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第5話 マザーの正体とジルの秘密とタウンゼント侯爵



 孤児院に男達が来てから二週間後。


 今日が約束の日。


 ジリアン・ドルチェと寮母達はピアノのそば。私とシオンはそこから離れた物陰に隠れている。子供たちは隣部屋だ。


 「ねぇシオン。私は指輪があるからなにもここであなたと隠れなくても……」

 「指輪の力を過信してはいけないよ。念には念をね。リリアナになにかあったらどうするの」


 私の耳元でシオンが優しく囁いた。


 けれどどうしてか私の腰に彼の腕が回されている。この吐息がかかるほどの密着度合いに恥ずかしすぎて眩暈がしそうだ。


 「君は危険もかえりみず、すぐ飛び出そうとするだろう?俺がしっかり捕まえていないと」

 「…………」


 以前、彼が拉致された時のことを言っているのだ。私はなにも反論できずただ黙っていた。


 調査した所、あの男達はオマリア商会で雇われている者達だった。金の取り立て、地上げなど裏の仕事を請け負っているようだ。


 もともと孤児院の運営は寄付金で賄われている。ある時それを管理している寮母の一人が襲われた。そして寄付金を奪われてしまった。


 金が無ければ孤児院が成り立たない。慌てた彼女は裏界隈のとある金貸業者から当面の金を借りた。


 けれどそれが悪夢の始まり。そしてそこはオマリア商会と裏で繋がっていた。知らず知らずのうちに借りた以上の額を支払うことになっていった。


 当時の寮母や生前のマザーも相当金の工面に苦労したらしい。


 「……リリアナ、準備はいい?」

 「うん、」


 とはいっても私達が直接動くことはもうほとんどない。見守るだけだ。


 ドヤドヤと外が騒がしくなった。おそらく先日の男達がやって来たのだ。


 扉を乱暴に開け放ち、彼らが現れる。


 「おい、約束の金を返してもらおうか」

 「……そのお金はもう全て返済したはずです。どうかお帰りください」


 寮母の一人が震えながら進み出る。事前に打ち合わせした通りだ。


 チッと男が唾を飛ばす。その顔は醜く歪んでいる。


 「はっ、何を言ってんだ。貸した金には利息がつくんだよ。それを渡せって言ってんだ!」

 「そうだ。とっとと出せ!」


 一緒にいる柄の悪い男達も威圧的にジル達にすごんでいる。


 それを聞き、私は眉をひそめる。


 本来、孤児院は収益を税として納めなくともよい決まりだ。さらにいうなら万が一金を借りたとしても利息はつかない。フェリシア王国の法ではそう定められている。


 私がそのことを寮母達に指摘すると、彼女達はそんな決まりがあるなど今まで知らなかったと答えた。それに関する孤児院管理規程書の類もないとのことだった。


 そういった孤児院管理の杜撰さも問題だが、その無知を利用している団体も問題だ。


 それがオマリア商会。この商会は――


 私が考え事をしていると「さぁそろそろだ」とシオンが瞳を細め囁く。その顔はなんだか少し楽しそうだ。


 彼はこれから起こる事象と時間を全て計算し把握している。とてもすごい頭脳の持ち主。シオンの思惑通りにすすむそれが面白くてたまらないのだ。


 うむむ。またシオンの嗜好が現れた。


 そうしてバタバタと表から誰かが慌てて走ってくる。なにかを叫んでいる。その声に男達は何事かと驚き振り向いた。


 「大変だ。商会に役人が押しかけてきた!これから特別監査だってよ」


 「なんだと!?」


 男は「ここにも来るかもしれねぇ」と怯えている。「そんなわけあるか」ともう一人が動揺していた。


 「俺達がここに来ていることは一部の奴らしか知らない。来たばかりの役人なんぞにもれるわけがない」


 でも一旦出直した方がいい、と男はいうと孤児院を出ていこうと踵を返す。


 だがそれは扉の向こうに待機していた屈強な男達に防がれる。立派な制服を着た男達だ。その胸には王族の証、獅子の紋章が光っている。


 「なんだお前らは。そこをどけ!」

 「それはできん。我らは閣下の使いだ」


 「はぁ? 閣下、だと?……あっ、やめろ!」


 制服姿の男達は目の前の男達を簡単に拘束してしまった。


 「な、何なんだ。一体」


 それには答えず壮年の立派な体躯の男が現れる。そのままジルの前に膝をつき恭しく頭を垂れた。


 ジルがたじろぐ。


 「……な、どうしたんですか?」

