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第50話 タウンゼント家の秘密の楽譜とリリアナの絵



 急遽、リュミエール家に泊まることになった私は夕食をご馳走になった後、部屋へ戻った。さらに有り難いことにお風呂も使わせてもらい、今は寝る支度をしている。


 化粧台の前に座り、櫛で髪を梳かし三つ編みにしていく。


 「…………」


 しん、とした静けさが辺りを包む。今、この部屋には私しかいない。


 いつもなら大抵この時間はシオンがやって来て、二人でお茶を飲んだり話をしたりするのだけど。彼はこれから今日の報告書を作るそうで自室にいる。


 「……どうしよう。眠れない」


 タウンゼント家から帰る途中、馬車の中でつい眠ってしまったせいか、目が冴えて仕方ない。困った。


 特にする事もないので暫く本でも読もうと書棚に手を伸ばす。けれどふと私は昼間のタウンゼント家での出来事を思い出した。そう、あの時少し気になる事があったのだ。


 そうだ。それを考えないと。


 この部屋には書き物をするための机がある。私は椅子に座ると、おもむろに紙を取り出し羽根ペンを手にとった。そしてあの時見たものを記憶を辿り紙に書き出していく。


 どれ位の時間が経過しただろう。


 思い出せる範囲で書き上げた文字の羅列を眺め、やがて私の顔色が変わっていく。


 「待って、これって――」

 「……リリアナ?」


 紙を持ち片腕で頬杖をついて呟いた途端、隣室に続く扉の辺りから低い声がした。見るとそこには銀髪の青年が扉を開けて立っている。


 「シオン、」

 「こんな時間まで起きているなんて。眠れないのか?」


 彼が部屋に入ってくる。報告書は仕上がったのだろうか。私がそれを訊ねる前にシオンが先に答えた。


 「仕事は終わったよ。もう夜更けだ。だから君はもう寝ているかと思って声はかけなかったんだが、起きてたのか」


 「ええ、眠れなくて」


 僅かな灯りの中、シオンが私の書いた紙に気づいたようで目を落としている。ちょっと気になっている様子だ。


 「これは楽譜?」

 「そう、ちょっと作ってみたの」


 「すごいな、曲を作っていたのか」


 感心している様子のシオンに私は曖昧に笑ってみせ、その譜面を手渡し見せる。けれど彼はそんな私に申し訳なさそうな顔をし、肩を竦めた。


 「すまないが、リリアナ。俺は楽譜が読めない。理解は――」

 「ううん、違うの。これは楽譜だけどそうじゃない。あなたになら解けるわ。……これは今、私が作った『問題』よ」


 え、とシオンの瞳が驚き見開かれる。


 私は頷き、これを読み解くためのある法則を教えた。


 これはある程度、五線譜や音符の役割を知っていなければ解くのは難しい。恐らく普通の人ではこれを見ただけでは気づく事もないはずだ。


 「音楽を作る。作詞、作曲をする人達の中にはある特殊なメッセージ性を込めたものを作る事があるの。その対象は大勢の人達であったり、特定の個人であったり様々よ」


 ただそれはごく稀だ。昔何かで聞いたことがあった。それだけだ。これを実際に見たのは初めてだった。


 「……これは、女性に宛てた手紙、だな」


 早い。もう解読するコツを掴んだのか。シオンが紙に目を落としたまま呟く。そしてその端正な顔がこちらを向いた。


 「リリアナ、教えてほしい。この文面。これは本当に君が考えたものなのか?」


 いいえ、と私は首を横に振った。


 「それはタウンゼント家にあった古い楽譜の中にあったの」


 そうこれはジル先輩が見せてくれた歴代の音楽家達が作った楽譜のうちの一つ。その事をシオンに話して聞かせた。


 「はじめ見た時、あまりにも拍の速さが(いびつ)で。不自然というか違和感を感じたの。だから旋律というよりも何か別の意図があってそれを伝えたかったんじゃないかと思って」


