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第58話 弟の誕生とお母様とお父様の昔の話

「魔術師と私」という短編も書いてみたのでお暇な時、読んでくださると嬉しいです。完結済です。


 無数の険しい渓谷群に囲まれ、古来より独自の国家を築くティアトラス王国。この国は謎が多くあまり知られていないが、フェリシア王国とだけ唯一隣接している地である。互いの国境はティアトラス王族のみが入る事を許された秘密の谷があり、エレノアはよくそこへ一人出かけていた。

 

 王族のみ宿す神秘の力で国を守護するティアトラスの第一王女として世に生まれたエレノアは妹姫のマリエラと共に神殿で巫女姫の座に就いている。


 だが二姫の役割は僅かに違い、マリエラは表姫、エレノアは裏姫と呼ばれていた。


 王族の血をもつ女は程度の差はあれど皆、癒しの力がある。だがその直系は別で、両親が従兄妹同士という事で血が濃いせいか、エレノアは一族の中でも特に力が強かった。


 それは妹であるマリエラよりも、である。


 裏姫という隠名は大巫女の祖母が付けた名である。エレノアの力があまりにも大きすぎる為、滅多な事では表に出て力を使うことは出来ない。


 エレノアの力を発現させる方法は『声』だが、大きすぎる力ゆえに癒すのみならず、それ以上の影響を人々に与えてしまう。よって普段は話すことは禁じられ、神殿の奥に引きこもって過ごす事がほとんどだった。

 ただ王族同士であればそこまで影響される事はない。姉妹であるマリエラとは居住空間も近い為、休息日に話すことは可能だった。


 だがやはりストレスは溜まる。


 秘密の谷はそんな特殊な王族の為に古くから存在する場所で聖域であった。王族以外の者が立ち入る事は禁じられている。ここならエレノアは好きな歌を自由に歌うことができた。


 今日もまたエレノアは一人、誰もいない谷に来た。けれどこの日はいつもと違い、エレノアの顔は沈んでいた。


 祖母が恐ろしい事を言ったのだ。彼女の言葉は本当にその通りになる。


 優れた予知能力をもつ祖母は様々な未来の出来事を次々と言い当ててきた。それによって沢山の民が救われた事は多々ある。けれど今回ばかりはエレノアに深い傷をもたらせた。


 『お前はマリエラとは違う。結婚など夢みてはならん。ずっと神殿にいた方が良かろう』


 その言葉にエレノアは涙をこぼす。


 「ひどいわ、おばあ様。私は一生結婚出来ないなんて……」


 今朝早く呼び出され、挨拶するや否や突然それを言われ、ひどく落ち込んだ。結婚の件もあるがエレノアをさらにショックにさせたのは、ずっと一生神殿にいろというニュアンスの言葉だ。


 妹のマリエラにはすでに婚約者がいる。けれど自分にはいない。祖母と妹以外とはほとんど会話もなく周囲からエレノアは恐れられていた為、婚約の打診など到底あるはずもなかった。 


 涙声でエレノアは呟く。


 「嫌よ、ずっと神殿に閉じ込められて孤独で生きるなんて……。こんな力なんていらない。そうだ、いっそのこと喉を潰してしまえば良いんだわ。そうしましょう!」


 ぶつぶつと真剣に考えた末、良い解決法が見つかったとエレノアは椅子代わりにしていた小岩から降りた。そうして、ふと口元に手を当てる。


 「……でも最後に一曲だけ、歌おうかしら」


 人々の前で発声を禁じられているエレノアは万一、力が制御出来なくなった場合にと特殊な効果のあるチョーカーを首に着けていた。けれどこれを使えば喉を潰すだけでは済まない。間違いなく死んでしまう。このチョーカーは簡単にいうと自死する為の魔導具なのだ。


