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第54話 久しぶりの帰省と珍しい来客



 半日以上馬を走らせ、ようやくメロゥ邸に到着した。見慣れた風景、変わらぬ我が家にホッとする。


 だが、門の中をみるといつもと違う光景があった。そこには小綺麗な馬車が停まっている。そしてもう一つの違和感。今日は私が帰省する旨を事前にお父様達に伝えていたのだけど、一向に誰もやって来る気配がない。周りを見渡しても使用人の姿がないのだ。


 「……お客様でも来てるのかしら」


 内心首を傾げつつ、馬車から降り屋敷に入る。


 扉を開け入った途端、メロゥ家の使用人達がソワソワと忙しなく動き回っているのが見えた。何事かと呆然と立っていたら、侍女が気づき慌てて近づいてきた。


 「あっ、お嬢様。王都からお戻りになられたのですね」

 「ええ、今戻ったのだけど。……何かあったの?」


 それがと彼女が顔を曇らせる。


 もう一人の使用人も頬を紅潮させ小走りでやって来る。因みにこの使用人は女性である。


 「お嬢様。とにかく早くお部屋に戻り、お着替えください!」

 「は……はい」


 侍女が使用人の言葉に頷き私を部屋まで案内する。特に何もない日は大抵一人で着替えるのだが、来客をひどく意識しているのか珍しく侍女が着替えを手伝ってくれた。


 着てきた旅装をあっという間に脱がされ、上等な来客対応用のドレスに着替えさせられる。


 髪を整え化粧を軽く施されている間、私は正面にある鏡を介し真剣に手を動かしている侍女に話しかけた。


 「それで今、どなたが来ているの?」

 「……奥様の御親戚の方だそうです」


 「えっ!?」


 予想外の答えに思わず裏返った声が出てしまった。


 御親戚?


 「それって、もしかして隣国の……よね?」

 「はい。それはもう美しい方でして。その方は奥様のご出産に立ち会いたいと仰っておいでです。その為本日よりしばらくこの屋敷に滞在されるとの事です」


 それは大変だ。


 この屋敷にそんな来客があるなんて。しかも突然来たので何の準備もしていなかったらしい。それで大慌てで家人達が動いていたのだ。


 そう、そしてお母様は妊娠し臨月に入っている。産まれるのはもう間近。占いが得意なお母様

の見立てでは、恐らく今日明日中に出産するとの事だ。大分前に私にその連絡が来ていたのだけれど、これに関しては的中率が高い。


 またこの世界で彼女の年齢での出産は十分に高齢出産だ。お母様なら心配するのは杞憂となるかも知れないが、念のため私も早めに領地に帰る事にしたのだ。


 万が一の事があれば、癒しの力を使おうと思って――


 それにしても『親戚』か。私の身支度を手伝ってくれている侍女は元々メロゥ伯爵邸で働いていた者。お母様の輿入れ時、隣国から侍女や使用人を数人連れてきているが、彼らは今お母様の側にいるのだろう。そのせいか、この侍女は『親戚』が何者なのか、よく分かっていないようだった。


 何にせよ、ご挨拶はしておかないと。


 準備が整い一階に降りると、そのまま妊婦用に臨時に作ったお母様の寝室へ案内される。本来、両親の寝室は二階だが、階段を上がるのは妊婦にとって負担となるからだ。


 「お母様、リリアナです。王都よりただいま戻りました」

 「お帰りなさい、リリアナ」


 来客に対しても失礼のないよう丁寧にカーテシーをする。顔を上げると寝台から体を起こしている大きなお腹のお母様とすぐ側の椅子に若い男性が座っていた。この人が家人達が騒いでいたお客様だ。


