表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/60

第8話 幽霊屋敷のピアノと指輪の力



 私は今、辺境にある実家で休暇を過ごしている最中だ。


 二週間ここで過ごす予定だけれど、なんだかんだで半分経過。さっきちょうど学園で出された課題が一段落ついたところ。


 今は調理場でお菓子を焼いている。たくさん作ったのでお隣のシオンにもあげよう。


 バスケットに焼菓子をいれて玄関を出ようとしたら、おじ様のお屋敷前に馬車が停まった。


 そこから降りてきたのはユリウス。大きな鞄をさげている。


 私は彼に駆け寄った。


 「ユーリ、」

 「やあリリアナ。今日も可愛いね」


 淡い茶髪が風に揺れる。今まで気づかなかったけれどユリウスもまた美しい容姿なのだ。そんな彼が社交辞令とはいえモブに可愛いといってくれるなんて嬉しい。


 「カールトンさんの所にもピアノがあるだろう?調律を頼まれていてね」


 並んでおじ様の玄関にいくと使用人が顔を出す。すでに調律師が来ることは聞いているのだろう。すぐに中へ入れてくれた。


 おじ様とおば様もやってくる。


 「ありがとうユリウス君、忙しいのに申し訳ない」

 「いえ、気にしないでください。大体この町の楽器は把握していますので」


 ユリウスは爽やかにそう答えると鞄から紙の束を取り出す。そこには様々な家にある楽器の一覧と確認項目が記されていた。


 このカールトン家のピアノも予定に入っていたのか、ごく当たり前のように調律器具をだし作業を始めている。


 私はそれを興味深く眺めていた。


 「あらとても良い匂いね。リリアナちゃんそれは焼菓子かしら」

 「はい。たった今焼き上がったばかりで。そうだ、皆でお茶にしませんか?」


 「うふふ。そうしましょう」


 おば様が嬉しそうにバスケットを抱える。お茶の用意をすると台所へ消えていった。


 「そうそう、リリアナちゃん。シオン君を呼んで来てくれないかい?部屋にいると思うから」

 「わかりました」


 シオンはずっと自室にこもり勉強中らしい。私は二階にあがると彼の部屋の扉を軽くたたく。


 反応がない。


 寝ているのかな。


 そっと扉を開けると机に彼の姿はなかった。ベッドを見るとそこに長い足があった。シオンのだ。


 足音を立てないよう近づく。読みかけの本が掛布の上にあった。どうやら横になり読書しているうちに眠ってしまったようだ。


 無防備なその寝顔。


 つい忘れそうになってしまうけど。彼はゲームの攻略対象。こんなあどけない姿、どんなスチルにもなかった。


 「ん、……りりあな……」


 シオンの寝言にドキリとする。もしかして私の夢でも見てるのかな。


 近くによってもっとちゃんと聞こうとしたらふっと彼の瞳が開いた。


 「ひゃっ、」

 「え、リリアナ?」


 驚いてシオンが起き上がる。私もびっくりして床にしりもちをついてしまった。


 「大丈夫か?」

 「う、うん」


 彼に助け起こされる。


 皆でお茶をするので呼びにきたことを伝えると彼はわかったと頷いた。


 「シオンたらあんまり気持ち良さそうに寝てたから。起こすのためらっちゃった」

 「ここにいるとつい気が抜けるんだ。ふとしたら眠ってしまって」


 おじ様のお屋敷は落ち着くらしい。静かだしやっぱり田舎だからかな。


 客間に行くとすでにお茶の準備がされていた。調律が終わったユリウスも席についている。


 「お待たせしました」

