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第48話 タウンゼント侯爵家への訪問と古びた楽譜



 約束の週末がやって来た。


 タウンゼント侯爵邸へはケイトとフィオナの三人で馬車を使って行くことになっている。馬車はケイトが用意してくれるそうで、一通り準備が終わった私は待ち合わせの時間まで自室で手紙を書いていた。


 「……できた。これはユーリ。そしてこっちはおじ様、と」


 羽根ペンを置き、封蝋を押す。今日は花の香りのする薄桃色の素敵な便箋で書いてみた。


 ふとユーリから貰った専用の封蝋を様々な角度から眺めてみる。大抵封蝋の紋様は家名の頭文字だったりするのだけど、彼のものは頭が鷲で胴が獅子。そして翼のある獣の紋章だった。


 「まるでグリフォンみたい」


 実在しない。架空の生物だ。


 「こんなのゲームにあったかしら……?」


 登場人物の封蝋などじっくり見たことがないので、よくわからない。ましてやユーリは攻略対象とは違う。たしかに見目麗しい人で攻略対象と間違われてもおかしくないけど。


 そしてこの封蝋。手紙に押せば、ユーリが何処にいても必ず届く。これまで数回出しているがきちんと彼に届いており、手紙の返事も貰っている。


 とても不思議な封蝋だ。もしかしてそういう力のある魔導具なのかも知れない。


 ぼんやりとそんなことを考えていたら、扉を叩く音がした。慌てて開けるとそこには銀髪の青年が立っている。補佐官姿のシオンがそこにいた。


 私は瞳を瞬かせた。


 「シオン、どうしたの?今日は私、ジル先輩のお屋敷に行くと伝えていたでしょう?」

 「勿論、聞いている。だが今日は俺もタウンゼント侯爵に用があって急遽行くことになった」


 「侯爵に?」

 「ああ、」


 シオンが頷く。これは補佐官の仕事なのだという。彼も今日はお休みのはずなのに大変だ。


 私の戸惑いに構わず、にっこりと彼が微笑む。


 「ちょうど良いから、俺の馬車にリリアナ達も乗っていくのはどうかと思ってね。あとさっきリンデル嬢とパルモンド嬢にはこの事を話しておいた」

 「……! ケイトさんとフィオナさんに?」


 早い。流石シオン。彼の話だともう二人は談話室で待っているらしい。それを聞き、私も慌ててテーブルに用意していたバスケットと手紙を手にする。


 「重いだろう。持つよ」

 「ありがとう、シオン」


 シオンがサッと前に出てバスケットを持ってくれる。これには私が今朝、調理場で作らせてもらった焼菓子が入っている。


 「それは?」


 シオンの目が手紙を持つ私の手に留まる。


 「おじ様とユーリ宛の手紙よ。下の事務室にいる寮長に渡しておけば、郵便の集配が来たら出しておいてくれるの」

 「そうなんだな。俺は学生時代、寮で生活する事はなかったから。ここの事は詳しくなくてね」


 「ふふっ、あなたでも分からない事があるのね」

 「沢山あるよ。リリアナは俺のこと買い被りすぎだ」


 事務室まで彼とお喋りしながら歩く。


 目的の場所に着くと寮長がいた。机に向かって黙々と書類に数字を書き込んでいる。彼は私達の気配に気がつくと、ペンを置き顔を上げた。


 「おや、リュミエール先輩。メロゥ嬢もそろって。ああ、入室許可証の返却ですか?」

 「許可証の返却もそうですが、外出届もお願いします。今日はこれからタウンゼント先輩のお屋敷にピアノを聴かせていただきに行ってきます」


 口頭でも軽く説明しながら、事前に記入しておいた外出届を彼に渡す。寮長は頷くと「わかりました」と受け取った。その際、手紙もお願いしておく。


 届けを出し終え談話室に向かうと、フィオナ達が待っていた。


 「フィオナさん、ケイトさん。お待たせしてしまって、ごめんなさい」

 「いいえ、大丈夫ですよ。リリアナ様を待っている間、色々と二人でお喋りしておりました。楽しかったですわ」


 フィオナ達はお互い顔を見合せ笑っている。


 「では皆さん揃いましたし、出発しましょうか」


 四人でリュミエール家の馬車に乗り込む。公爵家の馬車は他家のものより広い造りだ。腰掛ける所も柔らかい毛皮を使用している。そして寄り掛かれるようクッションも置かれているのだ。