 その青年はとても眩しくキラキラしている。一見、麗しい女性と見紛う容貌。そして艶めく紺色の髪――


 青年が私に気づき、嬉しそうに微笑んだ。


 「久しぶりだな、リィリィ」

 「ディア様!」


 覚えのある姿に私は声をあげた。この方は隣国のディアクロード殿下。お母様の母国の王子様だ。


 彼の母は私のお母様の妹君にあたり、現在巫女姫をされている。つまり私とディア様は従兄妹同士というわけだ。


 びっくりしている私に彼は立ち上がり近づいてくる。至近距離だとさらに光が増してすごい。実はこの方もシオン同様、ゲームの攻略対象者なのだ。


 久方ぶりの再会にディア様は嬉しそうに話しかけてくる。


 「卒業パーティー以来だな。またより一層美しくなって、見違えたよ」

 「ディア様こそ、しばらくお会いしない間にまたご立派になられて……」


 『美しい』シオン以外が口にしないワードが聞こえたような。これはきっと気のせい、気のせい。


 嬉しいけれど、あくまでも社交辞令なのだと自分に言い聞かせる。


 それにしても今日のディア様は華美な服装でなく、落ち着いた外出用の服を着ている。パッと見、中流貴族のような格好だ。学園の制服姿しか知らない私にとっては、ちょっと新鮮だ。


 外に停めてある馬車もあまり目立たぬ使用だったので、王族と思われぬよう配慮しているのだろう。


 「ふふ、二人ともご挨拶はそのくらいにしてこちらへお座りなさい。ほら給仕がお茶を出す時機に困っているわ」


 お母様の視線を辿ると紅茶を乗せたカートの前で控えている給仕がいた。


 「叔母上の仰る通りだ。リィリィもこちらへ」

 「は、はい」


 お母様の寝台近くに用意された椅子に私とディア様が座る。テーブルに給仕が紅茶と茶菓子を並べ始めた。


 「ところでお母様。お父様はいらっしゃらないのですか?」

 「それが今朝から隣のカールトン様と領地視察のついでにミディール川へ釣りに行くといって……。あそこは高級魚が獲れる場所で、今日はリリアナが帰ってくる日だからと言って張り切っていたわ」


 「そうなのですね」

 「なんと。伯爵自ら愛娘のため足を運び、食材を……リィリィは良い父を持ったな」


 しきりにディア様が感心している横で私は心の中で苦笑する。


 これは単にいつもの野外活動の一環だ。あの二人はお互いアウトドアが趣味のようで出会った頃から意気投合し、暇さえあればあちこち領内を巡り歩き、釣りや狩猟、登山等に勤しんでいる。


 紅茶を飲み、ふとそばにある菓子に目がいく。この辺りではあまり見たことのない焼菓子や砂糖菓子が綺麗に皿に盛られている。中でも砂糖菓子は様々な色があり美しい。丸や尖った形をして金平糖に似ている。