 「さあ、リリアナちゃんもシオン君も座って。お茶にしよう」


 おじ様おば様に促され席につく。


 テーブルには私が作ってきた焼菓子も並んでいる。たくさん作ってきて良かった。私達は和やかな雰囲気でお茶を楽しんだ。


 そんな中、ユリウスは焼菓子をつまみながら書類をみている。そこには沢山の名前が書かれていた。


 「……はぁ。まいったな」


 ため息をつくユリウスの顔をみる。困り顔だ。


 「どうしたの?」


 次にうかがう屋敷があり、そこはなんでもいわく付きの場所らしい。


 私が不思議そうに首を傾げているとおじ様が教えてくれた。


 「ああ。そこは幽霊屋敷だろう。昔ある事件があって一家離散後しばらく空き家でね。数年前に夫婦が越してきたんだがそういう現象は気にならない感じだったが」


 「えっ、幽霊?」


 私がぎょっとして声をだす。隣でシオンがそんなもの迷信だと呟いた。


 「幽霊はともかく、ピアノが夜中勝手に鳴り出すらしくて……それを直してほしいと言われてもなぁ」


 え、とユリウスを見る。ネズミか猫じゃないか。それを言ったら「違う」と返される。


 ここ数年それこそ夫婦が住むようになってから何度も同じ依頼があるようだ。そのたび見てもピアノにおかしな所はない。


 そして鳴るのは決まって夜中。


 「ねぇユーリ、私も――」

 「リリアナはダメ。危ない。何かあったらどうするの」


 なぜかシオンが私の言葉を遮った。幽霊がなにかするとでも思っているのだろうか。


 さっき幽霊は迷信だって言ってたよね。


 「大丈夫よ。私には指輪があるし」


 幽霊に魔導具の類いが有効か不明だがそう答えておく。シオンはどうにも納得いかない顔をしてきた。


 「それなら俺も行く。ピアノを確認したらすぐ帰る。いいねリリアナ」


 本来許可を取るべき調律師の存在を無視してシオンは私に宣言した。



◇◇◇



 そこは辺境の地でもかなり町から離れた場所。大きく古さを感じさせる屋敷だ。


 私達三人は馬車を降りた。大きな鞄をさげユリウスが扉をたたく。中から婦人がゆらりと顔をだした。


 一瞬、私達がいるのに驚いたのかシオンの顔を見つめている。それはそうだ。彼の容姿は目立つ。婦人すらも虜にしてしまいそうだ。


 「お待ちしていました。ユリウス様」

 「どうも。あれからピアノの調子はどうですか?」


 人好きのする笑みを浮かべユリウスが頭をさげる。婦人も同じように礼をしてくる。


 中へ案内される。屋敷内は薄暗くて寒い感じがした。日陰なのか古い造りだからか。それか幽霊屋敷という思い込みゆえか。


 ピアノのある部屋に入る。


 ユリウスがさっそく調律し始めた。婦人が紅茶を出してきたが彼はそれを口にせず集中し作業している。


 「ピアノが鳴るのは夜中というのは本当ですか?」


 シオンがふと婦人に声をかける。なぜか彼女はおどおどして「そうです」と掠れた声をだした。


 そんなピアノ処分してしまった方がいいと思うが婦人はそれはしたくないらしい。理由は夫がたまにピアノを弾きたがるからだ。


 そんな中ユリウスが顔をあげる。


 「奥様、やっぱりおかしな所はありません。今、鍵盤をたたいてみてもきちんと音は出ますし」

 「……そう、ですか。今の時間は平気なんです。変なのは夜中で……」


 ふぅとユリウスが目を伏せた。調律のたびに聞く言葉なのだろう。


 「奥様が気になるならピアノは新しく新調した方がいいかもしれません。さすがにこれ以上は私でも難しい」

 