 馬車が進んでいく。初めて公爵家の馬車に乗ったフィオナとケイトは揺れが少ないことに感激している。車窓から見える美しい田園風景を前にし、喜んでいる様子だ。


 フィオナは今は大分良くなったが、体が弱かった時期がある。そのため馬車揺れによる酔いが心配だったけれど、この表情をみるに大丈夫そうだ。


 ほっとしていると、隣でシオンが車窓の向こうを見て呟いた。


 「美しいな。この広大な領地は全てタウンゼント侯爵家のものだ。遠い昔、フェリシアの姫がここの主の元に降嫁した折、持参した地だそうだ」

 「お姫様? すごい。それならジル先輩にも王族の血が流れているのね」


 タウンゼント家に限らず、侯爵家は元々王族と縁がある。彼らの家には家系図があり、それを見れば王族と思わしき人物の名が記されている事がわかるそうだ。


 「まぁ、元を辿れば王族の血縁、という事にはなるな。たがそれはあくまでも書類上の話だ」


 つまり世代交代を繰り返すうち、後継が生まれず一族直系の血筋が途絶え、分家から養子をもらう場合がある。その時にはすでに王族の血が混じっていない可能性があるのだ。


 「それにいくら王族の血が入っていても本筋より遥かに薄い。王位継承権が発生する事はまずない。……だが万が一、それが起きた場合――」


 「場合?」


 シオンが虚空を見据え、瞳を細めた。


 「――国が乱れる。混乱し民が分断するだろう」


 侯爵邸の門に馬車が入っていく。玄関先ではジリアン・タウンゼントこと、ジルが待っていた。その後ろには執事や使用人の姿もある。


 シオンが訪れることは既に伝わっているのだろう。特にジルが驚いている様子はなかった。


 私達は彼に促されるまま、その後ろをついていく。持参したお土産は使用人が馬車からおろし運んでくれた。


 執事に声をかけられたシオンは私の方を振り向いた。


 「それじゃあ、リリアナ。俺は行くよ。また後で」

 「はい。行ってらっしゃい」


 私の返事にふわりと笑って、彼は執事と共に廊下の向こうに消えていった。


 シオンを見送り、私達はジルにピアノが置いてある広間へ案内された。そこにはピアノだけでなく、バイオリン等の弦楽器や打楽器、金管楽器。さらに見たことのない異国の楽器もあった。


