第四十二話
《アス重工本社 生産会議》
アス重工は日本屈指の大企業。主に重機を扱う工業系の企業だったが、社長が変わる度に新しい分野に手を出す、と言う事が伝統となりつつあった。それが成り立つくらいには、アス重工の経営は盤石と言える。そんな大企業の一室に、代表取締役以下、数十名の管理職が集っていた。それぞれの目の前にはタブレットが設置されており、そこには例のオーディションの最終試験での光景が映し出されている。
その席に轟の姿もあった。オーディションで審査員を務めた代表として。
タブレットに映し出されているのは、主にオーディションで勝ち残った河野宮 梓がステージ上で歌っている所。その他のメンバーは省略されていた。しかし若干、紗弥の所は長めに尺を取っている。
全て見終わった幹部たちは、雑談するように隣の席の人間とあれこれと喋り出した。その中で一人、まるでヤクザの幹部のようにしかめっ面を浮かべている人間が居た。何を隠そう、彼こそ副社長。現社長よりも学歴も歳も上なのに、今回社長に任命されなかった。噂では現社長との間で熾烈な戦いが繰り広げられていたとか、いないとか。
その副社長はタブレットの映像を見終わるなり、その会議を取り仕切る若者……紗弥を劇団立ち上げに誘ったあの社員を名指しする。
「櫂君、この子、合格にした理由は?」
櫂と呼ばれた社員、何気に今初めて名前が登場したが、紗弥を劇団に誘った彼の名前は……正確には苗字だが『櫂』というので以後よろしく。
「それはですね……」
櫂は資料を探すフリをしつつ、轟へと目配せ。何故、河野宮が合格したのか。それは櫂自信も疑問に思っていた。紙の上の轟以下、評価者の報告書を見ても納得出来る内容では無かった。櫂自信、紗弥に惹かれていたというのも大きいかもしれないが。
「河野宮が一番成長期だからですよ、副社長」
「轟ぃ……お前に聞いてねえんだよ。黙ってろヤクザ」
「どっちが……。お言葉ですがね、あの中で独学でオーディションに参加したのは河野宮と東雲っていう女子高生二人のみ。あとはプロなり劇団なり、それぞれ指導者が居た。あの二人だけ、独学であそこまで昇ってこれた。それは驚異的だと思いませんか」
何か言いたそうに舌打ちする副社長。その理屈は分からない事はない、だがこれは会社の一大プロジェクト。
「そこで成長が頭打ちだったらどうすんだコラ。それよりも今実力持ってる奴の方が確実だろ」
「確実? 何が? それは数字の話か? んなことまで視野に入れてねえよ」
勿論方便だ。轟達、審査員達はアス重工の依頼の元、審査を受け持っていた。経営云々、そのあたりの事も念頭に置いていた筈だ……と櫂は心の中でツッコミをいれつつ、同時にサムズアップ。あとは、副社長が轟の挑発に乗ってくれる事を祈るばかり。
「てめぇ……例えば、ほら……この……なんか凄い演技してる大学生居ただろ、コイツじゃダメだったのか?」
「漆原 紗弥さんですね、副社長」
「そうそう」
よっしゃぁ! とガッツポーズを心の中で決める櫂。
「彼女については私の方からご説明をさせて頂きたいのですが」
「いいよ別に、お前は黙ってろよ」
あぁ! パワハラだ! とションボリする櫂。
彼の心の中は未だかつてない程に賑やかだ。
「轟、この大学生じゃダメだった理由は?」
「さっきも言ったでしょ。そいつは……漆原燈子の娘であり、その大女優を育てた恩師に指導されたんです。それくらい出来て当然なんすよ」
一瞬、轟の言葉に会議室の空気が凍る。漆原燈子の娘まで、オーディションに参加していたのか、と。そしてその娘を落した轟へと、疑問の目を向ける者、腕を組み考え込む者、溜息を吐きながら何か諦める者……などなど、反応は様々。
「実力は持ってるだろ。新社長の一大プロジェクトだぞ。それに、この前覚醒剤やら何やらでやらかした早乙女の替え玉だろ、それくらいビッグネームの方が良かったんじゃないか?」
「言葉に気を付けろよ。分野が違えんだよ。ぶちのめすぞ爺」
「やってみろやカス」
「ちょ、ちょっと待って! 説明させてください! お二方!」
櫂は何とか発言権を得ようと二人の間に入るように声を荒げた。そしてプロジェクターへと、もう一つのプロジェクトの資料を映し出す。
