第十八話
本日は劇団真祖の面々で打ち上げ……の筈が、なんと大半のメンバーが急な用事によりドタキャン。来れるのは芽衣子ちゃんと団長のみ。私は打ち上げ会場の焼き肉屋の前で、一人でボーっと突っ立っている。
時計を確認。集合時間の十八時まで残り五分。実は私は一時間前からここに居る。遅れてはならん! と張り切ったのはいい物の、張り切りすぎた結果がこれだ。自慢じゃないが私は遅刻など今まで一度たりともした事が無い。たぶん。
「あ、紗弥たん、待ったー?」
むむ、この声は我が天使、芽衣子ちゃん!
待ってないよー! と言おうとした瞬間……ん? なんか芽衣子ちゃんがお姉さん? を連れてる。
「こんにちは、芽衣子ちゃん。えっと……そちらの方は……」
「ぁ、この子? はい、ご挨拶して、加奈子ちゃん」
加奈子と呼ばれた人物はペコリとお辞儀。なんか芽衣子ちゃんに弱みでも握られてるのだろうか。芽衣子ちゃんより身長が結構高い。なんだったら私より高そうだ。ちなみに私の身長は百七十センチくらいはある。最近計ってないけど。また伸びてるかもしれない。
「加奈子ちゃんね、芽衣子ちゃんの……お姉さんとか?」
すると加奈子ちゃんは顔を真っ赤に。そのまま両手で顔を塞いで俯いてしまう!
え、えっ! どうしたの!?
「紗弥ちゃんったらー、違う違う、この子は私の娘だよー」
「ぁ、そうだったんだ。ごめんね、私ったらつい間違え……」
ん? 娘? え?
「……芽衣子ちゃん、今結構衝撃なカミングアウトがされたと思ったんだけど……もう一度お願いしても?」
「ん? だから、加奈子は私の娘。今年で高校生になったばかりの、キラキラの一年生ーっ」
いや……
いやいやいやいやいやいやいや!
加奈子ちゃん高校生?! え、娘ってことは当然ながら芽衣子ちゃん……既婚者!?
ちょっと待て、芽衣子ちゃんは確かに団長に次ぐ年長者だと聞いていたが……高校生の娘がいるってことは……もう三十路は絶対超えてる筈。
「ちょっと待って芽衣子ちゃん……色々追いつかない……。えっと、ものすごく失礼だと思うんだけど……芽衣子ちゃんって何歳くらいなの?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 今年で三十七だよー」
「うそつけ!」
「えぇ……」
美魔女にも程があるだろ! 二十代後半って言われても疑わしい見た目してるのに! 身長とか小学生レベルなのに! って事は、要君はそんな大先輩を呼び捨てにしてたってことか! あのクソガキ!
「ご、ごめん、芽衣子ちゃん……頭が混乱して……」
「すみません……母がすみません……」
すると加奈子ちゃんが顔を真っ赤にしたまま私へと謝ってくる。いや、別に君が謝る事じゃないけぇ……。というか身長差が激しすぎんか。恐らく加奈子ちゃんは私より少し高いくらい。と言う事は完全に身長百七十は超えてる。それに対し、芽衣子ちゃんは百五十あるかないか。身長は遺伝だという言い伝えは嘘だったのか……。
「か、加奈子ちゃんごめんね? 変な勘違いして……」
「いえ、無理もありません……私の母はきっと、昔宇宙人に攫われて人体実験されてしまったんです……。だから成長も止まって……」
「なんか失礼な話してないー?」
してませんことよ。というか、そうか……芽衣子ちゃんが妙に落ち着いてたのは、もうとっくに大人だったからなんだな。私も先日の、あの舞台の日に誕生日を迎えて二十歳になった。もうお酒も飲めて大人の仲間入り。しかし芽衣子ちゃんはさらに人生の大先輩だったのか。
「おいーっす。あれ、加奈子も連れてきたのか」
非常に馴れ馴れしい態度のオッサ……団長が来た。どうやら団長は加奈子ちゃんとも面識があるらしく、お互いに打ち解け合っている。いや、もしかしてこのパターンだと……
「団長……もしかして、芽衣子ちゃんの旦那って……団長?」
「は? いやいや、んなわけねえって。俺独身だし」
ちょっとホっとした。そうだよな、そんなわけないよな。
すると芽衣子ちゃんが私の右手を握ってくる。暖かい手で。そしてそのまま私の手を、加奈子ちゃんと繋がせるように。
「はい、これで二人は仲よしさんだよー。良かったね、加奈子ちゃん。有名人のお友達出来て!」
「う、うん……」
もじもじっと可愛い反応してくれる加奈子ちゃん。
ん? 有名人って……。確かに私の母は有名人だったが……私はそれほどでも……。
「芽衣子ちゃん、私はそんなに知名度高くないぞ。私が元々居た劇団も小さかったし……」
「あれ、もしかして……アレ見てない?」
「アレ?」
何だアレって……。
首を傾げる私を見て、団長は妙にニヤニヤしつつ、とりあえず中に入って焼肉を食おうと仕切る。そうだ、今日は焼肉を食べに来たんだ。もう私はハラペコだぜ!
