第7話 シオンとの花祭りめぐりと調律師ユリウスとの再会
今日は町のお祭り。
これまでシオンとは何度も来ている。けれど二年前から私は侍女を連れて行くようになった。
まぁ彼が学園に行ってしまったのだから仕方ないのだけど。
花の祭事なので女性は何か一つ花を身につけることになっている。種類はなんでもいい。
シオンと一緒に行くときはいつも彼が花を用意してくれていた。
身支度が整い玄関に向かうとシオンが待ってくれていた。私服姿なのに相変わらずの格好良さ。いつ会ってもドキドキする。
「ごめんなさい。お待たせしました」
「気にしなくていいよ。リリアナその服似合ってる」
「本当?」と嬉しくなって自分でも確認する。これは侍女が選んでくれた。水色のワンピースで町娘風。シオンの瞳と同じ色。
「ああ。それとこれ」
彼がその手にしている花を器用に私の髪につけてくれる。今年の花は淡い薄紫の花。
ふと私はそれを前世で見たことがあると思った。たしかこの花、向こうでは紫苑というんだっけ。彼と同じ名で思わず笑みがこぼれる。
「可愛い。ありがとう」
「やっぱりリリアナはどんな花も似合う。さぁ行こうか」
眩しそうに瞳を細めるシオンに私は頬を染めうつむく。
そうして私達は馬車に乗り町に向かった。
◇◇◇
その少し後。
メロゥ伯爵家の門前に一台の馬車が停まった。
降りてきたのは淡い茶髪の青年。その手には大きな鞄をさげている。
彼の姿に気がついた使用人が出迎える。
「ユリウス様。お久しぶりでございます」
「こんにちは。一年ぶりだ。ピアノの調子はどうだい?」
使用人が恭しくピアノのある部屋へ彼を案内する。リリアナの母もそれに気づきやってきた。
「ユリウス君、一年ぶりね。いつもわざわざ調律しに来ていただいて申し訳ないわ」
「いいえ。ちょうど花祭りもあるし賑やかな催事が好きなので構いませんよ。……あれ、そういえばリリアナは?」
ああそうそう、とリリアナの母は彼に手紙を渡す。それは彼女がユリウスに渡してほしいと託してきたものだ。
ユリウスが手紙を開く。
書かれていた内容は今度王都にある孤児院のピアノを見てほしいという依頼だった。
ふむ、と彼はその手紙をジャケットの内ポケットに入れる。
「ごめんなさいユリウス君。リリアナはちょうど今、花祭りに行ったのよ」
「そうですか。それなら俺も行ってみようかな。久しぶりに彼女のピアノ聴きたいし」
「あらそれは良いわ。リリアナも喜ぶと思う。楽しんできてね」
「はい」
にこりと爽やかな笑みを返し彼ことユリウスはピアノの調律を手際よく終わらせる。そして馬車に乗り町へと向かっていった。
◇◇◇
リリアナとシオンは町の入口で馬車を降りる。花祭りの期間は緊急時以外町中に馬車を入れることができない決まりだ。
塀や建物、屋台。色とりどりの花が飾りつけられている。とても鮮やかで綺麗だ。
町の人達も服や髪に花飾りをつけている。
ふいにシオンが口を開いた。
「ところでリリアナの出番はいつ頃なんだ?」
「私は最後なの」
花祭りは外の広場にピアノが用意されている。そこでは気軽に演奏が楽しめるのだ。
ただ当日は殺到すると困るので希望者は事前に抽選で順番を決めている。それが終わると誰が弾いてもかまわない。
シオンもこの地で過ごしていた時、祭りに参加しているのでこの流れは知っている。
今回私は抽選で最後に演奏することになった。けれど最後とはいえお昼すぎくらいだ。
夕方からは町の人達と皆でダンスが始まる。
ピアノの演奏までに早めに昼食をすませていた方が良さそう。
シオンにそう伝えると彼も同じ考えだったようだ。
「わかったリリアナ。演奏の時間まで色々みて歩こう」
「うん、」
私は彼が差し出してきた手をとった。こんなふうにシオンと町を歩くのは久しぶり。ここは田舎なので私も彼も目立たない。誰に気を使うこともないから楽だ。
花祭りゆえか花の意匠の雑貨がたくさん売られている。シオンが花形のネックレスを買ってくれた。水色の石がついていて可愛い。
「シオンありがとう」
「きっと似合う。今つけてあげる」
指輪ももらってさらにネックレスも。いつももらってばかりで心苦しい。今度彼になにか贈ろう。
お昼は少し早めに町でもお洒落なカフェに入る。ここはパスタなどランチメニューも豊富だ。
私はチーズたっぷり野菜のグラタン。シオンはトマトとチーズのパスタを頼む。
カフェは窓が開いていて外の様子がわかる。どこからともなく蛇腹楽器の音色が流れてくる。賑やかだ。
私はシオンに微笑んだ。
「こんなふうにシオンとまたお祭りに行けるなんて。思ってもみなかったから嬉しい」
「……リリアナ。ごめん。二年も寂しい思いをさせたね」
「ううん。いいの」
私は首を振る。シオンがいなくなってから侍女と祭りに来ていた。それに彼には事情があった。当時学園から戻って私と会うことは彼にとってはリスクだった。
それは仕方のないこと。
だけどそれは解決した。今ではもう婚約もしているしこれからは一緒にいられる。
