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第52話 貸し切り馬車と御者のおじさんと下町の噂


 「時間です。ペンを置いてください」


 講師が試験終了のベルを鳴らす。助手の人が生徒達の席を回り、順々に答案を集めていく。


 私はほっと息を吐く。

 

 ようやく試験が終わった。


 疲れた。


 今回はちょっと歴史に重点をおいて頑張ってみた。勉強中、横からシオンが教本にない情報まで教えてくれたりして、余計に詰め込み過ぎたせいで逆に疲れたけど。


 この後、簡単な終了式を行い、そのまま下校して良い事になっている。そしていよいよ明日から一月程の休暇が始まるのだ。


 終了式が終わり帰る支度をし廊下を歩いていると、特待生のジルとフィオナに声をかけられた。


 「ごきげんよう、リリアナ様」

 「リリアナ嬢、お疲れ様」


 「ジル先輩、フィオナさん。お疲れ様です」


 二人の様子を見るにどうやら特待生の試験も無事終了したようだ。彼らは筆記試験の他に技能試験もあるから大変だ。


 ふわりとジルが微笑む。


 「さっきフィオナ嬢とも話していたんだけれど。ケイト嬢も誘って皆でカフェにでもと思って、リリアナ嬢もどう?」

 「ふふっ、学園近くのカフェなんですけど、最近新しくメニューが増えたそうですよ」


 「えっ、新しいメニューですか。気になる」


 何とも魅力的なお誘いだ。彼女の言葉に私は瞳を輝かせる。どうしよう、行きたい。でも――


 私はうむむと唸った。


 「うう、本当はぜひ私もそのお店に行ってみたいです。でもこれから明日の準備をしなければならなくて……ごめんなさい」


 ジルがああと瞳を瞬かせる。


 「そうか。リリアナ嬢は実家のあるメロゥ領に帰るのか」

 「はい。明朝早くにここを発つ予定なんです。それまでに色々用意する物があって……」


 ここでの生活も二年目。大分慣れてきて、王都のことも少しは詳しくなったつもりだ。今日はこれからこの辺りにあるオススメの店を回り、メロゥ家の皆にお土産を買っていく。


 明日は早い。だから今日中に買っておかないと。


 途中からケイトが合流してくる。私達はお喋りしながら玄関先まで一緒に歩いていった。


 「リリアナさん、しばらく寮に居ないのね。でも今度の夜会で会えるのを楽しみにしているわ」

 「ええ。初めてなのでとても緊張するけれど……頑張ります」


 隣のケイトの言葉に私は弱々しく頷いた。そう、これから二週間後に催される夜会に私とシオンは出席することになっている。


 そうだ、メロゥ領に帰ったらダンスの練習もしておかないと。あと夜会のマナーも再度確認しないと。休暇とは言え、することは沢山ありそうだ。


 「リリアナ嬢、君も夜会に来るの?」

 「はい。これから少しずつ社交の場に出る事になっていて……」


 驚くジルに私ははにかんで答える。すると彼は小さく呟いた。


 「それは……リュミエール、先輩と?」

 「はい。エスコートは婚約者と決まっているので」


 今回出席する夜会は特に付き添い人はいなくても良い事になっている。ただ婚約者や異性の友人等と出席する場合、エスコート役を彼らに任せるのが普通だ。


 まぁそもそもシオンと社交に出るのが目的なのだから、付き添いが彼になるのは当然である。


 その夜会はジルも出るらしく、彼の場合は相手は特に決まっていないらしい。また侯爵子息としての立場もあるため、安易に女性を誘うわけにもいかないようだ。


 ジルが困ったように笑う。


 「相手が居ないからと女性を誘えば、あらぬ噂をたてられる。それに気がないのに向こうに誤解されても困るしね」


 この人は将来を嘱望された侯爵子息様だ。少しでも異性と親しげな様子があれば、あっという間に社交界中に広まる。


 婚約者が決まっていないというのも、きっとそれに輪をかけているのだろう。


 「それならその夜会でジル先輩やケイトさん達と会えますね。楽しみ」

 「そうだね」


 「私もリリアナ様とお会いするのが楽しみです」


 隣でケイトが嬉しそうに微笑む。


 彼女にはリオデル様という騎士の婚約者。そしてフィオナにもジュドー様という魔術師の婚約者がいる。二人共シオンと同じくゲームの攻略対象なのだ。


 ちなみにここにいるジル先輩も『2』の攻略対象。きっと当日の会場は恐ろしくキラキラオーラで一杯になりそうだ。


 そんな事をぼうっと考えていたら、いつの間にかエドワルド学園の入口に着いていた。そこには数台の馬車が止まっている。その内の一つ、二人乗り用の小さな馬車がある。あれは私が事前に頼んでおいたものだ。


