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第60話 ディアクロードとの別れとリリアナ達のお出かけ

 翌日、

 

 「叔母上、メロゥ家での滞在、エドワルド学園生活以来かもしれません。久方ぶりに気持ちが軽くなった気がします。ありがとうございます」

 「いいえ、こちらこそ嬉しいわ。時間は短かったけれど、ディアはゆっくり羽を伸ばせたようね」


 今日はディアクロードがトリスティア王国に戻る日だ。そのため今朝早く、彼はエレノアの部屋に顔を出し、別れの挨拶をしていた。


 おもむろにエレノアは立ち上がると端の棚に行き、抽斗から封書を取り出した。それをディアクロードに渡す。


 ディアクロードは首を傾げた。


 「手紙ですか?」

 「昨日リリアナから聞いたわ。王宮は相変わらずなのね。いえ昔より酷くなっているようね。……まったくおばあ様は何をしているのかしら」


 思いもよらない言葉にディアクロードは目を瞬かせた。

 実のところ、リリアナが自分から話した訳ではない。エレノアがそれとなく聞き出したのだ。ディアクロードとの会話を。


 「叔母上、」

 「巫女教育の件は私も気がかりだったの。でも昔からあそこは長老たちの言いなりだから。男王族だからとか遠慮することはないわ。私からもお願いしたい、貴方には世の中を知らない未熟な巫女達に様々な事を教えてあげてほしい。その手紙は応援の意味を込めて……この封書を妹のマリエラに渡してちょうだい。ディアが考えてる事、私とマリエラが支持していると云えば、周りの者は黙って言う通りにするでしょう」

 

 ディアクロードは慌てて声を出した。


 「叔母上、そんな……良いのですか?」

 「ええ、勿論よ。それに私からの手紙を渡す名目でマリエラにも気兼ねなく堂々と面会できるわ。あの子はいつも忙しいものね」


 トリスティアで唯一人、巫女姫の任に就くマリエラは毎日多忙で公務に追われ、休む暇がない。そのため住居は一緒であるにもかかわらず、息子のディアクロードとも会えない日々が続いている。


 ふと手中の封書を確認したディアクロードはそれが二通重なっている事に気づいた。一通はエレノアから、けれどもう一通は一体誰――


 「それはカールトン様からよ」

 「卿、ですか?」


 それはどういう事か。ディアクロードは困惑した。宛名はトリスティア王国にいる古参の長老の名が書かれていた。


 「……バルディミアス翁宛? なぜカールトン卿が彼をご存知なのですか?」


 エレノアは瞳を細めた。


 「私も初めてお聞きしたのだけど、バルディミアス様とカールトン様は実は古くからの友人なのだそうよ。今回の事を耳にしてカールトン様がぜひ貴方に協力したいと申し出てくださったの」


 「まさか、友人?」


 トリスティアには長老と呼ばれる王族の相談役がおり、彼らは政において発言権があった。中でもバルディミアス翁は最も年長の長老で、発する言葉、意見は皆が耳を傾ける。そうせざるをえない、一目置く人物だ。


 ただとエレノアが苦笑した。


 「あの滅多な事では口を開かない、寡黙な翁がカールトン様とお知り合いだなんて、私も夢には思わなかったわ」

 「私もです」


 ディアクロードも議会でバルディミアス翁と同席した事はある。寡黙な男で滅多に話すことはない。派閥めいたものにも属さず、親しい者も見かけた事がない。

 そんな彼とカールトン卿の接点、共通点が思い浮かばず、首を捻るばかりだ。


 けれど翁は力ある長老のうちの一人。何らかの形でディアクロードの味方になってもらえるのであれば、これほど心強いことはない。


 「ありがとうございます。叔母上」

 「ふふ、私は何もしていないわ。ディアも帰ったら忙しくなるでしょう。無理せず体に気をつけて頑張ってね」


 「はい」


 力強くディアクロードが返事をする。そして何かを思い出したのか、瞳を伏せたエレノアが口元に手をあてた。


 「あとね、マリエラに会ったら伝えて。『もしもあなたが危急の時は私かその名代が必ず助けに行く』と」

 「はい。承りました」


 声色が僅かに変わる。マリエラもそうだがエレノアも不思議な力があり、時折予言めいた言葉を発する時がある。

 もしかしたら今の言葉がそうではないかと、ディアクロードはしっかりとそれを記憶した。


 「そうそう、あと念のため、おまじないも施しておくわね。『トリスティアまでの道中、ディアにとって穏やかなものであらんことを――』」


 無意識にディアクロードは頭をさげた。エレノアの癒しの源は『声』。その力は現トリスティア国内で最も強いとされていた。

 

