【短編】5年ぶりに再会した幼馴染の押しが強い
「女の子だったら、ゆーくんのお嫁さんになれたのになぁ」
「なに言ってんだお前」
あれは確か9歳の時か。二人で遊んでいる時の他愛のない会話だったが今でもよく覚えている。
当時の俺はつっけんどんにそう返しながらも、アイツの外見のせいで幼心に内心は少しどきっとしたはずだ、確か。
何せ当時のアイツは、外見はまんま美少女だったからな。
俺には幼馴染がいた。
須藤 真輝。スウェーデン人とのクォーターでプラチナブロンドという珍しい髪の色をしたそいつは、同い年で家も隣同士という非常にわかりやすい産まれながらの幼馴染だった。
線も細く肌の色も白かったアイツは物心ついた頃から俺にべったりで、どこに行くのにもぴょこぴょこついてきた。そんな関係は、いつまでも続くと子供心に思っていた。
11歳の時、真輝が姿を消すその日まで。
ある日の夜、アイツは忽然と姿を消した。
外出した気配もなく、また逆に何者かが侵入した痕跡もなく、ただ忽然と寝ていたハズのアイツの姿だけが消えていたそうだ。そしてそれ以降アイツのご両親も俺達友人も必死に探しまわったが、その消息どころか一切の痕跡を見つける事すらできなかった。
そして、5年の月日が流れ。
忘れることができず、99%無理だと思いながらも1%の希望を抱いてアイツの帰りを待つ俺達の元にあいつはまるで遊びから帰ってきたの様に、ひょっこりと帰って来た。
「ただいま、ゆーくん」
その胸に豊満なおっぱいを抱えて。
◇◆
翌日。
──なんでいきなり一日飛んだかというと、あの後アイツをご両親に引き渡したのだ。
アイツ、帰ってきてから一度も家に帰らず、まっすぐウチにやって来たらしい。いや、真っ先に会いに来てくれたのは素直に嬉しいけど、さすがに両親に先に顔を見せに行けよ……
ということで、そのままアイツを隣の家へ連行した。
おばさんはその姿を見て一瞬呆けた後、号泣した。
すでに出勤済みだったおじさんはおふくろさんに即座に呼び戻されたらしい。更には親類や近所の人たちも集まって、昨日は隣の家は夜中まで大騒ぎだった。ウチの両親も参加していたし。
俺も参加しようかと思ったけど、最初にあってくれた分軽く話は出来たし、他の人に譲る事にしていかなかった。その代わり明日ゆっくりと話をしようと、母親に伝言だけ頼んだ。
そして今、アイツは俺の側にいる。
というか、胡坐をかいた膝の上に座っていた。
なんでこうなったかというと、今俺の体に頬をこすりつけている真輝が強引にこの体勢に持ってきたのである。
体は大きくなったとはいえ線が細いままのコイツの力に何故か抵抗できず、気が付けばこの体勢であった。
「なぁ、真輝」
「なに? ゆーくん」
「俺はお前と話がしたいんだが」
「うん、僕も一杯お話したいよ。昨日は結局あんまり話させてくれなかったし……」
「いや昨日のは仕方ないだろ。おばさん達がどれだけこれまで心配してたと思うんだ」
「……それは分かってるよ。なんで昨日は一杯謝った。それに昨日は3人一緒に寝たんだよ? パパもママも離してくれなくて」
姿を消していた息子が、急に帰ってきたらそうもなるだろ。
ちなみに今日うちに来るときは玄関までおばさんが連れてきていた。
おばさん、目のあたり腫れぼったかったな。きっとずっと泣いていたんだろう。去り際におばさんが言った「真輝をお願いね」というのはこいつから目を離さないでってことだろうな。
「でも、今日はゆーくんとずっと一緒にいられるからね? 一杯お話しよーね」
「ああ、聞きたいことは数え切れないほどあるし、俺もたくさんをお話したい。でもその前に降りてくれないか? 話しづらいし」
「やだ。僕、今日はゆーくんとできるだけくっついていたいし」
「だからってくっつきすぎだろう!?」
俺が落ち着かないんだよこの体勢!
なんかいい匂いするし、なにより深く座って来てるせいで柔らかい尻が尻が尻が。
「えー、昔はよくやってたじゃない」
「幼稚園の頃はな!?」
同性同士だったし、小学校になってからはコイツを膝の上には乗せたことはない。
──そう、同性同士だったはずなんだ。
元々女の子のような外見ではあったが、真輝は立派な男の子だった。一緒に風呂に入った事もあるので間違いない。
だが今のこいつはそこかしこがぷにぷにして、お尻の肉付きもよく、そしてなによりその胸に立派なものを携えている。
しかもコイツの今日の格好、丁度いい服がなかったのか少しサイズの大きな服を着ているせいで俺の位置からだと胸の谷間が──こいつは男の幼馴染、男の幼馴染、男の幼馴染。
お経のように頭の中でそう唱えるが、すぐに感触に上書きされる。うわ、俺の理性脆すぎ……?
