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第47話 護衛デュークとダリウスの思い



 フェリシア王国は温暖な気候と豊かな土壌が広がる恵まれた土地である。


 だがこの平和な国で昔、王侯貴族達が金と欲に溺れ、血と裏切りにまみれた時代があった事は今でも語り継がれている有名な話だ。


 当時、彼らの傀儡と成り果てた愚王を廃し、他国からの侵略を防いだ。腐敗と汚職にまみれた国を立て直し再建したのは先王。現フェリシア国王の父である。


 動乱の時代を生き抜いたかの王は早世であり、国の礎を築いた後、早々にこの世から去った。


 それ故、彼の真実の姿は今も謎に包まれている。伝えられた話によると、彼とまみえた者は震えあがる程の冷酷無比な面を見せ。かと思えばとても高貴な者とは思えぬ程、臆病で脆弱な面を見せたという。


 そしてそんな彼の側近として常に控えていた者が――


 「それが前宰相、エドワルド・カールトン卿です」


 「ん? カール……?」


 そうです、と髪を後ろに撫で付け眼鏡をかけた男が胸を反り答える。


 「彼は元々、先王陛下のお側にいた有識者(ブレーン)の一人と言われています。当時、腐敗した国家を立て直すために陛下が特別に招聘した方だったそうです」


 それが後に先王の寵を受け、宰相にまで取り立てられた。


 「ちなみに彼は現在全ての爵位を所持しています。公爵、伯爵、子爵、男爵。当時、断行された血の粛清により、敵対する貴族達から返上させた爵位と領地の一部を陛下より賜っているそうです」