 つまりこれは暗号。法則性に従って音符や歌詞を並べ替えたりしていくと、やがて言葉が浮かんでくる。メッセージが込められた、誰かに宛てた手紙のようだった。


 ――でもその相手は


 「『親愛なるマリー』か。この内容はまるで恋文だ。それにこの名は愛称か?……いや、だとすれば、だが差出人は書かれていない。不明だな」


 「それでねシオン、ちょっと聞きたい事があるの」

 「ん?」


 私は再び羽根ペンを手に取ると新たな紙に図を描いた。描き終わったものを彼に見せる。シオンはそれを見、ふむと思案げに顎に手をやった。


 「…………これは。動物、……豚か?」

 「えっ!? ち、違うわ。獅子よ、獅子!」


 ちょっと待ってこの人。いきなりなんて事を言うんだろう。失礼すぎる。真剣に描いたのに。


 「獅子? これが?」


 声を震わせ再度確認する彼に、ムッとしながら私は即座に頷いた。何故かシオンは獅子と呼ばれた絵をまじまじと見返し、肩を揺らしている。


 うう、私に絵心は無いのは分かっていたけど。涙目になってまで笑うなんてひどい。


 「……もういい。返してください」

 「ごめん、リリアナ。気分を害したなら謝るよ。――で、この獅子が何か気になるのか?」


 その絵を私は改めて指で示す。


 「その絵は胴が獅子で頭は鷲。それに翼があるでしょう?」


 翼とはこの足みたいなものか、とシオンが途中まで言いかけ、私を見て慌てて口をつぐんだ。もうしばらくこの人の前で絵は描かないでおこうと決めた。


 私は気を取り直して彼に訊ねる。


 「この紋章、シオンは知ってる?」


 実はこれ。ユーリから貰った不思議な封蝋の紋様を描いたものだ。私はこの事を彼には伝えていない。でもきっとこれが何なのか彼は知っているはず。


 シオンがその絵を見て唸った。


 「うん、リリアナはこの家での花嫁教育はまだだったな」

 「? ええ、来年からにしましょうとお義母様が(おっしゃ)っていたわ」


 今年は領地への簡単な視察と顔合わせ。そしてシオンと一緒に社交の場へ出席する。それ位しか行う予定はない。


 「本来なら花嫁教育の時に教えられるんだが。それは秘されし子《王の目》ラドウェルの紋章だ」


 「秘されし、王の……目?」


 《王の目》初めて耳にする言葉だ。王って王様?でも待って、これはユーリの。


 シオンが私の動揺を察し、頬に触れる。


 「今朝、リリアナが『彼』に宛てて書いた手紙。奇妙な意匠の封蝋。君も何となく気づいていたんじゃないか?あれはただの封蝋ではないということを」

 「……!」


 息を呑む私に彼は続ける。


 「ラドウェルは先王の代より仰せつかった重要な役割がある。それはこのフェリシア国を王に代わり監視し、平和な世を維持すること。――それが《王の目》と呼ばれる由縁だ」


 ユリウス・ラドウェル。国中を巡り歩く調律師。初めて出会った時から知る名だ。私は心の中でその名を反芻する。


 まさか。ユーリにそんな秘密があったなんて。


 封蝋は王がラドウェルの証として下賜する品。彼らは与えられた役目をこなす代わりに、生涯全ての生活を保障される。そうシオンが言う。


 「彼ら?」

 「ラドウェルは一人だけじゃない。複数人いると聞いている。彼らはフェリシアや周辺諸国を渡り歩き、何か異変があれば直ちに陛下や宰相に伝える事になっている」


 ラドウェルとは所謂、王国が抱える諜報員のようなものなのだろう。すごくシオンは詳しい。


 「そして《王の目》を動かせる人間はごく限られている。それは陛下と宰相。それ以外の者に動かす権限はない」


 シオンは宰相であるお父様からこの事を教えられていたらしい。だから詳しかったのだ。


 封蝋はその連絡用に使用される物。魔導具であるため、何時如何なる時も滞りなく手紙が届く。そういう力がある。


 それはとても大事な、


 私はシオンに問いかける。


 「どうしてユーリは私なんかに封蝋を――」

 「さてね、それは本人に聞かなければ分からない。だがそんな大切な物を渡す位だ。きっと君に心を許しているんだろう」


 心を許す。本当にそうなのだろうか。だったら嬉しい。嬉しいけど。


 何とも言えない複雑な面持ちでいたら、彼が瞳を和らげる。


 「あと、ラドウェルの名を戴く者は爵位持ちもいるらしいが、孤児……主に戦災孤児が多いそうだ」

 「! 戦災、孤児?」


 そう、と彼が頷く。


 「この国は今でこそ平和で豊かだが、先王の時代は違った。方々で争いが絶えず、領主は畑を耕す事しか知らない民を徴兵し戦地に送り込んだ。そのため親のいない子供が沢山いたそうだ」


 「……」


 初めて出会った頃のユーリの顔が一瞬浮かんで消える。あの時の彼はそう確か――


 先王の代。ユーリは見かけは若いが三十歳と言っていた。でもそれはあくまで自称だ。それが本当の年齢かなんて分からない。


 まだ彼については謎が多い。


 今度会った時、本人に《王の目》の事を尋ねたら教えてくれるだろうか。

 

 「そうだな。少なくとも彼はいずれ君に自分の正体が知られる事など分かっていた。現宰相の息子と結婚するという事はそういうことだからな」

 「ユーリは全部分かってて、あの封蝋を私にくれたっていうの?」


 「ああ。俺はそう思う」


 そうなのか。真っ直ぐなシオンの言葉に少し安心する。だってまさか、そんな大切な物を私にだなんて。彼に会ったら返そうかと考えていたのだ。


 それなら返さなくても良い、のかな。


 「で、ここからが本題だ」

 「?」


 彼が私の肩に手をおいた。目の前にある空色の瞳が私をとらえる。


 「タウンゼント家の秘密の恋文については分かった。だが何故そこからラドウェルの紋章の話に繋がったのか。俺はそれが知りたい」

 「あ、」


 教えてくれるね、と彼は瞳を細め怪しく微笑んでいる。


 本当は伝えるかどうしようか迷っていた。彼は私がその問いに答えるまで待つつもりのようで、肩においた手を動かそうとしなかった。


 「……その、」

 「うん」


 整った顔が間近に迫り、何だかまた話しにくくなってきた。それに向こうも入浴したのか良い香りがするし。


 私は頬を赤くし、ふいと瞳を逸らす。


 「実はさっき解読した秘密の恋文。本物の方にその紋章の印が押されていたの」


 「……紋章が?」


 シオンが眉を寄せる。


 「ええ。だから、もしかしたらマリーさんはユーリと、……その、恋仲だったのかな、と。あっ、違うの。もう《王の目》の事を聞いたし、紋章を使うのはユーリだけじゃないってわかったから」


 私の勘違いだったみたいね、とそう肩を竦めてみせた。


 「…………」


 だがシオンはそれには答えず急に静かになった。何かを思考しているようだった。やがて顔を上げる。


 「シオン?」


 「……今の話だと少なくとも『彼女』はラドウェルと何かしら関係があった。そしてその正体。この流れだと恐らく俺の予想する人物だとは思うが。だが確証が欲しい。……念のため家系図を確認しておく必要があるな」


 呟きながら彼はとても真剣な顔つきをしていた。もしかしたら、仕事でタウンゼント家に訪問した事と何か関係があるのかも知れない。


 そう思ったけれど、この時の私は何故か彼に聞くことが出来なかった。


 


 

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