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第55話 噂の指示役と釣り帰りのお父様とカールトンおじ様



 「で、その子供ってのは――」


 「お客様、こちらをどうぞ」

 「うん? こんなもの俺は頼んでないぞ」


 いつの間にか男達の元へやって来た給仕が飲物の入ったグラスを置いていく。首を傾げる彼らに給仕は爽やかに返事をする。


 「はい。今日は特別に当店自慢の果実水を皆様にお配りしております。どうぞお飲みください」


 「おっと、これは熱いな」

 「この飲物は温めることで甘味が増すものでして……」


 周りを見ると他の客達も果実水のグラスを手にし、冷ましながら口にしている。その様子を確認し理解したのか、彼らも同じように飲み始めた。


 やがて食事を終えた男達は席を立ち、会計を済ませ店を出ていった。私とディア様も同様にお金を払い店を出て、そっと四人の後をつける。


 店を出た彼らはそこから少し離れた人通りのない路地裏にすっと入っていった。その間、表通りを何度も振り返り、落ち着かなく視線を動かしている。


 「それでまだなのか?」

 「遅いな」

 「ああ、俺達が出たらすぐ来ると言っていたんだが……」


 まだ仲間がいるのだろうか。彼らの様子から察するに誰かを待っているようだった。


 物陰に隠れてこっそり様子を窺っていると、ディア様が「そろそろだな」と耳元で囁いてきた。私ははいと頷く。


 暫くして表通りとは反対の道からコツコツと足音が聞こえてきた。現れたのは長身の黒いローブを纏った男。フードを目深に被っている為、顔はよく見えなかった。


 四人の内一人がローブの男に気付き手を上げる。


 「あんたか。頼まれた仕事はしたぞ。早く金をくれ」

 「……わかった」


 四人は本当に噂を流すだけの仕事を受けていたようだ。ローブの男は懐から金が入っていると思われる皮袋を取り出し彼らに渡す。だが受け取る瞬間、噂を流していた男がハッと驚いた声をあげた。その目には少し怯えも混じっている。


 「お前、その髪の色。エルディア人か!一体この国に何をしに来た!」


 「は、何をしに、か。それはお前達に依頼した事そのものだ。それにしてもお前のその言い方、気に入らん。理由がなければ我らはこの地に足を踏み入れる事も許されぬのか」


 男の反応が気に触ったのか、ローブの男の声が次第に低く苛ついたものに変化する。彼らの剣呑な空気がこちらにも伝わってきた。


 ――エルディア人、か。


 正直、男達の反応はわからないでもない。王都ではここ数年エルディア人労働者が増えてきており、姿を見かける事がある。接する機会も多くなってきたので、段々彼らの人となりは理解され始めている。


 だがメロゥ領のような辺境の田舎町は未だエルディア人の存在は正しく認識されていない。元々領民が彼らに抱くものは決して明るくなく、気性が荒く知性のない、黒髪と瞳をした民族という印象を持っている。


 男はローブの内側からすらりと剣を抜き、構えてみせた。それを見た四人の顔色が一気に変わる。


 「目的は達したが気が変わった。お前達にもう用はない。生意気なフェリシアの民よ、今すぐここで消えてもらおう」

 「なっ!?」


 「ま、待て!剣をおろせ!俺達はそんなつもりじゃ……!」


 「うるさい。まずはお前からだ」

 「うわぁ、助けてくれぇ!」


 相手が丸腰にも関わらず、ローブの男が躊躇なく剣をおろす。狙われた男の左腕を剣が掠め、そこからポタポタと血が流れた。


 まずい。カフェにいる間に町に駐在する護衛官に噂の件を伝え直に注意してもらおうと彼らを呼んでおいたのだが、これ以上待っていたらあの人達が危険だ。


 私が堪えきれず身を乗り出そうとした時、側にいたディア様が私の腕を掴んで引き留める。そして行ってはいけないと首を振った。


 やがて表通りからバタバタと靴音が聞こえてくる。町の護衛官達がやって来たのだ。


 その内の一人が威嚇するように大きな声を出した。


 「お前達、何をしている!」

 「!?」


 「……ちっ、護衛官か」


 ローブの男が護衛官を見て忌々しそうに舌打ちする。そして表通りに抜ける道とは正反対の路地に走り出し、あっという間に見えなくなった。


 「おい! 待て!」

 「待ちなさい。深追いはしなくて良い」


 護衛官らが男を追いかけようとした時、後ろから彼らを制止する声がした。振り向くとそこにはお父様とカールトンおじ様の姿がある。


 「お父様、」


 驚いてポカンと口を開けていると、お父様は私を見て呆れたように溜め息を吐いた。その横ではおじ様がクスクス笑っている。


 お父様が渋面になった。


 「全く、どうしてリリアナがこんな場所にいるんだ。……まぁ事情は後で詳しく聞く。そんな事より今はこちらが優先だな」


 護衛官が囲んでいる男達から話を聞く為、お父様は向こうへ行ってしまった。代わりにおじ様が私の所にやって来る。


 「久しぶりだね、リリアナちゃん。おや、そちらの方は……」

 「あっ、この方はディア様といって――」


 おじ様にどう伝えるべきか迷っていると、ディア様が自ら進み出てきた。その姿はとても落ち着いていて凛としている。


 「お久しぶりです、カールトン卿。学園での卒業パーティー以来ですね」


 「! ああ、道理で見覚えがあると思ったよ。名は……ああ、ディア様、で良いのかな。とにかくお元気そうで何よりです」


 ディア様の顔を見ておじ様が思い出したように笑みを作る。彼はエドワルド学園の創始者である。因みにとても頭が良く記憶力も当然良い。恐らくは隣国からの留学生も全て把握しているはずだ。


