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深海の舞台で死に至る  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
第四章 オーディション開始
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第三十話

 オーディション前日、私は懐かしい場所へと赴いていた。私が元々居た劇団のホームだ。朝早いから誰も居ないが、元々それを狙ってきたので問題ない。


 真っ暗な劇場。舞台の上には誰も居ない。昔はあの舞台の上が怖くて怖くて堪らなかった。理由は、おばけが出そうだから。

 なんだか舞台袖とか得に薄暗くて、あそこから急にニョキっと誰かが顔を覗かせるのではないか、そんなよく分からない恐怖を私は持っていた。だから舞台の上に立つと、舞台袖が気になって仕方なかった。あそこに誰かが居ると、反射的にそちらを見てしまうから……よく座長のジジイに怒られていた。


「…………ふむ」


 しかし人間、成長すればつまらない生き物になってしまう。子供の頃のドキドキワクワク感が、今では動かない時計のように静まり返っている。いつも聞こえていた秒針が、いつしか聞こえなくなていた。今はその音を必死に聞き取ろうとしている。


「随分狭い劇場ね」


 まっくらな劇場に目が慣れてきて、客席のちょうど真ん中あたりに座った時、目の前に幽霊みたいな奴が現れた。別人格桜。いつまでもこんな呼び方は可愛そうなので、紅葉と桜の間を取って椿と呼ぶことにした。何故に間が椿なのか。紅葉が秋で、桜が春。なら冬の花にしようという事で椿。


 客席の背もたれに王様のように体重を預ける。椿はそんな私の隣へと。


「ここで紗弥が育ったのね」


「私が育ったのは家だよ。ここは……まあ、熟みたいな……」


「なんでここに来たの?」


 なんでと言われても。まあ、来たくなったからと言うしかない。

 まるで自問自答しているようだ。椿の言葉は私の言葉のようだ。


「……昔は私みたいな小さな子供も良くこの劇場に来てたんだよ、役者を目指して。でも私の同期は私以外辞めちゃった。皆、座長のジジイが厳しいからって出て行っちゃったんだけど……」


「ふーん、紗弥は最後まで残ったんだね」


「私も辞めたいって何度も思ったよ。だって厳しいんだもん。もっと子供らしく、学校から帰ったら友達と遊んでたりしたかったし……。舞台は薄暗くて怖いし、ジジイは厳しくて大嫌いだったし、さっさと家に帰って見たいアニメとかあったし……散々だったから」


 それでもここに通い続けた理由は、ジジイよりも母親が怖かったからだ。

 私が小学生の時、あの母は鬼だと思っていた。中学の反抗期を越え、高校に入る頃には優しい母になっていたが。


「紗弥の反抗期って面白そう。どんな反抗したの?」


「アイロンで網戸焼いた」


「……ン?!」


 どういう事? と椿は首を傾げるが、そのままだ。なんかむしゃくしゃしてアイロンを網戸に押し付けた。母に叱られて、私は圧倒的に自分が悪いのに一方的にブチ切れて……ここに家出しに来る。ここは嫌いだったはずなのに。


「ちょっと想像出来ないわ。そんな紗弥。今ではパンダの着ぐるみ来てキャッキャしてるじゃない」


「……私は大人になりたかったんだよ。別に褒められるためにやってるわけじゃないのに、私が何かするとお母さんは『ありがとう』ってお礼言ってきて……それが滅茶苦茶腹立って……」


「ちょっとよく分からないわ」


「……とりあえず我儘だったのよ、私。お父さんが居ないから、少しでもお母さんを楽させてやろうと思って……。でもそれは別に当たり前の事で、その事に関してお礼を言ってくる母に……子供扱いされてる気がして」


「仕方ないじゃない。正真正銘、紗弥はあの人の子供だもの」


「そうなんだよな……」


 その事実に気が付くまでに時間がかかった。母のお礼を素直に受け入れるようになったのは、高校に入ってからだ。自分は子供だと素直に受け入れる事が出来た。


 そしてその頃からだ。私は自然と母の全盛期の芝居を模倣し始めたのは。あの深海の舞台には母が立っている。私はそれを眺めて真似する。それが私の芝居の根本。でもそれもだんだん……悪い言い方をすると飽きてきた。


