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第十二話

 紗弥を自宅まで送り届けた宗吾。色々と紗弥には聞きたい事があり、本来の目的である紗弥の相談というのも気になる。その為、共に漆原家の玄関へと入ると燈子がまたもや仁王立ちして待ち構えた。宗吾にとっては初めてだが、紗弥にとっては二回連続の光景。


「……宗吾、うちではパンダは飼えないわ」


「お母さん! 私だって! 紗弥!」


 燈子は分かっていながらも、元の場所に戻してらっしゃいと冗談っぽく。その後、こんな時間まで何をしていた、もっと早くに帰りなさいと紗弥を叱りつけつつ、風呂へと行かせた。宗吾はそんな親子の光景を眺めながら微笑ましいと思うも、不安を抱えていた。


「宗吾、何か話でもあるの?」


「……まあ、少し」


「ちょうどいいわ、晩酌付き合いなさい」


 パンダの背中が風呂場へと入ったのを確認し、まるで宗吾の心を見透かしたような燈子の発言。宗吾は靴を揃え、出されたスリッパを履きつつリビングへと。何やら美味しそうな鍋の香りがする。


「今日の献立は鍋ですか」


「ちゃんこよ。食べてく?」


「頂きます」


 最近、忙しいのもあって宗吾は外食かコンビニのおにぎりで済ます程度だった。家に帰って暖かい空気なのも久しぶりすぎる。どこか体だけでなく心も温まる。


 燈子は取り皿(特大どんぶり)へと鍋の具をいくつかセレクトし、ついでにたっぷり汁もかけてやる。宗吾はその取り皿のサイズを見て、またか……と思いつつも決して口には出さない。本日は特大サイズの日らしい。