私とシオンは互いに微笑み合った。
昼食もすませ、ピアノの音色を頼りにそちらへ向かう。大体計算した通りの時間になっていた。
シオンはこの辺りにいてくれるそうで私はピアノの前に座る。
「頑張ってねリリアナ」
「ふふっ、発表会ではないけれど。やっぱり緊張する」
演奏で優劣を決めるわけではない。これはお祭りの余興。気軽に弾いていい。
私は花を連想する曲のメドレーを弾き始める。その旋律はこの国の人達が知っているものばかりだ。その他にいくつか用意してきた曲も弾く。
チラリと周りをみると音楽に合わせて踊り出す人もいた。すごく楽しい。
そうしてあっという間に演奏が終わる。
拍手がわき起こった。そしてそれを待って後ろから近づいてくる人の気配。きっとシオンだ。
そう思って嬉々として見上げると、
「リリアナ久しぶり」
思いもよらない声。驚いて私は目を開く。
「シオ……じゃない。ユーリ?」
「君の屋敷のピアノを調律しに行ったらここに来てると聞いて。遠くからでもわかる。この音は絶対リリアナだと思って飛んできた」
ユリウスが私をみて茶化すように笑う。一年ぶりだ懐かしい。
ピアノから離れて端の方へよる。私からの手紙をお母様から受け取ったようだ。
「今度王都へ行ってみるよ。リリアナは学園に通っているんだろう?」
「そうなの。私はそこの寮にいるの。もしユーリが来たら私も孤児院へ行くわ」
私も調律の仕方をユーリに教わりたい。
あくまで依頼者はタウンゼント侯爵。ユーリの王都での宿泊等についてはジルがみると言っていた。私の予想ではおそらく侯爵の屋敷に招待される可能性が高い。
ユーリが頷く。
「そうか。あと――」
「リリアナ!」
その声に私は振り向く。今度こそシオンだ。私の演奏どうだったろう。感想を聞きたい。
けれどシオンは私じゃなくユーリを見ている。というか一瞬睨んでいた気がした。気のせいかな。
「あっ、シオンあのね……」
「彼女は俺の婚約者だ。それ以上近づかないでもらいたい」
なんだかとても殺気だっている。
待って。ユーリのこと彼はなにか勘違いしてないだろうか。
「シオン違う。この人は」
「あれリリアナ。そういえば婚約したんだっけ。彼がそうなんだ、へぇ。……でも君の理想の人とだいぶ違うんじゃないかい?」
「…………」
シオンがまたユーリを睨んだ。
私はアワアワと彼に説明する。
「シオン聞いて。この人は調律師のユリウスさんよ。変な人じゃないから安心して」
「変て。もうリリアナは――」
「ユーリは黙って!」
「……ユーリ?」
不快そうに顔をしかめシオンは私を見おろした。
これは終わりそうもなかった。
その後、
私達三人はカフェでお茶をしながらこれまでの事を話す。話しているうちに理解してくれたのか、少しずつシオンの表情が柔らかくなっていく。
そのことに私はホッと胸を撫で下ろした。
ユリウスとの出会いは二年前。ちょうどシオンが学園に入学した年だ。
たまたま町にあったピアノを弾いていたら彼が声をかけてきた。ユリウスは調律師としてあちこち旅しながら楽器を修理したり調律したりしている。
一つの町にやってくるとそれなりの数の家の楽器を見ることになる。その為おのずと滞在日数も増える。
場合によっては一月位いる時もあった。ゆえに私達は自然と友達になっていた。
今回も二週間ほどこの町に滞在するらしい。
紅茶を口にしたユーリがふと瞳を和らげる。
「でもよかったね婚約できて。リリアナが二年前寂しそうだったのは彼がいなかったのが原因だったんだな」
「えっ、それは……その」
隣のシオンが息を呑む。
恥ずかしくてあたふたとしていたらシオンが私にそっと手を伸ばしてきた。
「リリアナ行こう。もうそろそろダンスが始まる」
「う、うん。あの……ごめんねユーリ」
「行ってらっしゃい。楽しんでおいで」
促され私は席を立つ。ユーリはにこにこ笑って見送ってくれた。
音楽が流れる中、シオンに手を掴まれ歩いていく。彼と踊るのは初めてじゃない。
でも今日はちょっとドキドキする。なにせ婚約して初めてのダンスだ。
手をつなぎ直して踊り始める。昔と違ってシオンの背が高い。目を合わせるのに角度が必要だ。
「あの、シオン」
「……何?」
私はピアノの演奏がどうだったか聞いた。他の人に称賛されるのはたしかに嬉しい。でもやっぱり一番は。
私の心が響くのは彼の言葉。
ジルと一緒だ。彼も子供達に聴かせることで自分の心を震わせる。
シオンの声が落ちてきた。
「ああ。すごく感動した。やっぱりリリアナの演奏は素晴らしい」
「ふふっ、大げさ。でも嬉しい。シオン大好き」
「…………」
なんでかシオンが無言になる。そうして吸い寄せられるように唇を重ねてきた。
皆はダンスに夢中。でも見られたくない。恥ずかしい。
慌てていたらシオンが「もう暗いから誰もみてない」と耳元で囁いてきた。お願いだからそこで笑わないでほしい。くすぐったい。
そして私達は音がやむまで二年ぶりのダンスをたくさん楽しんだ。