第二十八話
アス重工は主に、最先端の重機を開発、販売している企業。今回のオーディションではスポンサー的な立場だが、新たな看板となる人間を欲していた。それもこれから活躍するであろう若手の、まだ手垢がついていない人間。
若手への先行投資といえば聞こえはいいが、今回のオーディションで選ばれるのはたったの一人。選ばれた人間はアス重工のマスコットキャラクターとして起用され、強力な後ろ盾が付くと共に、苛烈な生存競争へと巻き込まれる事になる。
「たまにね、人を殺してみたいって思った事はない?」
アス重工が経営する水族館の一つ『マリスフォルス』のBarで一人の少女がそう呟いた。カウンターでオレンジジュースを飲む少女。白イルカを彷彿とさせるという名目で、白いドレスを着せられていた。前回のオーディションで選ばれたアス重工のマスコットキャラクターだ。十三歳でこの世界に入り早四年。年相応のあどけなさを持ち合わせつつ、何処か妖艶な大人の色気を放っている。
「物騒な女の子だな、オレンジジュースで酔ったのか」
その少女が座るカウンター内で、オレンジジュースのおかわりを注ぐスーツ姿の女性。当然ながらアス重工の人間であり、今宵はこの水族館のPRのために来訪した少女のお世話をしている。マネージャーではない。少女のマネージャーは持って一週間で辞めてしまう。理由は様々だが、一番多いのは「彼女に私は相応しくない」というまったく意味不な物。
「私さ、今年で十七歳だよ。この世界に入って四年……なのに、まだあの人とお話する事も出来ない……」
カウンターに肩ひじを付きながら、グラスに注がれたオレンジジュースを眺めながら嘆く少女。一口ずつチビチビと飲みつつ、まるで本当にアルコールを摂取しているかのように顔を赤くして。
「あの人って?」
「お姉さんみたいにカッコ可愛い女優……私ね、あの人に憧れてこの世界に入ったんだ。ほころぶ春って映画知ってるでしょ? ちょうど四年前の……私がオーディションに出た年にやってたやつ」
「あぁ……桜ノ宮京子の事か」
うんむ、と頷きながら再びオレンジジュースに口をつける少女。
しかし今度は一気飲み。そしてグラスを割る勢いでカウンターへと叩きつけるように。
「でも、でもでもでもでも! 知ってる?! 今度オーディションに推薦された奴の中に、桜ノ宮京子の再来とか言われてる奴が居るんだよ?! それ私のポジションの筈だったのに!」
「あぁ、殺したい奴ってそいつの事か……。君だって漆原燈子の再来って言われたじゃないか。凄い事だぞ」
「誰よそれ! 私が生まれる前の女優さんじゃん! はぁー……私の憧れの人が取られた気分」
再びグラスへとオレンジジュースを注ぐよう催促する少女。しかしスーツの女性は飲み過ぎ、とやんわりと断りつつ、代わりに自分のスマホを。
「それって、この娘の事? 今超バズってるよね」
そこには動画サイトに投稿された『ほころぶ、春』の舞台。劇団真祖の最後の舞台となった、あの時の動画。
「……知らない。個人には興味ない。ただ私のポジション奪った事が憎いだけだもん」
「憎いなら相手の顔くらい覚えたらどう? ほら、この娘だよ。丁度、桜ノ宮京子と同じ役やってるよ」
「…………」
少女は数秒、その動画を眺める。そして目の色を替え、女性からスマホを奪い取り食い入るように見つめだした。
「……こいつ、誰?」
「漆原紗弥って子。劇団真祖って劇団の俳優ではないけど……代理で急遽舞台に入ったって話だよ」
「……代理?」
すると少女は歯を食いしばり、そのままスマホを床に叩きつけ……ようとして止めた。
「心遣い感謝するよ、今スマホ高いからね……」
