第三十一話
「では、皆さんには今から殺し合いをしてもらいまーす」
オーディションに来て、まさか最初に聞いたのがその台詞だった、なんて後から友達に話しても笑い話にもならない。きっと何の話してるんだと寒い目で見られるだけだ。そして必死に話題を逸らそうと頑張る自分が見える。自分で振った話を自分で逸らすの地獄でしかない。
「と言っても、本当に殺し合いするわけじゃないですからねー、アハハ」
妙に明るい口調でそんな事を言ってくるのは、会場へと赴いた私達を会議室に通した男。大学の講義室……いや、むしろ映画館を想像してもらった方が早いかもしれない。ちなみにこの部屋に紅葉ちゃんは居ない。別の部屋へと案内されたようだ。恐らく得意科目で分けれられた感じだろう。今ここには、ぱっと見で五十人居るか居ないか。どれだけの人間が推薦されたのかは知らないが、この中からたった一人選ばれるのみ。
「では今から私がこのビンゴゲームのアレからクジを引くので、呼ばれた人はステージにどうぞー」
ビンゴゲームのアレ。ガラガラ回す奴だ。男は「サクサク行こう」と言いつつクジを引き……
「えー、五十三番と二番の方、ステージへどうぞー」
さてさて、私何番だっけ……こういうのは前もって確認しておくべきだが……ふむ、私は二番か。前もって会場をチェックしておいたおかげで寝坊もせずスムーズに……ってえええええ!
「は、はひ!」
私じゃん! 二番! びっくりした!
気を抜いてたせいで滅茶苦茶緊張が一気に襲ってきて裏声で返事してしまった!
「アハハ、緊張しないでー、といっても無理だよねー、取って食べたりしないからおいでー」
周りからクスクスと笑い声が。うぅ、恥ずかしい……落ち着け、落ち着け私。っていうか一番最初に来るなんて……滅茶苦茶運が悪い。
「で、五十三番の人は……」
「はい! 俺でした!」
すると滅茶苦茶いい返事で、挙手する大柄の男。頭は丸坊主で身長も高いし体格もいい。この男と私が殺し合いするのか……。まあ勝ち目は無さそうだ。
「いい返事だねー、ではお二人とも、ステージ上で少し離れて向かい合って立ってねー」
ライトアップされたステージへと。正面に立つ男は凄まじい笑顔でこちらをニッコニコと見つめてくる。一方、私は陰キャよろしくヘコヘコとお辞儀を繰り返すばかり。まずい、なんか緊張で体がガッチガチだ!
「では皆さんもよく見ておいてね。これからこの二人がすることを、皆さんにもやってもらうので。ではお二人とも……殺気だして」
……なるほど?
殺し合いとはそういう事か。昔、劇団のジジイにもよくそういうワケの分からない注文をいきなりされた。
「はい! 質問いいでしょうか!」
「いいよー、答えるかどうか分からないけど」
体格のいい私の正面に立つ男は元気よく再び挙手。
「殺気だけ出して、相手を怯えさせたら勝ちという事ですか?」
「んー、勝ち負けじゃないんだなぁ、これは殺し合いだけど、オーディションだから。言葉通りに受け取るかどうかは君ら次第って事で」
「成程、分かりました!」
殺気を出す。今の言葉をそのまま受け取るならば、私達二人でどうすれば殺し合いに見えるかを考えなければならない。そして目の前のこの男は当然初対面。相談する暇もなく、ここで私達は即興劇をしなくてはならない。
「はい、では始め」
目の前の男は腰から何かを抜く動作を。
成程、殺し合いを時代劇風にしようという、私へのメッセージだ。非常に分かりやすい動作をしてくれた。一見、元気のいい何も考えて無さそうな男の子。しかしこのお題はお互いの協力無しでは成し得ないという事を理解しているんだ。
十年来の親友というならまだしも、私達はオーディションを受けに来たライバル同士。一番最初にクジで当たったのは不幸だと思ったけど……この男の子で良かった。男の子なんて言っていいか分からないが。
「どうした、抜け!」
先程と雰囲気が一変している男。
一瞬で切り替えてきた。その一言でこの会場の空気も一変する。
良い空気だ。殺し合いを始めよう。
「剣士様、私は見ての通りの村娘でございます。この着物の中に、刃物を仕込んでいるとでもお思いですか?」
その場で膝を付き、自分の姿を見せるように両手を広げる。全面降伏するように。だが客席に見えるように、私はロングスカートの裾から何かを取り出す動作を。
「……貴様、立て! お前が俺の親友を殺したのは分かっておるわ! そうして奴も殺したのか! この下衆め……正々堂々と立ち合え!」
「ご勘弁を……私はただの村娘でございます……!」
殺す、目の前の男は私の弟を殺した集団の一味。
なんとしても殺す、どんな手をも使っても殺す。
私の可愛い弟は帰ってこない。奴らを皆殺しにしても、決して帰ってこない。
ならばこいつら全員、弟が味わった何倍もの苦しみを与えながら殺してやる。
喉元を掻っ切られて、痛みと苦しみで悶え狂え。
悶え苦しむ姿を見下ろして、存分に侮辱してやる。
さあ、さっさと斬り込んで来い。
さあ、さあ、さあ!
「……ぅ……く……」
目の前の男の子は、突然膝をついて芝居を解いてしまった。
そこで「はい、おわりー」と相も変わらず明るい声が。
「大丈夫? はい、二人とも戻ってー」
押忍……とそのままステージを降りる私達。
しまった、相手の男の子を脅しすぎただろうか。もしかして私から本当に殺気でも出てたんだろうか。なんか悪い事した気分……。いや、でもこれお題が悪すぎるというか……もっと明るいのにしてくれればいいのに。
※
客席のライバル達の中に、紗弥と元気のいい男を見守る髭ヅラの男。その隣にはパーカーのフードを深々と被った早乙女 凜。
「轟さんの知り合いだったんだ、紗弥ちゃん」
「あぁ、もうメルアドも知ってるぞ」
「メルアドとか久しぶりに聞いたんだけど」
早乙女と轟は小声で話しつつ、紗弥と元気のいい男の芝居を見守っていた。殺し合いをしろ、というお題は轟が考えた物。これでもまだ優しい方だと思っていた。
「容赦ねえなぁ……」
「ん?」
轟がそう呟くと、紗弥の正面で刀を構えていた男は膝をついてしまった。
会場が少しざわつく。ステージ上で何が起きたのか分かっている人間は、轟を含めて一握り。
「何、いまの。あの男……根性無さすぎ」
「少し受け取り過ぎたな。空気を読む能力も高すぎると考えもんだ」
「……紗弥ちゃんの中じゃ、まだ続きがあったんだろうね。でも共演者がなぁ」
轟は紗弥を贔屓するつもりは毛頭ない。だが是非とも使いたいと願っている。オーディションの審査員に選ばれた事は、どちらかと言えば不幸だ。自分の采配で落とした人間を、自分の作品に出演させたりでもすればスポンサーの信用を失う。
「ねえ、この試験は紗弥ちゃん突破?」
「……黙秘だ」
轟はこの会場に居る人間、四十六人の中から、たったの五人を選出しなければならない。
今のような即興劇を二十三組。
轟は眠気が襲ってこない事を祈りつつ、会場に集まった若者達へとコッソリとエールを送る。
頑張れよ、と小声で呟いたその言葉を聞いたのは、早乙女のみ。
「安心しなよ、寝たら起こしてあげるから」
「…………」
「おい」