 「ジリアン様、お迎えにあがるのが遅くなり申し訳ございません。どうか我らと共に来ていただきたいのです」


 ジルが口をポカンと開ける。何を言っているのか全く意味がわからないようだ。


 シオンが私の手をつなぎ、前に進み出る。


 「リリアナ行こう。ここは任せる。俺はこのままオマリア商会に行ってくる。色々とやらなければならないことがあるからな」

 「うん。気をつけて」


 私は頷く。シオンはこれからオマリア商会で役人が押収した孤児院の寄付金に関する裏帳簿やら偽造書類の確認をせねばならない。


 促され私は暗がりから出ると姿をみせる。ジルがそれに気づき助けを求めるようこちらを向いた。


 「リリアナ嬢、これは一体……」


 けれど私は彼には目もくれず扉の向こうに佇んでいる人影を見つめる。


 「私は選ばせてあげてくださいと言ったはずです。……タウンゼント侯爵」


 するとその呼びかけに応えるようにステッキをついた老紳士が現れた。レオナルド・タウンゼント侯爵その人だ。


 「……リリアナ嬢。たしかに儂はそう貴女と約束した。だが彼は亡き姉上、マリアベルの残した大切な子。どうしても儂はこの子を保護したかった」


 「マリアベル? それはマザーの名じゃないか……え、俺が……子?」


 ジルが信じられないと目を瞬く。


 けれど本当だ。彼はマザーことマリアベル・タウンゼントの実子。


 半信半疑ではあったけれどマリアベルの手紙とタウンゼント侯爵の屋敷にあった彼女の肖像画で確定した。


 マリアベルとジルの顔はとてもよく似ていた。


 私はジルも薄々彼女が母だとわかっていたんじゃないかと思っている。


 ここは孤児院。きっと彼女なりの考えがあってジルに真実を伝えず、他の子と分け隔てなく育てたのだ。


 ただジルの父親が誰かまではわからなかった。


 けれど今はジルの気持ちの方が心配だ。今日初めて会った叔父にいきなり家に来いと言われたのだ。しかも侯爵家という王族にもつながる高貴な血の家柄。


 「ドルチェ先輩、今すぐ決めることはないです。もっとゆっくり――」


 「それは、そのピアノは昔からあるのかね?」


 唐突にタウンゼント侯爵が目の前にある古びたピアノを見つめ訊ねてきた。ジルが口を開く。


 「はい。これはマザーが亡くなるまでずっと大切にしていたものです」

 「これは昔、我が屋敷にあったものだ。古びてしまって孤児院に寄贈したのだ。……懐かしい。姉上がよく弾いてくださってな」


 なんといったか、と侯爵はぼんやりと天井を向いた。


 ジルは何かを察したのかピアノの前に座った。そして鍵盤をたたく。流れるような指使い。すぐに美しい旋律がこの部屋を満たしていく。


 侯爵の目が開かれた。


 「これだ。この曲だ。ああ……姉上」


 涙で濡れた老紳士の顔をみてジルは微笑んだ。


 「貴方はマザーの弟。俺は高貴なるものの教育をまともに受けていない。それでも貴方は俺を必要としますか?」

 「ぜひタウンゼント家に来てほしい。君は姉上から沢山のかけがえのないものを受け取っている。それだけで十分だ」


 「わかりました。俺は貴方のところへ行きましょう」


 この曲が。マリアベルの愛した旋律が二人を一瞬でつなげてしまった。


 すごい。


 それからは早かった。


 ジルはレオナルドの養子として侯爵家に迎え入れられた。


 そして彼のいた孤児院はタウンゼント侯爵家が管理し預かることになった。この上もない頼もしい後見だ。


 さらにシオンはオマリア商会でそれはもうたくさんの証拠書類を見つけてくれた。あらかじめ密偵により所在はわかっていたみたいだけれど。やっぱり彼はすごい人だ。


 「オマリア商会は孤児院の寄付金をすべて不当に回収しそれを商会のものとしていた。全部裏帳簿に書いてあったよ。しかも税金も誤魔化していたし」


 「やっぱりそうだったのね。でも商会はどうなるの?」

 「あそこの役員連中は解体だ。裏の仕事を請け負っていたあいつらは牢送り。当面落ち着くまでは国の役人が代わりを務めるだろうな」


 少し厳しい沙汰だろうか。私は少し心配になる。


 「まだ良い方だ。あのタウンゼント侯爵の怒りを買ったんだ。仕方ないさ」


 シオンは苦笑し肩をすくめる。


 なにせ次期侯爵となる者を窮地に陥れようとしたのだ。知らなかったこととは言え、今回は相手が悪かった。


 まぁなんにせよ解決、かな。


 私はもう一度シオンにお礼をいった。


 

