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第56話 リリアナのお土産とお母様の話



 路地裏の奥にある狭い通りを走り抜け、黒衣の男は壊れた塀の隙間から顔を出すとそのまま外へ出た。そして隠してあった馬に乗り走らせる。


 だが途中そこで何かの違和感を感じたのか、ふと手元に目を落とした。手首にある、いつもの感触がない事に気づいたからだ。


 ローブを捲りその箇所を確認した瞬間、男がハッと目を見開いた。


 「……! どこで落とした。まさか――あそこか!」


 先程、男達の前で剣を抜いた場所が脳裏に浮かび、彼は悔しそうにギリと唇を噛む。


 何と言う失態だ。


 この町での任務は終えた。あとはこのまま仲間と合流すれば良いだけだ。だがあれをあのまま放置しておくのはまずい。


 国交のないこの地にあれの意味を正しく理解する者がいるとは思えないが、万が一という事がある。辺境の田舎町といえど、異国の風習や知識に長けている者がいないとも限らない。


 厄介だ。だが――


 「今戻るのはダメだ。……仕方ない」


 もう一度、町へ引き返そうとしたが男は唸り踏みとどまる。冷静になれと自身に言い聞かせる。


 正直あれは最早自分にとって意味のない物。むしろ一刻も早く処分すべき物ではなかったか。


 それに今更あれの意味を知る者がいたとして何だというのだろう。あんなモノ、交渉にすら使えない価値のないものではないか。


 「……まぁまだ時間はある。後でまた来れば良いだけだ」


 男は低く嗤うと、そのまま馬を走らせ消えていった。



◇◇◇



 晩餐が始まるまで時間がある。その間に私はお母様の所に行き、王都で買ってきたお土産を渡すことにした。侍女や使用人達の分もあるので、手の空いている者にも来てもらう。


 買ってきた荷物をほどき、王都で流行している布地や糸。髪飾りや装飾品、ハンカチ等を出していく。他に購入した筆記具もテーブルに並べた。


 「はい、これが皆の分ね」

 「お嬢様。ありがとうございます」


 「まぁ、この生地の色柄。この辺りでは見た事がございません。質感も滑らかで。流石は王都のお店ですね」


 沢山買って来たので各々で好きな物を選んでもらう。使用人達は喜び、皆でどれにするか話し合い始めた。その横から私は荷物の奥にある綺麗に包装された品を手にし、お母様に持っていく。


 「お母様にはこれを」

 「まぁ、これは素敵な肩掛けね。暖かそう。ありがとう、リリアナ」


 お母様が包装をほどくと、中から厚手の肩掛けが現れる。女性は、特に妊婦の冷えは大敵だから、なるべく暖かく過ごせる物をと思い購入したのだ。


 嬉しそうに肩掛けを広げる彼女の顔を見て、私の顔も思わずほころぶ。


 そうして品物を選び終えた使用人達は再度私に礼を言うと、お土産を手に各々の持ち場に戻っていった。


 今はもう室内にいるのは寝台にいるお母様と私だけ。買ってきた肩掛けを彼女にかける。


 「それではお母様、そろそろ私もお部屋に戻りますね」

 「待ってリリアナ。少しお話しても良いかしら?」


 「? はい」


 何か話したい事があるらしい。明日の段取りの事だろうか。私は部屋に戻るのを止め、寝台近くにある椅子に座った。


 お母様がこちらを見る。


 「ディアから町に行ってとても楽しかったと聞いたわ。気晴らしになったとも。あなたから見てあの子はどうだったと思う?」

 「ディア様ですか? はい、あの方の仰る通りです。一緒に町並みを眺めたり、カフェに寄ったり。とても楽しそうでした」


 「そう、それを聞いて少し安心したわ」


 お母様がほっとしている。彼女はディア様の事が気になっていたようだ。聞けば彼はメロゥ領に来るのは初めての事らしい。


 「あなたには昔話した事があると思うけれど。あの国では女性王族が男性よりも力を持っている。だから王子という身分であるにも関わらず、あの子は王位継承権を持たない。このままだと女王となる者の王配か他国の姫との婚姻。……もしくはあの国で臣籍に下る可能性もあるわ」


 私はお母様から昔、聞かされた事を思い出す。正直、ディア様の現在の事情までよく分かっていなかった。


 彼は今後王族としてどういう未来を辿るのか、先の事はまだ決まっていないのだ。


 「……その事が原因かどうか分からないけれど。最近ディアの様子が違うらしいの。何か悩んでいるみたいで。それもあって一度、王宮から離れさせてみると妹から言付かっているの」

 「おば様が……」


 そう、とお母様が頷く。

 

 「だからもしディアからあなたに何か話してきたら、どうか聞いてあげてね」

 「はい」


 「あと話しは変わるけれど。私と違ってあなたの力はそれほどでもないわ。でもそれは決して人前で使っては駄目よ。表向き、あなたには何の力も無いという事になっているから」


 「はい」


 わずかだが私に癒しの力がある事は秘密だ。知っているのは両親とお母様の妹である巫女姫。従兄妹のディア様、そして婚約者のシオン――


 いつの間にか物憂げな表情になったお母様が私の手に触れる。私は首を傾げた。

 

 「お母様?」

 「……本来、この力は誰の中にも備わっているものなの。程度の差はあるけれど……自分の力で傷を克服してこそ得られるものがある。私達がいたずらに干渉してしまえばその機会を奪う事になりかねない」


 傲慢になっては駄目よと彼女はいう。


 「私達は万能ではない。確かに怪我や傷を治す事はできるけれど、本当の意味で救う事はできないの。それができるのは自分自身。その人の力を信じてあげなくてはいけないわ」

 「……」


 珍しくお母様は饒舌だった。たまに彼女はこう、何か予知のような謎めいた言葉を口にすることがある。これはその時ととてもよく似ていた。


 「もし、それでも癒しの力を使わなければいけなかったら……?」

 「そうね。選ぶのはあなた。でもその時はその人の運命に責任をもつこと」


 私は瞳を瞬かせた。


 「――運命、ですか?」

 「そう、」


 癒すことによって選択肢の一つがなくなる。その先の道が消えてしまうということだ。一つの可能性が潰れる。つまり運命が変わる――彼女はそれを言いたいのだ。


 「一番良いのは力を使わず、必要以上に干渉しないこと。そうすれば相手はありのままの自分を受け入れ、未来を掴んでいくわ」


 彼女の言葉に私は何と答えて良いのか分からず下を向いた。これから先もこの力は身近な者以外に使うつもりはない。――でも断言は出来ない。


 実際にその場面に遭遇したら、私はどうするんだろう。


 考え込んでいるのが伝わったのか、お母様がふふと笑う。


 「そうね。答えはその時にならなければ決められないわね。でもリリアナなら、きっと大丈夫」

 「お母様、」


 やがて使用人が晩餐の準備が整ったことを知らせにきた。私は身支度をしてくるとお母様に伝え、部屋に戻った。


 

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