第二十七話
あの入れ替わり現象から一週間。
我が家は新たに娘を迎い入れた。法律的にそれは可能なのか……と言われたら、ちゃんと住所を届け出てれば別に大丈夫なんだそうな……。たとえ元の家族が娘をどうにか取り返そうとして警察に行っても捜索願は受理されない。
というか、元の家族の方は完全に崩壊していた。あの別人格桜ちゃんの言う通り、彼女達の両親は病院で働いている……が、二人ともに公認不倫して別居状態。ならば桜ちゃんは一体どうしているのかと言えば、母親の不倫相手と暮らしていたそうだ。それはそれでまともな暮らしが出来ればいいのだが、実の妹の遺影を作成して仏壇に置くという……狂気じみた行動からして、桜ちゃんの方も何かとありそうだ。
紅葉ちゃんが投稿していた双子がハモりながら歌う動画も、実質紅葉ちゃん一人で作成していた。歌の部分は桜ちゃんも協力してるのかと思いきや、紅葉ちゃんは一人で二人分録音していた。いや、一人で……ではないか。あの別人格の桜ちゃんが協力していたのかもしれない。結局、紅葉ちゃんの姉は自分で作り出した彼女だけだったのか。
「あの、これ生活費に……」
「自分でとっときなさい」
紅葉ちゃんの動画で稼いだ金は相当な金額だった。それを主に母親の不倫相手へと学生の身分でありながら仕送りしていたわけだが、うちのオカンが万が一のためにと雇った弁護士によると、ビビって音信不通になったとか。紅葉ちゃんは我が家で預かるという意思表示をしても、結局なんの返事も得られなかった。
そして今現在、私と紅葉ちゃん、そして我が家のオカンで食卓を囲んでいる。
「……むむ、母上。このシチューに入っているのは……」
「アボガドよ」
鬼ぃ! 私がアボガド苦手って知ってるくせに!
「紗弥さん……アボガド苦手なんですか?」
「まあ、フルーツのくせに甘くないから許せないというか……」
どんな理由だ、と紅葉ちゃんは可愛く笑ってくれる。あぁ、妹がいるとこんな気分なのか、可愛いぞ。
「それで紅葉ちゃん、高校はどうするん? ほんとに辞めちゃうの?」
「まあ……今から大学の勉強して……そっち受験しようかなと……」
確かに紅葉ちゃんの学力ならば可能かもしれないが……。ちなみに紅葉ちゃんは学年四位という高成績を収めている。そのあたりも姉の嫉妬心を煽っていたのかもしれない。真面目君も紅葉ちゃんにベタ惚れだったしな。
そして紅葉ちゃんはあのオーディションも受ける気満々なのだ。元々双子充ての推薦状だったが、出る出ないは自由なので別に紅葉ちゃんだけ出たって問題はない。
そんな事を考えながらアボガドを頑張って頬張る私。紅葉ちゃんは嬉しそうに拍手してくれる。うぅ、可愛い……。そして付けっぱのテレビからは、あのドラマの予告が流れてくる。
『貴方はもう目撃したか。轟 大地主演、罪悪。木曜九時放送開始』
むむ、大地君がカッコよく映ってる。兄弟子はチョロっとしか出て無いな。
「……あの、今のお兄さんって……もしかして宗吾さんですか?」
「そうそう、あれ? 知らなかった? あの人、テレビの俳優さんなんだよ」
「ええええ?!」
ガタッ、とびっくりする紅葉ちゃん。あれ、宗吾さんも何も言ってなかったのか。
「す、すごい知り合いがいるんですね……紗弥さん……」
「何を言う。このシチューを作ったのは、元大女優だぞ、紅葉ちゃん」
「ぁ、そ、そうですよね! 燈子さんも凄い方だし、周りに宗吾さんみたいな人が居ても……」
ハイテンションな紅葉ちゃん。母親は黙々とシチューを頬張りつつ、ワインを一口。そして……
「……紗弥、あんた、姉としてどうなの」
いきなりなんですか、お母様。そんな怖いトーンで言われたら震えてしまう。
「何、いきなり……もう酔ったの?」
「酔ってない……! 紅葉ちゃんの方が学校の成績もいいし男の子にもモテてるって言うじゃない! あんた……すべてにおいて妹に負けてるわよ」
別にいいじゃん負けてたって! 私は全敗でも構わん! 可愛い紅葉ちゃんを眺め続ける事が出来れば勝者なり!