 きっとおじ様は一目見てディア様が何者なのか理解したと思う。


 それにディア様の落ち着きぶりから察するに、カールトンおじ様と私が知り合いという事に特に驚いている様子はなかった。もしかしたらお母様から色々聞いているのかも知れない。


 悶々と色々思考しているとおじ様が背中に背負っていた籠をドスンと置いた。中には活きの良い魚が沢山入っている。


 「すごい、こんなに沢山」

 「ふぅ、重かった。これはね、メロゥ伯爵がほとんど釣ったんだよ。どうしても君に食べさせてあげたいと言ってね」


 あ、ちょっとそれ見ててね、とおじ様も護衛官の元へ駆けていく。何があったのか気になっているようだ。


 とりあえず魚の入った籠は脇に置いておき、私とディア様もお父様の所へ行く。


 「全くこんな昼間から騒ぎを起こして……。とりあえず話は駐在所で聞く。こっちに来い」


 四人の内、怪我をしている者が一人いた。剣を持ったローブの男にいきなり切りつけられたのだ。出血がある為、応急措置を施してから連行するらしい。血は思ったほど流れていなく、幸いにも止まりかけていた。


 処置する場面をおじ様は注意深く観察している。私も気になったのでそちらへ寄る。


 「怪我の具合、大丈夫ですか?」

 「ああ、リリアナちゃん。これを見てごらん。切りつけた者はエルディア人らしいけど……まぁ外見だけで確定は出来ないが、少なくとも剣はエルディア製だね」


 「! エルディアで造られたという事ですか?」


 そうだね、とおじ様が切りつけられた腕を示す。


 「ほら、この傷。切り口に乱れがある。これは悪い鉄を使っている証拠だ。エルディア製は特にその傾向があるから他より値段が安い。不純物が多いとどうしても綺麗に切れる剣にはならないからね。製造法で補う事も可能だが、あの国は雑な仕事しかしない。まぁだから戦争をしたい国にとってフェリシアの鉱山は魅力的なんだ」


 「この国には良質な金属が採れる鉱山が幾つもありますしね」

 「そうだね」


 昨年起こった鉱山所有者乗っ取り事件を思い出す。あれ以降もう武器の材料となる金属が採掘される鉱山は国が所有権を半分持つことになった。そのためエルディアの力は及ばない。


 質の良い武器を製造し効率良く人を殺す。エルディアとは国交がないため詳細な情報は入ってこないが、あそこは軍事国家として知られている。


 「あの国は建国以来の政策で食べ物より武力。武器の製造量産を優先する。民の事は二の次。だから彼らは常に飢えている。今のフェリシアは争いもなく人々も豊かになってきているから、妬まれる対象にはなるだろう。……まぁその殆どは逆恨みだけどね」


 口を動かしながらおじ様はしゃがんで地面をあちこち調べている。やがて何かを拾い上げ、面白い物を見つけたと私を呼んだ。


 それは変わった組み方をした紫色の紐だった。


 「これは」

 「飾り紐だね。古びているが美しい。エルディアの伝統的な編み方だ。かの国で紫色は特別な意味をもつ。基本的にこの色は高貴な者しか身につける事が出来ないんだ。……ふふ、これを落とした者は今頃相当慌てている事だろう」


 瞳を細めおじ様は怪しい笑みを浮かべると、その飾り紐を丁寧にハンカチで包み懐にしまった。


 やがて護衛官に男達が連行されていく。念のため駐在所で詳しく事情を聞くとの事だった。この件について彼らに注意した後は釈放する予定らしい。


 領主であるお父様は護衛官と共に駐在所へ行き、カールトンおじ様と私達は一緒にメロゥ邸へ帰ることになった。



◇◇◇



 メロゥ邸に着き、魚の入った籠をおじ様と共に厨房に運ぶ。今夜の晩餐はおじ様夫妻も来るとの事だった。一緒に戻ったディア様には晩餐の時間になるまで少し客室で休んでもらっている。


 「そうだ、リリアナちゃん。これを君に渡しておくね」

 「? これってさっきの……」


 おじ様は先程懐にしまった飾り紐を取り出し、私に渡してきた。首を傾げる。本来これは護衛官かお父様が逃げた犯人に繋がる物として保管しておくべき物じゃなかろうか。


 そんな私の考えを見透かすように彼がふ、と小さく笑みをこぼす。


 「まさか持ち主は君のような娘にそれが渡っているなんて思いもしないだろう。嫌なら捨てても大丈夫。でもそれは王都に、学園に戻ってからにしなさい」

 「おじ様はその人が王都にいると考えているんですか?」


 「さてね、どうだろう」


 こちらが疑問を口にすると、僅かにとぼけた仕草で彼は返してくる。だがその瞳は何かを確信しているかのように強いものだった。


 飾り紐を握り、おじ様を見上げる。


 「……本当に捨ててしまうかも知れませんよ?」

 「君の好きなようにしなさい」


 まぁ怖かったらシオン君に渡しても良いけどね、と彼は私の頭を撫でた。



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