「私は私の芝居がしたい。だから要君や芽衣子ちゃんが羨ましく思えちゃうんだな。あの二人は自分でちゃんと役柄を作り上げてるから」


「紗弥なら出来るよ、でもあの二人のように……って思っちゃうと、今度はそれを真似しちゃうから紗弥の芝居ではなくなるのか……どうすればいいんだろう」


「ほんとにそれよ……私は一体どうすれば……」


「もう分かってるだろ、いいとこ取りすればいいんだよ」


 ……? 突然、椿の声が年寄りの声になった。

 そっとそちらへと目を向けると、いつのまにかそこにはワイシャツの爺さんが。


「ぎゃあぁぁぁああ! い、いつのまに!」


「今さっきだよ。ブツブツと真っ暗な中で独り言言いやがって。何年寄りみたいな事してんだお前」


 そこに座っていたのは、この劇団の座長。

 白髪の妙に背の高い爺さん。いつものワイシャツにスラックス姿。


「で、ここに戻ってくる気になったのか?」


「戻らないわよ、なんでそうなるのよ。私はただ集中してただけよ」


「……轟大地はお前の刺激になっただろ」


 あぁ……そうだった。元々、大地君を私にけしかけたのは、この爺の仕業だった。

 それに対して文句をいってやらないと。


「……なったわ。色々と気付けた」


 でも私の口からは何故かそんな言葉が出てきた。

 大地君を見ていると、自分に足らない所が見えてきたようで……ちょっとワクワクしてしまった。あの時は冷や汗が止まらなかったが。


「あの動画みたよ。劇団真祖の奴らはお前に面喰ってただろ。久々にスカっとしたよ」


「何それ……あの劇団と昔何かあったの? 喧嘩したとか?」


「あそこを作ったのは俺だ。んで、お前の母親が俺を追い出した。でも無くなっちまうとなると寂しく感じるんだな」


 ……あ?

 

「ちょ、劇団真祖って……もともと貴方が作ったの? っていうかうちのオカンもまさか……」


「あの劇団の舞台俳優だったよ。でも俺のやり方が気に食わねえって農民一揆されてな。この老人を追い出しやがったんだ。そしたら今度は自分の娘を預かってくれとかぬかしやがる。最初は門前払いしようと思ったが、お前を見て気が変わったんだ」


 農民一揆て。

 それって団員から追い出されたってこと? 可哀想に。


「お前は俺の懐刀……と言いたい所だが、やっぱりあの女の娘だな。予想外に妖刀になっちまった」


「それ褒めてないわよね」


「ベタ褒めしてるよ。で……今度は何やらかすつもりだ? 舞台だって母親に止められてる筈だろ」


 人に大地君を差し向けておいて何いってんだ、この爺。

 思い切りシワシワのほっぺを抓ってやりたいところだが、見た目通りの老体だ。優しくあつかってやろう。


「今度、オーディションに出るの。アス重工がスポンサーの……アレよ、知ってるでしょ?」


「あぁ、あれか。それでここに来るってことは……本気なんだな」


「当たり前じゃない。出る以上は……」


「頑張れよ」


 それだけ言って立ち去ってしまう爺。

 相変わらずあっさりとしたマイペースだ。というかどこから聞かれてたんだろ。まあ別にいいけども。


 

 そろそろ私も出よう。オーディションは明日だ。家に帰って早めに寝て体調を万全にしなければ。


 するとその時、私スマホが一瞬震える。メールだ。

 そっとスマホを覗くと要君からだった。明日、唯さんの手術らしい。


 ……要君に明日オーディションを受けるとメールを送り返す私。

 私も頑張る、そう送ると、すぐに要君から返信が。


『頑張れ』


 シンプル過ぎる返信に、思わず笑ってしまった。

 

 火に油を注がれた気分。

 頑張るさ、私にはそれしか出来ないんだから。




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