」


『一度はしてみたかったんでしょ。まあ誰でもそうよ。それで宗吾、悪いんだけど……たまに様子みてやって』


「それは勿論……しかし大丈夫ですかね。折角一人暮らし始めたのに、顔見知りがいきなり行ったら怒られませんかね」


『ニ、三日もすればあんたに連絡行くわよ。さみしいーって』


 寂しいのは燈子の方ではないのか、と言いかけて宗吾は口を閉じる。

 そのまま了解したと電話を切りながら、宗吾はSNSのDMに送られてきた紗弥の住所に目をやった。


「……世田谷の……こんな所にアパートなんてあったのか……ジェントル・大五郎。なんちゅう名前……」


 素直な感想を零しながら、宗吾はカーナビで住所を登録。そのまま案内を開始させると、現在地から車でさほど時間はかからない距離。


「いや、流石に今からは……」


 いきなり初日から顔を出すのは不味いだろう、と宗吾はカーナビの案内をキャンセルする。しかし途端に宗吾はあの時の事を思い出してしまった。紗弥から言われた、オーディションに落ちたら結婚して劇団を手伝ってくれと言われた、あの言葉を。


「……ふぅ……」


 あれは本気だったのかどうかは分からない。しかし宗吾は紗弥の事を思い出す事と、その台詞は今ではセットになっている。紗弥の顔が浮かぶ度、唐突なプロポーズが頭を過る。


「まぁ……引っ越し祝いってことで……」


 宗吾はコンビニでお菓子とジュースでも買って行ってやろうと、キャンセルした案内を再び表示させ車を走らせた。





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