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深海の舞台で死に至る  作者: F式 大熊猫改 (Lika)
第三章 双子シングルベッド
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第二十三話

 東雲家は世田谷の一軒家。今朝はそんなに気にしてなかったが、ご両親は何をしていらっしゃるのだろう。駐車場はあるが車は停まっていない。という事は仕事に行っているのか。


「桜ちゃんよ、お父様とお母様はお仕事ですか?」


「そうよ。二人揃ってお医者様だから帰り遅いわよ」


「ふぅむ、親切な解説ありがとう」


 玄関に入り靴を脱ぎつつ、桜ちゃんが出してくれたスリッパを履く私。ご両親が仕事で居ないと言う事は、もしかしてご飯とかは当番制かな?

 ようやく私のスキルを活かすときが来たか。母親仕込みの料理スキル、見せてくれるわ。


「桜ちゃん、今日の晩御飯担当は?」


 私は今日の担当はどっちなのか、と確認を。すると桜ちゃんは何かチラシを出してきて……


「ピザの出前よ」


「……え」


 まさか……この子達! 出前で済ませているというのか!? 勿体ない! まさか毎日出前じゃ……


「え、えっと……桜ちゃん、今日は私が作ったり……」


「材料なんか無いわよ、冷蔵庫は空だし、レトルト食品は食いつくしちゃったし」


 何故補充せぬのか! 食い盛りの女子高生が二人もいるのに! 女子高生二人はアフリカゾウと同じくらいの食料を必要とするというのに!

 流石にそれは盛りすぎだと反省しつつ、一度冷蔵庫を確認してみる。マジでない。本当に空っぽ。調味料くらいは入ってるかと思ったが、マジで何も無い。冷蔵庫がちょっとオシャレな箱型オブジェと化している。


「ねえ、紅葉」


「んー? どうしたんだい、桜ちゃん」


「紅葉のフリするなら……もっとちゃんとしてよ」


 その言葉で桜ちゃんの顔を凝視……しようとした。でもそこに桜ちゃんは居ない。

 それどころか、一瞬で家が真っ暗になった。いや、電気はついている。でも一気に家の中が薄暗くなったように感じる。例えるなら、ホラーゲームでわざわざ仲間と別れて探索パートに入ったような……そんな雰囲気。


「桜ちゃん……?」


 異様に大きく聞こえる時計の秒針。ついつい各感覚が鋭敏になる。鳥肌が立ち、かすかな音も聞き洩らさないよう、耳をすませてしまう。

 一体何が起きた? 何度桜ちゃんの名前を呼んでも答えてくれない。それどころか、この家には本当に人が住んでいるのか? と今更ながらに思った。先程は目に付かなかったゴミ袋や、ペットボトルが散乱している。このまま放置しておけば順調にゴミ屋敷化するだろう。


「ねえ、桜ちゃん?」


 再び呼んでみると、和室だろうか。奥から物音がした。何かの扉を開ける音。

 そちらへと足を向ける。恐る恐る、足音を殺しながらゆっくり。


 和室の畳を踏みしめながら、壁を擦るようにして電気のスイッチを探す。見つけてスイッチを入れてみると、和室には恐らく来客用の布団が散乱していた。その奥に、仏壇がある。


「……桜ちゃん、そこに……いるの?」


 何故こんな事を口走ってしまったのだろう。

 いるわけがない。ホラー映画じゃないんだ、桜ちゃんがそこに居るわけが……


 ゆっくり仏壇に近づいていく。

 

「わっ!」


 突然背後から桜ちゃんが私を驚かすように大声をあげた。

 私は振り向きながら尻もちをついてしまう。幸い、床は散乱した布団で全然痛くない。


「さ、桜ちゃん……びっくりさせないでよ」


「ごめんごめん」


 ……? 桜ちゃんの顔が少し悲し気だ。

 ゆっくり仏壇へと視線を送る桜ちゃん。私もつられて仏壇を見る。


「貴方が誰なのか、聞いたところで私には何の意味もないから……聞かないけど」


 その仏壇に飾られた遺影を見て、私は言葉を失う。


「とりあえず私は貴方の事は紅葉って呼ぶよ。これからも、ずっと」


 一体、何が起きてる……これは一体、何の冗談だ。


「気付いた? 東雲 桜は……もうこの世には居ないんだよ」


 耳鳴りが五月蠅い。物音一つしないのに、耳鳴りだけが異様に大きい。


「私はね、紅葉が作った桜なの。多重人格って言っていいのかな? 良くわかんないけど……とりあえず私は紅葉にしか見えてない桜なんだよ」


 まるで金縛りにあったように、体が動いてくれない。

 喋り続ける桜ちゃんの顔すら、私は見る事が出来ない。


「先生も、コーヒー出してくれなかったでしょ? 紅葉のクラスメイトは皆すごく紅葉を元気づけてくれたよね。真面目君は、本当に紅葉の事が大好きなんだよ、支えてあげたいって本当に願ってるんだよ」


