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第一話

 一枚の手紙がある。そこには何も書かれていない。ただの白紙だ。

 でも私はそれを手に取り、確かに綴られた文字を読み上げながら、一人世界に取り残された女の子を演じる。


 舞台の上、役者は私のみ。これはただの舞台だ。リアルに世界中の人類が滅んでしまったわけでは無い。

 でも私は役に入り込む。深く、深く、憧れた深海の住人になるように、怖いくらいの静けさと共に。


 観客席は既に目に入っていない。ここに人なんていない。私は世界中でたった一人の、唯一生き残った人間なのだから。


 その手紙は亡き父から。白紙の紙には確かに綴られている。愛する娘への想いが。

 それを読み上げるだけで、耳へと観客の鼻をすする音が聞こえてきた。


 

 私は今回のこの舞台で役者を辞める。

 

 理由なんて特にない。


 ただ……母親を泣かせてまで続ける価値はないと思っただけだ。




 ※




 最後の舞台はあっけなく終わった。帰り道、長年お世話になった劇団の兄弟子が、屋台のおでんを奢ってくれる事に。何気に私はこの兄弟子に恋をしている。叶わないと分かっているけど。


「これで最後ですか。もう貴方と舞台に立てないと思うと……残念ですよ、紗弥さん」


「どうもッス……」


 兄弟子は最後まで私に対して敬語だ。私は今年で大学生。小学生から子役として一緒の劇団にいるのに、この人はずっと敬語で接してくる。叶わない、と思うのはその辺が理由だ。この人はきっと私の事なんて眼中にない。


「……そういえば、テレビドラマの仕事が入りましてね。主演はなんと、あの(とどろき) 大地(だいち)ですよ」


「……あぁ、あのアイドルの……宗吾(そうご)さんが助演ですか?」


「ええ、そうです」


 日本酒を一口含みつつ、頷く宗吾さん。私も玉子を汁の中で割って、それを溶かしつつ汁を飲み干す。やばい、沁みる……。


「おめでとうございます、アイドルと共演。これで売れれば、うちの劇団も安泰ですね」


「……本当なら、貴方の出演も話にあったんですよ。でも、流石に大女優のお母様に釘を刺されては……ね」


「元、ですよ。元大女優。今はソファーで寝転がってるだけのトドですから」


 なんてこと言うんだ、と宗吾さんは日本酒を吹き出しそうに。

 どうやら酔ってきたようだ。しかし私が劇団を去る事が本当に残念だと何度も呟きながら、屋台の店主に日本酒のおかわりを頼む宗吾さん。


「……大丈夫ですか? もう何杯目……」


「酔いに任せて、最後に押し倒そうかと思いまして……」


 ……ん!?

 相当に酔っていらっしゃる!


「か、かもんべいびー……」


「勿論冗談ですよ。というか、流石に古くないですか、それは」


 ハメられた。自分の顔が燃えてるのが分かる。いっそのこと、このまま炭と化したい。へい、オヤジ! 私にも酒を! としたいのは山々だが、残念ながら私はまだ未成年。投票権はあるのに飲酒権は無いのは何故なのか。


「……まあ、もう夜も遅いですし、今日はこのくらいにしておきましょうか。すみません、お会計お願いします」


「あいよー」




 ※





 家まで電車と徒歩で送ってもらい、門の前で別れた。兄弟子の背中が見えなくなるまで見送る。酔っていても、足取りはちゃんとしていた。実は本当に押し倒されるのでは、と少し期待してみたが、やはり私はあの人にとってまだ子供らしい。歳も七つほど離れてるし。


「ただいまー」


 家の中に入りつつ、お決まりの台詞を。すると待っていたかのように……いや、まさに待っていたんだろう。元大女優の母親がリビングから玄関に続く廊下へと出てきた。大女優とは思えない部屋着の、だるんだるんのスウェット姿。しかし流石に体系は維持している。ただ単に太れないだけかもしれないが。


「……遅かったわね」


「おでん、奢ってもらってきた」


 靴を下駄箱の中に入れつつ、母親へと真正面から向き合い……軽く一礼。

 

「……辞めてきた。今まで我儘聞いてくれてありがとう、お母さん」


「……恨んでもいいのよ」


 正直に言うが、微塵も恨んでなどいない。

 確かに最初は母親に憧れて役者を目指した。女優になる事が自分の夢だと思った時期もあった。だが私は向いてない。元々から才能が無かったのだ。役に入り込む事は出来ても、私はそこから戻ってくる能力が欠落していたのだから。有名な某ハリウッド女優も、その能力が足りなくて鬱病になり自殺した。母親はそれを恐れているのだろう。


「恨むなんてとんでもない。これで堂々と私は親のすね齧りながら生きていけるんだから」


 笑顔でそう言うと、母親は大きく溜息を吐きながら、手をプラプラ振りつつリビングへと引っ込んでいく。私も母親の後に続いていくと、なんだかいい匂いがした。これは……ケーキの香りだ。


