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深海の舞台で死に至る  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
第四章 オーディション開始
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第二十九話

 世界にただ一人、貴方だけの力を我々に見せて下さい。

 それがアス重工がスポンサーを務めるオーディションのキャッチコピー。ポスターには今流行りの若手女優の写真が。早乙女 凜という、四年前にこのオーディションを勝ち抜いた子だ。若干十三歳で、歌唱力を武器に勝ち抜いた。しかし今現在、彼女は俳優としても活躍中。オーディションの時は芝居の方はからっきしだったはずだ。しかし今や、彼女は名女優からも認められる才能を開花させている。


 オーディション会場へと真面目に下見に来た私。そのポスターが目に入って思わず見入ってしまった。今確かこの子は十七歳だから、高校二年生か。紅葉ちゃんと同い年という事か。歌唱力だけで勝ち上がったこの子の存在があるからこそ、紅葉ちゃんもこのオーディションに拘っているかもしれない。


 しかしこの子可愛いな……このポスター剥がして持ち帰ったら怒られるかな……。


「駄目だよ、お姉さん、持って帰っちゃったら」


 その時、私の心の声を盗み聞いたかのように言い放つ人物が、いつのまにか私の傍まで歩み寄っていた。足音一つしなかった……! まさか、常に足音を消して歩くのが癖ついている暗殺者一家のエリート!? 


 その人物は深々とキャップを被り、眼鏡にマスク、ダウンのジャケットを羽織っていた。ジャケットの隙間から見えるリボンに……ミニスカート。もしかして高校生? いや、というか今の声、まさか……。


「えっと……もしかして……」


 私はチラチラとポスターの顔と、目の前の人物を見比べる。間違いない、眼鏡にマスクしてたって分かる。この子は……


「初めまして、早乙女 凜です」


 マスクと眼鏡を少しずらして顔を晒してくれる超有名人。思わず腰が抜けそうになった。やばい、サイン色紙は……持ってない! 私の馬鹿ぁ! 今から買いに行ったのでは遅い!


「どうしたの? お姉さん、そんなに慌てて……」


「え、いえいえいえいえいえ、怪しい者では……」


「あははっ、そう言われると怪しく見えてくるぅー、というわけでタイホ!」


 ガシっと私の手を掴み、そのままカップル繋ぎのように指を絡めてくるアイドル顔負けの超有名人! 

 やばい! もう手洗えなくなってしまった!


「ちょっとデートしようよ、お姉さん」


「お、押忍……」


「空手部かな? でもお姉さんの手、凄い細くて綺麗。思わず齧りたくなっちゃう」


 齧られたらもう本格的に私の手は封印しなければ……。もう二度と外気に触れる事のないよう、ビニールと包帯でグルグル巻きに……。


 そのまま私の手を引いて歩きだした早乙女 凜。今日はド平日でお昼時だからか、近くの公園には誰も居なかった。早乙女 凜は、私の手を引きながらブランコへと誘う。


 そして眼鏡を仕舞い、マスクも下げると、無邪気な笑顔をブランコの上から向けてくれた。


「ねえ、お姉さん、私が自己紹介したんだから名前教えてよ」


「えっ、ぁ、はい、わたくしは……漆原 紗弥と申します……」


「漆原……ふーん。やっぱりお姉さんだったんだ。後ろ姿で分かったよ、ぁ、怪物が居るって」


 怪物!? ひどい! 早乙女ちゃん酷い! 誰がゴジラだ!


「流石、桜ノ宮京子の再来って言われてるだけあるね」


「……は? だ、誰が?」


「だからお姉さんがだよ。私の事務所の人も、諸先輩方も、オーディション関係者もそう言ってたよ。もしお姉さんがオーディション勝ち抜いたら、きっと大々的にメディアでそう言われるんだろうね」


 オーディションって……早乙女ちゃんは知ってるのか、私が出場する事を。

 まあ、知っててもおかしくはないか、前回行われたオーディションの勝者だ。


 しかしなんで私の事をそこまで……。っていうか桜ノ宮京子の再来て……そんなわけあるか、あの名女優は雲の上の存在。あの若さで大物俳優陣が揃って賞賛し、ライバルとして警戒している、そんな超が付く役者。


「……私、そんな名女優の再来なんて言われても……」


「そう、そうだよね、最初はみんなそう焦っちゃうよね。大人はいつも最初は調子いいことばかり言って、いざその時になると……簡単に舞台から蹴り落すんだよ」


 一瞬、背筋が冷えた。早乙女 凜の笑顔の中に一瞬だけ、鋭利な刃物のような気配を感じた。

 

「ねえ、お姉さん、お願いがあるんだけど」


「……? な、なんでしょう……」


「絶対勝ち上って来て。そしたら私、なんでもしちゃう」


 なん……でも?