 エレノアはううむと唸る。


 「まぁ方法は後で考えましょう」


 平然と自分の喉を潰すというあたり、色々とエレノアは破天荒な性格の姫だった。


 岩肌に囲まれた誰もいない地に姿勢良くスッと立つ。最後なのだからと昔からずっと歌いたかった歌に決める。


 それはエレノアが最も禁じられている、神殿で教わった『闇の唄』の一曲だ。争乱を呼び何もかもを否定し、最後に死を招く唄である。


 幼少から彼女は人々に幸福を与えるよう、明るく清く前向きになれる言葉を使うよう厳しく教育されてきた。だがたまに思うのだ、一度で良いから誰かを思いきり罵ってみたい、口喧嘩をしてみたい――そんな衝動に駆られる時が。


 相手が王族であれば多少ならエレノアの力を受け止められる。だが今はもうまともに自分と会話する者さえいないのにそれは土台無理な話だ。


 そんな事を思いながら、エレノアは周囲など気にもとめず一心不乱に歌い続けた。


 ――ガサッ、ガササッ


 「!」


 急に草が擦れる音が聞こえ、エレノアは驚いて歌うのを止めた。岩肌には小さな隙間があり、向こうは森が続いている。何かわからないが獣でも迷い込んだのかと焦った。エレノアの力は人間以外の生物にも大きく影響する。それは癒しの力だけではなく、その逆にも作用する。


 「いけない!今の歌を聴いていたら大変だわ……!」


 この力は絶大で、聴いた者は死ねと言われれば死ぬし、生きろと言えば生きる。精神や命を声のみで意のままに操れるのだ。受ける側からすればとんでもなく恐ろしい力。祖母が常日頃から声を封じるようにと口にするのは理解できる。


 その場に立ち竦んだエレノアは辺りを見渡す。


 「誰も入って来られないはずなのに……」


 こんな事今までなかったのにと、エレノアの顔は青くなった。今のは『闇の唄』、呪いの言葉をありったけの力を込めて歌ってしまった。慌てて物音のした方へ寄るが、そこには誰もいなかった。


 「いない」


 倒れてる獣は発見出来ず、一人困惑していると急に背後が暗くなる。


 「……ん?誰だ、あんた」


 低い声が落ちてきて振り向くと、腰に剣をさしボロボロの薄汚れた格好の男が立っていた。まるで山猿のようでエレノアは目を開く。


 男の髪は短く茶色。瞳も同じでどうやら王族ではないようだ。それにしても何故部外者が……とエレノアは呆然としていたがすぐ我に返った。男が生きている事に心の中で安堵する。


 「あ、あなた!今のわたくしの……も、もしかして聴いて……しまった!?」

 

 「え?」


 エレノアを見てそれまできょとんと不思議そうにしていた男はエレノアの剣幕に顔をひきつらせた。何のことかと目を瞬いている。


 鈍い反応に焦れエレノアは男に近づき、両手を彼の頬にあてた。身長のある男なので伸びをしなければならないが仕方ない。エレノアの着ていた薄く真っ白な巫女服が揺れ、男はぎょっとし目を逸らす。


 その奇妙な変化をエレノアは見逃さなかった。

 

 「やっぱり!どこか変な所があるんでしょう?早く言って!治すから!」


 「は?」


 「だから、わたくしの歌を聴いてどう思ったのかって聞いてるの!」


 あの唄は呪い、死を呼び寄せる唄。よって個人で時間差はあるが、死を誘発させる力がある。もし男が死に捕らわれたなら、何かしら思考も変化してくるはずだ。


 だが男の言葉はエレノアが予想するものと全く違っていた。


 「ああ、あの歌か。その……何ていうか、良かった……?と思うぞ」


 男は何故かしどろもどろにそっと恥じらいでそう答えた。


 「…………」


 断じて歌の感想を尋ねたわけではない。エレノアはぽかんと口を開けた。


 男は極度の音痴だった。


 この山猿……。いや彼の名はアルフレド・メロゥという。このような身なりだがなんと伯爵位があり、隣のフェリシア王国に領地がある。場所は丁度ティアトラスと隣接しており国境、所謂辺境域にあるそうだ。