 「……へぇ、それはすごい」


 「ええ。今、あの時代を知っている貴族はごく僅かです。宰相位を退いたとはいえ、今も賢人と称される卿は生きたこの国の歴史書。証人。いいえ神……! ――も、同然です」


 眼鏡の男は半ば興奮したように突然眼孔をカッと開くと陶酔したように語った。


 「要は賢い男という事だな。でも『神』と呼ぶには少し大袈裟じゃないか?」

 「……まぁ、それは確かに私も言い過ぎました。ですが彼の功績はそれだけに留まらず――」


 云々かんぬん、彼の口が止まらなくなった。


 「ああもう、分かった。もう時間だ。今日はこれを読んでおけば良いんだろう。……先生?」


 窓の外を見るとすっかり陽が落ちていた。おそらく部屋の外では夕食の声かけのため控えている使用人がいるはずだ。


 先生と呼ばれた男が我に返った。


 「!? はっ、もうこのような時間になってしまいましたか。申し訳ございません、ダリウス様」


 つい夢中になってしまいまして、と講師がポケットからハンカチを取り出し、額の汗をぬぐう。若干引きぎみにダリウスは苦笑した。


 「いや、構わない。それより早く帰って休むといい。明日もよろしく頼む」

 「ダリウス様。お気遣いありがとうございます」


 全く無駄話が多すぎる。ダリウスは胸の内を悟られぬよう気遣いの言葉で返すと、内心チッと舌打ちした。


 正直、退任した宰相の話などどうでもいい。一体どれ程凄い人物だったかは知らないが、もう既に過去の人間だ。必要なのは現在の宰相の情報ではないか。


 とはいってもディートリヒ伯爵が厳選して寄越した家庭教師だ。流石、教え方は上手い。確かにこの男のお陰でフェリシア語やこの国の事は大体理解した。


 講師が去っていくと、使用人が食事の支度が調った事を告げに来た。すぐ行くと返し、彼はうんと伸びをする。そうして誰ともなしに呟いた。


 「ああ、宰相と言えば。そうだ。あの娘の婚約者……たしか宰相の息子だったな。名は――」

 「シオン・リュミエールだ」


 「そうそう、リュミエール。公爵だっけ。よく覚えてるなぁ。……デューク」


 ダリウスが感心したように振り向くと、柱の影からフッと男が現れた。それは自分と同じ位の背格好の青年だ。


 デュークと呼ばれた男はダリウスの護衛。そして同郷の同士でもある。勿論エルディア人だ。


 ただ自分と違うのはエルディア人特有の髪色を濃く受け継いでいるという事。


 ダリウスは立ち上がり部屋を出る。デュークもまた彼の後に続いた。


 「宰相の息子という位だ。そのシオンとか言う男はさぞ優秀なんだろうな。だが婚約者の娘の方はまぁ頭は悪くないが、普通の小娘だ」


 食堂へ続く回廊を歩きながら、ダリウスは笑みを溢す。その姿に背後に控えるデュークが不審げに瞳を細めた。


 「ダリウスの言う令嬢の事だが、俺は未だ見たことがない。この俺が探しても見つけられないとは。彼女には何かある。気を付けた方がいい」


 いつになく真剣な表情の護衛にダリウスは目を開いた。彼は自分と同じくエルディアの下町界隈で育った。昔からよく行動を共にした、所謂幼なじみである。


 エルディアの養父母の家に預けられていた自分の所へディートリヒ伯爵の使いがやって来たのは昨年の話だ。

 

 その時デュークも護衛として来ないかと勧誘されたのだ。


 「ふっ、デュークがそんな風に警戒するなんて珍しいな。確かに風変わりな娘だが容姿も性格も凡庸だ。特に問題ないだろ」


 「あのリュミエール宰相の息子が選んだ娘だ。用心するに越したことはない」

 「……用心、ねぇ」


 紛争や内乱が続く荒んだエルディアに比べたら、ここは楽園のようなものだ。そしてそこに住む民も心穏やかな者が多い。


 「俺には能天気な娘に見えるがな。宰相の息子の婚約者なんて不釣り合いに思えるほど」

 「人は見かけによらない。それはお前が一番よく分かっているはずだ」


 デュークの言葉に「ああそうだったな」とダリウスは暗い笑みを溢す。


 回廊を歩いていると使用人が伯爵からの伝言を伝えに来た。食事前に一度執務室に顔を出すようにとの事だ。


 面倒臭いが仕方がない。ダリウスにとって一応彼は血の繋がる祖父だ。それに気難しい男でもある。機嫌を損ねると余計に面倒だ。


 執務室の扉を叩き入ると、目元の鋭い顎髭をたくわえた白髪の老人の姿があった。窓際の机の椅子に座っている。


 「どうだ。学園にはもう慣れたか?」

 「はい」


 「そうか。お前につけた家庭教師からの評価も聞いている。飲み込みが早いと褒めていたぞ。これからも励むように」

 「はい」


 普段の伯爵は寡黙で妙な威圧感がある。珍しく自分を褒める様子に無意識にダリウスは身を固くした。それと、と伯爵は口元を歪める。


 「お前の仕えるべき御方がもうすぐ決まる。その御方を前にしても恥ずかしくないように、しっかりと作法と教養を学べ。良いな」

 「はい。お祖父様」


 うむと伯爵は満足したように頷き、もう下がりなさいと促される。ダリウス達は執務室を後にした。



◇◇◇




 ここは学園のラウンジ。フィオナとケイトの三人でランチをしていたら、ジル先輩がトレイを持って遅れてやって来た。


 「久しぶりだね。リリアナ嬢」

 「はい。先輩も、」


 最近のジルは忙しい。何でも三年生は作曲の課題が多く、遅くまで残っている事があるそうだ。


 「それでも侯爵家にはピアノがあるから俺はまだ良い方だ。他の皆は遅くまで残って楽器の奪い合いらしい」

 「うわぁ、」


 私は眉を寄せた。弦楽器など持ち運びできる楽器は学園が特待生一人一人に無償で貸し出してくれる。だがピアノ等の大きな楽器は交代で使う事になっているのだ。


 ジルは苦笑し果実水を一口飲んだ。


 「作曲ですか。お披露目することはあるんですか?」

 「ああ、講師が評価を終えた曲目の中から幾つか選んで、弾く機会はあるよ。主に三年生の前でだけどね。その中で良い出来のものは学園祭や卒業式で弾くよう指名されることはある」


 そうですかと返すと、ジルが何か言いたそうにじっとこちらを見ていた。


 「先輩?」

 

