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第61話 飾り紐とカトレアの術具

 「メロゥ伯爵家のお嬢様でしたか。お尋ねされた事ですが、お屋敷でも当店でも、お客様のご要望通り仕立てることはできますわ」

 

 「本当ですか。ありがとうございます」


 見積りも頼むと、出張費も差程かからないようで安心した。参考になるデザイン画を何点かお見せしますと言い、フィーアさんは奥の部屋に消えていった。


 その間、私達は店内に展示されているドレスや装飾品を見学することにした。様々な色、デザインのドレスが並んでいて見るのが楽しい。

 

 ショーケース内の宝飾品をみて、壁際のガラス棚に目をうつす。

 そこには沢山の小物、髪留めやカチューシャ、リボンが並んでいた。


 「――これ」


 「どうした。何か気になる物があった?」

 「……」


 その中の一点の前で固まる私に気づいたシオンがそばに来た。


 「飾り紐だな。だが随分古い年代物のようだ」

 「わかるの?」


 この飾り紐だけは特別な扱いだというのがわかる。他の品とは違い、特殊なガラスケースに納められていたからだ。


 驚いたのはおじ様から預かった紫の飾り紐と意匠や造りが酷似していたこと。


 「それは私の曾祖母の遺品です。カトレア地方出身でそこでは糸染めが有名でした。その品は非常に珍しく、織り機を使わず特殊な技法を用いて編み上げたものです」


 デザイン画を沢山胸に抱えたフィーアが戻ってきて、私達が見ていた飾り紐について説明してくれた。


 「特殊な技法、ですか。それはどういったものなんですか?」

 「奇妙に思うかも知れませんが、その品に(まじな)いをかけるのです。フェリシアでも魔導具という物がありますが、それとは少し違います。カトレアの術具は持ち主の一部を混入させるのだと母から聞いております」


 「混入ですか」


 それは字の如く、混ぜ合わせるということ。

 呪術的な要素を含んだ言い方だ。そういった意味合いなら、血液か髪、皮膚の一部分をという所だろうか。


 「呪いの目的は持ち主の守護です。曾祖母はそういった術具の製作に携わっていました。その展示品は本物ではなく試作品で、完成した折り、依頼者様から礼にと譲られたものだそうです」

 

 「そうなんですね」


 つまりそれは本物と試作品。少なくとも二点以上、類似した物があるということだ。


 「それでも曾祖母の時代盛んだった術具製作はここ数年、めっきり減ってしまったそうです。製作所ももう数えるほどしかないと聞きます」


 私はガラスケースをのぞき、呟いた。


 「……フィーアさんにもこれと同じような物を作ることはできますか?」

 「ふふ、それは難しいです。材料はカトレア産の物がほとんどで、製作技法の記録ももう現存していません」


 フィーアの話によると現在、この飾り紐は非常に稀少な品であるという。


 「製造工程も複雑で時間と労力がかかるのでそれに比例し相当お金を必要とします。その為、カトレアやその他友好国の貴族、富裕層の間で流通していた物とも伝えられていますの」


 呪い効果のない、形だけ似せた物なら製作可能だとフィーアは告げる。だが高貴なる者が身に付けていた術具に類似した物が市井に出回れば、製作者は咎められ罪に問われる。


 その為、不用意に作る事はできないとフィーアは言った。


 でも本当に守護の効果があるのだろうか。色々と疑念はあるが、これ以上は追及すまいと私はフィーアに礼を言った。


 「ありがとうございます、フィーアさん。それではまた日程が決まり次第、連絡しますね」

 「かしこまりました」


 仕立屋での用事を済ませ、出口へ向かう。するとそれまで黙っていたシオンがフィーアを呼び止め小声で何かを囁いた。その内容はわからない。


 その後フィーアは明るい表情でお待ち下さいねと応じ、ガラス棚からシオンの指名した品を出し丁寧に包み始めた。


 少しして綺麗に包装された包みを受け取り、支払いを済ませたシオンが歩いてきた。


 「待たせてすまない。行こう」

 「うん」


 仕立屋での用事が終わればあとは自由。二人の時間だ。平日だが町はそれなりに賑わい、人々が行き交っていた。

 それでもぶつかる程の人混みではない、はずだ。


 シオンの手が差し出された。


 「リリアナ、はぐれたら危ないから手を繋いで行こう」

 「これ位なら平気よ。この間も来たし」


 懐かしいなと思う。

 昔から町に来ると彼は私のことが心配なのか、すぐ手を繋ごうとした。けれどもう子供ではない。


 なるべく目立たないようシンプルな服装で私達は町中を歩いている。私と違い、シオンは背が高く美男子だ。それに内側から放たれるよくわからないオーラが凄い。


 手を繋げば変に目立ってしまうと私は恐れ、断った。

 けれどそんな私の内心を無視し、シオンが薄く笑った。


 「この間来たのは殿下と?それなら尚更だ。俺達は婚約してるのだから、何を恥じる事があるんだ。ましてここはメロゥ領、君はもっと堂々とすべきだ」


 私の返事を待つことなく、シオンに手を掴まれる。物凄く怒っている訳ではないが、機嫌が悪い。無言で手を握り返すと、シオンがはっと振り向いた。


 「……すまない。狭量だった。君の母上から頼まれた事と聞いていたのに、つまらない事を考えてしまった」

 「ううん、いいの。私の方こそごめんなさい」


 「謝らなくていいよ。今日は久しぶりに二人だけで過ごせる日なんだ。楽しもう」

 「うん」


 今日は町で昼食をとる予定だったので、朝は少なめにしてある。その為ほどよくお腹がすいていた。レストランに入るとすぐに中へ案内される。


 メニューをみて、私は香草で焼いた肉料理を選ぶ。シオンは白身魚のレモンバター沿えだ。前菜に出されたスープをスプーンで頂いていると彼がくすりと笑った。


 「?」

 「いや、リリアナは相変わらずだなと思って」


 どういう意味だろう。

 美味しそうな食べ物を前にすると顔つきが変わる、とか?