「ビールでいい?」


「ありがとうございます」


 燈子は宗吾へと缶ビールを手渡し、自身もフタをあけ乾杯しようと差し出した。宗吾も慌ててフタを開け対応。ささやかな乾杯のあと、二人は喉へとビールを流し込む。


「久しぶりね、こうして飲むのは」


「えぇ、そうですね……」


「で、話って何?」


 宗吾の特大どんぶりから具を取り、食べ始める燈子。このどんぶりは二人分だったのかと、宗吾は燈子の方へとどんぶりをよせ


「紗弥さんの事です。今……劇団真祖という所で活動していると……」


「知ってるわ」


 燈子の言葉に目を見開く宗吾。知ってるなら何故止めない、あれだけ説得して役者を辞めさせたというのに。


「止めないんですか?」


「もう止めたわよ。あの子は一度諦めてくれたわ」


「いや、しかし……」


「何、またあんた、私に泣きながら説得しろって言うの?」


 以前、燈子が紗弥を説得する場には、宗吾も立ち会っていた。最初は冷静に説き伏せようとする燈子は、しだいに涙ぐみ、最後にはまともに喋れない程に号泣していた。


「もうあんなみっともない真似できないわよ」


「いいんですか、紗弥さんが芝居を続ければ……」


 それ以上は言うなと、宗吾の目を見つめる燈子。

 ただ静かな視線なのに、とてつもない迫力を感じる。宗吾はつい目を逸らしながら、ビールをあおる。


「まあ、最初は私が言い出した事だしね。あんたの気遣いには感謝してるわよ。でももう……ああなったら無理よ。あの子は父親にそっくりだもの」


 紗弥の父親は既に他界している。燈子が紗弥を出産した、まさにの日……交通事故で亡くなったのだ。


「……それで……いいんですか」


 まだ納得していない宗吾へと、燈子は溜息を吐きながらビールを一口。

 そのまま「飲め」と無理やりに宗吾へも飲ませ、特大どんぶりから大きな豚肉を一口で。


「中々……ワイルドですね」


 燈子は肉を噛みしめ飲み込みながら、自身の胸の内を宗吾へと。


「私はいい母親でいたいのよ。あの子が帰ってきて、お風呂に入れて、暖かいご飯を食べさせてやりたいのよ。もう……あの子と喧嘩したくないのよ」


「……それは分かりますが……」


「分かってない! あんた、絶対分かってないでしょ!」


「酔ってます?」


 さらにビールを煽る燈子。もうこの際、酔った勢いで全部ぶちまけてやろうと意気込み、さらに肉を口の中へ。


「あんた、いつ結婚すんのよ」


「まだ考えてませんが……」


「紗弥を止めたいなら、今すぐあの子にプロポーズしてきなさい」


「やっぱり酔ってますね……」


「私は本気よ。私は、あの子と他人の子が同じ命の重さだなんて考えてない。私はそういう人間よ。あの子のためなら何でもやる、そう……思ってたわよ。でもね、そんな母親に幻滅するあの子が……目に浮かぶのよ。そんな母親がいる家に帰りたいと思う? 笑顔で……そんな母親が作ったご飯を美味しそうに食べてくれると思う?」


 宗吾はそこでようやく気が付いた。決して、紗弥が危険な道を渡ろうとしているのに、それを傍観するわけでは無い。危険な道には様々な障害が付きまとう。それで傷ついた紗弥が、安心して帰れる場所が要る。居ずらくなった家などでは傷は癒せない。


 しかしそれでも、紗弥が危険な道を渡ろうとしている事に変わりはない。


「私は面倒見切れませんよ。自分の事も……劇団の事もある。紗弥さんが芝居を続ければ……最悪のケースは常に付きまとう」


 宗吾は酔った勢いで、ハッキリとそう告げた。燈子は呆れた様にビールを飲もうとするがいつのまにか空だ。席を立ち新しいビールを取ってくる燈子。


「私が本気で紗弥を守るとするなら……もう部屋に軟禁するわ。一歩も外に出さない」


「いや、それは……」


「異常でしょ? でもあんたが言ってる事と何が違うのかしら。一歩外に出れば、交通事故にも遭うかもしれない。隕石が降ってくるかもしれない。宇宙人に改造されるかもしれない。いろんな危険はあるのよ。芝居を続けようが続けまいが……」


 それは極論すぎる、と宗吾は眉間へと指を当てて考える。だがここに来る前に飲んだ赤霧とビールが邪魔をして頭が回らない。


「まあ、でも……芝居続けさせない方法なら一つあるわ。さっきも言ったでしょ?」


「……紗弥さんの事は……私は妹としてしか……」


「本当に? あの子の隣で、あの子の体を撫でまわしてる他の男を想像してみなさい。私なら殺すわ」


 黙る宗吾。頭を抱えながら、ビールを最後まで飲み切る。

 そして紗弥が風呂から出てくる扉の音がした。宗吾はこれが最後の一言だと、燈子へ


「……同感です」




 ※




 三人を夕食を囲んだ後、宗吾も酔いを覚ます為シャワーを借りる。その後、紗弥の部屋へ。ノックをしつつ入室すると、紗弥は机で頭を抱えていた。どうやら大学のレポートに勤しんでいるようだ。


「大学の課題ですか。大変ですね。私は大学行ってないので……」


「うー……なんで行かなかったの、宗吾さん……めっちゃ頭いいくせに……」


「目的と合致しなかったからですよ、それだけです」


 そう答える宗吾は、先程の燈子の言葉を思い出す。一度諦めても諦めきれないのなら、もう無理だと。それはまさに自分にも当てはまるではないか、宗吾は劇団に集中するために大学へは進学しなかったのだから。


「ところで、相談というのは?」


 ベッドへと腰かける宗吾。腰かけた瞬間、場所を間違えたかもしれないと思いつつ、そっと床へと座り直す。


「あぁ、うん……実は……って、なんで床に。ベッド座っていいよ」


「ぁ、はい……」


 紗弥に言われて再びベッドへと。一体何をしているんだと眉間を抑え、自分を戒める宗吾。紗弥のパジャマ姿が眩しすぎて直視出来ない。


 宗吾へと体を向け、紗弥は事の発端から説明する。大地から連日電話がかかってくる事、その安眠を確保する為、轟監督の()()()()を承諾した事。そしてそのおつかいが、劇団真祖での女優の代理。さらにその女優というのが……