 「私達の国では砂糖を溶かし色をつけ、様々な形にする。贈り物によく使われる品なんだ」


 珍しそうにじっと見ていたら、ディア様が教えてくれた。そうしてその一粒を摘まむと私に近づけてくる。砂糖菓子より彼の美しい指先と涼やかな眼差しに目を奪われた。


 「ほらリィリィ、口を開けてごらん」

 「!……あ、甘、」


 言われるまま、つい無防備に口を開けたら砂糖菓子を放り込まれてしまった。驚いた。ディア様が手ずから――


 お母様が驚いて(たしな)める。


 「まぁ、リリアナったら。……全くディアも(たわむ)れがすぎるわ」

 「ふ、すみません叔母上。つい学園に留学していた頃を思い出してしまいました。実はリィリィはそこで手懐けた小鳥によく似ているのです」


 「まぁ」


 彼のつけたリィリィという名は私と学園に棲む青い小鳥に使われている。ディア様は懐かしそうに当時の話をお母様に聞かせている。


 餌付け。つまり今起こった出来事は餌付けととらえて良いという事だ。……うう、ドキドキした自分が恥ずかしい。


 「理由は分かったわ。でも今見たこと、シオンさんには言わないでおくわね。ディアもそうだけれど、リリアナももう少し淑女として自覚を持たなければいけないわ」

 「はい。すみません」


 「ではシオンの見ていない所での餌やりなら問題ないか……」

 「ディア、」


 お母様が軽く彼を睨む。ディア様は肩を竦め「気をつけます」と瞳を伏せる。その姿が何だか悪戯を窘められる子供のようで、堪えきれずつい笑ってしまった。


 彼はお母様が無事出産を終えるまで屋敷に滞在する。これは彼の母である巫女姫様から命じられた事だそう。ふとお母様が窓の外を見て口を開く。


 「……そうね。まだ夕刻までは時間があるし。折角だからリリアナ、二人で近くの町へ行ってくるのはどうかしら」

 「町ですか。それは良い。私も一度メロゥ領を見てみたいと思っていたのです」


 けれどと私はお母様のお腹をみる。


 「ですがお母様はもうすぐお子が産まれます。万が一、産気づいたら……」


 するとお母様がにっこり微笑んだ。


 「大丈夫よ。恐らくそれは明日になると思うわ。今日はまだね」


 昔から彼女は占いが得意でその精度は非常に高い。これもそういう結果が出たからという意味なのだろう。


 「叔母上が言うなら間違いない。ではリィリィ、早速出掛けよう」


 隣でディア様が私の手をとる。こうして私達は伯爵邸から一番近い町へ行く事になった。



◇◇◇



 伯爵邸の馬車に乗り、町の入口に着く。そこからは馬車を降り徒歩で回る予定だ。


 町ではあまり目立ちたくないので、私は町娘風のワンピースに着替えた。隣のディア様は先程の服のままだが、相変わらず気品が溢れどうみても高貴なお方にしか見えない。他に違う所といえば腰に剣をさしていることだ。


 王子という身分は色々と身の危険に晒される事がある。剣はその防衛手段の一つだ。また遠巻きにディア様付きの護衛もいたりする。


 「リィリィ、ここでは私は君の縁者であり騎士という事にしよう」

 「わかりました。そういう設定ですね」


 楽しそう。私が元気よく同意するとディア様が肩を揺らして笑った。


 「設定、か。リィリィは本当に面白いな」


 町を歩きながらディア様と子供の頃の話で盛り上がる。昔隣国の神殿で彼といた時、二人でよく『ままごと』をして遊んだのだ。


 しかも当時、私はディア様を女の子だと思っていたのでよく女役をさせていた。


 「私がお父様でディア様がお母様。うさぎの人形が子供で――。あっ、そういえばあの人形どこに……」

 「あのうさぎは今も私の部屋にある。リィリィが友好の証だと言ってくれた物だからな。大切に飾っているよ」


 ディア様が微笑む。至近距離の美形の笑みは威力がある。眩暈を起こさないよう踏ん張った。


 「ふふっ、ありがとうございます。ディア様。そうだ、どこか見たい所はありますか?」

 「そうだな……」


 王都と違ってここは辺境領地の小さな町。王族が興味を示す流行の先端をいく品は到底ない。その為、買い物よりぶらぶらと見て回る方が無難かと思ったのだ。


 ディア様が思案げに呟く。


 「実は母上から領内で何か土産を買ってくるように頼まれている。良ければリィリィも一緒に選んでくれないか?」

 「巫女姫様がですか? わかりました。でもどんな物が良いでしょう」


 「リィリィ、呼び名は叔母上で構わないのではないか? 君の母上は確かに降嫁したが間違いなく一族の血を濃く受け継いでいる。それに世が世ならあの方は……いや、すまない。今のは忘れてほしい」


 寂しそうにいう彼に私は謝った。


 「ディア様、そんな顔しないでください。私こそごめんなさい。小さい頃はちゃんと叔母様とお呼びしていたのに。他人行儀でしたね」


 折角、遥々メロゥ領に来たのだから彼には何の憂いなくゆっくり羽を伸ばしてほしい。私はディア様の手をひく。


 「この町では果実水が有名なんです。ほらあの店。そうだ、ちょっと覗いてみましょうか」


 メロゥ領は辺境の田舎のため農場や田園が多い。中でも果樹園は有名だ。収穫した実はどの地域にもひけをとらず、クセもなく瑞々しく甘いと定評がある。鮮度を保たなければならない為、そのままでは駄目だがワイン等に加工する事で遠方にある王都へも出荷している。


 店に着いた。そこはもう露店ではなくカフェに改装されていた。名前は前と変わらない。私が学園に行っている間に大きくなっていたようだ。


 カフェにはテラス席があり、皆楽しそうに食事をしている。するとディア様が入ってみたいと言い出した。


 「リィリィ、ここに入ってみよう」

 「は、はい」


 店内は客で賑わっており空席待ちの列が並んでいる。けれどディア様を見た途端、女性の給仕はすぐに席を用意してくれた。しかもそこは人気のテラス席。チラリと見た給仕の顔は赤く染まっていた。