「何も思いつかなくて……とりあえず買ってきたの」


「うむ、ご苦労」


 私の言葉に、母親に笑顔が戻った。偉そうに、それが親に向かっていう台詞か、と笑いながら。

 そのまま冗談を言い合いながら、美味しく直径三十センチ程のホールケーキを二人で平らげた。ちなみに父は既に他界している。もし私がこのまま夢を追いかけ続けて……本当に鬱になって自殺なんてしてしまったら……。


 きっと母は恨むだろう。かつて栄華を極めた、その自分の人生そのものを。

 そんなのは嫌だ。絶対に……嫌だ。




 ※




 翌日、ちょっと寝坊したようだ。時計の針はもうすぐ正午を指し示そうとしている。そしてエアコンがいつのまにか切れていて、私は汗だくで目覚める事に。よく途中で起きなかったな、私。このままでは熱中症になってしまう。


「お母さーん、エアコンいつのまにか消れて……って、あれ?」


 母親の姿が無い。代わりに机の上には置手紙が。


 ……手紙?

 待て、違う、違う、これはあの舞台じゃない。

 私は取り残されたわけじゃない、落ち着け、落ち着け……!



「……はぁ……」


 一度深呼吸しつつ、母が残したであろう置手紙を読むと、そこにはママさんバレーの仲間達とケーキ食べ放題に行くという旨が。いやケーキって……昨日散々食ったのに、まだ食う気か。どうなってんだ、あの人の胃袋は。


「とりあえず着替えよ……」


 もう汗だくのだくだく。パジャマを絞れば滴り落ちる程に。

 そのまま脱ごうとした時、インターホンが鳴り響いた。ええい、朝から忙しい。なんだ、ア〇ゾンか? またいつか置物になる健康グッズを母は購入したのか?


「はーい、どちらさまですかー」


 リビングからカメラ越しに来訪者を確認。するとサングラスにマスク、そしてキャップという怪しすぎる人物が映っていた。


 え、誰? マジで怖い。警察に電話した方が……。


『……突然申し訳ありません、僕……私は轟大地という者ですが……』


 ……轟大地? まさか……兄弟子と共演するアイドル?


「ちょ、ちょっと待って……!」


 いかん、こんな姿でアイドルをお出迎えするわけには……!

 急ぎパジャマを脱ぎ捨て、直ぐに着れる服を……ってー! 寝起きで顔も滅茶苦茶だ! 時よ止まってくれ! っていうか何でいきなりアイドルが家に!


 ええい、もう知らん、いきなりきたコイツが悪いんだ。あとで母に通報して事務所に苦情言ってもらおう!



 ※




「急にお邪魔してしまい……申し訳ありません……」


 とりあえずジャージ姿でアイドルをお出迎えした私。

 テレビで見るのより……随分華奢だな。年齢は確かまだ高校生になり立てくらいだった筈だ。


「……で、何の用?」


 アイドルを前にして、まるで元カレに復縁を迫られている女のように不機嫌極まりない態度の私。勿論彼氏なんて居たこと無いが。


「……えっと、実は……」


 (とどろき)大地だいち。十六歳。甘い顔と歌唱力で某アイドルグループのトップに立った男。

 彼は突然の来訪を詫びつつ、その理由をたどたどしく語った。


「私に演技を教えて頂きたく……」


 彼は役者としてのキャリアは無に等しいらしく、私を頼ってきたようだ。どうやら私の居た劇団の団長の勧めらしい。無責任な事しやがって……あのクソジジイ。


「……ごめん、無理」


「な、なんでですか?」


「舞台とテレビじゃ……そもそも違うのよ。テレビは当然ながらカメラがあるでしょ? 私は舞台しかしらないし……」


「ど、どう違うんですか?」


 ええい、そこからか! 

 というか面倒くさい。


「……ドラマってどんなドラマ? 君の役はどんなの?」


「えっと……親友を些細な口論の末に殺してしまって……それを隠しつつ学園生活を送るって言う……」


 えぐっ! そんなの普通アイドルにやらせるか?! それも役者でも無い子に!

 

「毎晩枕元に親友の幽霊が出て……それに苛まれつつ、学校で女の子に恋もしちゃうっていう……」


「へ、へー……分かった。メソッド演技って知ってる? 私その幽霊やるから。覚えて」


「……はい?」


 深い、深い深海へと入り込む。


 私は殺された。

 親友だと思ってたのに。あんな些細な事で殺された。

 それなのに、お前はなんで……そのまま学校に行ったりして……恋とかして……


 ゆっくり私は()()を見る。恨めしそうに……。



「え? ……っ!」



 後日、彼は私の兄弟子に語ったという。

 人生で初めて……幽霊を見たと。


 

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