 彼女は癒すのみならず、呪いもかける事ができる。それも強力な。

 彼女の言葉は真となり現実となるのだ。


 これでトリスティアに着くまで、絶対的な安全を保障されたことになる。そういえばと国を出立した時のことを思い出し、ディアクロードから笑みがこぼれた。


 「どうしたの?」

 「いえ、トリスティアを出る時、母上にも同様のことをされたんです」


 「あら、まあ。マリエラも?やっぱり私達は似ているわね」


 クスクスと笑うエレノアの姿は、母マリエラにそっくりだった。そのさまを見てディアクロードはマリエラに早く会いたいと思った。


 「名残惜しいけれど、そろそろ出発しなくてはね。またいらっしゃい」

 「はい、また来ます」


 エレノアとの別れの挨拶をすませ玄関に向かうと、リリアナとシオン、アルフレドが待っていた。リリアナがディアクロードに駆け寄る。


 「ディア様、きっとまたいらしてくださいね」

 「ああ、リィリィ。また来るよ。シオンもありがとう」


 「いえ、殿下こそ道中、お気をつけください」


 互いに挨拶を交わし、ディアクロードは馬車に乗り込んだ。


 「ではまた」


 こうしてディアクロードはトリスティア王国に帰っていった。



 ディア様を見送った後、シオンが私を振り返った。今日の彼の服装は簡素な白シャツに茶のベストとズボン。

 田舎町へ出掛ける格好で必要以上に目立たぬよう配慮したコーディネートだが、如何せん土台が良すぎるため微妙である。

 ちなみに私も町娘が出掛けるような服装だ。


 「では俺達も行こうか」

 「うん。あ、ちょっとまってね、シオン」


 本当は二人でのんびり歩いて行こうかと話していた。けれど町に遊びに行くと周りに伝えたら、色々と用事を頼まれてしまった。


 使用人が馬車に荷物を積んでくれる。その荷の中身を見たシオンが目を開いた。


 「本?すごい量だな」

 「うん。おじ様に頼まれたの」


 どうせ町に行くなら、そこの図書館に寄贈する本を届けてほしいとカールトンおじ様に頼まれたのだ。


 「あと新しく出来た仕立屋さんにも行きたくて。結構荷物があるから、馬車を使わないといけないの」

 「構わない。あそこの図書館は久しぶりだな」


 端正なシオンの顔がわずかに弛んでいる。ちょっとわくわくしているのか、嬉しそうだ。


 王都やリュミエール領の図書館と比較すると、メロゥ領の図書館は圧倒的に蔵書量が少ない。そんな田舎の図書館に行くのが楽しみだと言う彼は相当変わり者だ。


 屋敷を出て馬車を走らせる。途中、目に映る田園風景に心を和ませる。窓を開けると柔らかな風が入ってきた。


 「今日は天気も良いし、暖かくて良かったな」

 「お出かけ日和ね」


 おじ様の家には本が沢山ある。

 

 毎日ひっきりなしに訪れる来客が手土産としてくれるせいだ。彼らは元同僚や部下、知人など様々で、おじ様が好む本を持参することが多かった。


 おじ様は読み終わった本は書庫に収納しているが、あっという間に棚は一杯になってしまっていた。そのため、抱えきれない分は孤児院や図書館に寄贈することにしたのだ。


 図書館についた。カールトンの名を出し、職員に寄贈の件を伝えると、すぐに荷物をおろすのを手伝ってくれた。毎回の事なので職員はすっかり慣れているようだ。

 図書館長が出てきて挨拶する。


 「いつもこんなに沢山、貴重な書籍をありがとうございます」

 「いいえ、カールトン様がよろしくお願いしますと言っていました」


 寄贈書籍をチェックしている間、私達は館内で待つことになった。応接室でお茶を出すからと案内されそうになったが、久しぶりなので館内の本を見たいとお断りする。


 私達は邪魔にならないよう、少し離れて、チェックしている所や棚の本を見ていた。するとちらりと他と異なる装丁の表紙の本が目に入った。


 「すごいな。あれは国内でもまだ出版されていない、カトレア王国の書物だ」

 「カトレア、……それってフェリシア語ではないってこと?」

 

 「ああ、おそらく向こうの言語で書かれている」

 「へぇ」


 「その顔、興味ありそうだ。リリアナは語学が得意だったか」

 「得意じゃないけど、面白そう」


 読んでみたいなと思った。周辺諸国の言葉が話せると旅行に行った時重宝するよ、とおじ様に云われ、勉強し大体の国の言語はわかる。勿論、カトレア語も習得済みだ。


 私が興味を持ったと察したシオンが職員に話しかけた。戻ってきた彼はカトレアの本を抱えている。


 「チェックも終わっていたし、そのまま借りてきた。俺も気になってね、応接室で読もう」 

 「うん!」


 応接室を借り、二人並んでソファーに座って本を開いた。読書速度は各々ペースがあるので、途中から別々で読むことにした。

 シオンの方が圧倒的に早く読み終わるので、先に彼に本を譲る。


 その間、私は直近の地方新聞に目を通していた。やがて三十分も経たずに、シオンが本をパタンと閉じた。その顔は充足感でいっぱいの様相だ。


 「も、もう読み終わったの?」

 「ああ、とても面白い。興味深い内容だった。エルディアとカトレアは古くから密接な関係にあったんだ。それを示唆した文が幾つか発見できた。それは――」

 

