第三十四話
散々弄ばれた気分だ、と悔しがるのはいいが切り替えなければ。
また……というか、今度は面接。さっきの面接は邪な計略があったため、まともな物では無かった。今度は普通の面接だという。
面接室に入ってすぐに、私は「あ、普通だ」と思ってしまった。中にいたのはスーツを着た三十代程のお兄さん。眼鏡をして髪をオールバックにしている。なんか真面目なサラリーマンって感じだ。
「どうぞ」
椅子に座るよう促され、そのまま着席する。
お兄さんは手元の資料……なんだ、何が書いてあるんだそこに。
「さて……漆原紗弥さんで、よろしいですか?」
「はい」
「私はアス重工の者です。気を楽にしてください。オーディションとは別口ですので」
ん? 別口って……ならこの面接は何だ。
「単刀直入に聞きます。貴方は新しい劇団を創設しろと言われたら、やる気はありますか?」
「……えっと……」
新しい劇団を創設……?
一体何の話だ。というかこのご時世に? 劇団なんて星の数ほどある。大企業なら新しくつくるより、既にある劇団を買収でもした方が早いんじゃ……。
「申し訳ない、やっぱり順序だてて喋った方がいいですね。私は実は人事部から派遣されてきました。舞台や芸能界については人一倍疎いくらいです」
「はぁ……そうなんですね……」
「幻滅しましたか?」
「まあ、少し……」
素直で結構、とお兄さんは眼鏡を直しつつ
「アス重工という会社が、テーマパークやら動物園やら経営しているのはご存じかと思います。今の社長は何にでも手を出す人でしてね。近々、自分の会社で舞台もやりたいと」
「ほぅ……」
「しかし、なにせ人出が……というより、その手の人間がそもそも居ないのです」
「そうなんですか……? 早乙女 凜ちゃんのツテとか……」
「彼女は我が社のマスコットガールですが、今回のこれは長期に渡る計画です。彼女のツテは皆大忙しですからね」
成程……? それで暇人そうな私に声を掛けてきたと。
というか、そんな話を振ってくると言う事は……私はオーディション落ちたという事か? 実はもう決定してて、この人はそれを知っててそんな話を……。
「あの、私は落ちたんですか?」
「……いえ、まだ結論は出ていないそうです……が、率直に言わせて頂くと、今回のオーディションは早乙女 凜の後釜を見つけるための物なのです。つまり、新しいアス重工のマスコットガールを探しています」
「はあ」
「あの早乙女 凜のです。これはセクハラだと訴えられるのを覚悟で言いますが、漆原さんの年齢では少々荷が重いかと」
まあ……そんな気はしてたさ。
周りの子はみんな結構若い子ばかりだし、二十歳の人間に現役女子高生の後釜を務めろと言っても無茶が過ぎるだろう。
「随分……ハッキリいいますね……」
「申し訳ありません。ですがまだ漆原さんが落ちたというわけではありません。しかし、失礼も承知で新しい事業のご相談をさせて頂いています。これはアス重工の新事業です。その旗印に貴方を私は推薦したいと思っています」
そんな事言われても……新しい劇団を作るって……さっぱりビジョンが分からん。
「ちなみに……規模はどのくらいですか?」
「規模……ですか。一応、予算的には十億程です」
じゅ、じゅうううう?!
「な、なななな、どんな劇団作る気ですか! 宝塚歌劇団でも作る気ですか?!」
「十億あれば作れますか?」
いやいやいやいや、たとえ金があっても出来る気はしない……が、それだけ金かけるなら……
「どっか買収した方が早いんじゃ……」
「別に劇団で儲けたいわけではないのですよ。いや、事業として立ち上げる以上、利益は必要です。しかしアス重工が立ち上げて初めて意味が出てくるのですよ。貴方には劇団を立ち上げるのに必要な専門家としてご協力願いたい。劇団の創設に……ご尽力頂けますか?」
正直……少し面白そうではあるし、人脈には心当たりはある。
でも……
「あの、いやらしい事を聞いてしまいますが……」
「どうぞ」
「団員のお給料とかは……」
「勿論、我が社が責任をもってお支払いします。施設の管理費用、その他も当然です。ひっくるめて言うなら、資金の心配はせずとも結構ですよ」
少々話がうますぎる気もする……。
なんか裏がありそうだ。しかし……それであの劇団をどうにか出来るなら……。
だが……あのジジイがこの話に乗ってくるか? 半ば買収してるようなもんだ、自ら立ち上げたいと言ってるアス重工側も認めないかもしれない。
でも……少しでも可能性があるのなら……
「……もし、私がこのオーディションに落ちてしまったら……慰めてもらえますか」
「ええ、喜んで。美味しいラーメンをご馳走しますよ」
「神か。いや……あの、少しだけ……考えさせてください」
※
もしかしたら、先程の美味い話もオーディションの一環なのでは……と思ってしまう私が居る。
だって話が美味すぎるんだもの。金の心配をしなくていい劇団なんて、この世界の何処に存在しているのか。どこもかしこも厳しい懐事情で悲鳴をあげているというのに。
もしあの話が本当で、自分で劇団を立ち上げて芝居が出来るのなら……誘いたい人が居る。一緒に劇団で過ごしたい、そう思える人が。でもその人は大忙しだから、私になんて構っていられないかもしれない。いやそもそも、この話自体……おーディションの引っ掛け問題で実は真っ赤な嘘ってこともあるかもしれない。
いやいや、そんなことよりオーディションに集中しろ。いくらこの年齢で厳しいと言われたからと言って、諦めるわけにはいかない。私は今日、何のためにここに来たのか思い出せ。にゃん子の中華料理屋は私の肩にかかっているんだ。
「ぁ、紗弥さんっ!」
一人ボーっと廊下で突っ立っていると、後ろから抱き着いてくる可愛い感触。この声は……紅葉ちゃんか。
「紅葉ちゃん……ここに居るってことは……」
「はい……なんとか残れました……」
強力なライバルが残ってしまったか。紅葉ちゃんなら年齢的にも容姿的にもバッチリだろう。なんだったら歌も上手い。早乙女 凜がそうだったように、まずは歌の方で攻めるスタンスは全然ありだ。
「紅葉ちゃん、ちょっといい? 一つ確認しておきたいんだけど……」
「……? はい、なんでしょう」
「……紅葉ちゃん、なんでこのオーディションを受けたの?」
紅葉ちゃんは当然の質問を受け入れるかのように、私へと笑顔を見せてくれる。もしかしたら聞いてくるのを待っていたのかもしれない。私も聞きたい。それを聞いたうえで、本気になりたい。
「私は……私が初めて動画を投稿したのは、早乙女 凜のCMが切っ掛けなんです。その時はまだ彼女は中学生で……でも物凄く大人っぽくて可愛くて……歌が上手くて……」
「うん」
「単純に憧れました。子供心に、この人みたいになりたい、でもなれるわけないって思ってて……そしたらアス重工から推薦状が来て……もう、頭の中が真っ白になって、出なきゃってなって……」
「……うん」
「だから……もうすぐ、もしかしたら……手が届くかもしれないって思ったら……」
震えが止まらない。凜ちゃんも私も。
残ったメンバーが何人居るかは正確には知らない。でもその中から、たった一人しか選ばれない、厳しい道。だからこそ本気になれるんだ。まさに今ここが正念場だ。
「紅葉ちゃん、手加減できないよ」
「……望む所ですっ」
可愛い妹だと思っていたのに。
こんな、滅茶苦茶可愛い妹だったなんて。
もし紅葉ちゃんが選ばれたら……きっとそれはそれで嬉しいんだろうな、私。