◇◇◇



 忘れかけていたが私はモブ令嬢だ。


 ジルことジリアン・タウンゼント侯爵令息が攻略対象だということに気づいたのはつい最近。というか昨日だった。


 本当に私は鈍い。


 ちなみに彼は『貴方の吐息で恋をする』という恋愛攻略ゲームの二作目に登場するメインキャラの一人。


 青い髪に美しい容姿。そしてピアノの腕は超一流。ゲームではタウンゼント家の養子という設定で出生の秘密についてのエピソードはなかったはずである。


 そのことを思い出したのは昨日。


 モブはモブらしく攻略ゲームには関わらないと決めていたのに。


 「私はバカです。ほんと馬鹿馬鹿」


 「リリアナ嬢、どうしたんだ?」

 「おい、俺の婚約者の名を気安く呼ぶな」


 たまたま通りかかったジルが私にあれからどうなったか教えてくれたのだ。


 休日に美術館で奏者をし、その金を孤児院に寄付していたジルはもう働かなくても良くなった。


 「でもピアノを弾くの意外と楽しくてさ。結局まだ続けることにしたんだ。まぁ侯爵家のことも色々勉強しないといけないから無理はしないようにするけどね」

 「そうですか。ふふっ、先輩が決めたのならきっとうまくいきますよ」


 ジルが嬉しそうに頬を緩める。


 「ありがとう」


 横でシオンが忌々しげにジルを手で払う。ごめんなさい。ジルも虫認定されてるかも。


 「それじゃまたね、リリアナ嬢」

 「はい。タウンゼント先輩」


 ジルはにこりと笑って去っていった。なにか前より表情が明るくなった気がする。


 タウンゼント侯爵との関係も良好みたいだし良かった。


 マリアベルが孤児院の寮母になった理由。それは彼女が政略結婚されそうになって家出をしたことから始まる。姉弟仲が良く、当時タウンゼント侯爵は彼女の行方を探し回ったらしい。


 けれど彼女の行方はわからなかった。


 ただあのピアノのある孤児院に彼女がいたということは何らかの思い入れがピアノにあったのかもしれない。


 そのことも考え、あの古びたピアノは一度直した方がいいと私はジルに話したのだ。


 「……調律師?」

 「うん。私の知り合いに腕の良い調律師がいるの。彼にお願いしようと思って」


 それを聞いたシオンの表情が曇る。


 「彼……その調律師は男なのか?」

 「うん。その人とは昔からの付き合いなの」


 「それは俺も知らなかったな。いつからの付き合いなんだ?」


 私は彼に教える。


 その調律師と知り合ったのはちょうどシオンが学園に入学した頃。私はその時、領地のお祭りでそこに置いていたピアノを弾いていた。


 その時に声をかけてきたのが彼だった。


 「その人いろんな所を渡り歩いては楽器を直したり調律したりしているの。旅が好きみたいでなかなか連絡が取れないのよ」


 そろそろ私の実家の町でお祭りがあるはず。その時、屋敷のピアノを調律しに来てくれるからお父様に手紙を渡してくれるようお願いしておこう。


 「ふぅん」


 気がつけばシオンがものすごく不機嫌になっている。彼の知らない所で友達作ったからヤキモチ焼いているのかな。


 「ところでリリアナ。先生がせっかくくれた封書あんなふうに使ってしまって良かったのか?」

 「ううん。いいの。あの封書、おじ様たくさんくれて。まだ同じの四通あるから」


 「は?」


 ちなみにまた足りなくなったら休暇で実家に戻ったときあげる、とおじ様に言われている。


 「おじ様といえば。今回のこと手紙で伝えたら、すごく面白かったみたいで喜んでたの」


 「……へぇ。先生は元気なの?」


 私はシオンにおじ様のことを話す。


 「元気みたい。おじ様って王都で役人をしていたことがあるらしくて。忙しすぎて若いとき全然遊べなかったらしいの。だから引退してこっちに来て、おば様と旅行に行ったり私のお父様と釣りしたり登山したり。第二の人生(セカンドライフ)を楽しむんですって」 


 「…………そう」


 なぜかシオンは苦笑している。


 そうしてたしかに忙しい仕事だ、と目を伏せた。


 「それはそうとリリアナ。見返りはしっかりもらった。ありがとう」

 「ふふっ、どういたしまして」


 私がシオンに提示した見返りは『実績』。


 彼は学園卒業後、補佐官になる。けれどそれには試験を受けなければならない。例え宰相の子息であろうとそれは必須だ。


 その他に必要となるのが国の為になることの立案。もしくは実績。


 私は今回の件を全てシオンが解決したことにした。もちろんタウンゼント侯爵の協力も彼の力で取りつけた事にしてある。


 真実。


 そう、それを知っているのはカールトンおじ様と私達だけ。


 モブだから目立ちたくないので私としてもありがたいくらいだ。


 今日のデザートのミニパンケーキを口に運び、私はその甘さにうっとりと口元をほころばせた。


 

 

 

お読みくださりありがとうございます。

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