 「そんな……わかりました。夫に聞いてみます」


 調律は終わった。そうして私達三人は屋敷を出ると馬車に乗った。


 私はぼんやりと窓の外をみる。


 「……ねぇシオン」

 「却下。夜中なんて危ない」


 まだなにも言ってないのにシオンには私の思考などお見通し。私達のやり取りにユリウスが苦笑する。


 「まあたしかに夜中にピアノを見てみれば幽霊かどうかはわかるな」

 「それならあなた一人ですべきだ。俺達は関係ない。あんな危険な所にリリアナを連れて行くなんて絶対にダメだ」


 シオンは頑として譲らない。


 もう彼の中であそこは危険な場所だと認識されている。


 「あの人は……どうなるの?」

 「それはリリアナが気にしなくていいことだ」


 「お願いシオン」と私は彼の空色の瞳をみる。シオンは沈黙する。そして降参したように息を吐き肩を落とした。



◇◇◇



 夜中。


 私達三人は日中訪問した幽霊屋敷の前にいる。夜に出るので、シオンがついているからと言ったら両親は許可してくれた。やはり彼の存在は信用絶大。


 窓からピアノのある部屋をのぞく。そこには誰の姿もない。真っ暗だ。


 けれどよく見るとソファーの端に人影がある。婦人だ。彼女はソファーに座りうつむいていた。


 ピアノの音はない。


 だが彼女は耳を塞いでいる。それは婦人にだけ聞こえる旋律なのか。


 「私、行ってくる」

 「リリアナ。正面から行くのは危険だ」


 シオンが私を引き留める。


 それなら良い手がある、とユリウスが器用に針金を使い窓の鍵を開けた。意外な特技に私とシオンはポカンと口を開ける。


 「すごいユーリ」

 「ふふ、こういうの得意なんだ」


 窓を開けそっと中に入る。婦人はぼうっとしているのか気づく様子はない。なにかブツブツと呟いている。


 試してみたいことがあった。


 私はピアノの前に座る。そして鍵盤に手をおいた。譜面はない。闇夜だからそれがあっても意味はない。


 鍵盤の位置さえわかれば暗くても弾ける。


 まずは序奏。婦人がその旋律に驚いて顔をあげた。ユリウスが部屋の灯りをつける。シオン達の存在に目を開いている。


 「あ、あなた達は……そうだ。この音。さっきまで鳴っていたのと少し違うけど。でも同じ曲だわ。ほら私の言った通りでしょう。壊れてるのよあのピアノ」


 私が壊れているわけではないの、と婦人はまるで取り憑かれたようにユリウス達に訴えた。その目はどこか血走っている。


 「壊れてる?」


 シオンがなんの感情も読めない冷めた瞳で婦人を見おろした。


 「そうよ。だって誰もいないのに音が鳴っているでしょう。今も。ほらあなた達の前でも」

 「一つ聞いてもいいですか奥様。……貴女の夫はどこにいますか?」


 「……えっ?」


 ユリウスの問いかけに婦人の顔が凍りついた。途端にガタガタと全身を震わせる。髪を振り乱し叫びだす。


 「違う!あの人はいるわ。あの時も私の所に帰ってきたのよ。だからもうどこにも行かないように――」


 私は指輪を外した。そしてまた同じ旋律を奏でる。


 婦人が息をとめた。その目は私に注がれている。


 「あなた……誰?いつの間にそんな所に?どうして、ピアノを、弾いて……」


 彼女の動揺はもっともだ。始めから婦人に私の姿は見えていなかった。


 つまりそれは。


 ユリウスが部屋を出る。彼女の夫を探しに行ったのだ。多分すぐ見つかる。なぜならあまりにもこの屋敷は腐敗臭がきつすぎる。


 「ああ、どうして。どうして……」

 「リリアナもういいだろう。帰ろう。ここは君がいて良い場所じゃない」


 「あの人が、あの人が悪いの……あの女の所に行こうとしたから……」


 婦人はブツブツと呟いている。そして懐からナイフを取り出した。それを私に向け襲ってくる。


 刺される。そう思った瞬間。


