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深海の舞台で死に至る  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
第三章 双子シングルベッド
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第二十四話

 私、漆原紗弥はとてつもなく厄介な状態に陥っている。しかし細かい事を考えるのは苦手なので、ざっくり行こう。とりあえず紅葉ちゃんは解離性同一性障害という、小難しく言うと分かりにくいが、要は多重人格と呼ばれる症状らしい。多重人格と言っても様々だが、まさか自分で目の当たりにすることになるとは。


「頭の整理は出来た?」


 とりあえず私は家の中を掃除しまくった。これでもかと言うくらい、ピッカピカにしてやった。何か考え事をするなら掃除が一番。ついでにカレーの材料も買ってきて、今私の目の前には既に空になったお皿が二つ。ちなみに今の時刻は午後零時前。こんな時間帯にカレーとか紅葉ちゃんに叱られそうだが、それはさておき……


「……桜ちゃんよ、私には疑問がある」


「なにかしら」


「一つ目はあの遺影。うちにも父親の遺影があるからなんとなくなんだけど、あの桜ちゃんの写真は紅葉ちゃんが撮ったんだよね?」


「そう、スマホで」


「なんで?」


「なんでって……」


 遺影なんて葬儀場に写真渡して、なんだったら喪服着せてるようにも加工してくれる。つまりどんな写真でも遺影には出来るのだ。なのに何故紅葉ちゃんはわざわざ桜ちゃんの写真を撮って遺影にしたのか。


 それに遺影はあっても位牌がどこにも見当たらない。もしかしたら仏壇の隅っこにでも落ちてるのかと思ったが、どれだけ探しても無かった。


「紅葉、何考えてるの?」


 この桜ちゃんは間違いなく存在しない桜ちゃんだ。今私には見えて、触れる事も出来る。でも他の人間には認知されない事は、カレーの材料を買ってくる時に確認済み。つまり……


「桜ちゃんは既に亡くなってて……紅葉ちゃんはショックのあまり、自分の中に桜ちゃんを……」


「だからそう言ってるじゃん」


 しかし、そう決めつけるには早い……気がする。

 何故なら桜ちゃんが亡くなったという事故以降、桜ちゃんを目撃した人物が存在する。

 

 真面目君だ、彼は桜ちゃんと紅葉ちゃんの見分けがついたというのだから、双方を見てないと説明がつかない。しかも彼と紅葉ちゃんが出会ったのは高校生になってから。桜ちゃんが事故にあったのは高校の合格発表の日なのだから、もしその日に出会っていたとしても……初見で双子の見分けを付けるのは難しいではなかろうか。


 というのも私の友達にも双子がいる。やつらの見分けは今でも難しい。私が鈍すぎるだけかもしれないが。


 だがまだ居るのだ、高校入学以降、桜ちゃんを目撃した人物は。


「ねえ、紅葉、黙ってたら分かんないよ? 何か不思議な事ある?」


「今まさに不思議な現象起きてるんだけども……。ねえ、今日の朝、学校に行った時に真面目君に会ったんだよね。まさに告白の返事聞かせてくれって」


「うん。で?」


「その後……聞こえるように陰口行ってきた女子が居たのよ。()()()()()()()って」


「…………」


「クラスメイトや先生が、紅葉ちゃんの症状に気付いてて……それに合わせてるっていうのはなんとなく分かるよ。先生も何も言わずココア二つ出してくれたし。でもあの陰口言ってくる女子は違うよね」


 わざわざ聞こえるように、姉妹と言ったのだ。もし紅葉ちゃんを気遣っての発言ならば、そもそも聞こえるように陰口叩かないだろう。あの女子達は実際に、高校生活の中で見ているのだ。美少女双子姉妹を。


「じゃあ紅葉は、桜が本当は生きてるって言いたいの?」


「希望的観測って言われればそれまでだけど、違和感があるというか……。ねえ、紅葉ちゃん達のご両親……本当に居るの?」


「居るわよ。言ったでしょ? 病院の先生してるって」


「もう日付変わりそうな時刻なんだけど……なんで帰ってこないの? 夫婦揃って夜勤? そんな鬼畜シフトなの?」


「稼ぎたい人だっているでしょ?」


 まあ、それは有りだとしてもだ。子供が住んでる家の冷蔵庫に何も入れないのはどうよ。それにゴミが散乱してたり、窓なんて汚れが溜まって開かない所もあった。

 

「この家、人が住んでるようには見えないわ。しいて言うなら、毎晩出前で過ごして部屋に閉じこもってる子供一人。でも電気や水道は来てるから、誰かしら光熱費とか払ってる人間がいる。紅葉ちゃんのご両親って……もしかして別のところに住んでるんじゃない?」


