第十三話
ロミオとジュリエット、言わずと知れたシェイクスピアの悲劇の一つ。
敵対する貴族同士、恋に落ちてしまった二人。ラストはまさに悲劇だが、二人が障害を乗り越えようとする姿は恋愛を知らない少年少女をも魅了する。
そう、恋には障害があればあるほど熱くなる。小説や漫画の中だけのご都合展開とも思えるが、実際本気で人を好きになってしまった、しかもそれが初恋だった場合は話が違う。
恋する少年は、それの制御の仕方が分からない。大人なら諦める人間も多いだろう、だが彼はまだ恋愛も失恋も未経験の、まっさらな雪原のような少年。
※
目覚めた宗吾が最初に耳にしたのは、目玉焼き焼く食欲をそそる音。同時に味噌汁の出汁の香りが鼻をくすぐる。リビングのソファーで一夜を過ごした宗吾。気が付けば毛布が掛けられており、体を起こすとキッチンで朝食を作る燈子の背中が見えた。
やってしまった、それが起床した宗吾が最初に思った事。昨夜は泊るつもりなど無かった。しかし予想外のジョッキに赤霧ロック、そして燈子との晩酌で完全に酔ってしまった宗吾は、リビングのソファーに腰かけた記憶を最後に途切れてしまった。最近の仕事の忙しさも相俟って、熟睡してしまった。
ソファーから降り、受刑者のようにキッチンへと入る宗吾。そのまま燈子の背中へと。
「おはようございます……」
「あら、起きたのね。おはよう」
当たり前のように挨拶を返してくれる燈子。時計を見るとすでに朝の九時を過ぎている。
「……すみません、寝るつもりは無かったのですが……」
「別にいいわよ。紗弥の部屋に布団あったでしょ? 使えばよかったのに」
「勘弁してください……。紗弥さんは?」
「もう大学行ったわ」
シンクには紗弥が食べた後と思われる食器が降ろしてある。宗吾は眉間を抑えながら、燈子へと水を一杯くれと申請しつつコップを手に。
「朝ご飯、食べるでしょ?」
「……すみません、頂きます……」
「いちいち謝らなくてもいいわ。もうすぐ息子になるかもしれないんだから」
「いや、あの……」
「今日仕事は?」
宗吾は本日は空いている、と燈子に告げながら、用意された朝ご飯一式が乗ったお盆を持たされリビングに。どうやら燈子は紗弥と共に朝食を済ませたようだ。しかしそこで宗吾はハッとする。もしや自分の寝顔を見ながら、二人は朝食を摂ったのでは……と。
「今日空いてるなら、ちょっと付き合ってくれない?」
「え、あぁ、はい、喜んで……買い物ですか?」
「そう。あと墓参り」
墓参り。それは紗弥の父親であり、燈子の夫の。
明日は紗弥の誕生日にして、父親の命日でもある。
「墓参りは……今日行くんですね」
「明日は紗弥の誕生日だもの。娘の誕生日を祝うのは最高の供養だと思わない? っていうか、そんな日に死ぬ方が悪いのよ。空気読めないわ、あの人」
ボロクソに言う燈子に顔を引きつらせながら、手を合わせ朝食を頂く宗吾。すると燈子は宗吾の向かいへと座りながら、一枚のチケットを。
「……それは?」
「明日、劇団真祖の最後の公演なんでしょ? 轟から貰ったの」
燈子に紗弥の事を知らせたのは轟監督だったか、と納得する宗吾。すべてあの男の手の平で踊らされてるような気がする。
「でも私は行け無いし、宗吾が変わりに行ってきて頂戴」
「いいんですか……?」
「良いも悪いも、私はまだ知らない体なんだから。行かない方がいいでしょ」
宗吾は躊躇がちに、箸を置きチケットを手に取る。すると出演者の所に、長谷川 唯の名前が。だが紗弥の名前も書いてある。
長谷川 唯は入院中では……? と宗吾は首を傾げる。
「なんかネットでも中継するみたい。私はそっち見るわ。実は最近タブレットを新調して……」
「燈子さん、例えばですが……いえ、もう聞いているかもしれませんが」
宗吾は燈子へと、紗弥が代役を務める事になった経緯を説明した。燈子の表情から何も知らされて無かった事を察した宗吾。
「その、長谷川さんの代わりに紗弥が? 長谷川さんに役者を辞めさせるために?」
「ええ、轟監督の意図は正確には分かりかねますが……。役者を辞めさせる云々はあくまで私の予想というか……」
