第6話 初めての休暇とシオンとカールトンおじ様
エドワルド学園に入学して初めての休暇がやってきた。
私は馬車の中。これから実家の領地に帰るところだ。
そして隣にはシオン。たまたま休暇の話をしたらなぜか一緒に行くと言い出したのだ。
一人で行こうと思っていたのに。
私はおずおずと彼を見上げる。
「その、シオン。忙しいのにわざわざこんな辺境の田舎に来てくれなくてもいいのよ?」
「何いってるんだ。婚約してから君のご両親に一度挨拶しなければと思っていたんだ。あと先生にも久しぶりに会いたいし」
先生にも手紙を送ってある、とシオンは微笑む。領地についたら彼はカールトン夫妻の屋敷に泊まることになっている。
二年前まで使っていた彼の部屋はそのままある。
彼は学園に通うようになってから一度もこちらに戻っていない。リュミエール家は王都に屋敷があり、他の領地にカントリーハウスがあるのだ。きっと今まではそちらで休暇を過ごしていたのだろう。
「リリアナはどれくらい滞在するんだ?」
「私は二週間くらいいる予定よ」
休暇は四週間もある。そのうちの半分は辺境にある実家。もう半分は王都で過ごす。学園でできた友達の屋敷に遊びに行く予定もある。
シオンが私をみる。
「王都に戻って時間があるようなら俺の屋敷にも来て」
「うん。シオンのお母様にもお会いしたいわ」
彼のご両親からは花嫁修業の件についてはまだ何も言われていない。そのことも少し気になる。
まだ婚約したてだからかな。
「多分俺が卒業したら家政関連の教育が始まると思う。今はまだ考えなくていい」
私の気持ちを見透かしたようにシオンが苦笑する。そしてそっと私の髪に触れてくる。
それだけで私の頬が赤く染まる。
そんなふうに色々話をしていたら私の屋敷が見えてきた。もちろんお隣のカールトンおじ様のお屋敷も。
馬車を降りる。一旦荷物を置いたらシオンは私の両親に挨拶にくるからと言って、おじ様の屋敷に消えていった。
私は数ヶ月ぶりの我が家に戻る。
懐かしい我が家。侍女や使用人達が出迎えてくれる。そしてお父様とお母様も待っていた。明るい表情。二人とも元気そう。
「お帰りリリアナ」
「お帰りなさい」
「ただいま帰りました。お父様お母様」
使用人に荷物を部屋に運んでもらうよう頼み、私は着替え客間に向かう。
するとちょうど玄関からシオンが現れた。
「お待たせリリアナ」
「シオン、早い。もう準備できたの?」
「ああ、」
彼の方は王都を出発した時と服装は変わっていない。荷物を置いて本当にすぐやって来たようだ。
一緒に客間へいくとお父様とお母様がソファーに座り待っていた。お母様がシオンの姿をみて瞳を和らげる。
「お帰りなさいシオン君。大きくなったわね」
「お二人とも。挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」
シオンが礼をする。とても美しい動作に見惚れてしまう。
促され私達は隣合わせにソファーに座った。こんなふうに私達家族とシオンとで顔を合わせるのは初めてかもしれない。
お父様がほっとしたように口を開く。
「無事婚約できて良かった。なにせリリアナにたくさんの縁談が来るようになったものだから。いい加減見合いの一つでもせねばと思っていたんだ」
私の目が見開かれる。
そう。それを聞きたかった。
「お父様、その――」
「本当に遅くなって申し訳ありません。その縁談関連の手紙はもう処分されましたか?」
私の言葉をさりげなく遮りシオンがにこりと人の良い笑みを浮かべている。これは絶対に演技だ。
「ああ、いや……ほらそこにあるだろう。先方がたには断りの手紙を送ったんだが。まだきちんと周知されていなくてね。いまだに肖像画も届くんだ。困ったものだ」
部屋の角にある机を指差しお父様が困ったようにため息をつく。そこは手紙と小さな肖像画が山積みになっていた。
見たい。一目だけでも。
どんな方達が私のようなモブを必要としているの?