「あー、はい、賢いね。ご明察」


 やっぱりか。娘を一人で一軒家に住まわせておく理由なんて……私には思いつかないが、彼らには彼らなりの理由はあるんだろう。それは恐らく紅葉ちゃんの症状が絡んでるんだろうけども。

 しかしそれでも、娘の安否を確認する事は必要な筈だ。そうなると……一つの仮説が……


「桜ちゃん、多重人格って一言で言っても、結構色々あるのよ」


「ふーん?」


「とある女の子が冬の間だけ別の人格に入れ替わるって話があってね。昔は今みたいに暖房設備が完備されてるわけじゃないから、冬ってだけで死と隣合わせの地域もあったんだよ。それだけ辛い季節だったんだね。女の子は辛い冬の間だけ別に人格に入れ替わって過ごしてたんだ」


「………」


「合格発表……朝出かけて、結果を見て、説明会を受けて……帰りは午後」


 そう、紅葉ちゃんにとって辛い時間帯、それは……


「大好きな姉が、事故に遭ったのは……午後の時間帯。紅葉ちゃんにとって、その時間帯は……」


「何が言いたいの?」


 ……私の仮説、もしこれが本当だったら……


(貴方)が現れるのは、午後の時間帯だけなんじゃない? つまり、午前中の桜ちゃんは……」




 ※




 数時間前、午後七時。漆原家へと紗弥を送り届ける宗吾。しかし紗弥の中身は紅葉だ。それは宗吾も不思議な感覚だったが、とても今の紗弥が本来の紗弥だとは信じ難い。


 宗吾と共に家の中に入ると、リビングのソファーで燈子がトドのように寝転がっていた。そのまま、煎餅を齧っている。


「ぁ、おかえりー。何、また宗吾も一緒?」


「……ただいま」


 そのまま紗弥は自分の部屋へと、階段を昇って行ってしまう。いつもならば、今日の夕飯はなんぞや? と尋ねてくる食いしん坊な紗弥が。


「……何、宗吾、あの子に何かしたの? 赤飯炊いた方がいい?」


「すみません、燈子さん、違うんです。実は……紗弥さんとちょっと喧嘩してしまいまして……」


 宗吾は紅葉へと、燈子と距離を置くようにと伝えた。不可思議な現象が起きているかもしれない、燈子をそれに巻き込むわけにもいかないと思ったからだ。燈子は鋭い。もしかしたら、宗吾のように中身が別人だと看破してくるかもしれない。といっても、宗吾も未だに半信半疑だが。


「あ、そう……そういえば昼に変な電話あったわ」


「……変? どんな電話ですか?」


 宗吾は燈子の向かいのソファーへと、上着を脱ぎながら腰かける。テレビでバラエティー番組を見ていた燈子は、ボリュームを少し小さくしつつ


「なんか、家の前で不審者を見たって……女の子から電話かかってきたのよ。紗弥の友達らしいけど……」


「なんて子です?」


「東雲さん……だったかしら。大学で出来た友達かしらね、高校にそんな苗字の子、居なかった筈だし……」


 不審者、とは紅葉が見た男の事だろうと思いつつ、宗吾は燈子へとそれなりに警戒心を持つよう、それとなく促すように


「気を付けて下さいね。ただでさえ燈子さんと紗弥さんだけの家なんですから」


「あら、男女差別? 男だけだったら安心とか言うんでしょ、あんた」


「燈子さんと紗弥さんだからですよ」


 少々強めに宣言する宗吾に、燈子は齧っていた煎餅を頬張りつつ


「だったら、さっさと紗弥と結婚しなさい。ほら、いつ告白するの? 今でしょ」


「少々古いですね、それ。それより燈子さん、例の……あの症状はどうですか?」


 いささか話題の切り替えが不自然だったせいか、燈子は宗吾を細目で睨みつけるように。

 しかし小さな溜息を吐きつつ


「……また見たわ。よりにもよって、紗弥の舞台で……」


「……は? この前の……あの舞台ですか?」


「そう、しかもカメラ越しによ。なんだっていうのよ、全く……」


「…………」


 カメラ越し……と聞いて、宗吾は()()()()、と察した。紗弥が登場して間もない時、客席を振りむく手持ちのカメラマンが居た。あのカメラに映ったのだ、その男が。


「ちなみに……今はどうですか」


「今?」


「あの動画、かなり再生数稼いでいるみたいですよ。確かタブレット買ったって……」


「あぁ、あれあげちゃったわ。なんかもうカメラ越しにも見えるって分かったら……嫌になったし」


 宗吾はスマホを取り出し、例の動画を検索する。

 そして冒頭部分、客席が映るそのシーンを確認しようとするが……編集でカットされていた。というかカメラが違う。恐らくドローンで撮影した動画の方を投稿しているのだろう。


 宗吾はもう一度、その映像を確認すべきと思う。そしてもう一つ、東雲という電話をかけてきた少女についても、調べなければ……と。






 

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