「はぁー……紅葉ちゃんはいい子ね……紗弥なんていつのまにかこんな……」
「グサっときたぞ、母上。ならば汚名返上の機会をくれ。洗い物は私がする」
「あら、良い子ね」
本日の食器洗い権を得た私。紅葉ちゃんも手伝ってくれると進言してきたが、それはやんわりと断った。何故ならば……あの家の惨状から想像できる通り、紅葉ちゃんの能力ステータスは全て勉強と歌の方に全振りされていたのだ。我が家で紅葉ちゃんが割った皿の数は、すでに二桁台に突入している。
「紅葉ちゃんは大学に向けて勉強始めないと。一年なんてあっという間だぞ」
それに紅葉ちゃんは、あのオーディションもあるのだ。大学の受験もあるのだから、そっちに集中すべき……とも思ったが、オーディションを受ける理由は紅葉ちゃんの中に確かにあるのだろう。まだその理由は聞いていない。紅葉ちゃんから言ってくれるまで待ってるつもり。
そんなこんなで一時はどうなる事かと思った一連の騒動だったが……私は悩みの種が増えてしまった。
※
「……はぁ、もういいわよ」
自室へと戻りベッドに腰かける。すると目の前には……紅葉ちゃんの別人格である桜ちゃんが。
「いいお姉さんね、嫉妬しちゃう」
「はぁ……あんた、なんでこっちに居るのよ……紅葉ちゃんの別人格じゃないの?」
「そんな事言われてもなぁ。きちゃったもんは仕方ないし」
何故か……マジで何故か! こんな事ってあるのか? こいつは紅葉ちゃんの人格じゃなかったかのか?
きっとあの異星人ハンターの、あの装置のせいだ。あれの仕組みなんて理解出来そうも無いが、絶対あれが絡んでるんだ。
「紅葉ちゃんは寂しがってないの? あんたが居なくなって……」
「多少は喪失感あるでしょうけど……大丈夫でしょ。この家にきてからだいぶ明るくなったし」
紅葉ちゃんが多重人格を生み出す事が出来る……というのは私は当然ながら知らない事になっている。だから本人に「あいつコッチにいるんだけど」なんて言える筈もない。言ったところでどうなるものでも無さそうだし。
「オーディションは一週間後ね。紗弥はどうするの?」
「出るわけないでしょ。私だって大学とかあるんだから……」
「ねえ、あの動画、どうなってる? 紗弥の舞台の奴」
どうって……別にどうもなってないだろ。
と思いつつもスマホで確認。ベッドで座る私にくっつきながら、別人格桜ちゃんも覗き込んでくる。こいつは別人格のくせに……息遣いも体の暖かさもちゃんとある。本当に一体、どうなってるんだ。
「うわ、視聴回数さらに増えてるじゃん」
「だねぇ……そういえば唯さんと要君元気かな……」
「誰それ」
私はコイツ、と舞台の上のイケメンを指さしつつ
「唯さんっていうのは、このイケメンが恋してる女の子ね。手術……もうすぐか。無事に終わるといいけど……」
「お見舞いとか行かなくていいの?」
「もう行ったよ。舞台の前と後に」
「それだけ?」
それだけって……もう要君がつきっきりなんだから、私が行ったら邪魔なだけだろう。私に出来る事は手術が無事に終わる事を祈るくらいだ。そういえば大地君は……この二人の関係は知ってるのか? あの子が絡んで来たら修羅場になりそうだな……。
そのまま動画を見続ける。我ながら酷い芝居だ。裏方専門派遣会社『椚』の協力がなければ、こんなに整った舞台は作れなかっただろう。きっと要君も芽衣子ちゃんも、一人で独走する私に呆れかえっていたに違いない。
「これ、ほんとに紗弥? もはや別人なんだけど」
「当たり前でしょ、芝居してるんだから」
「……ねえ、やっぱり紗弥はオーディション出るべきだよ。この動画見てる人だって、たかが数百人でしょ? もっと世界中の人に……紗弥を見て欲しいもの」
「…………」
この舞台で私は実感した。私は役者が大好きだ。この世界が大好きだ。
諦める事なんて出来ない。一度は母親に説得されて辞めた筈なのに。
もう一度舞台に立ちたい。私はそう思い続けるのだろう。なんど舞台に立っても、もう一度、もう一度と。まるで依存するかのように。
そのまま狂人になり果ててしまってもいい。そこに立っていられるのなら。
そうしてどんどん……私は沈んでいくんだ。
あの暗い海の底へ