 エレノアとアルフレドは岩に腰掛け、お互いの身の上を語り合った。


 「……でも驚きましたわ。わたくしの力が全く効かないなんて。世の中には貴方みたいな方もいるのですね」


 あの後疑って試したが、本当に歌も言葉も全てアルフレドには効かなかった。こんな人間もいるのかと不思議な心地になる。


 「すまなかった。ここも隣国だなんて思いもしなくて……」


 ポリポリと頭を掻き、アルフレドは申し訳なさそうにしている。彼は狩りをしていて谷に迷い込んでしまったらしい。


 「いいえ、ここは地図にない特別な土地ですから。貴方が迷い込んだのは仕方ない事ですわ」


 「いや、それは俺が悪い。狩り場の向こうは国境と理解していたのに。……実は白状するが、恥ずかしいことに俺は方向音痴なんだ……すまん」


 方向音痴……。何度も頭を下げて謝るアルフレドの姿が可笑しくて、エレノアはクスクスと笑った。心が少しずつ軽くなる。


 ああ、こんなに人と話したのは何年ぶりだろう。


 不意にアルフレドが顔を上げた。西日の傾きを気にしているようだった。もうじき陽が暮れるのだ。


 「ではエレノア姫、俺は戻るとするよ」

 

 「あ、あの、また来て……くださる?」


 咄嗟に彼の袖を掴んでしまった。すがるような目でアルフレドを見上げる。彼はふっと微笑んだ。


 「貴女が迷惑でないならまた来よう」


 「! はい」


 そうしてエレノアとアルフレドは再びここで逢う約束を交わした。


 後日知った事だが、当時のアルフレドは父のメロゥ伯爵と不仲で、実家を出て様々な国を渡り歩いていた。剣弓の腕前も高く、狩猟や用心棒まかいの仕事をしながら旅をしていた。


 だがその父が亡くなりアルフレドは爵位等の相続をせざるを得なくなり、帰郷する事になったのだ。


 二人は秘密の谷で定期的に逢瀬を続けた。そして数度の紆余曲折を経て、無事祖母に結婚の許しを貰う事となった。


 婚儀の日にエレノアは祖母から首のチョーカーを外すようにと言われ、外した。


 「おばあ様、本当にこれを外してしまっても良いのですか?」


 「お前さんにはもう必要ない。これからもし何かあっても、隣の婿殿が何とかしてくれるじゃろうて、のう?」


 アルフレドはエレノアの隣で首肯する。


 「ああ、」


 その返事に祖母は皺だらけの顔をさらにくしゃくしゃにして笑った。


 「良かったね、ほら私の視た通りだ」


 実はあの時の予知は彼女の嘘だった。こうなる結末を見通していた祖母は、自発的にエレノアが秘密の谷へ出向くよう、暗に誘導していたそうだ。


 エレノアははぁと息を吐いた。


 「もうおばあ様ったら、そうならそうと教えてくれても良かったのに」


 「ほっほっ、お前さんに話すと変に警戒しておかしな行動をとるやもしれん。それにこれまでろくに人と話した事のない娘が突然男となど、どうなるか……まぁそれは杞憂であったが」


 祖母の予知は百発百中でたまに映像が視える時もある。その中にはアルフレドの姿が出ていたそうだ、だから祖母にすんなりと結婚を認められた。


 「お前達を視た時、虹が出ていた。これはティアトラスにとっても善き縁である。どうか我が一族の血を世に広めておくれ。この地で私はお前達の繁栄を願っているよ」


 エレノアは祖母に微笑んだ。この国の王族はより強い力を得ようと、長く同族同士の婚姻を繰り返してきた。それが原因なのか不明だが、生まれた子は体が弱く短命の者が増えてきていた。


 年々、王族が――癒しの力を持つ者が減少していく。その事を祖母はずっと危惧していた。


 「幸せにな」


 そしてエレノアはアルフレドの妻としてフェリシア王国にあるメロゥ伯爵領で生きることとなった。


 メロゥ領で生活を始め落ち着いた頃、エレノアはすぐに子を身籠りリリアナが生まれた。髪は父親譲りの色。だが瞳はまごうことなき薄紫でティアトラスの力を受け継いでいる。けれどリリアナの癒しの力は自分と比べ、それ程でもない様で安堵する。