 「リリアナ嬢。俺の曲、まだ作っている途中だけど聴いてみたい?」

 「えっ、良いんですか?」


 「勿論、」


 ふっとジルが微笑む。凄く嬉しそう。何故かキラキラオーラが舞った。


 それならと今度の週末、フィオナとケイトの三人でタウンゼント侯爵邸に遊びに行くことに決まった。そうだ、お土産にお菓子も作っていこう。


 フィオナとケイトが口元を綻ばせる。


 「それは楽しそうですわね。それなら私は初摘みの茶葉を持って行きますわ」

 「まぁ、それでは私は最近王都に出来たばかりのお店のお菓子を買って行きますわね」

 「ふふっ、楽しみ」


 ランチが終わり席を立とうとしたら、いつの間にか周りがザワザワしている。視界のすみに黒髪の生徒の姿が入る。ダリウスがこちらにやって来たのだ。


 「やあ、リリアナ嬢。久しぶりだな」

 「ご機嫌よう、ディートリヒ様」


 今日は一体何の用事があって来たのだろう。正直あまり皆の前で目立つ行動は避けたい。


 彼はそんな私の様子を見て苦い顔をした。少し苛ついているのか、口調が強い。


 「最近、めっきり図書室に来てないじゃないか。どうしたんだ?」


 「いえ、その、私も自分の勉強があります。集中するためにも、もうあそこへは暫く行きません」


 あまり具体的に話さないよう濁しておく。シオンに注意されているのだ。ダリウスとの関係はここで断ち切っておきたかった。


 だが尚も彼は私に詰め寄ってくる。私は無意識に一歩ひいた。


 「何故――」

 「!?」


 ダリウスの手が急に伸びてきた。それをもう一つ現れた手が遮る。


 「やめろ。彼女が怖がっているだろう」


 その手はジル先輩のものだった。少し硬い表情だ。ダリウスが驚いたようにジルを見る。


 「君は、」

 「彼の言う通りだ。ダリウス、離れろ。この国では女性にみだりに触れてはならない。特に未婚の女性には」


 ダリウスの背後から落ち着いた低い声が響く。やって来たのは男子生徒。黒髪の人だ。


 「デューク。お前……いや、悪かった」


 彼はデュークという生徒の言葉にハッとし、伸ばしていた手をおろした。そして私に謝ってきた。


 「メロゥ伯爵令嬢でしたね。友人が無作法な事をして申し訳ありません。どうか許していただけますか?」


 はい、と私は頷いた。聞けばダリウスとデュークはエルディア国で共に育った親しい間柄なのだという。デュークに爵位はなく、ダリウスの護衛兼友人として学園に在籍しているらしい。


 「私の方こそ、ディートリヒ様にきちんとお伝えするべきでした。その、婚約者以外の異性と共にいるのは正直あまりよろしくなくて……」


 「すまなかったな、リリアナ嬢。だがあの図書室での勉強はとても気が楽で有意義だった。だからもう少しだけ、あの時間を過ごせればと思っただけだ」


 ダリウスは少し寂しそうな顔を浮かべ、ラウンジを出ていく。教室へ戻るため廊下をデュークと共に歩きながら、彼は呟いた。


 「……悪かった。デューク。エルディアでは男女の距離が近いのが当たり前だったから、つい」

 「仕方ない。今度から気をつければ良い。だがダリウス、何故そんなにあの娘のことを気にかける?」


 「わからない。ただ急にあの娘が図書室に来なくなったと思ったら、心臓がおかしくなっただけだ」

 「…………」


 突然、沈黙した護衛にダリウスが首を傾げる。


 「どうした?」

 「いや、何でもない。それよりお前もこの国の作法に倣って、どこぞのご令嬢と婚約でもするべきだな」


 婚約?とダリウスは自嘲気味に笑った。嫌な事を思い出したのか、みるみるうちに表情が暗くなっていく。


 「俺は結婚はしない。……母のような人間を作りたくはないからな」

 「ダリウス、」


 そう小さく返すとダリウスは足早に教室に入っていった。

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