「大地君の……姉だったと?」


「うん、確認はしてないんだけど……顔がそっくりだったし……」


「……彼女は何故入院しているんです? 大怪我を負っていたという事ですが……」


「たぶん……飛び降りたんだと思う。結構高いところから……」


 さらに紗弥は宗吾へと説明する。彼女が劇団真祖、最後の公演での役について。演じるのは不治の病に苦しむ妹に苦悩する姉の役。元々映画で公開され、恐らく彼女はそれを見て演じようとした。しかし入り込むがあまり……


「まあ、あの大地君の姉なら……無くは無いですが、本当にそれだけなのでしょうか。恐らく彼女は……大地君を置いて去ってしまった事も……当然、後悔しているんでしょう。アイドルとして活躍する大地君の姿も、画面越しに見ながら」


「元気にアイドルしてるからって安心出来なかったんだね……唯さん……」


 むしろ逆だと思う宗吾。最近、アイドルの裏側をドキュメンタリー風に流すテレビ番組も多い。表向きに華やかに見える世界でも、裏側では厳しいのだと視聴者に植え付けている。しかし轟 大地は決してアイドルになった事を後悔しているわけではない。少なくとも宗吾はそう思っている。


「それで……話を統合するに、轟監督は唯さんを止めたがっていると? 役者としての道を絶たせようと、紗弥さんとの間に歴然の差があるのを見せつけて……」


「まあ、あのオッサンなら……考えそうな事だと思ったんだけど……」


 果たしてそうだろうか、と宗吾は思う。轟監督はああ見えて、本人の意志を尊重させる。長谷川 唯が役者を続けたがっているのなら、そうさせるだろう。


 しかし、確かに紗弥が代理を承諾して、その先に出会ったのが大地の姉というのは出来過ぎている感も否めない。轟監督にはなんらかの意図があったとしか思えない。それは本当に、役者の道を諦めさせる事なのか。


 ここにきて宗吾は、先程まで紗弥に役者の道を辞めさせようと、燈子へと直談判していた自分との矛盾に気が付いた。長谷川 唯は既に大怪我を負ってしまったのだ、これ以上芝居を続けさせるのは危険だというのは誰から見ても明らかだろう。しかし宗吾は、轟監督の別の意図を模索しようとしている。彼女に役者を辞めさせようとしているという事とは別の意図を。


「諦めても……諦めきれない……か」


「……宗吾さん?」


「とりあえず、大地君の電話の件は私が何とかします。今すぐに」


「へ?」


 宗吾は自分のスマホから、直接大地へと電話をかけ始めた。

 かけながら、一旦部屋から出ていく宗吾。紗弥は若干呆けつつも、部屋のドアへと張り付き会話を聞き取ろうとする。


「……えぇ、彼女も……そうです、正直……、えぇ、……ので……」


 よく聞こえない、と更に耳をドアへと張りつけるが、どうやら電話が終わったようで宗吾が扉を再び開け放った。


「うわわっ」


 突然開け放たれた事で、扉に体重を預けていた紗弥はよろめき、宗吾に受け止められる形に。

 自然と抱き抱えられるように。


「わ、宗吾さん……」


「……おやすみなさい」


「え? ぁ、ちょ」


 紗弥を部屋へと押し込み、自身は廊下で頭を抱える宗吾。


 彼女の体温と肌の感触が、まるで火傷のように消えない。

 妹だと思っていた筈だ、と宗吾は自問自答する。いつからか、彼女は妹だからと自分を納得させるように言い聞かせてきた。先程の大地への電話も、少々言葉が強く出てしまった。


『迷惑ですから』


 高校生の、姉が恋しいだけの少年に、その言葉は無いだろうと後悔するも、それくらい言わないと駄目だろうと思ってしまった。


 まるで、恋人を取られそうで必死になっているかのように。

 

 宗吾の中で、小さな意識が蕾へと変わっていく。








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