俺は無言で真輝の腰へと手を伸ばす。そして
「あっ、こら、ゆーくん!」
真輝の腰をずりずりと前へとずらし……あ、おいこらやめろ! 尻を押し付けてくるんじゃない! 大惨事が発生しちゃう!
「ん! これでよしと!」
満足気な真輝の声。
しくしく、押し負けた。こいつの尻はむしろ先程迄よりも、ぴったりと俺の体に密着していた。
「……なぁ真輝、その、いやじゃないのか? 感触とか」
「なんで?」
言っている意味が解らないって顔で聞き返された。
いやだって今女の子の姿になっているけど元は男だろ? 普通はその、嫌じゃない? 今なんとかギリギリ抑え込んではいるけどさ。
「んー、僕のお尻の感触嫌?」
嫌じゃないから困ってるんだよなぁ!
「あ、じゃあ向き変える? 向き合う?」
「やめてくださいしんでしまいます」
女の子と付き合った事もない俺が今のコイツとそんな体勢になったら、多分心臓が止まる。
「……どうしても俺から離れる気はないわけね」
「ん!」
コイツ昔こんなにベタベタしてきたっけ……。
はぁ、とため息を吐く。何を考えているのか、真輝は俺から離れる気は全くないらしい。これ以上抵抗すると状況が悪化しそうな気がするので、俺はコイツを膝の上から降ろす事を断念した。今も俺を惑わしている感触は、話しているうちに気にならなくなってくるだろう。多分おそらくきっと。
さて、そうしたら何から聞くか。
この5年間に関して、聞きたいことはたくさんある。──だけどまずは目の前で膨らんでいるこれだよな。
「なぁ、真輝。ちょっとアレなこと聞くけど?」
「なんでも聞いて! ゆーくんの質問ならなんでも答えるから」
「あのさ、その胸……」
「ゆーくんのだから揉んでいいよ?」
「違ぇよ!」
その胸揉んでいいとか聞くと思ったのか!? 5年ぶりに再会した幼馴染にいきなり胸を揉ませろとかいう変態だとでも思われてるのか!?
「違うの?」
「違う! というかなんでお前そんなに胸が育ってんだよ」
「5年間ずっとゆーくんのこと思ってたらすくすく育っちゃった」
「いやそもそもなんで胸が膨らんでるんだ?」
「今の僕が女の子だからだよ?」
「……そこだよ。なんでお前女の子になってんの? 5年前までは確かに男の子だったよな?」
「そんな過去は忘れたよ」
それは忘れていないやつが吐くセリフだ。
「あ、でもゆーくんと過ごした日々はちゃんと覚えてるから安心してね」
ようするに記憶を改竄しているんだな?
「とにかく、僕は女の子だから。証拠見せようか?」
「いや、いい。今の状態でわかる」
ここでうんと答えたときにこいつがが取る行動が予想できたので、俺は即座に首を振る。
「まぁ、うん。今のお前が女の子になっているのは納得しておこう。……なぁ、真輝。一体この5年間に何があったんだ?」
「……長くなるよ?」
「わかってる」
5年間、しかも性別が変わる程の出来事に関する話だ、すぐ終わるような話ではないだろう。だけど、
「でも、これからの俺達にはたっぷり時間があるんだ、ゆっくり聞かせてくれ。もうお前はどこにもいかないんだろう?」
そう肩を掴んで問いかけると、何故か真輝の白い肌が朱くなった。
「もも勿論だよゆーくん! これから僕たちはずっと一緒に過ごすんだ。一緒の学校にいって、一緒のお家に住んで、一緒に子供を育てて、一緒のお墓に入って」
「まてまてまてまて」
とろんとした目でとんでもないことを言い出す真輝を、俺は慌てて止める。
「来世でもずっと一緒……何?」
「いやいやいやお墓とか子供とかなんの話だ?」
「僕達の将来の話だよ? ねぇ、子供は何人がいいかな?」
「マジで何の話だ!」
「え、だってゆーくんさっきプロポーズ……」
「してないが!?」
「どこにもいくなって、ずっと俺の側にいろってことじゃないの?」
「違ーうっ!」
「そっかぁ、残念……」
本当に残念そうな顔をする真輝。
この時点で流石に俺も気づく。こいつ、昔言ったように本気で俺の嫁になる気だな!?
「ねぇ、お嫁さん僕じゃだめなの? 今の僕赤ちゃんも産めるんだよ?」
ストレートに来た!