「ありえないわよ」
きっぱりと断言する燈子。宗吾はその心は……と理由を尋ねる。
「役に呑まれて飛び降りるような役者が、他人の芝居見たくらいで諦めれるなら苦労しないわ。その長谷川さんが入院してるのは……本当に怪我だけが原因なの?」
「……いえ、私は見舞いにいったわけではありませんので……」
「……買い物は中止。その病院に行くわよ」
「いや、あの……燈子さん?」
燈子にさっさと食え、と言われて急ぎ朝食を流し込む宗吾。
そして二人は、長谷川 唯が入院している大学病院へと赴くのであった。
※
一方、轟 大地も宗吾と同じく本日はフリーの状態。平日なのだから高校に行くべきだと思いつつ、大地はマンションの一室でベッドに座りつつ、スマホを握り締めていた。
これが恋なのか、と言われれば大地は分からないと答えるだろう。今自分が持っている感情は嫉妬なのか、それとも宗吾に『迷惑だ』と言われてショックを受けているのか。
「……迷惑……紗弥さんに関わるのが、迷惑……」
紗弥にとっては迷惑だったのだろうか、と思い悩む大地。迷惑をかけていたのなら謝りたい。しかしその電話すらも迷惑だったら? そうなると直接出向いて頭を下げるなど以ての外。更に紗弥は迷惑がるだろう。
だが大地の心の中には、いつのまにか紗弥が住み着いていた。いつでもどこでも、紗弥の姿が心の中から消えない。紗弥を想うだけで幸せな気分になる。だが今は、紗弥の事を考えると罪悪感が浮かんでくる。
これは恋なのか。他人に今の気持ちを吐露すれば、それは恋だと答えられるかもしれない。もし恋だったと仮定して、今自分がすべきことは何か。大地はスマホの画面をタップし、紗弥の番号が表示された画面を見つめる。
「たとえ迷惑だったとしても……いや、迷惑だったのなら……一言だけでも……」
ただ紗弥の声が聴きたいだけなのでは、という自問自答は考えないようにしつつ、通話ボタンを押そうとした直後、轟監督から電話がかかってくる。大地を引き取り、養父となった男から。
大地は一瞬驚きつつも、電話を取る。
「……何? 仕事?」
『いや、お前最近、漆原の娘に電話かけてるらしいな』
何故それを、と怪訝な顔をする大地。どうして知っている、と問いただそうとして気付いた。どうしてと言われたら一つしかない。
宗吾だ、宗吾がチクったのだ、と大地は確信する。実際は紗弥が直接苦情を訴えたのだが。
「……で、何」
『もうやめろ。その代わり……姉に合わせてやる。今日は仕事無いだろ』
「……姉さん!? 見つかったの?」
『あぁ。お前の姉……今入院してる』
入院? 何故だ、何故姉が入院を……と大地が考える暇もなく、その養父は続けざまに
『お前の姉……実は……』
※
長谷川 唯が入院する、新宿の大学病院へと到着した宗吾と燈子。その病院に燈子は知り会いの医者がいた為、事前に連絡して長谷川 唯の事について調べて貰っていた。ちなみにいくら知り合いだからと言って、入院患者の情報を他人に流す事は滅多にない、いや絶対にない。ここは燈子の人望と言うべきか。
燈子は指定された病院のロビーへと赴くと、白衣の初老の男性が手招きしてくる。そして個室へと案内され、パイプ椅子を進められた宗吾と燈子は静かに着席。目の前に長谷川 唯の物と思われるカルテが。
「本当は駄目なんだけどね、燈子さんがどうしてもって言うから……」
「ごめんね、今度奢るから」
「まあ、いいんだけど……いや、良く無いんだけど……」
初老の男性は罪悪感を隠せないのか、終始渋い顔を。
「それで、長谷川 唯さんについてなんだけど……彼女、一月前程に高所からの転落で……」
やはり、と宗吾は思う。役に呑まれて飛び降りたのだ、と。
「怪我の具合は? 退院できそうなのはどのくらい?」
燈子の質問に、医者は渋い顔を。カルテを眺めつつ、躊躇いがちに
「退院は……しばらく無理そうだね」
「……彼女、やっぱりすごい大怪我なのね」
「いや、転落した時の怪我もそうなんだけど……彼女、癌を患っていて……」