 その馬車にいた御者が私の姿に気づいた。すぐに降りて声をかけてくる。


 「ああ、お嬢さん」

 「おじさん、今日はよろしくお願いします」


 彼は以前、シオン誘拐事件でお世話になった人だ。あれ以来、私達は顔を合わすたびよく話すようになった。気心の知れたおじさんだ。


 それに加え、彼はジル先輩とも知り合いだったりする。昔孤児院にいた頃、よく目をかけてくれていたらしい。


 御者のおじさんは私のそばにいたジルに気がつくと、さらに笑みを深めた。


 「ジル、元気かい?ああ、お前はもう貴族様だったな。気安く声をかけてすまん」

 「いえ、いいんです。ヴィムおじさんこそ元気でしたか?……もう年なんだから無理しないでくださいね。何か不安な事があったら俺に言ってください」


 声をかけられたジルも嬉しそうに話し始めた。どうやら最近下町で起きた事やお互いの近況を伝えあっているようだ。


 私の方もフィオナ達と今回の試験について話をする。合間にちらりとジル達を見ると、いつの間にか声をひそめるように話し込んでいる。何やら顔つきも真剣だ。


 「……それでな、酒場で妙な話を聞いてな――」

 「……」


 おじさんの言葉にジルが眉を寄せる。何かあったのだろうか。


 やがて二人の話が終わり、おじさんが私の所にやって来た。


 「お嬢さん、待たせて申し訳ない。さぁ馬車へどうぞ」

 「いえ、ありがとうございます」


 案内され馬車に乗り込む。


 「それじゃあ、リリアナ嬢。気をつけてね。次の夜会、楽しみにしているよ」

 「はい。先輩達も楽しんできてくださいね」


 彼らに簡単な挨拶を返し、私は馬車に乗って目的のお店に向かった。


 今日の学園は午前中で終わったため、昼から夕方まで時間を使える。さすがに一人で行くと荷物が持ちきれないので今回は貸し切り馬車を頼んだのだ。


 何を買うかは(あらかじ)め決めていたので、メモを見ながら効率よく店を回っていく。ちなみに御者の彼にも同じ内容のメモを渡してある。


 「……ええと、次は仕立屋と雑貨店だね」

 「はい。お願いします」


 おじさんは仕事柄、王都の店や道に詳しい。小さい馬車なので小回りもきく。なるべく最短ルートで馬車を走らせてくれるので有難い。


 「仕立屋、となると。時間はかかるかい?」

 「大丈夫、時間はかからないです。母や屋敷の皆に王都で流行っている生地を幾つか買っていこうと思っているんです」


 成る程と彼は頷く。


 「ああ、生地だけか。それならすぐだね」

 「はい」


 流石に仕立てまで行うと時間や経費がかかる。そのため布地と既製品の小物だけ購入することにしたのだ。


 布地を買い雑貨店や文具店を回り、購入した物を馬車に積んでいく。最後に焼菓子店へ寄る。ここでは日持ちの良い菓子を買う。


 そうして急いで馬車に戻った。


 「お待たせしてすみません」

 「いや、時間はそんなにかかっとらんよ。それよりお嬢さんは目当ての物は買えたかい?」


 私は大きく頷いた。


 「はい。沢山」

 「それは良かった」


 おじさんがにっこり笑う。


 「所で貰った紙にはもう何も書いていないが……あと、何処か行きたい所はあるかい?」

 「あ、それなら――」


 私は彼にあと一つ寄ってほしい場所を伝えた。


 