俺は少しだけ考えて、上目遣いに膝の上で振り返ってこちらを見上げてくる真輝に答える。
「……今はそういった事は考えられないよ。もう会えないと思っていた真輝が帰って来たことが嬉しくて、それ以上は考えきれない」
これはその場限りの嘘ではない。本心だ。今は真輝が帰って来たという事実が大きくて、これからの事などすぐに考えられるはずがない。
「そっかぁ……あ、ゆーくん今付き合っている彼女とかいないよね」
「いないけど……」
「おっけ。じゃあ僕これから頑張るよ」
何を頑張るかは聞かないでおく。
とりあえずこの方向で話が進むと不味い事になりそうなので、軌道修正をしよう。
「それで、お前に一体何があったんだ? 時間がかかってもいいから聞かせてくれ」
「あ、うん。じゃあ順に話すね」
「ああ」
「あのね、あの日──僕が消えた時なんだけど、夜寝ていると急に気が付いたら知らない空間にいたんだ。なんか真っ白な部屋みたいなとこ。こんな感じで正方形で」
そういって真輝は正方形の形に手を動かす。……動くと柔らかい所がむにむにと当たってくるから、あまり動かないで欲しいんだが……。
「それでね、目の前に女神さまが現れたんだ」
「……はぁ?」
突然出てきた突拍子のないワードに俺が思わず声を上げると、真輝は振り向いて
「あ、この先いろいろ突っ込みどころが多い話になると思うけどすべて事実だから。適当に流してね」
「わ、わかった」
「それでね。その女神様がいうんだよ。貴女には我々の世界を守る力がある。どうか我々の世界にきて力を貸して欲しいと。それに対して僕は即答したんだ、『嫌です』って」
「……当然だな」
いきなり出てきて手を貸せって言われたって、こっちに手を貸す理由は何もないもんな。
「ゆーくんと離れるの嫌だったし。でね、そしたら女神様焦っちゃって、慌てて言うんだよ、『代わりにあなたの望みを一つ叶えます』って」
「ラノベとかでありそうな展開だな」
「だから僕は聞いてみたんだ、『僕を女の子に出来ますか』って。そしたら『それならいけます』って答えたんで僕は『じゃあやります』って答えたんだ。そしたら気が付いたら女の子になって見知らぬ世界にいた」
「……」
「そしてその後なんやかんやあって4年後に魔族のボスを倒して帰って来たんだ」
「短っ! 長いんじゃなかったのか……というか端折りすぎだろ!」
「いや話すと本当に長いんだけど、別に僕が女の子になった理由とは関係ないしどうでもいいかなと途中で思って。そんな事より僕ゆーくんの話聞きたいし」
「そんな事よりってお前……ん、4年前?」
「どしたの?」
「いろいろ置いといて聞くけど、魔族のボスを倒したのって4年前なんだよな? 残りの1年なにしてたんだ?」
「あー……あのさ、いざこっちに帰って来ようとしたら僕をこっちに返したくない向こうの世界の人たちが妨害してきてさ。僕をこっちに返そうとした女神さまに反乱を起こしてね」
そう言って真輝はぷーっと頬を膨らます。ああもう、可愛いなぁ畜生。
「ま、それはすぐに叩き潰したんだけど。なんか彼ら女神様が僕を無理やり帰そうとしてると思い込んでたらしくて……僕はずっと終わったら帰るっていってたのにね? ほんとちゃんと人の話聞いてなくてぷんすこだよ。でまぁ、そのせいで女神様の力が一時的に落ちちゃって帰れなくなったんだ」
「……そっか、それで女神様とやらの力が回復するまで帰ってこれなかったのか」
「違うよ? だって女神様の力ってそんなにすぐ回復するわけじゃないし」
「じゃあどうやって帰って来たんだ?」
「女神さまが教えてくれたんだけど、先史文明の遺跡に世界を渡る魔法陣があってね、それ起動して帰って来た。ただ……」
そう真輝が言葉を続けようとした時だった。家の外の方からいくつかの声が響いた。
「真輝! 向こうの世界に戻って俺と幸せな家庭を築こう!」
「真輝様! 我々の世界にはあなたがまだ必要なのです! 戻ってください!」
「真輝君!」「真輝殿!」
次々と様々な声で呼ばれる真輝の名前。というかプロポーズも混じってなかったか今?
その呼び声を聴いて、真輝は俺の膝の上から立ち上がった。
「……真輝?」
「その使った魔法陣さ、しばらく開いたままになるみたいで。何人かこっちについてきちゃったんだよね。ちょっと待っててねゆーくん──黙らせてくるから」
そうやって天使のような微笑みを浮かべると、真輝は何もない空間からでかい剣を取り出し部屋を出て行った。
そんな理解の範疇を超える光景を目にし、アイツの姿を呆然と見送りながら、俺は一つの未来を感じ取っていた。
真輝の帰還と共に、平穏だが虚ろな俺の日常はきっと終わりを迎えたのだと。
気が向いたら評価などとして頂けるととても嬉しいです。
2022/07/05追記
現実世界〔恋愛〕の日刊ランキングで18位という見たこともない順位を達成しました! 本当にありがとうございます。
真輝のキャラを動かすのが楽しいので、もしかしたら別のエピソードを書くかもしれません(ネタ自体はあるので)。その時はまたお付き合い頂けると幸いです。