 「すごい。こんなに沢山、」


 あまりの楽器の多さに驚いて呆然としていると、ジルがクスクス笑った。


 「タウンゼント家は昔から音楽家を多く輩出していた家柄でね。そのせいか楽器だけは沢山あるんだ」


 特に高名な音楽家ともなると稀少な楽器を贈られたりするらしい。だが今は弾ける人間があまりいないけどね、と彼が肩を竦める。


 「さて、俺の作った曲だけど。どれが聴きたい?」


 譜面の束を持ってきたジルが私達に聞いてくる。量がすごい。私達はソファーに座りそれらを一枚一枚見ていく。


 「何が良いか選ぶのはリリアナさんとフィオナさんにお任せしますわ。私では楽譜が読めませんもの」


 私は昔からピアノに慣れ親しんでいる。フィオナはピアノの特待生。ケイトは普通科の生徒。ピアノはあまり得意ではないらしい。


 ううむと私は唸る。


 「そうですねぇ。何となく曲調は想像出来るのですけど、やっぱり実際に弾いてみないと分からないですね」

 「私もそう思いますわ。タウンゼント様に良さそうな曲を選んでいただきましょう」


 「わかったよ。じゃあ俺が適当に選んで弾いてみるね」


 側で見ていたジルが譜面を手にし頷いた。その中の数枚を選びピアノの前に座る。その姿は凛として美しく動作に無駄がない。


 何となく、あらかじめ何を弾こうか決めていたのかも知れない、と私は思った。


 ジルが鍵盤に手をおき、すぐに流麗な旋律が広間を包む。流れる指使い。私達はうっとりと聴き入った。


 曲はどれも初めて耳にするものばかり。新曲だ。本来なら高いお金を支払わなければならない程のプロの演奏。これはとても贅沢で貴重な時間。


 曲が弾き終わり、私達は少し休憩することにした。使用人がフィオナの持参した茶葉で紅茶を淹れてくれる。いつの間にかケイトと私が持ってきた焼菓子もテーブルに用意されていた。


 フィオナが焼菓子を見て喜んだ。


 「まぁ、このクッキー。ジャムがのっていて可愛らしい」

 「それは私が今朝焼いたの。時間がなくてクッキーしか出来なくて……」


 「朝作ったのか。それはすごい。大変だったろう?」


 何も大した事はしていない。寮の厨房を借りて焼いた。そしたらそれを見ていた調理場の人がちょうど今朝出したジャムが余っているからと私にくれたのだ。それを使っただけ。


 その事を教えるとジルが笑った。そうしてクッキーを一口齧る。さくりと小気味良い音がした。


 「美味しいね」

 「ありがとうございます。沢山ありますからどうぞ」


 私も笑みを返す。


 そうして私もケイトが買ってきたアップルパイを口にする。サクサクしていて中からとろりとした甘味が口内に広がった。美味しい。


 購入した店は最近出来た所で混んでいたらしい。ケイトがその事を語りながら苦笑した。


 「そうなの。とても人気のお店で並んだわ。でも皆が喜んでくれて嬉しい。ちょっと頑張った甲斐があったかしら」

 「とても美味しいです」


 「ありがとうケイトさん」


 楽しい時間が過ぎていく。


 お茶を飲み、一息ついた所でジルがまた新たな譜面を持ってきた。これまた山のような束だ。圧倒される。


 テーブルにそれらが置かれた。だがこれは見た所、かなり古びた楽譜だ。所々紙が痛み変色している。


 私達三人の間に疑問符が飛び交う。


 「ジル先輩、これは?」

 「実はこれ、屋敷に保管されていたものでね。何か作曲の参考にならないかと思って、今持ってきたんだ」


 へぇと私はその譜面の一束を手に取った。


 どれ位前のものだろう。タウンゼント家は古くから続く家柄だ。歴代の音楽家達が作曲し(のこ)した物であることは間違いない。


 「面白いだろう?先祖が今の俺と同じように曲を作っているなんて」

 「はい。昔と今とそれほど曲調は変わらないみたいですね。日付もきちんと入ってますし、これがあれば昔の曲もわかる」


 というか過去に流行した曲は今も好まれ弾かれている。けれどこの譜面には当時の流行に寄せているが、世に出ていない。私が知らない曲もあった。


 実に興味深い。パラパラと食い入るように楽譜を見ていく。そしてふと、その手が止まった。その目がある一枚に釘付けになる。


 ジルが不思議そうに私を見た。


 「どうした。何か面白いものでも見つけた?」

 

 「……いえ」


 私はその譜面を元に戻し、頭を振った。


 「楽譜ばかり見ていたら、何だが私も弾きたくなってきました。こんな立派なピアノ、そうそう弾ける機会なんてありません。弾いてみても良いですか?」


 私はそう言うとにこりと微笑み、席を立った。

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