 緑豊かな木々から覗く柔らかな日差し。ここは私オススメの公園だ。周りに高い木がいくつもあるので、人が居てもあまり目立たない。静かでゆっくり落ち着ける場所なのだ。


 陽が暮れるまでにと急いで王都を巡ったので、昼食の時間はとっくに過ぎてしまっていた。そのためお腹がとても空いていたのだ。


 私はおじさんにここへ連れてきてもらい、彼も一緒にベンチに座るよう促す。そして持ってきたバスケットから軽食を取り出した。


 「休憩しましょう、おじさん。今日は本当に助かりました。良かったらこれ、食べてください」

 「いやいや、仕事だから気にしなくて良いのに。……おや、これはさっき寄ったパン屋のサンドイッチじゃないか。あそこのは人気だからなぁ」


 チキンサンドを渡すと彼は「ありがとう」と食べてくれた。私もエッグサンドを取り出しパクリと食べる。それを見たおじさんが呆気にとられ笑う。


 「全くお嬢さんときたら。貴族なのに、まるで私達と変わらない。あんたを見てるとたまに階級等どうでもよく思えてくる。……本当に不思議だ」

 「! す、すみません。その、外での買い食いはやっぱり淑女として恥ずかしい行いなので……内緒にしておいてください。お願いします」


 おじさんの指摘に真っ赤になって返すとまた笑われる。そういう意味ではないよ、と言われた。


 買ってきたレモン水をカップに注いで彼に渡す。


 「本当に何から何までありがとう」

 「いえ、ただお腹が空いていたので。だって一人で食べるより二人で食べた方が美味しいでしょう?」


 目尻の皺を深め、おじさんがふっと微笑む。そうして一つ溜め息を吐いた。


 「何というか、なぁ。お嬢さんはもう結婚する相手が決まってるんだったな。相手は宰相様のご子息か……、ジルじゃいくらなんでも敵わんだろうなぁ」

 「?」


 突然、ジルの名を出され私は首を傾げる。おじさんは何かを考えている、というか悩んでいる様子だった。


 「何か、あったんですか?」

 「……いや、お嬢さんみたいな娘がジルには合ってるんじゃないかと思ってね。あの子はあれで中々の美丈夫でね。性格も真っ直ぐで思いやりのある優しい子で。子供達にも慕われている。……だから結婚は無理かもしれないが、せめて友人として。どうか見捨てないでやってほしい」


 「……おじさん?」


 本当にどうしてしまったのだろう。彼のさっきまでのあの明るい表情がすっかり消えてしまっている。


 私の問いかけには答えず、彼は肩を落としうつむいたままだ。


 「…………ジルを、陥れようとしている奴がいるかも知れん」

 「!? どういうことですか?」


 おじさんが顔を上げる。真剣な顔つきだった。


 「お嬢さんの婚約者は城の役人なんだろう?国一番の秀才で人格もたしかだと聞いた事がある。どうか今から話すことを彼に伝えてもらえないだろうか」

 「シオンに?」


 ああと彼は頷く。そして語り始めた。




◇◇◇



 「――というわけなんだ」

 「どうしてそんな、」


 話を聞き、私は眉をひそめる。最近、王都の酒場や人の集まる所でジルの亡くなった母マリアベルについての良からぬ噂が流れているらしい。


 何でも昔、王族の一人と深い関係にあったとか。何度も密会しては金を貰い、まるで愛人のようだったと。


 おじさんが吐き捨てるように言う。


 「噂が酷くなったのは最近だ。少し前まではそんな話が出ても皆鼻で笑っていた。信じる訳がない。何せあのシスターがそんな大それた事するわけないってな。下町の連中はあの人がどんなに良い人だったか、よく知ってる」


 そう、あの孤児院でマリアベルは寮母マザーとして過ごしていた。そして孤児院の資金繰りのために日々奔走していたという。


 そのことであらぬ噂が立てられたのだろうか。だがおかしい。何故本人が亡くなった今になって……。


 「あそこは借金があったからな。返済のため空いた時間に小さい仕事を請け負う事はあった。でもそれは繕い物や細かい手作業ばかりだ。……ああ、あとあの人はピアノが上手だったな。だからたまに金持ちの家に教えに行っていた」

 「ピアノを教えに行っていたんですか」


 物にもよるが楽器は高価だ。特にピアノは場所も取る上、置かれている家は下町だとそうそうない。商家や下級貴族の家にならあるかも知れないが。


 「でもおじさん、どうしてジル先輩が陥れられるなんて」


 彼がマリアベルの実子という事実はごく一部の人間しか知らない。表向きはタウンゼント家の養子、遠縁の子という扱いで正確な出自は曖昧になっている。


 「……噂の中にジルがマリーさんの子だという話もあったんだ」

 「えっ、」


 「彼女が生きていた頃から、皆もしかしたらと思っていた。二人はよく似ていたからね。でも私達は絶対にそれを口に出すことはなかった。下町に行き着いた者は脛に傷があったり、皆何かしら抱えている。……あんな品のある人がここに来るなんて。彼女には彼女なりの事情があると分かっていたから」


 ジルが孤児院に預けられたのはマリアベルが寮母として働きだして、暫くしてからの事だったらしい。当時は特に誰も詮索する者はいなく、また孤児が一人増えたなという感じだった。


 「ジルは優しい子だ。今だって貴族の仲間になっても孤児院の様子を見に来たり、私達に気をかけてくれる。(ようや)く苦労が報われた。幸せになってほしいんだよ。それなのに……」


 先程おじさんとジルが話していたのはこの事だったのだ。けれど彼にはマリアベルの子の件は伝えていないらしい。


 「もしかしたらジルは気づいているのかも知れない。でも証しもないのに他人の私に言える訳がない」

 「おじさんは他人じゃないです。きっと先輩にとっては家族のように大切な人。そう思ってるんじゃないでしょうか」


 「お嬢さん、」


 それにもしこの事を伝えたとしても、すでに彼は知っている。それは真実であると。


 「……わかりました。この件、シオンにはお伝えします。ですが彼はおそらくもう知っていると思います。それに調査も始めている、そんな気がします」

 「! な、」


 今繋がった。あの時なぜシオンがタウンゼント家に訪問したのか。そしてあの恋文を見せた時も――


 私は顔を上げ、おじさんを見る。


 「シオン。いいえ、中央の人達はすでに動いています。だからおじさん、無茶はしないでください。絶対一人で何とかしようとしたらダメですよ」


 私はそう彼に言うと、シオンに再度確認することを約束した。

 

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