 すごい。ディア様のご尊顔の力に内心震える。


 恐れ多くも血の繋がった従兄妹なのに瞳の色以外全く似ていない。それにさっきの給仕は私が領主の娘だと全く気づいていなかった。むしろディア様しか見ていなかった。モブだから仕方ないけれど、結構傷つく。


 店オススメの葡萄果実水(ジュース)とセットのミニマフィンをいただく。ディア様がふっと呟いた。


 「今日のリィリィの変装はよく出来ているな。服装も町の領民と変わらず馴染んでいる。何より君自身がとても愛らしい」

 「……ありがとうございます」


 ちょっと落ち込んでいたので然り気無くフォローを入れてくれて、泣きそうになる。やはりモテる男は違う。


 「いや私こそ感謝するよ。こんな風に皆の目を気にせずゆっくりしたのは何年ぶりだろう」

 「喜んでいただけて良かったです」


 皆の目……。気にしないようにしていたけど、今もチラチラと周囲の女性達がこっちを――というかディア様を熱っぽく見ている。これはまだ彼にとって許容範囲内ということか。


 まぁ隣国にいたらきっと公務や何やらあるし。自国の王子という立場もある。お忍びでもなければ、落ち着いて城下町を歩くのは難しそうだ。


 デザートを食べながら会話を楽しんでいると、何処かから話し声が聞こえてきた。声のする方を向くと、四人の男達が何かを喚いている。酒も入っているのかテーブルにワインの瓶が何本も転がっていた。


 女性人気のカフェにはそぐわない男達だ。近くの席にいる女性達も眉を寄せている。


 「……それでなぁ、王都のお貴族様がなぁ。なんと王様のご落胤って噂があるんだ」

 「へぇ、そうなのか」

 「そうよ。でもなぁその母親は子供ができた途端、下町に逃げたらしいぜ。確か名前はマリア――」


 聞き耳を立てていた私の動きが止まった。


 下世話な、何処にでも流れる嘘か真実か分からない適当な話だ――


 だが今、彼らが話している内容は笑って流せる話じゃなかった。まさか王都で流れている噂がこんな辺境の地にまで伝わっていようとは。


 少し緊張している私に何かあったのかとディア様が声をひそめる。


 「どうしたリィリィ? あの者達が気になるのか?」

 「いえ何でもありません。それよりこのマフィンとても美味しいですね」


 駄目だ。今私は一人ではない。ディア様がいるのだ。努めて冷静に返すとクックッと彼が笑う。


 「ふっ、相変わらず嘘が下手だな。目が私ではなくあちらを向いている」

 「!」


 ディア様はとても落ち着いていた。


 「リィリィはここの領主の娘だ。故にこの地の平穏を守る義務がある。守るべき地を乱す可能性のある存在は早めに取り除いておくべきかと私は思うが?」


 あの男達のもつ不穏な空気にディア様も気づいている。何故なら彼らは周囲をチラチラ見ながらワザと周りに聞こえるように話しているからだ。


 要は意図的に噂を流しているのだ。


 それに庶民が王族の事を面白おかしく囃し立てたり、あらぬ噂を流す事は不敬罪にあたる。万が一、王族がこの場で耳にすれば重い罰をくだしているだろう。またそれを見過ごしていた領主にも何らかの沙汰がある。それはまずい。


 それはともかく彼らから色々聞き出したい。噂を流す目的やそれを命じた者の居場所。思うに彼らは金で雇われただけの気がする。よって保身の為となればすぐに口を割りそうだ。


 ――どうするか。


 ディア様はどこか試すような目でこちらを見ている。私が次どうするのか興味があるようだ。


 ふむと私は考える。


 「わかりました。ディア様のいう事はもっともです。うまくいくかわかりませんがやってみます。ディア様は――」

 

 「勿論、私も手伝おう。何をしたら良い?」


 彼には馬車で待っていてほしいと言おうとしたら遮られた。そして続きを促すようにディア様はふわりと笑んだ。


 


 


 

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