 シオンが婦人の手首に手套をあてる。そして倒れた彼女の持っていたナイフを蹴って遠くに飛ばした。


 「悪いが俺は彼女を傷つけようとする者には容赦しない」


 冷徹な瞳でシオンは婦人を見おろす。婦人はまるで恐ろしいものでもみるように震えあがった。


 彼は持っていた縄で彼女を縛る。


 婦人の夫の遺体は寝室で見つかった。ベッドの下に毛布にくるまれていたらしい。ユリウスが警邏を呼んでくるといって屋敷を出ていった。


 彼女に近づこうとした私はシオンにダメだと引き寄せられる。


 「リリアナ、指輪を嵌めて」

 「シオン……わかった」


 また指輪を嵌め直す。それを確認し彼は安心したようにその手にキスをした。



◇◇◇



 長い夜が終わった。


 なにがというか。婦人の夫の遺体を見つけてからが長かった。


 私達は警邏の聴取を受ける。けれど私は領主の娘ということもあり、ごく短時間で終わった。シオンやユリウスも同様だ。


 夫のそれには刃物で刺された痕がいくつもあった。婦人の持っていたナイフと似た切り口だったため凶器と認定された。


 婦人は拘束され連れていかれた。


 夫婦がこの屋敷に住み始めてまもなく。夫に愛人ができ帰ってくることがなくなった。


 ある時荷物を取りに夫が戻ってきた。婦人は刃物で脅し行くなと訴えた。揉み合っているうち夫を刺してしまったらしい。そのうち夫は息絶えた。


 これはあくまでも彼女の話だ。本当のところは誰にもわからない。そう、夫をのぞいては。


 ユリウスが肩をすくめる。


 「ピアノの幽霊に関してはこれで解決、かな」

 「さぁ。なんとも言えないけれど……このピアノ、処分した方がいいかもしれないわ」


 私は彼をみて言った。


 「婦人は本当に幽霊の弾くピアノを聴いていたのかもしれないわ。もし違うとすれば夫を殺めた後悔から精神が不安定になっていったのかも……」


 「どちらにしてもこのピアノは使えない。こんないわく付きは業者だって嫌がるだろう」


 ユリウスが仕方がないと呻く。


 それにしてもなぜ婦人は私に襲いかかってきたのか。ピアノを弾いていたのが許せなかったのだろうか。


 シオンが私の髪に触れる。

 

 「それはリリアナが女性だから。あの婦人は夫の件以来、若い女を目の敵にしていた可能性がある。詳しいことは聴取しなければわからないが、おそらく君が愛人の姿に重なったんだろう」


 何もなくて良かった、とシオンが私を抱き寄せる。そうしてユリウスが興奮して言う。


 「すごいねリリアナの指輪。そんなすごい力があるなんて。婦人が紅茶を二人分しか出してこなかった時、本当にゾッとしたよ」


 「そうね。あの時から婦人は私の姿が見えていなかったのだもの。仕方ないわ」


 あの時、色々と確かめたいことがあった。その為シオンとユリウスに屋敷内では『私はいないもの』と振る舞ってくれるようお願いしておいた。


 もし私に危害を加えようとする者がいるならわかる。それが婦人だというのは会った瞬間にわかった。


 あの人、私と一度も目を合わせなかったのよね。


 そして屋敷内に漂う異臭と婦人の挙動不審さ。それらが彼女の異様さに拍車をかけていた。


 きっとシオンもそれに気づいたから私にあそこは危険だと言ったのだ。


 私はふぁと欠伸をかみ殺す。もう日が昇る。結局一睡もせず朝を迎えてしまった。眠い。


 帰りの馬車の中でシオンが私を引き寄せた。


 「リリアナ寄りかかっていいよ。俺は昨日たくさん寝たから眠くないし」

 「ごめんなさいシオン。もうねむくて……」


 言ってるそばから目蓋が重くなる。


 その後、シオンが眠る私を抱えて部屋まで運んでくれたとお父様から聞いた。


 お姫様抱っこなんて恥ずかしい。


 次の日シオンが心配して様子を見にきたのだけど、私は彼の顔をまともに見ることができなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