興味津々で立ち上がろうとしたらシオンが私の肩に手をおいた。その笑みはまったく崩れていない。
彼の無言の圧力に私はひるむ。
「お義父様、私がもう一度確認して彼らに丁重に伝えておきます。確実に周知させておきますね」
「そうか。ありがとうシオン君。君はやはり頼もしいな」
「ふふっ、リリアナも良かったわね。彼みたいな殿方に見初められたこと感謝しなければね」
お父様とお母様がにこにこと安心しきった顔をし私を見る。
「…………はい」
反論する余地もなくガックリとうなだれ、私はか細く返事をした。
夕食は隣のカールトン夫妻も交え、皆でとることになっている。
それまで時間があるため私はシオンに連れられカールトン家に顔を出した。
「お久しぶりです。おじ様おば様」
「あらあら、首を長くして待っていたのよ。二人とも婚約おめでとう」
おば様が私を抱きしめ、次にシオンへも同じにしてくる。おじ様もにこにこと微笑んでいる。
「シオン君、良かったな。思いが叶って」
「はい。先生」
おじ様の言葉にシオンが嬉しそうに頷いた。
実はカールトンおじ様はシオンの事情をずっと前から知っていたらしい。彼の命を狙っていたダグラス公爵のことも色々アドバイスしてくれてたそう。
私は面白くなさそうに口を尖らせる。
「……それなら私にももっと早く言ってくれれば良かったのに」
「敵を欺くにはまず味方から。それにリリアナちゃんは勝手に動いてしまうだろう。そうなればシオン君の計画が崩れてしまう」
おじ様はふふと笑みを浮かべている。
「ああ、でもタウンゼント侯爵の件は見事だったよ。リリアナちゃんも頑張ったね。きっとジリアン君も君のこと一目おいてると思うな」
シオン君困ったね、とおじ様は言う。
隣でシオンの表情が凍りついた。私はなぜか怖くてみれなかった。
「……大丈夫です。彼には俺からきちんと忠告しておきます」
「おやおや。穏便にね。敵を作ってはいけないよ。あとで良いやり方を教えてあげる」
シオンとおじ様の間になにやらただならぬ空気を感じた。この二人、今気づいたけどちょっと似てるかも。
おじ様達とお茶を飲みながら過ごす。まだ夕食まで時間があるので私はシオンの部屋にお邪魔することにした。
「久しぶりにこのお部屋に遊びに来たわ。うん、風が気持ち良い」
バルコニーの窓を開けそこから外にでる。目の前は私の部屋。二年前までよくシオンとここから顔を合わせていた。
「シオンのお部屋はそのままなのね」
「ああ。懐かしいな」
彼もどこか柔らかい顔をしている。おば様がいつもこの部屋を掃除してくれていた。私はついこの間までそれを知っている。
手すりに掴まっていたらいつの間にかシオンが後ろにやって来た。その体に包まれる。暖かい。
「シオンてばすごく大きくなったのね」
よく見るとその手も大きい。二年経てば色々変わる。そんなふうに感慨にふけっていると、シオンがさらにきつく抱きしめてきた。
「リリアナは変わらないな」
「……え?」
耳元で囁かれる。
「俺がもし変わってしまってもリリアナはそばにいてくれる?」
「ふふ、いるわ。うまくできるかわからないけど。シオンが嫌だって言うまで一緒にいる」
顔を上向かせられ口づけされる。チラリと見えた顔はとても嬉しそうだった。
けれどと私は慌てた。ここは外。これ以上は目立つのでシオンにやめるよう注意する。
ちょっと面白くない顔をされてしまった。
「それはそうとリリアナ」
「なぁに。シオン」
ずっと気にしていたのだろう。あの山積みの縁談の書類について延々と注意される。浮気するなとか顔と名前知ってどうするのとか。
さっきの甘い雰囲気がなくなる。
「君は本当に油断ならない。ちゃんと俺が見ていないと」
ちょっと縁談を申し込んできた人を見ようとしただけ。それなのに浮気性扱いはヒドイ。
むぅと私は頬を膨らませる。
「どちらかといえばシオンの方が心配よ」
「心配もなにも。俺は君一筋だ」
当然のようにピシャリと言い返される。
ゲーム上でも彼は一途で真面目な性格。現実でもそれは同じ。そのことを私は子供の頃から知っている。
「……ごめんなさい。もうしません」
ちょっと悔しいけど素直に謝る。
わかったならいい、とシオンは許してくれた。
そうして時間になり私達はお父様とお母様、そしてカールトン夫妻と久しぶりの晩餐をとる。
やっぱり皆で食事をするのは楽しい。
辺境地で取れたばかりの新鮮野菜を使ったサラダを食べているとおじ様が話しかけてきた。
「リリアナちゃんは卒業したら結婚するんだろう?」
「はい。二年後ですけどその予定です」
「それなら早く孫の顔がみれそうだね。楽しみだ」
おじ様は私のお父様とお母様と顔を見合せにこにこしている。
王都で役人をしていたおじ様は超多忙で子供がなかなかできなかったらしい。だからか結婚したら子供はなるべく早くね、と念をおされた。
はわわと私は沈黙する。皆の視線が痛い。
隣のシオンはそれには全く動じていない。それどころか優雅な仕草でワインを口にしている。
私は真っ赤になって下を向いた。もう誰の顔もみれない。
「あら、リリアナ。心配しなくても大丈夫よ。そういうことは自然の流れなの」
お母様がフォローをしてくれる。そしてカールトン夫妻も話にのり大人達四人で盛り上がりだした。
心配はしていない。
というか今の私には無理。
攻略対象のシオンと婚約できただけでも信じられないのにそれ以上の展開があるなんて。
今でも不思議に思うときがある。
食事も食べ終わり私がうつむいているとシオンが声をかけてくる。
「リリアナ、今日は朝から動いて疲れただろう。食事も終わったし早く帰って休んだ方がいい」
ここはおじ様のお屋敷。大人四人はワインを開け談笑中。私はうんと頷きシオンが差し出した手をとった。
私の屋敷まで彼が送ってくれる。おじ様の所とうちはお互いの庭園で行き来できるようになっている。
ちょうど私の屋敷の敷地に入った途端、シオンが私の手を握った。
「シオン?」
「ゆっくりでいいから。……その、さっきのこと」
あまり深刻に考えなくていい、とシオンが小さく笑う。
きっとさっきの私の様子をみて彼なりに気づかってくれているのだ。
私はシオンの空色の瞳をみる。
「うん。ありがとう」
返事の代わりにおでこにキスされる。そのまま屋敷の玄関まで送ってくれた。
「おやすみリリアナ」
「シオンもおやすみなさい」
玄関前で言葉をかわし彼はおじ様のお屋敷に戻っていった。