第三十八話
オーディションから一週間。アス重工から持ち掛けられた劇団創立の話は本当で、トントン拍子に施設の使用許可が出た。しかしながらメンバーは未だに私と宗吾さん、そして紅葉ちゃんのみ。
私的には誘いたいメンツは決まっている。しかしながら中々忙しいようで、アポが取れない状態が続いていた。続いていたのに……
「でねー! この子! あの早乙女凜と同じオーディション受けたの! 落ちちゃったんだけどねー」
「へー、それは残念だったね」
私は今、大学の友人の誘いで合コンに赴いている。三対三。その男子のメンツの中に一人、まさに私が誘いたいと思っていた男が居た。目の前に。
成程、忙しい忙しいと言ってたのは、新しい女を見つけるためだったのか。
「要君、グラスが空っぽよ。何飲むの?」
「じゃあとりあえず水」
「さっきから水ばっかじゃない。酒を飲め柴犬」
私が誘いたいメンツの一人、劇団真祖の元エースにして唯さんを好きだった奴が合コンに参加していた。なんでお前ここに居るねん! 唯さんはどうした! 手術も成功して回復に向かってるとか本人からメール来てたのに! てっきり要君はずっと唯さんの事で忙しいものと……!
「なになに、あんた達、知り合い?」
「共演者よ。ねえ、要君?」
「そうだね、それとなんか目が怖いからもう帰って良いかな」
「ボケカス、私の許可なく帰れると思うなよ」
まるでどこぞの任侠映画のヤーさんみたいな事言い出す私に、男子チームは苦笑い。その空気をぶち壊そうと女子チームは必至に雰囲気を作るが、焼き石に水なのは目に見えている。
「俺帰るわ、ごめんね」
「帰さねえっつってんだろ! ちょ、まてゴルァ! ごめん、私も抜けるわ」
ポカーンとする男女四人をほっぽいて、机の上に一万円だけおいて席を立つ。要君を追いかけ居酒屋から出ると、既にタクシーを止めていた。もう後部座席に乗り込もうとしている!
サッカー選手もびっくりのスライディング……はしてないけども、後部座席に滑り込むように乗り込む私。タクシーの運ちゃんは目を白黒させるが、愛想笑いをする私を見て事情を察してくれたようだ。なんか違う方向に理解してそうだが。
「何、君って結構運動神経良かったんだね。体育は苦手とか言ってなかったっけ」
「言ってないわよ、跳び箱とかこの世から消えればいいって思ってるだけ」
「苦手じゃん。で、例の話なら電話で断った筈だけど?」
「直接会って話させてって言った筈だけど? っていうか、唯さんはどうしたのよ。なんで合コンなんかに……」
なんだかタクシーの運ちゃんが聞いてる傍では話しにくいな。やはりどっかに止めて貰った方がいいかもしれない。
「あの! 運転手さん、次の信号で降ります!」
「ぁ、そ、そう?」
「彼女だけね」
「あんたも降りるのよ! 柴犬!」
※
で、二人で静かに話せる所……と自分なりに整理した結果、こういう場所しか思いつかなかった。あとになって自分を殴りたくなる判断だと言う事は分かっている。
「結構大胆なんだね、俺こういう所初めて入ったよ」
「私もよ。で、一応……私の誘いを断る理由を聞いてもいいの?」
電話とメールで数十回、劇団創立をやらないかとお誘いを送信し続けた。だが帰ってくる答えはNOという返事だけ。理由など一文字も帰ってこなかった。
「別に、ただめんどくさいだけだよ。普通にサラリーマンしてた方が儲かるでしょ」
「そりゃ……そうかもしれないけど……お金の問題なの?」
「いいえ?」
おい、おちょっくってんのか。
ちなみに今更言わなくても分かると思うが、私と要君が入ったのは大人のホテルだ。まあまあ察して貰えるだろう。
「じゃあ、一体何が不満なの?」
「別に不満はないよ。ただ……今は何もする気が起きないっていうか……というか、君だって大学生の筈でしょ。学生の本分は勉強だよ」
「勉強もするし劇団もするわ。両立が可能かどうかの話なんてしないでよね。それを理由に立ち止まるのはマジで時間の無駄でしかないから」
「君、よく友達できたね」
「お互い様でしょ」
ベッドに腰かけ、そのまま寝転ぶ要君。私も反対側に座りつつ……っていうかデカいなベッド。
「っていうか……唯さんはどうしたのよ。なんで合コンに?」
「……合コンはほぼ無理やりだよ。恋人を作るのもいいかなって思ってたしね」
「だから、唯さんは? 好きだったんじゃ無いの?」
「フラれた」
マジか。
あれぇ? 唯さんもまんざらでも無さそうな感じだと……いや、聞いてないけど。
「手術の前に弟君が来てね。今じゃ、その弟君がずっと付いてるよ」