「……なんでもと言われても……」


「ほんとになんでもいいよ、前払いでちょっと何かしてあげてもいいし」


 前払いて。それで私が落ちたら何されるんだろ。早乙女 凜から何かされるなら、それは何でもご褒美になりそうだけども。


 前払いと言われてもな……。


「……ぁ、じゃ、じゃあ……お昼時だし、ご飯などご一緒に如何でしょうか……」


「そんなのでいいの? 分かった、行こ? 何食べる?」


「……ちょっと寂れた……いや、古い建物だけど……中華でもいい? とっても美味しいから……」




 ※




 いらっしゃいませー! と元気のいい、にゃん子の声と共にテーブルへと着く私と早乙女 凜ちゃん。失礼ながら、これからは私の心の中では凜ちゃんと呼ばせて貰おう。可愛い。


「ふーん、してほしい事って、こういう事か」


 凜ちゃんは店に入りテーブルに座るなり、帽子と眼鏡、マスク、ダウンジャケットの装備品を全て取り除いた。すると狭い中華料理屋の中に、何故かこのテーブルだけ木星の地表面にワープしたかのような違和感……例えが悪すぎる、そして木星に地表面など無い。


 するとその違和感に気付いた他のお客さんたちが、だんだんと「え?」と声を漏らし始めた。テレビの中だけに存在する妖精が、現実世界に舞い降りた……みたいな反応。


「あ、あの!」


 そしてカウンターでラーメンを啜っていた女子高生が、勇気をだして凜ちゃんへと話しかけた。いや、っていうか今日ド平日だぞ。何故ここでラーメンを啜っている。いや、そんな事言ったら凜ちゃんも高校の制服みたいなの着てるけども。


「もしかして早乙女 凜ちゃん……? ですか?」


「あはは、そうだよー。わぁー、その制服可愛いー、写メいい?」


「え、え? い、いいいいいいんですか?!」


 まさかの凜ちゃんからの写メ要請。ガシっと女子高生の肩を抱いて、二人で写真撮影。マジか……超うらやましい……私もそれやってほしい……。


「ありがとー、これあとで友達に見せびらかしていい?」


「もももっもももももちらん!」


 もちらん?


「ありがと、貴方の分も撮ろっか、別アングルで」


 いいつつ今度は女子高生のスマホで撮影会。するといつのまにか早乙女 凜の周りには別のお客さん方が集ってきていた。やばい、これ大丈夫か? 下手したら事件が……。連れてきた私が言うのもなんだけども。


「あはは、2ショットは女の子限定でーす。男性の人はゴメンね、事務所で禁止されてるから」


 そうなん……? いや、ただの方便か?

 確かにあらぬ噂を立てられたら死活問題だからな……それはそれで話題にする人もいるが。


「ちょ、ちょちょちょちょ! 紗弥!」


 ぁ、にゃん子が飛んできた。


「ぁ、にゃん子、私天津飯大盛りで」


「私、ギョーザにチャーハンに……ぁ、レバニラも美味しそうー」


 何度も失礼だが、私が連れてきて言うのも何だけども、昼から餃子とかレバニラとか食べて大丈夫? いや、本当に私が連れてきてなんなんだって感じだろうけども!


「注文取りに来たんじゃない! ぁ、いや、ご注文はお承りましたー。で、でも! あんたこんな有名人連れてきて……」


「ぁ、私のサインとか……お店に飾ってもらう事って出来ますか?」


 いや、それ本人から頼む事か?


「も、もちらんです!」


 だからもちらんってなんだよ


 にゃん子は速攻でサイン色紙を用意してくる。こんな時のためにと準備しておいたとか。確かに寂れた商店街とは言えど、ここは一応首都東京。芸能人がひょっこり現れる可能性もある。だがにゃん子は予想だにしなかっただろう。まさか早乙女 凜ちゃんが来てくれるとは。


 凜ちゃんはサイン色紙へと、手慣れた手つきでイラストまで。可愛いハムスターのイラストだ。絵心まであるとは……恐るべし……。


「ぁ、ありがとうございますぅー! 一生の家宝にしますぅぅぅ!」


「あはは、おおげさー」


 膝をついてサイン色紙を天へと掲げるにゃん子。良かったな、にゃん子。私に感謝しろよ。


 そえから客のテンションも落ち着いて来た頃、私達の料理がテーブルに到着した。凜ちゃんは小柄ながらに結構な量食うな。まあ、成長期だしな……。


「こういう所でご飯久しぶり。いつもコンビニ弁当とかだもん」


「え? なんかホテルで高級食材をがっついてるとかでは……」


「そんな暇ないもん。仕事以外の大半は車に乗ってるし」


 忙しすぎる毎日送ってるんだな……っていうか


「今日は……というか今は大丈夫……なの?」


「全然、さっきから新しいマネージャーから電話とメールの嵐だし」


 おいいいいい! マネージャー困らせちゃだめぇぇ!


「大丈夫だよ、どうせこの人もすぐに辞めるだろうし」


「え?」


 凜ちゃんは、餃子を一口で頬張りつつ


「私の事はいいからさ、お姉さんの事教えてよ。お姉さん……漆原って言ったよね。もしかして……漆原燈子さんの娘とか?」


「……そ、そう……です」


 私がそう答えると、凜ちゃんは無邪気な子供のように満面の笑みを。

 そしてまた、一瞬……まるで私の喉元を切り裂くような、刃物のような気配。殺気という物が存在するならば、今のがそういう類の物なのだろうか。


 見た目は本当に可愛い笑顔。

 役者だ、早乙女 凜は、紛れもなく……役者なのだ。





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