少女の手からスマホを取り返す女性。そのまま大事にポケットへと仕舞いつつ、少女の様子を伺った。まるで猛獣が牙を剥き出しするような表情に、一瞬怯える。だがそれは一瞬。すぐに少女はスイッチを切り替えたかのように、その表情は静かになる。
「ふふっ、ふふふふふふ、ふふふのふ……」
「なにそのわざとらしい笑い方……」
そして今度は楽しそうに笑いだす少女。新しい玩具を見つけた子供のような笑顔。先程の猛獣の気配など微塵もない。
「ライバルはっけーん。ねえ、その人、出てくるよね、オーディションに」
「そりゃ推薦状は送ったんだからね。出てくるんじゃないかな」
「……楽しみが増えたね。私のポジションを奪った事……たっぷりと後悔させてあげなきゃ……」
※
翌日、少女にロックオンされた事も知る由もない紗弥は……
「いらっしゃいませー」
パンダの着ぐるみを着てバイトをしていた。
近所の商店街で中華料理屋を営む幼馴染からのヘルプに答えた紗弥。この着ぐるみは以前、ゴリラと対峙した時にみつけたアレだ。ちなみにあの後、妊婦を助けた功績をたたえて表彰されたり、着ぐるみの元の持ち主から「是非今後も役立ててくれ!」と懇願されたりした。その話はまた今度。
「おかあさん、ぱんだ!」
「あらー、ぱんだねー」
子供へと手を振りつつ、ついでに中華料理屋の看板メニューが書かれたボードも掲げる紗弥。しかし親子は笑顔で去っていく。そもそも、お昼時だと言うのに商店街の飲食店はどこも閑古鳥が鳴いていた。それもこれも、近所に出来た大型ショッピングセンターの影響だった。
「紗弥ー、ごめんね、もうちょっと頑張って! お客さん呼び込んで!」
「とはいっても……人事態そんなに通らないんだけども……にゃん子」
にゃん子。もちろんあだ名である。幼馴染の中華料理屋の看板娘。エプロン姿で分厚い眼鏡をかけた紗弥と同い年の女性。大学には行かず、高卒で実家の中華の味を守ると心に決めた。
「はぁ……お客さんこないと潰れちゃう……そもそも商店街ごと無くなっちゃう……それもこれも、あのショッピングセンターのせい!」
「良くある話だよねぇ。ドラマとかで」
「マジで現実でも良くあるよ! っていうか今まさにそうなんだよ! きさまの毛皮を剥いで売ってやろうか……!」
「ひぃ! ワシントン条約ってしってますか?!」
店先で騒ぐ二人。怪しいパンダとバトルする看板娘を見て、チラチラと人の目線が中華料理屋へと向く。
「……むむ……! 今だ!」
にゃん子は人の視線を感じるなり、店の扉を全開にして、中華料理の香りをぶちまけた。するとそれに誘われるように人が店の中へと誘い込まれていく。
「ふふふっ、我が中華の虜になるがいい」
「にゃん子、私も天津飯たべたいなり」
「昼時終わったら食べさせてやるから! 必死に客寄せして! 頑張れパンダ!」
「頑張るパンダ」
若干やる気のないパンダを演じつつ、可愛く子供に手を振り呼び寄せる。そのまま親にも中華料理の香りを浴びせ、中に誘い込もうとするパンダ。しばらくその方法を実践していたが、勝率は五分五分と言ったところ。商店街を行き交う人の少なさを考えれば、上出来ではなかろうか。
「ふむぅ、ショーピングセンターか……」
商店街と目と鼻の先に出来たというそれは、アス重工の関連企業による物。自然とオーディションを連想する紗弥。あのオーディションで勝ち抜けば、この商店街も救えるかもしれない。
「……いっちょやったるか……!」
唐突でまったく予想外な方向性で、オーディション出場を決断する紗弥。
商店街からも見える大型ショッピングセンターの建物を眺めつつ、まるで鬼ヶ島へと旅立つ桃太郎のように、中華料理屋の看板メニューを掲げた。