「漆原紗弥さんには、もう一つ……我が社の重要プロジェクトの一端を担って頂きます。それは劇団の設立、そしてその維持です」
轟を睨みつけながら、副社長は渋々プロジェクターの資料へと目を向ける。母親の面影が少し残った現役の大学生。学生に会社のプロジェクトを任せるのかと、言いたい事はあるが、とりあえず黙る所が彼の美徳である。
「既に彼女は劇団員の確保に奔走しております。解散した劇団真祖……かつて数々の名俳優を輩出した劇団のエースの勧誘に成功しています。その他にも……」
紗弥の功績と共に、プロジェクトの概要を説明する櫂。全て終わった後、痺れを切らしたように、副社長は再び櫂へと
「で、この目ん玉飛び出る予算は何だ、劇団の設立に十億? 宝塚でも作る気か?」
紗弥と同じ感想を発した副社長へと、思わず櫂は笑みを浮かべてしまう。それを副社長は不気味に思った。こいつらは一体何を企んでいる? 櫂にとっては紗弥とのワンシーンがフラッシュバックしただけだが、副社長がその笑みに並々ならぬ野心を感じ取ってしまったのは、無理らしからぬ事である。
「俺の夢なんだ。劇団作るの」
すると社長が助け船を出すように、そう発言した。
副社長は深呼吸を一つ入れながら、社長へと視線を向ける。
「社長……」
「男なら誰でも叶えたい夢くらいあるだろ。地位と権力が手に入ったんだ。やりたい事が出来るからこその、アス重工の社長という椅子の価値が示される。社員の野心に火が入るとは思いませんかな、副社長」
「…………」
観念したように、副社長はそれ以降、発言する事は無かった。
その会議の中、櫂と轟はひたすら社長を心の中で賞賛する。スタンディングオペレーション状態だ。
※
「轟さん」
会議が終了した後、櫂はアス重工のビルから出て行こうとする轟を呼び止めた。先程の会議の礼を言うためと、今度また何かあれば協力をしてほしいと要請する為に。
「……後悔するなよ」
「……はい?」
「漆原紗弥は爆弾だ。あいつは致命的な欠陥を持ってる。お前に今説明した所で分からんだろうが、早乙女が今回降ろされた時とは別の意味で大騒ぎになるぞ」
「ど、どういう……」
轟はビルの外に出るなり、煙草に火を付け……ようとして、人々の往来を目にして再び煙草を仕舞う。
「あの、轟さん。アス重工は必至です。最近じゃ、あのレクセクォーツも芸能界に手を出し始めてる。早乙女が降ろされた事で、今飛ぶ鳥を落とす勢いで売れてるアイドルグループの後ろにも、レクセクォーツが絡んでるんですから」
「アイドルグループねぇ……『Drones』だっけ。なんか昔のお笑い思い出すな……」
「勿論それとは無関係です。社長は夢なんて言ってましたが、早乙女があれだけ売れてしまったんです。しかしここにきて覚醒剤使用の疑い……情報はガセだったとしても、会社の信頼を落すには十分の事件です」
「それの埋め合わせってわけか。だが早乙女の問題とは根本的に別件だろ」
「……それは紗弥さん次第です。実は……先程の会議では避けましたが、どうやら早乙女凜も劇団に勧誘したみたいで……」
あからさまに轟は深く溜息を。
しかしその顔には何故か笑みが。
「世の中も冷たいもんだな。あれだけ早乙女早乙女言ってた癖に……あっというまにアイドルグループに鞍替えだ。で、あいつが何を企んでるって?」
「それは私も分かりかねますが……場合によってはアス重工……潰されるかもしれませんね、紗弥さんに」
「それにしては楽しそうだな。お前も俺と同じ所が狂ってるな」
そう言いつつも、轟は今一度、櫂へと警告する。
「いいか、漆原紗弥が舞台に立つ時、あいつはいつも崖の上から足を一本乗り出してるような状態だ。そこから落ちて自分がどうなるかなんて二の次としか思ってねえ。いいか、あいつから目を離すな。いざとなったら、お前があいつを止めろ。お前が無理なら手頃なストッパーを連れて来い」
「……そう、言われましても……」
「とにかく、俺はもうこれでお役御免だな。また何かあれば呼んでくれ、面白い話が聞けそうだ」
そのまま轟は去っていく。人混みの中に轟が消えるまで、櫂はその背中を見守っていた。
漆原紗弥がどう危険なのか。それを知るのは、そう遠い先の事でもないかもしれない。