 真面目君……そうだ、真面目君……紅葉ちゃんは、彼だけが桜ちゃんと紅葉ちゃんの見分けがついたと……


「貴方が誰なのか分からないけど、私が見えてるってことは……貴方も紅葉の別人格って事でいいんだよね?」


 違う、私は……


「もしかしてこの人かな? この前の舞台で、紅葉、大ファンになっちゃったもんね」


 桜ちゃんは私へと、劇団真祖の最後の舞台、そのパンフを手渡してきた。

 そこには私の顔写真が。


「紅葉、戻っておいで。ほら、別人格に任せきりじゃ駄目、戻っておいで……」


 違う、違う、私は……私は漆原 紗弥だ、決して……紅葉ちゃんが作り出した人格じゃない……!

 桜ちゃんは私の頬を包み込んで、目を覗き込んでくる。そのまま紅葉ちゃんの名前をひたすら呼ぶ。

 

 戻っておいで、戻っておいでと……まるで深海の海から引き戻すように。


 あぁ、そうか、私は潜っていたんだ。

 そう、つまりこれは全て私の……夢のような物。いつのまにこんなに深く潜り込んでいたんだ、早く……早く……戻らないと……。


 でも戻れない、そもそも、私は自力で戻れないから、母から芝居を辞めるように言われていたのに。

 

「紅葉、紅葉、紅葉……戻っておいで」


「うぅ……パンダぱんち!」


 ぺちん、と優しく桜ちゃんの頬をビンタ。すると桜ちゃんは大げさに吹っ飛び、布団の上へ転がる。


「紅葉……何故? パンダぱんちはまだ貴方は使えない筈! パンダ師匠から免許皆伝されてない筈!」


 パンダ師匠ってなんだ、いや落ち着け私。私は潜ってるわけじゃない、あの感覚と今では程遠い。

 

「ええい! だまらっしゃい! ちょっと待って、頭整理するから……」


「ちょっと、姉の渾身のボケを無視しないでよ」


「私の体は……間違いなく別人、つまり紅葉ちゃんの体だ。そして目の前には……姉を名乗る幽霊的な存在……」


「私は幽霊じゃないわ。さっきも言ったけど、紅葉が脳内で作り上げた存在よ」


 確かにドラマか何かでこんな多重人格の話が出てきたような気がする。というか、この仏壇の遺影……


「桜ちゃんが亡くなったのはいつ?」


「二年前よ。今、紅葉が通ってる高校に合格が決まった日に……車に轢かれて。たぶん、本物の魂は異世界転生してると思う」


 真面目な話してるんだから……いや、そうじゃない。

 この仏壇には遺影が飾ってあるだけだ。妙に画質が荒い……恐らくこれは……





 ※





 紗弥の体に入り込んだ紅葉が、宗吾に正体を看破された。

 紅葉は宗吾に、紗弥の自宅へと車で連行される。その道中で宗吾は紅葉へと、律樹という人物について語る。


「律樹さんは紗弥さんのお父様です。彼女が産まれたその日、律樹さんは事故で亡くられました」


「…………」


 紅葉はそんな話は聞いていない、そして紗弥が焦って保護してもらえと言った理由を理解した。亡くなった筈の父親が家に尋ねてきたのだ。誰がどう考えても不気味すぎる。


「しかし、この世に一人……律樹さんの姿を未だに見続ける人が居ます。それが紗弥さんのお母様です」


「……え?」


 一体どういう事だと紅葉は首を傾げる。亡くなった筈の人間を見続けるとは、幽霊にでも憑りつかれているというのか。


「あの、一体どういう……」


「幻覚……と言ってしまえば簡単なのですが……。燈子さんが舞台を降りた主な理由がそれですよ。客席の中に、いつまでも座っているそうです。亡くなった筈の旦那さんが」


「……あの、怪談話か何かでしょうか……」


「燈子さんにとっては事実です。そして貴方は今朝、律樹を名乗る人物と朝出会ってしまった。それが誰なのか、もうすでに私は見当がついていますが……」


「……誰なんですか?」


 紅葉は怪談話だと思いつつ、背筋が冷えるのを感じた。

 亡くなった筈の男が観客席にいつまでも座っていて、その男が家を訪ねてきた。


「律樹さんには弟がいるんです。その人物は……燈子さんの事を……恨んでいます。自分の兄を殺したと思い込んで」





 

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