「弟って……大地君の事?」
「そう」
そういえば大地君からの電話はぱったりと止んでいる。きっと髭ヅラが上手くやってくれたんだと思ってたが……もう会わせたのか。
「まさかとは思うけど……姉弟が再会した後に告ったんじゃ……」
「悪い?」
そりゃ悪いだろ! タイミング最悪だわ! ただでさえ久しぶりに出会う弟だぞ! そに唯さんは……大地君を……捨てたんだ。そんな弟が目の前に現れた後に恋人申請しても通る筈がない。今は自分達の事で一杯一杯の筈だ。
「ってことは……唯さん今誘っても無理かぁ……」
「……何、彼女の事も誘うつもりだったの?」
「当たり前じゃない。私としては劇団真祖のメンツ全員揃えたいわよ。でも芽衣子ちゃんは役者やめて専業主婦だし、他のメンツも別の劇団に……」
「わかった、やる」
……おい。
「ちょっと待って、やるって言うのは……劇団に入ってくれるってことでOK?」
「いいよ。団長も道連れ……もとい誘おう」
「もう誘ったわよ。でも団長は団長でもう新しい職種見つけてるから無理よ」
えー……と残念がる要君。というか唯さんを誘うつもりだと分かった瞬間に手の平返しおって! しかしそれでもメンツは全然足りない。まあ、目星は付けているが。私が元々居た劇団を丸ごと吸収するつもりだ。
「で、君の事は座長って呼べばいい?」
「生憎、座長の席は別の人間を考えてるわ。もうお爺ちゃんだけど、劇団真祖の創立者って言えば分かる?」
「……君、凄い知り合い居るね。あぁ、元々居た劇団の座長がその人だったのか」
「察しが良いわね。その劇団まるごと吸収しようと思ってて……」
「それはオススメしないけどね」
むむ? その心は?
「なんで? 手っ取り早くていいじゃない」
「だからだよ。自分が作った劇団を簡単に手放すとは思えない。俺がその人の立場だったら悲しくて泣いちゃうよ」
「他にも色々事情があるのよ。その劇団、もう今にも潰れそうで……正直、結構人抜けてるし……」
「同情票ってわけだ。それなら余計に僕は賛同しかねるけど」
むぅ……言いたい事は分かるが……その劇団が無くなれば悲しむのは兄弟子なんだ。
宗吾さんが悲しむ顔は……あまり見たくない。
「……要君、劇団真祖が無くなるって分かった時……悲しかったでしょ?」
「そうだね、自分の体を裂かれてる気がしたよ」
「だったら……どんな形でも続けれるなら、続けたいと思わない? またあのメンツでやりたいって思わない?」
「思うよ。でも皆変わっていくんだ。芽衣子なんてすっかり変っちゃったし」
私は芽衣子ちゃんが結婚して子持ちだったことすら知らなかったから、変わったより以前にびっくりなだけだが。
しかしまあ……
「分かったわ。要君がそう言うなら……諦める。無くなりかけの劇団って言っても、私の古巣ってだけで物言ってたから」
「……無理強いはしない、って条件ならいいよ。あっちがすんなり入るなら、入れてあげればいいさ」
「それもう不可能だから。あの爺がすんなり頭を縦に振るなんてあり得ないわ」
コツコツそれっぽいメンツを揃えていくしかないのか。
役者だけじゃない、裏方も必要だ。裏方専門会社の椚にでも声をかけてみようか。でもあそこはもう会社として成り立ってるし、それって契約とか色々めんどうなのどうするんだ?
とか考えていたら私の携帯が着信を知らせてくる。
こんな時に誰だ……と携帯を見ると、そこには凜ちゃんの名前が。
「ちょっとごめん、電話」
「どうぞ」
スマホを耳に当てて電話を取る私。
電話の向こうからは明るい凜ちゃんの声。
『ひさしぶり。オーディション落ちたね、紗弥ちゃん』
「あぁ、うん。でも凜ちゃんのおかげで中華料理屋はなんとかなりそう。あのあと凜ちゃんの呟きが切っ掛けでフォロワーが劇的に増えて……」
『そんな事はどうでもいいんだよ。私との約束覚えてる?』
ん? 約束? なんだっけ……?
『なんでもしてくれるって、言ったよね?』
はぁぁぁぁ?! 言ったっけ?
いや待て、確かに凜ちゃんは私が勝ち上がったらなんでもしてくれるって言ってくれたけど……。それって私が落ちたら立場逆になるってこと?
いや、しかし……私が凜ちゃんに何をしてあげれると……。
『私、アス重工のマスコットガール、クビになったってのは知ってるよね』
「人聞きが悪い言い方……ね。クビっていうか、交代になっただけで……」
『ううん、仕事も綺麗サッパリ無くなっちゃった。私、今絶賛無職なの。だからさ、紗弥ちゃんの劇団で私の事使ってよ』
……マジか