 そういうシオンはサラダを美しくも優雅な所作で食べている。周りの客や給仕がチラチラとその様子を見ては、頬を染めていた。

 片田舎にある町の飲食店では彼はかなり浮いている。


 ざわざわし始めた気持ちを一旦落ち着かせようと、果実水を飲んでいるとシオンが言った。


 「リリアナはカトレア王国の事が気になるのか?」

 「えっ、……うん」


 正確にはカトレアというより、あの紫の飾り紐を作った術具工房についてだが。


 「カトレアは隣接するエルディアと密接な関わりがあり、国内の情勢なら大まかだが分かる。だが魔術関連についてとなると、俺の知識は皆無だ。唯一詳しい者がいるとしたら、そうだな――ジュドーなら分かるかも知れない」


 「ジュドー様が」


 そう、シオンの同期であるジュドー様はフェリシアでも高位の魔術師だ。専門分野なので魔術のことなら色々と詳しいはずだ。


 「あいつも最近忙しいから、すぐとは約束できないが、今度聞いておこう」

 「いいの?」


 「ああ、俺も少し気になるから、ジュドーに確認しようと思っていた所だった」


 ありがとう、と私はシオンに感謝した。


 メインの料理がそれぞれ運ばれてきた。メロゥ領は辺境の地にあり田舎だが、生産物はどれも新鮮で瑞々しいと定評がある。周辺の品評会でも好評だ。


 料理を口にする。とても美味しい、副菜の根菜すら甘味があって絶品だ。さらにデザートもついており、三種から選択できるのもまた良い。

 

 「今度みんなをメロゥ領に誘ってみようかな」


 次の休暇でも良いし、それが無理なら来年でも構わない。いつか親しい友人達をこの地に招きたい。


 「ふっ、あの学園で良い友人ができたんだな」

 「うん」


 優しく微笑むシオンに、私は照れながら頷いた。


 料理を堪能し楽しい時間を過ごしていると、周囲の客の話し声が耳に入ってきた。内容は様々で、噂話や時事、中には先日、町で起こった騒動の事を話す者もいた。


 「それにしてもこの間、あの変な人達とうとう捕まったそうね」

 「ずっとこの辺りのお店で長居したり彷徨いてて、気持ち悪いし怖かったから居なくなってホッとしたわ」

 「本当にね」


 黙って食べ、会話をこっそり聞く。人々の反応を見る限り、やはりあの時捕まえて良かったのだと思い、ほっとした。

 レモン水を口にし、シオンが呟く。


 「例え根拠のない空想、噂であってもあの内容は王家に対する不敬罪に値する。それに少しならば注意程度で済んだが、常習、計画性もあるとなれば捕縛しなければならない」

 「あの人達はどうなるの?」


 「取り調べと状況によっては多少手荒な事もする。だが先生から聞いた話だと噂を流した連中はあの後すんなり口を割ったそうだから、じきに解放されるはずだ。連中は日雇いで、人が集まる場所で件の内容をばら蒔くよう依頼されたらしい。正直に話したとは言え、メロゥ領や国家を不穏にさせた事は消えない。厳重注意後、しばらくは護衛官の監視下に置かれるだろう」


 驚いたのは中央の王都やその周辺ならまだしも、こんな辺境地まで話が及び始めていることだ。


 もしかしてメロゥ領だけじゃなく、他の領地にも『噂』が流れているのか。


 「取り調べ後すぐ、メロゥ伯爵が早馬を出し中央に報告し、国境付近の検問を強化した。捕まった連中には雇い主がいた、だがそいつの消息は掴めていない。連中はエルディア人だと言っていたが……」


 仮に彼らの言っている事が本当だとすれば、エルディア人がほとんどいない田舎町を動き回るのは目立つ。

 或いは雇い主に仲間がいて、どこかに匿われている可能性もある。


 「リリアナ?」

 「……」


 私が真剣に考えているのをみて、仕方がないなとシオンが困ったように笑った。彼は運ばれてきたアイスクリームを私の所に寄せた。


 「ほら、リリアナ。アイスクリームが溶けてる」

 「あ、」

 

 「当然伯爵はまだそいつが周辺地域に潜伏している可能性もあるとみて、護衛官達に巡回させている。だから君は心配……いや、うん、とにかく行動は自重してほしい」


 「どうして」

 「どうしても、だ。何か進展があるまで君は外に出るな」


 軽はずみな行動は避けろと言われるならまだ頷けるが、行動自体を自制しろとは。ましてメロゥ領は実家で、何年も住み慣れた土地だ。他の者より詳しいと自負している。

 

 ちょっとシオンは横暴だ。


 そう拗ねると、シオンに「君にはそう強く言っておかないとダメだ」とにべもなく返され、再びアイスクリームを食べるよう勧められる。


 私は釈然としないまま、すっかり溶けてしまったアイスを口にした。



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