 やはりそこは夫アルフレドの血も影響しているようだ。


 「ねぇ、アルフレド」

 

 「どうした、エレノア?」


 生まれたばかりのリリアナを胸に抱き、隣で寄り添う夫の名を呼ぶ。


 「リリアナの事だけれど、わたくしの実家へはこの子は『父親の血が強くて力の発現はなかった』ということにしておこうと思うの。あ、勿論おばあ様とマリエラにだけは本当の事を伝えておくわ」


 「んん、まぁエレノアがそうしたいなら良いんじゃないか」

 「ええ、ありがとう」


 娘の力はごく僅かだが、もし力があると知られれば恐らく神殿へ顔を見せるよう要請がある。場合によってはそのままそこで数年修行を強要される。


 まだ幼い娘が愛情をろくに受けぬまま、親元から引き離される。それだけは御免だ。この子は自分の元で育てたい。リリアナにだけはエレノアと妹の様に寂しい思いを味わわせたくなかった。


 

◇◇◇


 お母様の寝室は侍女達が忙しなく動き回っている。産婆はお母様のそばにいて声をかけている。私が来ると彼女は席を立ち、手招きした。


 「お嬢様、こちらに座ってエレノア様にお声をかけてあげてください」


 「はい」


 緊張しつつも私はお母様の手をとり握る。それを見届けた後、産婆はお母様の足元に移動し赤子を取り上げる準備を始めた。


 「お産の途中でもしエレノア様のお加減が気になる様でしたら、いつでも力をお使いください」


 「はい」


 ここにいる産婆や侍女は皆、お母様は勿論、私の事情も知っている。今は気兼ねなく癒しの力を使う事ができるのだ。 


 段々お母様の呼吸が荒くなり汗が吹き出してくる。


 「ああ、エレノア様。もう少しです。力んでください」

 「頑張って、お母様」


 私は彼女の体の痛みが和らぎ回復するよう、癒しの力をゆっくりと流した。


 「――ほぎゃ、……ほぎゃあぁ!」


 やがて元気な泣き声が部屋中に響き渡った。手際良く産婆が生まれたばかりの赤子の処置を行い、清潔な布にくるんで抱えお母様と私の前に来た。労うように産婆は赤子をお母様に近づける。


 「エレノア様、おめでとうございます。元気な男の子がお生まれになりましたよ」

 

 「……ふふ、」


 男の子。私の弟だ、覗き込み瞳の色を確認すると薄紫で、僅かにある髪はお母様と同じ金色だった。お母様は赤子を抱え、ほっとした様に瞳を和らげる。


 無事出産が終わったと報せを受け、すぐにお父様とディア様が部屋に入ってきた。二人共、さっきの私と同じように赤子を愛おしそうに見つめていた。お父様が気遣いの顔を見せた。


 「無事生まれて良かった。……エレノアの体は大丈夫なのか?」


 「ええ、リリアナがずっと私を癒してくれていたから大丈夫よ。思ったより早く回復しそう」


 「ふ、流石リィリィだな」

 

 お母様の頬に赤みが差しているのをみてほっとする。出産時は出血があったので貧血が心配だったがどうやら大丈夫そうだ。


 念のため、血を補い滋養に良い飲み物を用意しますと侍女が厨房に駆けていった。私は近くにある棚から肩掛けを持ってくるとお母様の肩にかけた。


 「ありがとう、リリアナ」


 「お母様は疲れているのですから、無理せずゆっくり休んでくださいね」


 私達家族の姿を眩しそうに見ていたディア様はふと顔を上げた。


 「そうだ叔母上、御子の名は何と呼べば?」

 

 「ふふ、もうねアルフレドとずっと前から考えていたの。この子はテオ、……テオドールよ」


 「テオドール」


 こうして弟、テオドールは無事誕生した。

 

 


 


 


 

 

 



 

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