※
焼き肉屋に入り、適当に注文を済ませると、団長が自分のスマホを私へと差し出してくる。画面には某動画サイトの動画が一時停止状態。これは……
「これ、この前の舞台の? そういえば配信してたんでしたっけ」
「そう、んでちょっと編集して投稿し直したんだけど……再生回数見てみて」
再生回数……お、結構行ってるじゃん、十万回くらいか。
「へー、結構見られてるんですね。良くて百回くらいだと思ってましたよ」
「ふふ、紗弥ちゃんってば。ちゃんとケタ数えて」
ああん? ケタ?
大学生の私に何を言っているのだ。そんなの一目見れば桁なんて……
「いちじゅうやくせんまん……ん? ん?!」
あれ? これって……
「だ、団長……これ……」
「そう、もう一千万超えてるのよ。凄い事に」
マジか! 一千万?! この動画だけでいくら儲けたの!?
「残念な事に収益化してないんだよね……惜しい事をした……」
「ば、バカー! なんて勿体ない!」
「でもそのおかげか、俺の再就職先が決まってね。芽衣子はもう役者事態辞めるけど、他のメンバーは要以外、都内の劇団からスカウトが来てね」
「そうなんですか……。要君以外って、スカウト来なかったの?」
「来たよ。でもあいつ、全部蹴ってるんだ」
何故に? 勿体ない!
「ほら、長谷川が手術受けるだろ? それが終わって落ち着くまでは……って事だろ」
長谷川さんが手術を受ける……。その話は私も聞いた。というか、私は長谷川さんが脳腫瘍だったなんてまるっきり知らなかった。てっきり高所からの転落での大怪我だと思っていたから。
舞台が終わったあくる日、轟監督から連絡が着て、もう一度お見舞いに来てほしいと言われたのだ。そのお見舞いで長谷川さん自身から、脳腫瘍の話を聞いた。舞台上の私を見て、手術する事を決めたとかなんとか……。
そんな長谷川さんの手術が終わるまで、要君はスカウトを蹴っている……と言う事は……
「要君って……長谷川さんとそういう関係?」
「いや、あいつはまだ何もしてねえよ。長谷川も要の事なんて小生意気なガキとしか思ってないだろうし……」
そう言ってたな、年上には見えないって……。
しかし要君は長谷川さんに気があるのか。いやいや、気があろうが無かろうが、大事な仲間が大変な手術を受けるのだ。こんな考えを思考する事自体、二人を侮辱する行為だ。
すると芽衣子ちゃんがこちらをジっと見つめてくる。むむ、どうしたんだい?
「紗弥ちゃんは……どうするの? いくつかスカウト来てたみたいだよ?」
「え、いや、でも大学とかあるし……」
長谷川さんから役者の道を奪うと決めた時、まあそれは勘違いだったんだが、私は役者になる事を心に決めた。今更それを覆すのも、自分を裏切る行為のように思えてしまう。というか、あの舞台で思い知ってしまった。私は……やっぱり芝居が大好きなんだって。
「まあ、芝居は続けたいけど……大学も卒業したいし……」
「そんな君にいい話があるぞ」
団長は一枚の封筒を鞄から出して手渡してくる。むむ、なんだこれ。
「あけてみて」
言われた通り封筒を開ける私。
そこには……オーディションの推薦状……?
「なんと君に、あの大企業が手掛けるオーディションの推薦状が届いたのだ! どうだ、すごいだろう? 誰でも出れるってわけじゃない、本当に未来有望な若者にしか送られてない推薦状さ!」
きゃー! すごいー! と芽衣子ちゃんはハイテンション。
というか大企業って……アス重工? 重機作りながら、何故かテーマパークとか経営してるあの会社か。
「勿論出るよな、俺も全力でサポートして……」
うーん……
「いや、これはいいかな……」
そっと封筒に戻して小さく折りたたむ私。
他の三人はポカーンと言葉を失っている。
「よ、よくない! 絶対よくない! それは出るだけでも価値があるオーディションだよ! 紗弥たん!」
芽衣子ちゃん声でっか!
「そうだぞ! さっきも言ったが限られた人間しか出れないんだ! 俺の仕入れた情報では、今飛ぶ鳥を落とす勢いの……あの双子も参加する予定らしく……」
「あの双子って……どの双子よ、有名人?」
「うわぁ! 信じられん! 君、ホントに大学生か!」
団長が言うには、その双子というのは動画サイトで有名になった歌手……といってもアマチュアだが、もう色々なレコード会社からスカウトを受けているらしく……しかしそれらを全て蹴って自分達で動画を出しまくってるとか。もう今すぐにでもプロデビュー出来る程に魅力的な二人……しかし今の今までどこにも属さず、全てその動画サイトだけで活動していた。顔も出しておらず、双子というのも本人達が言ってるだけらしい。しかし声がそっくりで、神がかったハモり方からして本当に双子の可能性が高いという。
今回、ついにその双子が……アス重工が主催するオーディションに参加する事を表明。一部界隈では大騒ぎなんだとか。
「どうだ、ワクワクしてきただろう!」
「今の聞いて、よし、参加しよう! ってなる奴そうそう居ないわよ。もう勝ち確定じゃない、その双子」
「そうでもないんだよなぁ」
団長は何やらニタニタといやらしい笑み。
というか肉遅いな。もう私、腹ペコペコのペコリーヌなんだが。
「そのオーディション、選ばれるのは……たったの一人。なのに双子は出てきた。当然ながらどちらかが落ちる。今までどんな美味しい話にも乗ってこなかった二人が、なんでこのオーディションに出る気になったのか……気にならない?」