 「! 待って。シオンたら内容言わないで!予備知識なしで読みたいのに!……と、待って、エルディア?」


 エルディアはフェリシア王国とわずかに隣接した国で軍事国家だ。一方カトレア王国は小国で特に目立った産業はなく、有名なのは美しい湖があること位だ。


 「エルディアの王には妃が三人いるが、そのうちの一人がカトレアの姫なんだ。他にも愛妾がいて、子も沢山いたが今はだいぶ減ったらしい」

 「そうなのね」


 「昔はフェリシアから姫が輿入れした事があると聞いた。先王の時代の話だ。でも姫が早世し、御子も授からなかったときく。それ以来、我が国とかの国の国交は断絶されたままだ」


 寄贈本の確認が終了したと職員から伝えられる。他の済まさねばならい用事もあるので、カトレアの本はこのまま借りていく事にした。


 元はおじ様の本だ。今度から帰省した時は面白い本がないか、おじ様にまず聞こう、そう思った。


 職員に挨拶し、再び馬車に乗り込んだ。


 「次はどこへ?」

 「仕立屋さんに行きたいの」


 「気になってはいたが、服を新調するの?」

 「ううん、違います」


 先日、メロゥ家に帰省し、王都で流行している布地を土産に沢山買ってきた。それらを仕立ててくれる店をどこにしようか、決めあぐねていたら丁度見つかったのだ。


 「使用人の子達に教えてもらったの。最近王都から来た仕立屋さんがあるって。その店に見積りを頼んで、もしメロゥ家で採寸とかお願いできるようなら依頼しようと思っているの」


 見積り金額を予算と照らし合わせて、金額的に厳しければ、店に直接出向いて仕立ててもらうつもりだ。王都から来たなら、向こうで流行している意匠も熟知しているはずなので、できればその店に頼みたい。


 「まずはその店に行ってみたいの」


 その辺りの事情をまったく知らないシオンに説明すると、ふっと笑われた。


 「やっぱりリリアナは面白い事を考えるな」

 「どうしても屋敷の人たちにプレゼントしたかったの。金銭的な都合もあるから、凝った形じゃないワンピースとかスカート、小物類しかあげられないけど」


 でもそれなら休日の外出着として着用できる。特に女性は衣服はいくつあっても困らないのだ、と私は熱くシオンに語った。へぇと彼が呟く。


 「そういうものか?」

 「そういうものよ」


 「……なら今度、リリアナに似合うドレスを贈ろう」

 「えっ」


 馬車の中で窓枠に肘をつき、シオンは思わせ振りに瞳を細めた。何故そんな思考に行き着いたのだろう。


 困る。


 学園寮であてがわれた部屋のクローゼットはそこまで広くない。今ですらシオンやお義母様から贈られたドレスや装飾品がびっしりで、しかも入りきらない為リュミエール家の私用の部屋に置かせてもらっているというのに。


 私の顔がひきつった。


 「それは……ちょっと」

 「女性はいくつあっても困らないんだろう?」


 「……」


 シオンの空色の瞳が私を見据えた。それがどこか揶揄っているようにもうつり、私はぐっと顔をあげた。ここは正直に告げるべきだ。


 「シオンに貰ったドレスは沢山あるでしょ。それにきちんと袖を通していないものもあるし、勿体ないわ」

 「さっきリリアナは柄やデザインに流行があると力説していただろう。今後そういう場に出る機会が増える可能性はあるし、新作ドレスは何着あってもいい」

 「それは……」


 反論できない。パーティーに招待され何度も同じドレスを着たり、流行遅れの物は嘲笑の対象となる。ましてリュミエール公爵子息の婚約者ともなれば、否応なしに注目されるのだ。


 返答に困っていると、シオンが瞳を逸らし、ぼそりと呟く。


 「……まぁそれは大義名分で、単に俺のもので君を縛りたいだけなんだが」

 「え、しばる?」

 「なんでもない。忘れてくれ」


 一瞬穏やかでない台詞が聞こえた気がしたが、シオンは私の指輪を嵌めた方の手をとり、甲に唇を寄せた。


 「ど、どうしたの?」

 「いや、ちゃんと言いつけ通り指輪をしているなと思って。なるべくつけていてほしい」

 

 「心配しないで。皆が集まる公的な場所以外は、つけているから大丈夫よ」

 

 これは魔導具の指輪だ。万が一、公的な場に出る際は、内ポケットかポーチに指輪を入れ、常に持ち歩くようにしている。


 シオンてば心配性ね。


 そうしているうち、目的の仕立屋についた。同じ町だが図書館からそれなりに離れた場所にあるので、ギリギリまで馬車を使うことになった。


 馬車から降り、仕立屋の店舗を見上げる。

 入口脇に掲げられた看板には『カルディナ』と書かれていた。扉を開け、中に入る。


 「こんにちは」

 「いらっしゃいませ」


 店主は清潔感ある綺麗な女性だった。リリアナの母と近い年齢だろうか、年齢を重ねていても若々しく見える。


 「本日はどのような品を?」

 「はい。あの――」


 王都で購入した布地について話した。店主の名はカルディナ・フィーア。王都で十年仕立屋で働いていたが、このたび独立し店をかまえる事にしたそうだ。

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